「あなたは、あなたでいいのだ。」
これでいいのだ。
それは、赤塚不二夫さんが、
漫画の中で幾度もくり返してきた言葉。
現実はままならない。
うまくいかないことばかり。
毎日のほとんどは、
これでよくないのだ、の連続だ。
自分を責めて、誰かを責めて、何かを責めて。
そして、やっぱり自分を責めて。
だけど、ためしてみる価値はある。
あなたが、もうこれ以上どうにもならないと
感じているのなら、余計に。
胸を張る必要はないし、
立派になんて、別にならなくたっていい。
あなた自身がそう思えば、
世界は案外、笑いかけてくれる。
人生は、うまくいかないことと、
つらいことと、つまらないこと。
そのあいだに、ゆかいなことやたのしいことが
はさまるようにできているから。
どうか。あなたの人生を大事に生きてほしい。
…… * …… * …… * …… * …… * ……
以上の文は、10月20日付夕刊紙の17面下段の大きな広告欄に掲載されていた一文です。スポンサーはACジャパンです。同社は公共広告によって啓蒙活動を行っている特例社団法人で、時折りテレビでも同社の秀逸なCMを目にすることがあります。私は一般紙を購読していませんが、あるいは全国紙にもこの広告は載っていて、既に目にされた方もおられるかもしれません。
何ともほのぼの心打たれる一文です。どこぞのコピーライターが作ったものなのでしょうが、『さすがはプロの文章 ! 』とうならされます。広告文である以上、著作権は発生しないはずと判断し、早速全文を引用させていただきました。
「あなたは、あなたでいいのだ」。確かにそのとおり。「隣人愛」は人類の理想ではあるけれど。まずは自分自身を認め愛せなければ、とても他人を愛せるものではありません。それも自分の嫌いな部分も含めて、丸ごと。しかし実際は、意外と自分自身を愛せていない、自分のどこかを嫌っていることの方が多いものです。
最近亡くなった人のことを引き合いに出して、申し訳ないながら。ミュージシャンの加藤和彦氏が自殺しました。享年62歳。私より2歳上、昭和43年一世を風靡した『帰ってきたヨッパライ』以降若くして音楽的才能を発揮し、私ら「団塊の世代」の旗手の一人でした。
かつてのブルーコメッツの井上忠夫氏の時もそうでした。今回の加藤氏の自殺によって、若かりし昭和40年代のあの頃の、私たちの思い出がまた一つ黒く染め上げられてしまったなという思いがします。
「なぜ自殺なんかしたのだろうか?」。2番目の奥さんの安井かずみとの死別がこたえたとか。それに近年うつ病で通院しており、知人たちには「やりたいことがなくなった」「自分の思うことができない」と洩らしてもいたとか。そういうことが重なって人生に絶望したのかもしれません。しかし本当の原因は当人にしか分からないことです。
それを承知で述べますと、「老いの自覚」がどこかにあったのではないだろうか?と思うのです。加藤和彦氏はバリバリのダンディな人だったと聞きます。若くして才能が開花したかつての輝かしい自分。今現在の才能そして肉体的衰え。その甚だしいギャップ。彼のダンディズムは、自身のそのような衰えを認めたくなかったのではないでしょうか?
引用文の「あなたは、あなたでいいのだ」は、付け加えるとすれば「あなたは、今のままの、あなたでいいのだ」となるはずです。
しかし加藤氏はそれが出来なかった。過去の栄光があまりにも大きすぎて、今現在の自分を否定しがちだったのではないでしょうか?それは加齢により才能その他諸々の衰えの自覚だとしても、それらも含めてありのまま認めてほしかった、「自殺」という究極的な自己否定などしてほしくなかった。これは同時代を共に生きた者の率直な感想です。
今後『あの素晴らしい愛をもう一度』や『イムジン河』を、どのように聴けば、歌えばいいのでしょう?
それに引き換え。漫画家・赤塚不二夫(昭和10年~平成20年)のすべてを笑い飛ばす「ギャグ精神」の見事さといったら ! 今回引用文の中には、赤塚の写真も載っています。それはあの天才バカボンの父親そっくりの、鼻の下に5本のヒゲ、額に2本のシワを墨で描いて、目を細めて微笑んでいる写真です。その姿からは、「人生何があっても、これでいいのだ」と笑い飛ばす、赤塚の面目躍如といった感じです。今となっては、何とも懐かしさを覚える赤塚不二夫の風貌です。
赤塚不二夫は旧満州に生を享け、敗戦で軍人の父親はシベリア送り。残された家族は終戦の翌年、母の実家のある奈良県に引き上げてきました。幼少の頃から辛酸をなめ地獄も見てきたようです。悲惨な体験が根っこにあっての、「これでいいのだ」。人生丸ごと全肯定の楽天的姿勢。
笑い事じゃない深刻な時ほど、「笑い」や「ギャグ」が余計必要なのかもしれません。
「これでいいのだ」は、決して甘ったれた育ちから生まれた言葉ではない。それをよく噛みしめて、引用文をじっくり味わってみたいものです。
(大場光太郎・記)
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