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夕星(ゆうずつ)の歌

              サッフォー

  夕星は、
  かがやく朝が(八方に)散らしたものを
  みな(もとへ)連れかへす。
  羊をかへし、
  山羊をかへし、
  幼な子をまた 母の手に
  連れかへす。

             (呉 茂一訳)
 …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 サッフォー(「サッポー」とも) 紀元前7世紀末~紀元前6世紀初めの、レスボス島出身の古代ギリシャの女流詩人。生前から詩人として著名であり、シチリア島のシュラクサイに亡命の時期に彫像が建てられたともいう。
 後世の哲学者・プラトンはサッフォーの詩を高く評価し、サッフォーを「十番目のムーサ(詩の女神)」と讃えたといわれている。

 この詩は、高校2年の時の現代国語の教科書に載っていました。とにかくあの頃は、見る詩文、読む文学、聴く音楽…すべてが私にとって新しい啓示のように、圧倒的な感激をともなって私の心に迫ってくるような時期でした。
 それは今となっては再現しようにも再現しがたい、「青春の不思議な力」としか形容できないような不思議な感動でした。

 後世サッフォーは「女流閨秀詩人」などとも呼ばれ、官能的な詩も残しているようです。その中でこの詩は、今から2,500年以上前のレスボス島の牧歌的夕暮れの情景を、平易に歌い上げています。時代も国もまったく異なりますが、昨年記事にしました中村雨虹作詞の『夕焼け小焼け』にも共通する詩的メンタリティを感じます。

 朝つまり太陽はものを「散らし」、夕星は「連れかへす」。この対比は面白く、さすが詩人的発想だと思います。
 なお「夕星(ゆうずつ)」とは、宵の明星すなわち金星のことを指しています。どなたもご存知のとおり、夕闇迫る頃合、西の空の中ほどに一番星としてひときわ強く輝いているのが見かけられます。地上のさまは大変わりしても、「夕星」は何千年経とうといささかも変わらないわけです。

 ところで「サッフォー」を語る場合、述べておかなければならないことがあります。サッフォーの詩は頽廃(たいはい)的であるとして、古代ローマ時代から非難の的となり、特にキリスト教の隆盛と共に彼女の詩は異教的頽廃の代名詞とされ、その過程で多くの作品が失われたようです。
 非難の中にはサッフォーを貶めるため、彼女を同性愛者とするものもありました。そのため「サッフィズム」という用語が生まれ、女性同性愛者を呼ぶのに用いられました。また今日女性同性愛者を呼ぶ一般的呼称である、「レスビアン」もサッフォーがレスボス島出身であることに由来しています。

 サッフォーは故郷レスボス島にて、ある種の学校を作り、若い娘たちを生徒として文芸、音楽、舞踊をはじめとする教育を行ったようです。彼女の詩の一部はその生徒のために書かれたものもあるようです。
 しかしサッフォーの生涯自体不明な点が多く、「生徒と同性愛の関係にあった」とする説は根拠がありません。上記のようなサッフォー詩排斥の過程で生じた曲解であったようです。

 (注記) 本記事は、「フリー百科事典『ウィキペディア』の「サッポー」の項」を参考にまとめました。なお、岩波文庫『ギリシャ・ローマ抒情詩選』(呉茂一訳)中の同訳詩のタイトルは『夕星』ですが、私の記憶では『夕星の歌』として残っており、今回はそれをタイトルと致しました。

 (大場光太郎・記) 

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