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赤き鉄鎖

                山口 誓子

   夏の河赤き鉄鎖のはし浸(ひた)る

 …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 山口誓子(やまぐち・せいし) 明治34年、京都市岡崎町生まれ。東京帝国大学法学部卒業。在学中高浜虚子の指導を受ける。大阪の住友本社に就職。「ホトトギス」に、東の秋桜子・素十、西の青畝と共に4S時代を展開する。病気にて住友を退社。昭和23年「天狼」を創刊。新興俳句運動の指導者的存在となる。句集は『凍港』に始まって『紅日』まで16冊。平成6年没。 (講談社芸術文庫・平井照敏編『現代の俳句』等より)

 私も時によって使い分けることがありますが、「河と川」。河と表記する場合は、現在の河川区分でいえば一級河川のような大河が連想されます。
 この句における「夏の河」が、具体的に何川なのかは分かりません。しかしそれだけ大きな河川ともなると、上流から下流まで川はさまざまな側面を垣間見せてくれます。
 小学校4年生頃の社会科の教科書で、「川の一生」というのを習いました。山の渓流に源を発し、上流の山あいの集落を下り、中下流域の住居、商店、工場などが建ち並ぶ町場の側を流れ、やがて海に注ぎ込む。そのさまを図解入りで説明してありました。私はその絵に、子供ながらにわかに「神の眼」を獲得したようなワクワク感で、あかず眺めていたことを覚えています。

 この句は、河川という本来は自然なものに人間たちがより密接に関わってくる、比較的下流域の町場を流れる川の一光景を切り取ったものでしょう。
   夏の河赤き鉄鎖のはし浸る
 一読すると『えっ。だから何なの?』と思うような、取り立ててどうということもない川の一寸景です。しかし近代俳句の代表的俳人の一人である山口誓子にこう詠まれてしまうと、別にどうということのないはずの「赤き鉄鎖」が、にわかに実存主義的な存在物のように感じられてくるから不思議です。

 この句における「赤き鉄鎖」は、不心得な輩(やから)がその場所に今で言う不法投棄していったものなのか。あるいは別の理由で持ち込まれたものなのか…。詳細は不明です。
 いずれにしても、それが山口誓子の心を強く捉えたのです。鉄鎖の「赤」は夏という季節にあっては取分け強烈な色のように思います。おそらく真っ赤ではなく使い古されて、塗装された赤い色も褪色してしまっているような長い鉄の鎖の、端だけが川水に浸かっている。通常なら見逃しかねない光景を、誓子は独特の俳人的嗅覚で捉えたわけです。

 端が水に浸かっていることにより、冷気が何か毛細管現象のように赤い鉄鎖の暖色をじわじわ浸食しつつある。そんなふうに思われてきます。

 人間という奇妙な存在がいなければ、川という自然にあって「赤き鉄鎖」はおよそ有り得ない物のはずです。その有り得ない「オーパーツ」(場違いな存在物)のような物が、誓子の心をざわつかせ、何となく不安にもさせた。その結果生まれた句なのではないでしょうか。

 楕円形の赤い鉄の輪の連鎖はまた、背後にある近代文明の得体の知れない不気味な連鎖-自然界の巧まざる連鎖とは明らかに異質な連鎖-をも連想させます。そんな黙示的な句であるように思われます。

 (大場光太郎・記) 

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コメント

大場光太郎様

梅雨明けが待ち遠しいような、そうでないような毎日ですが、いつも楽しみに読ませていただき有難うございます。特に俳句との出合い等々俳句にかかわる事柄は俳句教室に通い始めた私にとっては大いに得るところがございます。市が主催のこの教室は先生一人に生徒が8名ほど、年齢層は私を含め50代から70歳くらいでしょうか。皆初心者と言っていますが本当の初心者は私だけではないかと言う気もしてきました。俳句は『日常生活の拘束からわれわれの心を自由の境地に開放して・・・ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われんとする心の自由を見失わないように監視を怠らないわれわれの心の目の鋭さを訓練するという効果をもつことも不可能ではない。・・・寺田寅彦、「俳句の精神」より』こんな文章も一つのきっかけで俳句が始まりましたがいつまで続くかわかりません。大場様の一日十句には到底及びませんが、二日に一句くらいのペースで詠めればと考えています。大場様の益々のご健勝ご祈念いたします。

投稿: 夏椿 | 2009年7月27日 (月) 20時03分

夏椿様
 いつもお読みいただき大変ありがとうございます。
 そうですか。夏椿様も俳句をお始めですか。大歓迎です。この『名句観賞』を始め私の俳句への拙文、果して参考になりますかどうか。もし何かほんの少しでも得るところがありましたら、幸甚に存じます。
 『俳句を始めた頃』でも述べましたが、やはり俳句上達の王道は、一つは先人の名句、秀句に数多く接すること、そしてもう一つは句会などに積極的に参加するに尽きると考えます。「俳句教室」も句会の延長にあるものと捉えてよいと思います。
 私は今では当記事に載せたい時以外は、句作から遠ざかっています。(大いに反省しなければなりませんが)ご引用の寺田寅彦の俳句観、味わい深く読ませていただきました。今後お作りになられました御句、また何かの折りにご披露いただければと存じます。

投稿: 大場光太郎 | 2009年7月27日 (月) 21時21分

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