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薬物汚染の拡がりを憂う(14)

 8月31日夜押尾学被告が釈放されてから、一週間以上が経ちました。身元引受人である実父の多摩市内の某マンションで、しおらしく亡くなった田中香織さんの供養をしているのかと思いきや。5日土曜日銀座のゲイバー「G」に、押尾と思しき人物がパチンコ店経営のY氏(保釈金を出したのとは別人)らと入っていったそうです。何でも同店は座っただけで5万円というような超高い店とか。押尾らはここのVIPルームで、明け方までドンチャン騒ぎをしていたというのです。
 派手に「出所祝い」を、と言ったところでしょうか。押尾自身といい怪しげな取り巻きといい、何とも懲りない面々です。

 ところで押尾被告のMDMA使用という軽微な罪だけを裁く、麻薬取締法違反事件の初公判が10月23日に決まりました。その頃合を見計らったように警視庁麻布警察署は、六本木ヒルズレジデンスで変死体で発見された田中さんについての捜査を打ち切る決定をしました。これで、押尾に対する「保護責任者遺棄致死容疑」での再逮捕の可能性は完全に消えたわけです。
 『やっぱり麻布署はグルだったんだな』。この事件に関心を持つ多くの国民は、きっとそう思ったに違いありません。

 とにかくこの事件について所轄の赤坂警察署は当初から「事件性なし」として、ロクに捜査も行ってきませんでした。押尾は逮捕後の取調べの過程で、事件の核心に迫るようなことを供述していた可能性があります。それらも含めて麻布署は事件の真相をすべて隠蔽し、終わりにしてしまったのです。
 警視庁特に赤坂署のやり口を見ていると、警察官僚上がりの自民党議員、同党大物議員、一部財界人のみならず闇社会などとのズブズブの関係を、自らが世間にさらけ出したかっこうです。
 この決定に対して到底納得できない田中さんの遺族は、民事訴訟の訴えを起こして徹底的に押尾被告側と対決していく姿勢のようです。遺族感情としては当然ですが、その過程でこの事件の真相にどこまで迫れるのでしょうか?大いに期待したいところですが、「関係者」と「取締り当局」がズブズブである以上、甚だ望み薄と言わざるをえません。

 その後事件当日の新情報が洩れ伝わってきています。押尾は六本木ヒルズレジデンス(B棟2307号)に生前の田中さんを一人残したまま、野口美佳借主の別の部屋に向かったようです。そこには「友だち」の森元総理の長男や別の大物政治家の息子らがいたというのです。その部屋でしばらく「ヤク」に耽りすっかり出来上がった頃合、押尾はセックス目的で田中さんが待つ問題の部屋に戻ったようです。
 その時田中さんは既にMADA1錠を飲んでいたのでしょう。当初押尾は「死人に口なし」で、「田中さんから進められて飲んだ」と供述していましたが、事実は逆で押尾から田中さんに渡したのだと思われます。というのも、押尾は直前渡米履歴がありそうだからです。MDMAは米国から持ち込んだ可能性があるのです。米国の合成麻薬は粗悪品も多く、田中さんはそのせいで、押尾と飲んだ2錠目で容態が急変し死に到った可能性があります。

 森元総理の長男・祐喜は、今やこの事件の「陰の常連」といった感じですが、ヒルズの各部屋をフリーパスで使わせてもらえるほどツーカーだったわけです。森祐喜は、これももう一つの「魔窟」で、「疑惑タレント」たちも大勢出入りしている東京西麻布のクラブ「alife(エーライフ)」の常連で、以前から押尾とは大の友だちだったようです。押尾は取り調べの過程で、祐喜に関する何らかの証言をした可能性があり、そのため先月末頃「森祐喜が逮捕される」という情報も流れたようです。
 以上、「魔界都市東京」のほんのさわりをお伝え致しました。

 (大場光太郎・記)

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コメント

何とはなしにネットなどで流れている
ニュ-スだったとは言え。。。
本日もミ-ハ-sundayは読んでしまいました。
今までモザイクだった所をはっきり見てしまったような。。。
やっぱり面白いです!

投稿: sunday | 2009年9月10日 (木) 17時46分

 sunday様。またコメントいただきまして。
 とにかく今回の両事件、特に押尾事件の「トカゲの尻尾切り決着」に憤懣やる方ない思いです。真相は藪の中で、何ともやりきれない思いもします。このままでは精神衛生上よろしくありませんから、方々の情報を集めて私なりに『本当はこうではあるまいか?』というものを記事として公開しています。但し「これこそが真相だ」などと唱えるつもりはありません。
 sundayさんが「ミーハーsunday」なら、私は「やじ馬光太郎」です。本当に「やじ馬根性」が旺盛でないと、このような記事を書き続けていくことはできませんものね。と言いつつ、また続きを出すかもしれません。
 
 

投稿: 大場光太郎 | 2009年9月10日 (木) 20時05分

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