『気骨の判決』を観て
久しぶりにコクのある優れたテレビドラマを観ました。8月16日(日)夜9時からのNHKの1時間半番組『気骨の判決』です。「NHKスペシャル」と銘うってはいるものの、事実上清水聡原作『気骨の判決-東条英機と闘った裁判官』のドラマ化でした。
戦時中の東条英機内閣の下で行われた総選挙における、選挙妨害による「選挙無効の訴え」をめぐってストーリーが展開されていきます。史実に基づいているものであり、綿密な時代考証を重ねて制作されたものと見受けられ、作り話的な部分があまり感じられず、リアリティ溢れた感動作との感想を持ちました。
特に主人公である、大審院第三民事部長・吉田久(よしだ・ひさし)役の小林薫の抑制した重厚な演技が光り、『いよいよ名優の域に達したなぁ』とうならされました。
ドラマは太平洋戦争真っ只中の昭和17年、東条内閣の下に施行された第21回衆議院議員総選挙(翼賛選挙)に端を発します。同選挙においては、「戦争に勝つため」というスローガンの下『翼賛政治体制協議会(略称「翼協」)』が推薦した候補者に圧倒的な支持が寄せられ、一方「自由主義的」「戦争に非協力的」などの理由で非推薦となった候補者には露骨な選挙妨害が繰り広げられ、政府主導の大政翼賛会が議席を独占した総選挙でした。
選挙後落選した、鹿児島県第2区の兼吉征司(渡辺哲)らから「選挙無効の訴え」が、大審院(現在の最高裁)に起こされました。裁判官の多くは時局を考慮し尻込みする中、裁判長・吉田久だけは持ち前の実直さで同訴訟と真正面から取り組みます。
吉田は、渋る大審院長の児玉高臣(石橋蓮司)を説得し、気鋭の陪席裁判官・西尾智紀(田辺誠一)ら4人とともに鹿児島に出張し、187人もの証人を尋問します。しかし吉田らはその過程で、同地の見えざる締めつけによる証言拒否にあい、吉田自身も宿屋を訪ねてきた証人の一人、国民学校校長の伊地知健吉(國村隼)に「早くこの事件から身をひかないと、身の安全は保証出来ませんよ」とブラフをかけられます。
しかし屈することなく、苦労の末証言者の本音を聞き出したり、鹿児島県知事・木島浅雄(篠井英介)が出した「推薦依頼状」を入手もします。だが黒幕と思しき木島本人への尋問を行うも、「知らぬ、存ぜぬ」で逃げ切られてしまいます。
東京に戻ってからも、直属の上司である児玉や、司法大臣の竹下正弘(山本圭)によって直接的、間接的な圧力をかけられます。また大審院を尋ねてきた新警視総監に就任した木島からは、伊地知校長が自殺したことを告げられ、「あなたが自殺に追い込んだのですよ」となじられます。
その上昭和19年2月の「全国司法長官臨時会同」には、東條首相自らが乗り込んできて、「司法権が戦争遂行の障害となってはならない」と強い圧力をかけられます。そんな折り、吉田は自宅にいてさえ常に特高警察の監視下に置かれることになるのです。
最終段階で竹下大臣からは「原告敗訴の判決」を出すよう命じられもした、昭和20年3月1日。吉田は遂に法曹人としての誇りにかけた判決を行います。
鹿児島県第二区選挙無効訴訟事件大審院判決(翼賛選挙無効判決)
主文
昭和一七年四月三十日施行セラレタル鹿児島県第二区ニ於ケル衆議院議員ノ選挙ハ之ヲ無効トス
(以下省略)
「戦争遂行」の美名の下、厳しい言論統制、思想弾圧が恒常的に行われていたファシズム体制下、よくもこんな勇気ある良心的判決が出せたものです。
劇中、ワルの演技が秀逸だった篠井英介演ずる木島新警視総監から、「肩肘張らずに、法律とうまく付き合え。もっと利巧になりたまえ」と助言(?)されて吉田は、「私は一生愚か者でけっこう」と突っぱねるシーンがありました。あの時代、自分の身の安全、今後の更なる栄達などを計算に入れれば、東條以下の権力者の意向に反する同判決などとても出せなかったと思います。
吉田久という御仁は、稀に見る「阿呆者、愚か者」だったと言うべきです。しかしそんな吉田によって、暗黒時代の裁判史上唯一と言ってよいような、光明射す奇跡的な判決が残されることになったのです。
吉田久は、稀に見る名裁判長と言ってもよさそうです。
なお吉田久は、同判決の4日後に司法大臣に辞表を提出し大審院を去り、教職の道(中央大学講師)に進みます。しかし終戦時まで「危険人物」として特高の監視下に置かれました。戦後は鳩山一郎(現民主党代表・鳩山由紀夫の祖父)の推薦により日本自由党に加わり、同党の憲法改正要綱中の司法権の強化に関する規定を起草しました。現憲法下での「三権分立、司法権の独立」は、吉田に負うところが大きいのです。
昭和21年の貴族院議員選挙に勅選されるも、翌年同院の廃止により議員を退任し、以降中央大学法学部教授として迎えられました。(かつて同大学法学部は弁護士を多数輩出し、東大法学部よりレベルが高いと評価されましたが、このような背景があったわけです。)昭和46年逝去。享年87歳。
ところでこの歴史的判決は、これまであまり知られることがありませんでした。これには理由があります。同判決間もなくの3月10日の東京大空襲で大審院も被害を受け、同判決原本は消失したと見られていたのです。大審院判決集にも登載されておらず、「幻の判決文」とされてきました。しかしごく最近の平成18年8月、最高裁の倉庫から61年ぶりで発見されたのです。
時の司法大臣(実名は松阪広政)の指示を受け、どさくさにまぐれて大審院長らが隠匿したものであることは明らかです。これ一つを取ってみても、本当に暗い時代でした。
(大場光太郎・記)
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