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俳句を始めた頃(4)

 そのようにして手製俳句手帳に書き連ねていった1000以上の句の中から、50句、100句くらい何とかものになりそうな句を選んで、今度は別の用紙に書き出してみました。その頃になると単なる能力開発という目的とは別に、『もっと俳句がうまくなりたい』という欲が出てきました。
 そのため歳時記を揃え読み出したり、有名俳人の俳句入門書を読んだり、『名句観賞』の俳人略歴で度々引用しております講談社学術文庫中の『現代の俳句』(平井照敏編)を少しずつ読み込んだりしました。また『角川俳句』『俳句朝日』『俳句研究』という月刊の俳句雑誌を毎号欠かさず講読するようになりました。

 何事もそうでしょうが、俳句の場合も上達の最も良い方法はとにかく先人の優れた作品に数多く接し味わうことに尽きるようです。その意味で『現代の俳句』を繰り返し読みこんだことは、私の句作のレベルを上げる上で大いに効果的だったと思います。
 実はもう一つ優れた方法があります。それは自分と波長の合った先輩俳人を見出し、その同人結社に加わることです。そしてそこで催される句会などに積極的に参加して、そこから大いに刺激を受けること。句会は俳聖・松尾芭蕉以来の伝統でもあるわけで、本当はこれこそが俳句上達の王道であるのかもしれません。

 しかしすっかり出不精になり、元々あまり社交的でない私は、これには当初から抵抗がありました。句会の席で自分の作った句を周りの人から批評、指摘される。逆に私がそういう立場になることもある。『ウーン、どうもなあ』という感じがしたのです。
 それにもう一つ、特定の俳句結社に所属してしまうことは、その結社のカラーに染められ縛られてしまい、それを越えるような発想が出来にくくなる可能性もあるのではないだろうか?とも思われたのです。

 それに、この年になって何も「プロの俳人」を目指すわけでもないのだし。結局早い段階で、同人結社に所属しないことにしようと決めました。
 ただ同人結社の利点はもう一つ。自分の作った句が大勢の批評眼にさらされることによって、独りよがり、自己満足になりがちな傾向から逃れられるということがあると思います。自分の作った句はどうしても評価が甘くなりますから。そこで極力そうならないよう、自作を厳しくチェックする「もう一人の自分」を常に置いておかなければならないなとも思いました。

 「プロ俳人を目指すわけではない」と言いながら、次の段階として『自分の作った句を出来るだけ多くの人に読んでもらいたい』という欲求が芽生えました。ともかくもそういう欲求が芽生えたということは、その頃には当初の軽いウツ傾向は脱しつつあったといっていいのかもしれません。

 各俳句雑誌では、定期的に「俳句賞」「俳句新人賞」などへの応募を呼びかけていました。例えば「角川俳句賞」「俳句朝日賞」「俳句研究新人賞」といったものです。30句または50句をまとめて、それに自分で決めたタイトルをつけて応募するというような形式です。その中でも角川俳句賞は俳句界では権威ある賞ですから、もし受賞でもすれば一気にプロ俳人への道が開かれるわけです。また俳句研究新人賞も、プロ俳人としての登竜門になるような賞です。

 無謀にも私は、句作を始めて何ヶ月かした段階でこれらに次々に応募するようになったのでした。応募して何ヶ月かすると、各誌に受賞した作品、次点何作品かが発表され、それに選考委員の講評が出されます。
 結果は言わずと知れたもので、毎回まるでかすりもしませんでした。しかしせっせと応募した効用は確かにありました。私自身が応募した賞ですから、まず受賞作、次点作を丹念に読むわけです。そして『なるほど違うなあ』と彼我の力量の差が、そこで測れるわけなのです。そして選考委員の講評をじっくり読んだことで、自分の句作の力を高める上でずいぶんヒントが得られたように思います。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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