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総選挙あれこれ(4)

 公示日のきのうからほぼまる1日が経過し、総選挙まで後残すところ10日です。
 後10日というのは、「ついにあと10日に迫ったか」という見方と共に「まだ10日もあるのか」という見方も出来ます。選挙のプロは、「選挙は最後の3日間で決まる」と言っています。前回の郵政選挙のような、政官財それに各マスコミこぞっての「翼賛選挙」ならいざ知らず。選挙は水もの、この先本当に何が起きるか分かったものではありません。
 
 さすがに北朝鮮によるテポドン発射は先のクリントン訪朝でなくなり、アメリカの「デフォルト宣言」のようなメガトン級の事態もないようです。がしかし、自公政権は何らかの“爆弾”を用意しているという怪情報も流れています。
 もしかして、ここのところ急になった「新型インフルエンザ流行報道」もその一環かもしれません。今までピタッと報道しなかったのに、何でこの時期に?何か変なのです。「恐怖心を与えて大衆を引き込む」というのは、古来使い古された権力側の常套手段です。(用心は必要ですが、いたずらに恐怖心を持つのは止めましょう。恐怖心を抱くようだったら、同報道など見ない方が賢明です。)

 気になるのは、アメリカの知日派(一般の日本国民より、我が国の政治状況などをよく知っている知性派)の多くが、「今回の選挙では政権交代は起きないだろう」と見ていることです。彼らの見立てでは、民主党が比較第一党になっても自公伯仲となり、選挙後の政治状況は一段と混迷し、前に進めないような混沌としたものになると言うのです。その結果、来年夏の参院選は衆参同時選挙となり、その時が政権交代を賭けた本当の勝負となるだろうとの見方のようなのです。
 『えっ?ホントかよ』と思うような話ですが、決して有り得ないことではないと思います。

 今回民主党は「勝つ」のでしょうが、その「勝ちっぷり」が問題なのです。
 月刊誌『文芸春秋』9月号で、かつて大連立を仕掛けた中曽根元首相、渡辺読売新聞会長という、2人の「平成の妖怪」が対談しています。
 その中で渡辺恒雄は、「自民党の議席が“100減”で収まるのだったら、自民党は復活する可能性が十分にある。“150減”というレベルに達したら、自民党は半永久的に野党となるでしょうね」と発言し、中曽根元首相も同意していました。おそらく現自民党幹部たちも、「負け」は既に折り込み済みのはずです。しかし渡辺発言のように、負けが「100議席」か「150議席」で、自民党の今後の運命が大きく変わると見ているのではないでしょうか。

 自民党の解散時の議席数は303人。公明党は31人。対して民主党は112人です。したがって「自民100減、民主100増」だと、自民党203人民主党212人です。民主党はかろうじて比較第一党にはなるものの、過半数(241議席)には遠く及びません。確かに鳩山内閣は誕生するのでしょうが、社民党や国民新党との連立となります。当然自民党は下野ですが、公明党と併せても過半数には及ばないものの、連立与党と僅差の勝負が出来るのです。
 そこで自民党が、もろい連立政権を揺さぶり、民主と社民あるいは国民新との間にくさびを打ち込み分断させれば、民主は窮地に追い込まれ政権運営は行き詰ることになります。(先ほどの米知日派たちは、このケースになると見ているわけです。)

 一方「民主150増、自民150減」となると、民主党は260以上となり単独過半数となります。参院で過半数に達していないため連立政権とはなるものの、衆院での数が圧倒しているため、じっくり政権運営に臨めまた長期政権が見込まれます。来年の参院選でもおそらく勝利し、衆参そろって過半数議席獲得となります。
 そうなれば自民党は万事休す。逆に民主党から手を突っ込まれて、解体にまで追い込まれるかもしれません。

 思えば「100」は大変な議席数です。しかしその程度の増減では、この国の旧体質が根本から改まることはないということです。
 民主党が腰を落ち着けて、マニュフェスト(政権公約)実現に向けた政権運営を目指すのであれば、最低でも過半数の241(129増)以上は確保しなければなりません。出来れば、絶対安定多数の262(150増)以上を得たいところです。とにかく241以下では、政局が流動、混迷化することを覚悟しなければなりません。

 これまで万年与党で権益をむさぼってきた自民党にとって、今回の総選挙はまさに天国か地獄かの正念場です。残りの10日間、それこそなりふり構わぬ死に物狂いの選挙戦になることでしょう。民主党へのネガティヴキャンペーンも一段と激しくなるかもしれません。インフルエンザ流行問題で一段と恐怖心をあおってくるかもしれません。ある民主党幹部のスキャンダル暴露を準備しているという噂もあります。とにかく、この先は「何でもあり」です。

  しかし要は国民が、どれだけ心の底から「政権交代」を望んでいるかということです。底の浅い望みでは、老獪な旧来型の自公勢力に簡単に覆されてしまいます。
 本当にこの国に、浮上のきっかけとなる大きな「チェンジ(変化)」をもたらしたいのか。それとも旧来型政治に引き続き任せて政官財の泥沼構造に国民もろともぶくぶく沈み、亡国に至りついても構わないのか。二つに一つの選択。「主権在民」「国民主権」なのですから、決めるのは私たち国民です。

 (大場光太郎・記)

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