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夏の名句(1)

                            山口 青邨

  祖母山(そぼさん)も傾山(かたむくさん)も夕立(ゆだち)かな

  …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の観賞ノート》
 山口青邨(やまぐち・せいそん) 明治25年、盛岡市生まれ。東京帝国大学工科採鉱学科卒。古河鉱業、農商務省を経て東京帝大工学部教官となり、教授、名誉教授となった。大正11年虚子門に入り、東大俳句会を興す。四S時代の提唱者。昭和4年、「夏草」創刊。6年、杉並に家を定め、雑草園と称した。東大ホトトギス会を興す。句集に『雑草園』『雪国』『花宰相』『庭にて』『粗饗』『寒竹風松』などがある。昭和63年没。  (講談社学術文庫・平井照敏編『現代の俳句』より)

 たびたび引用しております『現代の俳句』中、「山口青邨」でこの句を見出した時、何となくユーモラスで面白い句だなあと思いました。青邨には他に秀句がずいぶんありますが、その一つとして初めから印象深い句だったのです。

 この句の大意としては「まあ、祖母山も傾山も夕立のただ中にあることよ」という、ただそれだけの夕立の一情景を詠んだ句です。そんな単純素朴な句になぜ惹かれるのだろうか?考えてみますと、やはり何といっても「祖母山も傾山も」という固有名詞の組み合わせの妙にあるのではないかと思われます。

 私は当初祖母山も傾山も、山口青邨の想像から生まれた山とばかり思っていました。しかしだいぶ前の某俳句雑誌の夏の号にこの句が取り上げられており、そこで両山とも実在の山であることを知りました。フリー百科事典『ウィキペディア』から、両山のことを少しご紹介してみます。

 祖母山(そぼさん)は、大分県(豊後大野市、竹田市)と宮崎県(西臼杵郡高千穂町)にまたがる標高1,756mの山であり、宮崎県の最高峰である。日本百名山の一つ。祖母山連山は熊本県、大分県、宮崎県と3県にまたがる。火山活動によって形成された山であるため巨大な岩石が随所にみられ、登山ルートは整備されたものから獣道(けものみち)まで多種多様である。祖母山周辺は鉱物資源が豊富で、江戸時代から昭和中期まで採掘が行われていた。
 傾山(かたむきやま)は大分県と宮崎県にある祖母山系の山。山頂は大分県豊後大野市緒方町に位置し、標高1,605m。祖母傾国定公園に指定されている。山頂は3つの岩峰からなり、南から後傾、本傾、前傾と呼ばれる。

 こうしてみると私が知らなかっただけで、両山とも名だたる名峰であったわけです。
 ところで傾山の正式な呼び方は「かたむきやま」のようです。しかしこの句が載っていた『現代の俳句』ではわざわざ「かたむくさん」とルビがふってありました。おそらく作者の山口青邨自身もこのように読ませたかったのではないだろうか?と推測されます。
 「かたむき」と「かたむく」、わずかに「き」と「く」の違い。「かたむき」の場合は、悠久な造山活動によって自然と傾いて現在の形になったというニュアンスです。しかし一方「かたむく」となると、山それ自体の意志によって傾いたと捉えられます。もちろん、山は祖母山を慕ってそちらの方に傾いたというわけです。
 なお同山を「やま」ではなく「さん」としたのは、祖母山(そぼさん)との句調を整えるためだったと考えられます。

 我が国では昔から「おばあちゃんっ子」という呼び方があります。孫がなぜか祖母にすっかりなついてしまって、実の父母以上に事あるごとに「おばあちゃん。おばあちゃん」。しかし今日では、これは昔懐かしい日本の家族関係になりつつあるのではないでしょうか。
 特に都市部では核家族化が進み、祖父母-父母-子供という三世代同居の大家族が少なくなってきています。かつては父母と子供の他に祖父母がいて、親子に何か難しい緊張関係が生じた場合、祖父母がクッションのような役割を果たしていました。そのようにして、家族関係のバランスがうまく取れていた側面があったように思われるのです。
 
 またお年寄りが日常身近な所にいることによって、年長者を敬う気持ち、もっと言えば「敬神崇祖(けいしんすうそ)」という日本的美風が涵養される土台にもなっていたと思うのです。
 以前の社会では、今日問題となっているような親子の断絶、さらにはその行き着く果ての子殺し、親殺しなどという悲惨な出来事はまずありませんでした。

   祖母山も傾山も夕立かな
 昔懐かしい家族形態が「破壊された」と言ってよい今日の世の中。この激しすぎる驟雨(夕立)のような現社会システムによって、「祖母山も傾山も」すっかりその姿がかき消されてしまっているようです。
 
 (大場光太郎・記)

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