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海の歌二首

                             源 実朝

  箱根路をわれこえくれば伊豆のうみや沖の小島に波の寄る見ゆ

  大海の磯もとどろに寄する波われて砕けて裂けて散るかも

 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 源実朝(みなもとのさねとも) 建久3年8月9日(1192年9月17日)~建保7年1月27日(1219年2月13日)。鎌倉幕府第三代征夷大将軍。
 鎌倉幕府を開いた源頼朝の子として生まれ、兄の源頼家が追放されると12歳で征夷大将軍に就く。政治は始め執権を務める北条氏などが主に執ったが、成長するにつれて関与を深めた。官位の昇進も早く武士として初めて右大臣に任ぜられるが、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に襲われ落命した。子はおらず、源氏の将軍は実朝で絶えた。
 歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。家集として『金塊和歌集』がある。 (フリー百科事典『ウィキペディア』「源実朝」の項より)

 この2首が同じ旅で詠まれたものなのか、詳しいことは分かりません。がしかし、普段ならば征夷大将軍という最要職にある実朝は、滅多なことで鎌倉を離れ諸国を旅することは適わなかったでしょうから、同じ旅で詠まれたとみてよいと思われます。

 (1) 箱根路をわれこえくれば伊豆のうみや沖の小島に波の寄る見ゆ

 「われこえくれば」から、天下の険・箱根を越えてどうしても伊豆に行きたかった実朝の意思が感じられるようです。伊豆国といえばご存知のとおり、父源頼朝が平治の乱(1159年)以降流人としての日々を送った土地であり、同地の豪族・北条時政(実朝の母政子の父)と同盟して平家討伐の挙兵をしたゆかりの地です。その父頼朝は、実朝が7歳の頃世を去りました。だからこの伊豆の旅は、亡き父を偲ぶという目的もあったのではないでしょうか。

 山路続きの箱根路を越えるとにわかに視界が開けて、眼前に伊豆の海が広がっていた。「伊豆の海や」は、それを目の当たりにした強い感動表現であるように思われます。その伊豆の広々とした海原遠く、沖の小島が見える。なお目をこらすと、波が寄せているさまも見えるではないか。

 おそらく伊豆の海に初めて接したのであろう実朝の、感動、高揚感が伝わってくるような歌です。

 (2) 大海の磯もとどろに寄する波われて砕けて裂けて散るかも

 前の歌が伊豆の海の遠景であるとすれば、この歌は間近までやって来てズームアップした海の実景といった趣きです。
 しかしあるいは前の歌と同じ地点にいて、続けて詠んだ歌ということも考えられます。その場合は、遠く離れた小島の磯に寄せる波のさまに、豊かなイマジネーションを働かせて詠み込んだことになります。

 そうも考えられるのは、この歌は万葉集中のある歌が本歌としてあるからです。それは笠女郎(かさのいらつめ)の以下の歌です。
  伊勢の海の磯もとどろに寄する波かしこき人に恋ひわたるかも

 実朝の歌の前段は「伊勢の海の」を「大海の」に置き換えただけの、いわゆる本歌取りそのものです。しかし後段は、笠女郎の歌が恋歌であることが明らかになるのに対して、「寄する波」のたたみかけるようなダイナミックな風景描写に転じています。

 これは元歌の作者・笠女郎の功に帰すべきなのかもしれませんが、「磯もとどろに寄する波」の「とどろに」が実によく効いていると思います。磯の大岩に波がぶつかった時に発する轟音の表現なのでしょう。この「とどろに」があることによって、「われて砕けて裂けて散るかも」が生きた表現になったと思われます。

 「すべての芸術は模倣から始まる」。「とどろに寄する波」をうまく本歌取りし、かつ後段の生きて躍動するような波の動きを描写した実朝の非凡さはさすがです。

 なお、実朝と万葉集の関わりは大変深いものがあります。実朝はある時同時代の和歌の先達・藤原定家(ふじわらのていか)から万葉集を贈られました。以来自分の血肉にすべく一文字もゆるがせにするまいと、精魂込めて同集を詠み込んだようです。
 そのためなのでしょう。この歌は、古今集から新古今集を経ることによって、「もののあはれ」の無常観やいたずらな虚構の頽廃美に陥りがちな傾向から脱しています。歌柄の大きさ、雄渾さに、万葉集の深い影響が認められるようです。

 青年将軍としての実朝は、鎌倉における権力闘争や、将軍の立場を利用しようとする輩に取り囲まれている我が身の状況を疎ましく感じていたことでしょう。また父頼朝亡き後は、母政子を始めとする北条氏が鎌倉幕府の実権を握りつつあり、自分は単なるお飾り将軍に過ぎない、そんな鬱屈した感情があったかもしれません。

 それが伊豆の大海原、なかんずく磯にとどろに打ち寄せる波のさまを目にして、抑えていた感情が一気に噴出した。その迸り(ほとばしり)として詠まれたのがこの歌であると捉えることも出来ると思います。

 7月20日-海の日に  

 (大場光太郎・記)

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