梅雨の名句(1)
松尾芭蕉
五月雨をあつめて早し最上川
…… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
松尾芭蕉の『奥の細道』紀行中に詠まれた名句中の一句です。「何日も降り続いた五月雨を集めて水かさを増した最上川の、何と流れの急なさまよ」という大意となりましょうか。
ここで先ず述べたいことは、「五月雨(さみだれ)」という季語についてです。五月雨だから現新暦5月に降る雨、というとさに非ず。
(五月雨)は旧暦五月に降る長雨で、古くから和歌にも詠まれてきた。五月(さつき)の「さ」と(雨を表わす)水垂れの「みだれ」を結んだ意といわれている。梅雨がその時期のことも含むのに対して、五月雨は雨のみをいう。 (角川文庫版『俳句歳時記・夏』「五月雨」より)
つまり五月雨は、今の梅雨時に降る雨そのものを指す季語であるわけです。
ところで松尾芭蕉は、大石田(現山形県北村山郡大石田町)を訪れた際、最上川の船着場の家で地元の俳句同好家たちと句会を催しました。その会での芭蕉の句は以下のとおりでした。
さみだれをあつめてすずしもがみがわ
句会が開かれたのは今の暦(新暦)で7月末頃のこと。梅雨晴れ間ともいうべきかなり暑い日だったようです。ただ最上川から吹き渡ってくる川風は涼しく、暑気を和らげてくれる心地良い風なのでした。「すずし」の語感といいすべてかな表記であることといい、最上川のやさしく爽やかな気候のさまが読み取れます。この句は、最上川を川辺から眺めている、一幅の静止画的最上川といったところでしょうか?
その数日後(山寺・立石寺に立ち寄った後)、また戻り梅雨が続いた中芭蕉は次の目的地である新庄宿に向けて、舟で最上川を下って行くことになります。ということは既に新暦8月に入っていたわけで、私たちの感覚からすれば梅雨はとうに明けて盛夏の真っ只中のような気もしますが、その年の何らかの気候事情により梅雨はまだ継続中だったことになります。
ここで最上川について簡単に―。
最上川は、山形県を流れる一級河川最上川(一級)水系の本川です。(同水系上流には、当ブログでたびたび触れました我が郷里を流れる「吉野川」も含まれます)。同川は山形県と福島県の県境に位置する吾妻山(あづまやま)付近に源を発し、山形県中央部を北に流れ下り、新庄市付近で向きを西に変えて酒田市で日本海に注ぎます。
富士川と球磨川と共に、日本三大急流の一つに数えられています。また同一県のみを流れる河川としては、229kmの最上川は国内全河川中最長となっています。
最上川を一躍有名にしたのは、何と言っても20数年前のNHK朝の連続テレビ小説『おしん』によってだったのではないでしょうか。あの中で、7歳のおしん(小林綾子)がある冬の日の朝、大石田に隣接する尾花沢から、最上川の筏(いかだ)舟に乗せられて奉公に出て行くシーンがありました。それを川岸で両親(でしたか?)がじっと黙って立っている。蓑笠を着せられた筏上の小さなおしんが、両親(もしそうだったら、父親は伊東四朗、母親は泉ピン子)に必死で呼びかける。両親はじっとこらえて見送っている。筏はどんどん流れ去って行く。雪は小止みなく降り続いている…。
視聴率60%以上と驚異的な数字。とにかく日本中が感動の涙にむせんだ名場面の一つでした(かくいう私は、後にダイジェスト版で観ただけでしたが)。
「五月雨をあつめて」最上川は水かさをぐんと増し、流れも急に早くなっていたようです。芭蕉はその乗船のようすを『奥の細道』で、「水みなぎって舟危うし」と述べているほどです。
その時の上舟体験から、芭蕉は句会での句を、
五月雨をあつめて早し最上川
と改めました。すべてがかな表記から、固有名詞を漢字に変えたこと。そして何より重要なのは、「すずし」を「早し」に変えたことです。それによって五月雨による増水、激流の生の臨場感、スピード感が段違いに加わることとなりました。
私の個人的な見解ながら、もしこの句が「早し」に改まっていなかったとしたら、名句として今日に至るまで広く人口に膾炙されることがあっただろうか?おそらく無理だったのではないだろうか?と考えます。
(大場光太郎・記)
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コメント
度々述べましたとおり、昨年4月から無テレビ生活、大新聞(朝日新聞)はあのイラ戦争から購読を止めました。そして最近の、消費税増税ごり押しのメチャクチャ政界に嫌気がさし、ここのところネットニュースもあまり目を通していません。
だから今年の梅雨入り、気にはなっていたもののもう少し先のことと思っていました。しかしそれにしては、先週はずい分雨がち曇りがちの日が続き、さすがに『あれっ、おかしいぞ』と梅雨入りを確かめました。そうしたら関東甲信地方は9日あたりに既に梅雨に入っていたというではありませんか。道理で。
芭蕉のこの名句の舞台となった最上川、私の出身県内を流れる大河です。が、私はその一上流の吉野川しか知らないのです。行動半径の狭い少年時だったから無理もありませんが、「あつめて早し最上川」、いつかじっくりその流れを見てみたいものです。時期はやはり「五月雨」の季節に。
投稿: 時遊人 | 2012年6月18日 (月) 03時57分