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秋の気配

   我が心早や秋風と思ひけり   (拙句)

 『薬物汚染の拡がりを憂う』につい熱中し、関連する新情報を追いかけ3回連続で同シリーズを載せました。しかしふと気がついて調べてみますと、昨23日(日)は二十四節気の一つである「処暑」なのでした。
 処暑のことは去年記事にしましたが、「暑さが峠を越えて、後退し始める頃」という意味です。二十四節気という暦上の季節の変わり目と実際の季節には、多くギャップが見られるものです。しかしこの処暑は、ほぼ実際の季節感覚と一致しているようです。

 例えばきょう24日です。当地では午前中から昼過ぎまでは日差しが明るくやや暑いくらいでしたが、2時過ぎ頃から空に何やら秋めいたうす雲がかかり始め、徐々に日が翳りだしました。曇りゆく景色の中町並みはどことなく沈みがちで、真夏の頃とは明らかに装いが違います。
 風もやや強く吹き渡り、揺れる道の辺の草花は早や秋草の風情です。

 並木道上の梢では確かにまだ蝉声は聞こえつつも、以前ほどのかまびすしさではありません。蝉といえば、旧盆前頃までは、夜中の10時過ぎても木立があろうものなら、そこからけたたましいほどの夜蝉の鳴き声が聞かれたものでした。しかし今は同時刻夜蝉はバッタリで、代わって草むらからひっきりなしにリンリンと鳴く虫の声が聞こえてきます。

 夕方5時頃例の中津川堤防を降りてみました。7月まではこちら側は草が伸び放題でした。しかし今月に入って、県から委託された業者が草刈機で刈り取り、今は堤防の上から下までキレイな丸坊主状態です。
 私がいつも腰を下ろす所の手前、下段にはマツヨイグサ(月見草)が雑草に混じって群生して咲いていました。夜に訪れると、黄色い花々が咲きそろいそれなりに風情がありました。しかし今はそれも含めてきれいさっぱりです。ずっと100m上流まで見渡せます。

 空全体をいよいよ厚い雲が覆い尽くしています。座って見上げているのは東空ですが、その中空より少し低い辺りの雲間から、夕べの薄い光が漏れ出しています。周りの雲がうす茜色に染められています。
 川の中ほど20mほど上空を、鳶(とび)でしょうか、黒い大きな羽をグライダー状に広げっぱなしでゆったりと旋回しています。

 少し下流の大堰からこちら上流側は、さながら堰止め湖のような具合です。満々たる水を湛えています。強い夕の川風が吹き渡っているせいか、川面(かわも)は一面細波(ささなみ)が立っています。やや上流の中洲や向こう岸の際(きわ)のみ波は収まり、そこの葦の連なりが水面(みなも)に映じ、その深緑のさまに何となく涼しさを覚えます。実際川を渡る風はけっこう強く、涼しさを通り越して少し肌寒さすら感じるほどです。

 と、(さすがそこだけは刈り残された)こちら岸の水際の少し上流の葦群れの陰から、つがいなのでしょう、2羽の鴨がツツゥーと姿を現しました。私が座っている堤防中段から、ほんの数m先をゆっくり通っていきます。私は息を殺してじっと身動きせず見ています。鴨は悠然と通り過ぎ下っていきます。
 少し下流のこちら岸沿いに、2列並んで20くらいのテトラポットがあります。この満水時期は、丸い天辺だけ水面に突起している状態です。2羽の鴨は、そのテトラポットの1つそして隣の1つに、1羽ずつ乗っかりました。逃げ出さぬよう、私はいよいよ用心して彼らを見守ります。(幸い私がいる間中、ずっとそのテトラ上で羽を休めていました。)

 川の中ほどに、その鴨を何倍も小さくしたような、1羽の水鳥の姿が見られます。一応水鳥としての形は整っているものの、本当にびっくりするほど小さな水鳥です。全長せいぜい7、8cm、首はいたって細く直径1cmあるかないかといったところです。
 数年前まで私は、この鳥の名前を知らず勝手に「小水鳥(こみずどり)」と名づけて、俳句にもそう詠みました。その後今から4年ほど前、たまたま訪れた「厚木市郷土資料館」の1階陳列棚の中に、この水鳥の剥製が置いてありました。名前を見ると「カイツブリ」。

 このカイツブリ、ただ泳ぎ回っているのではありません。少し水面に浮いていたかと思うと、意を決したかのように、小さな頭からクルリと水中に潜っていきます。小さな波紋を残して、瞬く間に姿が見えなくなります。そうやって必死で小魚を探しているのです。何10秒、時に1分以上も潜りこんでいて、『あれっ。どこに行っちゃったの?』と心配していると、意外な離れた所にパッと姿を現すのです。

 (大場光太郎・記)

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コメント

はじめまして。
押尾事件以来読ませていただいております、40代主婦です。

レムリアの話、とっても興味深かったです。
私自身、押尾事件→日本の政治→CIAとマスコミ→イルミナティ→アセンションへと関心が移りつつある時でしたので、レムリアの記事を読ませていたき、とってもタイムリーでした。
早速レムリアの本を図書館で予約しました。

これからも大場様のブログを楽しみにしております。

投稿: マメコ | 2010年3月26日 (金) 12時29分

マメコ様
 このたびはコメントいただきありがとうございます。また日頃当ブログをご訪問くださり、重ねて御礼申し上げます。
 『「蛍の光」は1万2千年前の歌?』シリーズは、最も力を入れてまとめたものです。何とか完結させて、何か一仕事終えた充実感を味わいました。
 ただこういう情報は「万人向き」とはいえず、押尾事件や小沢捜査関連記事のようなわけにはいきません。また朝青龍関連のようにアクセス殺到ともいきません。その中でマメコ様をはじめ何人もの方が最初から熱心にお読みいただき、大いに意を強く致しました。
 「産み出しは膿出し」。今政治的、社会的に実にさまざまな出来事や事件が日々起きています。すべて出すべきウミが出てきている「大クリーニング」のプロセスととらえ、私たちはそれらを起こしている「根源的なこと」にもっと関心をもってアプローチしていくべきであると考えます。
 『レムリアの真実』じっくりご精読ください。できましたら続編の『レムリアの叡智』と『新しいレムリア』も。何度読んでも、そのたびに新しい気づきと発見が得られます。今はこのような優れた「スピリチュアル・メッセージ」が不可欠だと思います。
 当ブログ今後ともよろしくお願い申しあげます。

投稿: 自遊人 | 2010年3月26日 (金) 14時01分

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