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続・乞食さんの思い出

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 次はキツタロさと同じ頃の女乞食さんの話です。
 その女乞食の名前は、近所のおばさんたちの間では「カモダのカシャババ」と呼ばれていました。我が母子寮の前の通りを三十メートルほど東に行くと木橋があり、それを越えて山坂道をしばらく登って行くと蒲田山という山とそのたもとの部落があります。小学校高学年の頃、秋が深まった時分よくきのこ採りでその山に分け入ったものでした。要はその婆さんはその辺に住んでいるので「蒲田のカシャ婆」というわけです。
 とこう述べますとさも実在して山部落から下りてきて、当時の郷里の街中を歩き回っていた人のように聞こえます。しかし実際はおそらく誰もその姿を見たことがなかったと思うのです。
 
 私が小学校低学年の頃は、何か手に負えない悪さでもすると母や寮内のおばさんたちから、「ええがコタロ。そんなごとすっと、カモダのカシャババにさらわっちぇしまうなだぞ」というようなことを言われたものでした。幼い子供にはその一言が意外に効いたのです。
 しかしその「カモダのカシャババ」なる婆さんは、ついぞ一度も姿を現わしたことはないのでした。
 
 当時の周りの大人たちは乞食だと言ってはいたものの、本当のところはどうだったのかは分かりません。実際そんな婆さんがいたのかもしれず。またはかつていたのかも知れない誰かに尾ひれがついて広まった、都市伝説ならぬ「田舎伝説」の類(たぐい)だったのかもしれず。あるいは民俗学などで言う村落共同体の秩序を脅かす異人(いじん)的存在が投影された虚像だったのかもしれません。
 さらには山部落深く棲むということから、昔話の山姥(やまんば)のイメージが投影されていたのかもしれません。そうなると今では、カモダのカシャババの正式名称は、「蒲田の火車婆?」と思わないでもありません。
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 実は乞食さんに類した人は、現居住地である厚木市にもいたのです。それもそう遠くない、つい数年前までの話です。
 
 今から十年余前私が現在の業務に従事するようになり、当市内を車で走っていると、時折りある乞食風の男性が通りをあるいているのに出くわすことがありました。やはり風采が明らかに一般人とは違うのです。その人はかなり年配で70前後くらいに見えました。割と背の高い痩せ型の老人で、白髪、白髯(はくぜん)のその風貌は、どことなく聖者風に見えないこともありませんでした。

 こういう人は一体どこをねぐらにしているものなのでしょう。近年社会問題になっているホームレスは当市でも見かけられます。例えばいつもご報告しております中津川堤の百メートル少し上流の橋の下には、何年か前までホームレスが寝泊りしていた痕跡がありました。(その後撤去)。さらにその数百メートル上流くらいの所は中州が盛り上がった平べったい台地状になっていて、その一部にはしっかりした小屋らしきものが造作されています。いつか散歩でそこの堤防道を歩いていた時などは、その小屋の側には犬小屋までありキャンキャン吠えているのを見たことがあります。
 またいつもの中津川堤を数百メートル下流に行くと大きな橋がありますが、そこいら辺には何人かで共同で生活しているようで、今でも時たま人の姿を見かけることがあります。

 その人は本厚木駅周辺でも見かけられたことから、あるいはもっと下流の相模川のどこかをねぐらにしていたものでしょうか。しかしその人はどうも今風のホームレスというよりは、もっと年季の入ったいわゆる乞食さんといった感じの風体でした。

 今から3、4年前の初冬のある夕方のこと。その人が本厚木駅のすぐ近くの道路際に腰かけているのが認められました。一方通行の道路とビルとの境の幾分高めの縁石の一角に、一人しょんぼり腰かけていたのです。通りをけっこう人が行き来していますが、その人のことなど誰も眼中にありません。
 その姿はどことなく所在なさげで、寂しげで、寒そうで。もちろんたまに車内から見かけたくらいで面識はありませんでした。しかし私は、どうもそのようすが気になって仕方なかったのです。そこで近くに車を停めて降りて、その人に近づいていきました。
 私がすぐ側に立っているのに気がついて、その人は一瞬ぎくっとした表情を見せました。私は「これで何か温かいものでも食べなよ」と千円札を一枚渡しました。その人は型どおりペこんと頭を下げて受取りました。

 しかしそれ以来、その人を見かけることはなくなったのです。その冬は越せなかったのでしょうか。   ー  完  ー

 (大場光太郎・記)

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