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梅雨の名句(3)

                  鷹羽 狩行

   黴(かび)の世の黴も生きとし生けるもの

  …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう) 1930年(昭和5年)山形県新庄市生まれ。父親の仕事でその後幼少を広島県尾道市で過ごす。本名、高橋行雄。中央大学法学部卒業。1946年俳句を始め、山口誓子、秋元不死男に師事。1978年から俳誌「狩」を主宰。
 1965年句集『誕生』で俳人協会賞、1974年句集『平遠』で芸術選奨新人賞、2002年句集『翼灯集』『十三星』で毎日芸術院賞、2008年句集『十五峯』で詩歌文学館賞、蛇笏賞をそれぞれ受賞。俳人協会会長、日本文学者協会理事。十数冊の句集のほか、評論集『古典と現代』『俳句の魔力』、入門書『俳句のたのしさ』『俳句を味わう』その他がある。
 俳句表現における言葉の選択を重視する。鋭い感覚、奔放で大胆な表現が特色。
 (フリー百科事典『ウィキペディア』「鷹羽狩行」の項などを参照)

 着想が実にユニークで面白いと思います。
 黴はどなたもご存知のとおり、食物、衣類、住居などに生える青かび、黒かびなどがあります。特に梅雨の今頃の湿度と温度により発生しやすい菌類の一種です。各季節の万般に関わる事物を広く網羅して詠む俳句ならではですが、黴も立派な「夏の季語」なのです。ですから黴を題材に詠んだ句は、他にたくさんあると思います。歳時記などにも「黴の例句」が並んでいます。

 しかしこの句がそれら例句の中でもひときわ抜きん出ているのは、発句においてこの世界を「黴の世」と、ドーンといきなり規定していることです。
 これには思わずハッとさせられます。まるで不意打ちを食らったような、意表を衝いた表現です。でも後で冷静に考えてみますと、『なるほどそうも言えるよなあ』と思わせられる説得力がある句だと思います。

 鷹羽狩行による「新しい世界観の樹立」と言ってもいいような、斬新かつ独創的な表現です。

 お偉いさんがわんさかひしめく「人の世」に対して、どちらかといえばその人々から嫌われがちな「黴の世」。確かに、中には人間にとって毒になる黴もないではないが…。
 1940年初めての抗生物質・ペニシリンは、アオカビの分泌物から抽出されたのではなかったですか。また日本酒、焼酎、醤油、味噌という我が国の食文化に欠かせない基本的なものは、皆々コウジカビのお世話になっていますし。ブルーチーズはアオカビで、カマンベールはシロカビで…。

 高尚で優雅な花鳥諷詠も素晴らしいけれど。普段人間様がとんと眼中にないこのような素材に着目して詠むこと、これこそまさに俳諧味の本領発揮であるわけです。

 続く2句、結句の「黴も生きとし生けるもの」。思わずウーンとうならされます。鷹羽狩行という人の、「生きとし生けるもの」への暖かい眼差しが感じられるからです。
 普段私たちが気にとめもしない黴がもしそうであるならば。他の生きとし生けるもの、例えば牛、豚、猿、犬、猫、鰐(わに)、蛇、鳥、魚、蟻(あり)、蜘蛛(くも)、草、花、苔(こけ)……。まさに生物連鎖、無限に広がっていきそうです。
 このうちどれか一つでも欠けてしまえば、もうその時点で生物連鎖は途切れてしまうわけです。自然界のかくも見事な連鎖をもうこれ以上途切れさせないためにも、私たちはこれらの一つ一つを大切に思い、もっともっと関心と愛情を注ぐ必要がありそうです。

 私たちの「人の世」はもちろん大切です。同時に「黴の世」も「牛の世」も「猫の世」も「蟻の世」…も、皆々それと等価値で大切だと思うのです。

 (大場光太郎・記)

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