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裕次郎二十三回忌

 テレビなどで既にご存知かと思いますが。石原裕次郎の二十三回忌法要イベントが5日、東京・国立競技場で盛大に行われました。
 会場となった競技場内には、聖火台の下に立つ総持寺をモチーフにした壮麗な“裕次郎寺”が築かれ、その前には11万人以上のファンが列をなし、昭和の大スターを偲んだそうです。雨男の裕次郎の法要イベントとしては初めて雨が降らず、時折り日差しも差し込む空模様の中、石原軍団を率いる渡哲也(67)の音頭で「裕ちゃん」コールが唱和され、会場に大きくこだましたそうです。 (ネット版『中日スポーツ』より)

 なぜ総持寺なのか?さして裕次郎通でない私は初めて知りましたが、総持寺に裕次郎が眠っているからなのだそうです。そして会場内の度肝を抜くような“裕次郎寺”は、総持寺の太祖堂を模したものなのだとか。同寺からはこの法要イベントに、総勢120人もの僧侶が参加したとのことで、これまたびっくりです。
 
 ご存知の方も多いかと思いますが、横浜市・総持寺は福井県・永平寺と並ぶ曹洞宗の二大本山の一つです。個人的な話で恐縮ながら、当家も曹洞宗の最末席檀家の一家です。ですから母逝去の折りは、郷里に帰って当家が所属する曹洞宗寺院にて、親族だけでひっそりとした葬儀を執り行ないました。
 私は数年前のそのことが想い起こされ、彼我の違いをまざまざと感じながら、テレビで繰り広げられている盛大な裕次郎忌のニュースを眺めていました。
 
 曹洞宗の宗祖・道元の生涯を描いた映画『禅-Zen』が、今春公開されました。一末席檀家として是非観てみたいと思いつつ、つい観そびれてしまいましたが…。途方もなく高い仏法の境地を求め俗塵に対して峻厳だった孤高な道元禅師と、遙か後代の度肝を抜くような裕次郎法要イベントと。
 この落差は一体何なのだろうと、正直思いますね。泉下の裕次郎さんも、これで本当にお喜びなのかな?もしお喜びなら、裕次郎大居士院のあちらでのご境地まだまだなのでは?とも。

 私のような団塊の世代の者にとって、石原裕次郎は私らより一世代前のスーパーヒーローという感じなのです。今ひとつ私自身のヒーローという実感が湧きません。その分同法要に直接感情移入出来ずに、少し離れて冷ややかに見てしまうのかもしれません。
 第一私らが青年だった昭和40年代以降、時代は「英雄」つまり「ヒーロー」を必要としない社会に変貌していきました。その意味で昭和45年の三島由紀夫の死は、極めて象徴的だったと思われます。

 「英雄が必要とされない社会」。これに対する是非論はさまざまにあることでしょう。しかし私個人としては、結果的にこれで良かったんだと思います。
 もう外なる英雄、ヒーローを追い求め、担ぎ上げる時代ではないのですよね。裏を返せば日常の一つ一つの身近な場面で、「私が」「オレが」ヒーローであり、ヒロインだということなのだろうと思います。すべては自己責任。もう外なるヒーローに頼り、すがれる時代ではないということです。そして事実、外なるいかなる権威にも頼れません。答えはすべて、自分自身の内側にあるそうですから。

 (大場光太郎・記)

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