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『大山詣で』復活?

 今回もまた「ココログニュース」で見つけた話題です。前回の『えっ。小栗旬が映画監督 !?』は派手めな話題でしたが、今回はそのような話題ではありません。

 「大山(おおやま)」は、当厚木市西部にひと際高く聳える秀峰です。標高1,250m、その奥と右手に連なる丹沢の山々と並んで「丹沢大山国定公園」に指定されています。
 この大山については、当ブログの季節の便りや当地紹介文の中で、しばしば触れてきました。ですからあまりよくご存知ない方にとっては、『大山は厚木市がメーンの山?』とお思いかもしれません。しかし実際の大山は、神奈川県伊勢原市、厚木市、秦野市の三市と境を接する広大な裾野を有する山なのです。

 私は当地に住んでかなり長いですから、厚木市からのみならず、伊勢原市あるいは秦野市からも大山を眺めてきました。しかし三角形にキリッと尖ったその秀麗さが一番引き立つのはやはり厚木市からの眺めだと思います。
 昭和30年代前半頃、当市出身の農民文学者・和田傳(わだ・でん)原作の『鰯雲(いわしぐも)』が映画化されました。主演は淡島千景。女学校卒業後厚木市在の農家に嫁に入った女と、東京から赴任して来た若い新聞記者とのうたかたの恋を描いた秀作でした。この映画の背景として、厚木市から見られる大山の姿が、当時ののどかな田園風景の後方に映されていました。「変わりゆくもの、変わらぬもの」。変化ただならぬ今の世にあって、大山は以前と少しも変わることなく、当市にあっては今日でもどこからでも眺められる何ともシンボリックな山の姿です。

 大山は別名・阿夫利山(あふりやま)とも言われます。以前述べましたとおり、「雨降り山」からの転化と言われますが、実は大山の頂上には「阿夫利(あふり)神社・本社」が鎮座ましますのです。ですから私たち当地の者がその頂上を振り仰ぐ時は、無意識的にその本社に波長を合わせている具合になるわけです。
 大山は奈良時代に遡ると言われるほど歴史の古い信仰の山でもあったのです。鎌倉幕府3代将軍・源実朝(みなもとのさねとも)は歌人としても有名ですが、次の和歌を阿夫利神社に奉納したと伝わっています。
   時により過ぐれば民の嘆きなり八大竜王雨やめたまへ  (源実朝)

 特に江戸中期の宝暦年間の「大山講」以降、江戸を初めとする関東一円の庶民の間で、「大山詣(もう)で」が盛んになりました。信仰、物見遊山、観光と目的は違っても、多い時は年間20万人もが大山詣でに押し寄せたと言われています。『大山詣(まい)り』はまた有名な落語の演題でもあるようです。
 「信仰の山・大山」という観点で捉えますと、(残念ながら)主役は伊勢原市になってしまいます。江戸中期以降各地に大山を目指す「大山道」が出来ました。現在でも神奈川県内には「大山街道」と旧名で呼ぶ道路が残っていますが、それらの行き着く先はすべて伊勢原市内です。そこから下社そして頂上の本社まで登り参拝することが「大山詣り」だったのです。
 
 (以上回りくどい説明になりましたが)今回「ココログニュース」で、 ブーム再来?大山詣り というのは、その大山詣りが再び注目されるイベントが始まったことによるものです。同ニュース記事を以下に紹介致します。

 ―6月6日、歌舞伎の十代目坂東三津五郎さんが大山を訪れ、9月に大山阿夫利神社に奉納する舞踊の成功祈願とお練りを行った。当日は、伊勢原市民と坂東流門弟の女性、ファン、報道陣で参道を埋め尽くし、かつてないほどの賑わいを見せた。
 9月16、17日には、坂東流の家の踊りともいえる『山帰り』を、大山阿夫利神社に奉納する公演のほか、林家正蔵さんによる落語『大山詣り』の奉納公演を予定しており、当日はお練り以上の人々で賑わうことが予想される。

 私は残念ながら下社駐車場で車を停めて、その辺りをぶらぶら散策したくらいなものです。下社すら参拝しておりません。いつか機会がありましたら、当地域に何十年も住まわせていただいてお礼として、山頂の本社はともかく下社くらいはきちんとお参りしたいものと考えております。
 その折りはまた「阿夫利神社参拝記」の一文を記事にしてみたいと思います。と同時に今回のイベントが、本当に『大山詣り』ブーム再来となりますよう心より願っております。

 (大場光太郎・記)

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