« 『天地人』について(12) | トップページ | えっ。小栗旬が映画監督 !? »

梅雨だより(2)

   梅雨時は雨降るがよき暮色かな   (拙句)

 当地では本日、朝からどんよりした曇り空の蒸し暑い日でした。空全体に雨雲が低く垂れ込め、くぐもった薄暗さに覆われた街のようすです。
 我が国はいかに行き過ぎた国土開発、乱開発が行われていようと、四季の巡りはめりはりが効き自然豊かな国柄です。少し街中を離れますと、田畑や荒地や小山などがけっこう点在し、緑豊かな木立を方々で目にします。

 このような梅雨曇りの日は日盛りの緑陰というイメージではなく、木立の間には一種陰鬱な感じの闇が広がっています。しかしよく見てみれば、木立に図らずも生じる深い闇こそは、見る者にある深い静けさ、幽玄さを伝えてくれているようです。
 私たち現代人は「明るい生活」になじみ過ぎて、ともすれば「闇」の持つ豊かな側面、深遠な側面を見落としがちです。そう言えば、谷崎潤一郎の『陰翳礼賛(いんえいらいさん)』が本棚のどこかにありましたっけ。『はて、どんな内容だったのだろう?』。何せ読みかけ、積読(つんどく)こそは我が習い。そのうち(はなかなかこないものながら)じっくり読み直し、出来うれば読了したいものです。

 小山全体を覆わんばかりの深緑の木々の深い下闇に、しばし目を奪われそうになりながら車を走らせます。すると木立のとば口の道伝いに、紫陽花が一群全体に大ぶりな赤紫の色で咲いているのが認められます。その赤紫の色はほの暗い闇の中から鮮烈に私の視覚に訴えかけてきます。『紫陽花は何も、青紫だけではないんです。赤紫の私たちだって、立派な紫陽花の花なんです。色にこだわらずに、紫陽花全体をもっとよく見て味わってくださいね ! 』

 今の季節方々に車を走らせていますと、『おっ。ここにも ! あそこにも ! 』と思われるほど、家々、道々、畑々いたる所で紫陽花の花を見かけます。なるほどよく見ると、青紫系に限らず、赤紫は赤紫でなかなか良い色です。これまで『あじさいは水色、青紫に限るわい』と思っていた私にとって、ささやかながら意外な発見というべきです。

 午後は内外ともに一段と薄暗くなってきました。そして午後4時過ぎ頃から、とうとう雨が降り出しました。10日に気象庁が「梅雨入り」を発表してから、当地では初めての本格的な雨となりました。
 時折り遠雷も聞こえてきます。去年は当ブログ記事で述べましたとおり、強烈な雨と雷で、当居住地は2回も夜の停電に見舞われました。しかし今年は年初以来去年に比べてずっと穏やかな天候で推移していると言うべきで、まだそのような強烈なことにはなっていません。雷自体、ずいぶん久しぶりで聞いた思いがします。

 雨は一旦夕方6時頃には小止みになりました。夏至もほど近い6月中旬とはいえ、午後6時過ぎの街は早や暮色に包まれています。木立や草花は雨にたっぷり打たれて、にわかに生気を取り戻したかのように、生き生きした緑色で夕闇から浮かび上がってきます。
 その中を人々は、傘を指したり折りたたんで手に持ったりしながら、慌しく夕暮れの通りを行き交っていました。
 
 夜8時頃、再び激しい雨となり遠くで夜雷が鳴り出しました。と、そのうち「バリバリ、ドッカーン」という今年初の強烈な雷が轟き、そしてじきに遠雷となりました。ただ雨はその後もしばらく小止みなく降り続きました。

 (大場光太郎・記)

|

« 『天地人』について(12) | トップページ | えっ。小栗旬が映画監督 !? »

身辺雑記」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。