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6月1日

   あじさいや開港遠き昔にて   (拙句)

 早いもので今年ももう6月です。そしてきょうは月のスタートのついたちです。
 午前中は薄日もさして、先月末何日も続いたぐずついた天気ともおさらばか、と何となくほっとした気分になりました。しかし昼が近づくにつれて、家の中からのぞかれる外は徐々に暗くなり出し、何やらまたもや怪しい雲行きのようです。
 本当に梅雨の走りのような空模様の中、昼過ぎ久しぶりで横浜に向うべく家を出ました。出がけに外を窺(うかが)うと、路面は乾いており全体的に何となく薄ら明るい感じ。それでも長道中何が起きるか分からんぞとばかりに、一応使い古した小さなビニール傘を持って出ました。

 何度も触れました水路道に直交する、その手前の100mほどの砂利道を通ります。右手中ほどに、小潅木が適宜植え込まれ地面にはびっしりと青草で覆われた空地があります。以前空地はもっと多かったものの、今ではそこだけになってしまったのです。その先の民家との境の垣に蔦(つた)が絡まった辺りで、小さな黄色い蝶が一匹ゆらりゆらりと飛び回っているのが認められます。
 
 さらに民家の先右手は舗装道路となり、両脇に住居が奥までびっしり建て込んでいます。と、そちらのやや上空の方から、幾分甲高い鳥の鳴声がしきりに聞こえてきます。
 私は比較的音には鋭敏な性質(たち)らしく、人間同士のでかい話し声をすぐ間近で聞いているうちに、それは凶暴化した音となって神経に直接突き刺さってくるようで、逃げ出したくなったり実際急ぎその場を離れてしまうことがあります。
 しかし小鳥たちの鳴声に対しては、決してそうはなりません。かえって耳そばだてるほどに、心に脳に心地良い音色(ねいろ)なのです。かといって、その場に佇んで聴き入るわけにもいかず。小鳥たちの囀(さえず)りに押されるようにして水路道に入り、いつものとおり左折してその道を通ります。

 毎度述べておりますとおり、その両側に数軒の住宅が並び建つ、わずか20m未満の通路です。しかしこのわずかなスペースこそが、私にとっての当居住地での唯一の緑のオアシスといった感じなのです。(実際はその先の広い道路まで数10m通路は延びていますが、その代わり雑草だけになります。)
 通路の両側に何本かの低い木が植えられており、ムラサキツユクサの一群以外目立った花とてなく、今はほぼ緑一色です。二株ほどのアジサイも、これから本式に咲くべく今はまだつぼみで待機中といったところです。

 この水路道を右左折して300mくらい歩いた、広い通り沿いにバス停はあります。バスを待ちながら周りを見回しますと、街並みはいっそう明るさを増したように感じられ、にわかに手に持っている傘が邪魔なものに思えてきました。もう雨は降りそうもないのに、横浜まで持っていき、また持って帰る。なんだか面倒になってきて、『どうせもうずいぶん使い古したビニール傘だし、無くなってもいいや』と、バス停の目立たない所に寝かせて置いていくことにしました。
 それでも一応、『帰りに取りにくるからな』と心で呟きながら。

 間もなく『大失敗だった』と思いました。バスの途中で、車窓に細い雨筋が何本もかかり始めたのです。本厚木駅に着いた時は、もう本降り状態。電車に乗って、長い陸橋から望む相模川は茫(ぼう)と雨に煙ってよく見えないほど。小田急線から相鉄線に乗り換えるべく海老名駅構内から外を見た時は、何と滝のような豪雨状態、皆あっけにとられたように外を見ていました。
 『横浜に行くのイヤになっちゃったなあ。引き返して明日また手直すか?』。しかしそうも言っておられず、気を取り直して『まあ、なるようになるさ』と相鉄電車に乗り込みました。

 海老名駅構内の頃が雨のピークだったようです。横浜に近づくにつれて少しずつ小降りになり、関内駅に降りた時にはまだ降ってはいるものの、どうしても傘が必要なほどの降りでもなさそうです。
 そこで私は、とにかく走って県庁分庁舎まで向うことにしました。とはいっても、そこまでは2、3キロはあります。走っては歩き、歩いては走りしているうちに、道の半分もしないうち雨は止みました。向かう先の横浜港の方の空の雲間から、青空ものぞき出しました。私はほっとして急に速度を落として歩きます。途端に息がせわしなくなりました。
 急ぎ駆け過ぎたきょうの横浜は、平日で開港150周年の記念イベントもないようで、いつもどおりの平静な街のようす。所用を済ませた夕の街路の一角に、水色のアジサイが株全体見事に咲いているのが印象的でした。

 …帰り、例のバス停に立ち寄りました。傘は寝かせて置いた同じ状態でありました。私はそっと取り上げ、今度は幾分大切に抱えながら、あと少しの我が家までの道を歩きました。
 空を見上げると西の方に上弦の半月がかかっています。そして眼を地上に転ずると、先ほどの空地の反対側の駐車場の隅の草むらに、点々と黄なる月見草の花が淡い月の光と側の家の灯に照らされて浮かびあがっています。
 一風変わった私にとって、そんな小さな花が当地でまだ、月夜に咲いていてくれることがとても嬉しいのです。

 (大場光太郎・記) 

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コメント

大場光太郎様
いつも興味深くアクセスさせていただいており有難く思っています。持ち主に再会できたビニル傘の気持ちをお察しいたします。私はカバンを30年以上、シャープペンシルは修理をしながら20年、車は16年ほど使用しました。「もの」に関する拘りは多くの人の共通するところで「もの」を長く使うことによりあたたかな心持も培われてくるような気がします。庭掃き用の竹箒を何度か購入していますがことごとく短寿命に終わってしまっています。いつ頃からか微妙に箒の作り方が雑になってきていて次々に竹穂が抜け、締め付けが緩み使用に耐えなくなってしまいます。「もの」を大切に使おうという気持ちがそがれてしまうようです。また最近はハイブリッドのエコカーが話題になっています。高性能で環境にやさしいのでしょう。購入には様々な便宜が図られているようです。それは良いと思います。しかし長く乗っている車の税率を割高にする仕組みまで必要でしょうか・・・。様々な手段で購買意欲をかりたてるような状況が作り出され「もの」を大切に長く使おうという心が壊されていくような気がします・・・。そうは言うものの私自身も相当量の「もの」を無駄にし、浪費しながら生きて、いや生かされていることも事実ではございますが・・・。『褐色の根府川石に白き花はたと散りたり ありとしも青葉がくれに見えざりし沙羅の木の花・・・森鴎外』沙羅の木が今年もまた青葉がくれに白い花をつけてくれました。大場様のますますのご健勝、こころよりお祈り申し上げます。

投稿: 夏椿 | 2009年6月 6日 (土) 08時04分

夏椿様
 いつもご訪問くださりありがとうございます。
 この日はたまたま大雨の中横浜に向うという少し劇的な日だったせいか、いつもより深く感じるところがあり、本拙文『久々にうまくまとまったかな?』と独り悦に入っておりました。共感のコメントたまわり、大変心強く思います。
 当日の体験により、本当に「たかがビニール傘、されどビニール傘」を実感致しました。夏椿様は以前より「もの」を大切にされるお方のようですが、私などはまだまだダメです。「消費は美徳」の大衆消費社会的使い捨て発想がかなり染み込んでいます。それにご指摘のように、「もの作り」そのものが、一丁上がり式の魂のこもっていない安直な仕上になっていることもまた問題です。
 何年か前日本を訪問した国連関係の黒人女性が、我が国の「ものを大切にする文化」に深く感銘し、以後世界中で「もったいない」という日本語を広めようとされているということが話題になりました。この精神に恥じぬよう、私などもこれを機にもっともっとものを大事にする心を養わねば、と考える次第です。
 ある本で、「近年動植物などが急激に絶滅しているのはなぜだと思いますか?」という問いかけがされていました。なぜなのでしょう。それは、それら一つ一つの種に対して、人間が愛情を向けなくなったことが大きな要因の一つだそうです。ビニール傘という「もの」とて、広義の「命あるもの」。もし置いた時、『帰りに取りにくるからな』という想いを抱かなかったなら、無くなっていたかもしれないと思います。
 森鴎外のご引用の名文、いいですね。それに沙羅の木の白い花咲くお庭、羨ましいです !
 大変ありがとうございました。

投稿: 大場光太郎 | 2009年6月 6日 (土) 11時53分

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