天に北斗の光あり 地上に花の香ある
山形県立長井高等学校校歌
県立長井中学校校友会 作詞
山崎藤得 作曲
1 天(そら)に北斗の光あり 地上に花の香(かおり)ある
緑の山河友となし 栄華の夢をよそに見て
早苗ヶ原にそびえ立つ これぞ我らの理想郷
2 銀河の星に照らされて 山錦繍(きんしゅう)に映(は)ゆるとき
雄々しき姿白鷹(しらたか)の 強き力を双翼に
理想の天地前にして 希望に燃ゆる我が健児
(出来ましたら以下の記事をお読みになる前、同校歌mp3演奏をお聴きください。冒頭のタイトル左クリックで「校歌ページ」が開きます。)
「人に校歌あり」。すべての人がかつて学び舎で過ごした経験を持ちます。小、中、高、大学と上級学校に多く進んだ人ほど、いくつもの校歌を持っているわけです。皆様にとって一番愛着のある校歌は、何でしょうか?
私は高卒です。したがって私の場合は、小、中、高校の三つの校歌を持っていることになります。(実際は30代前半、都内新宿区にある工学院大学の専門学校課程の土木科夜間部に2年間通学し、一応卒業しました。しかし私自身はこれを最終学歴に含めないことにしています。)
我が小学校の宮内小学校(山形県)校歌は、昨年11月記事『菊祭りの思い出』でその一部をご紹介しました。作詞:高野辰之、作曲:梁田貞と、当時の文部省唱歌を数多く手がけた大御所の作った歌であり、それなりの愛着も懐かしさもあります。また我が宮内中学校校歌は、本年7月記事『娘ことごとく売られし村』で取り上げた郷土の歌人結城哀草果の作詞になるもので、これまた捨てがたいものがあります。
しかし私にとってひときわ愛着が深く懐かしさを感じるのが、今回ご紹介の長井高校校歌なのです。そこには、人生の中で最も多感な時期であった高校時代の校歌だからということもあるのでしょう。しかしそれ以上に、とにかく詞も曲もピカイチの歌だと思われるのです。
同校歌は、母校ホームページの「校歌紹介」によりますと、<昭和3年10月3日制定>とあります。昨年記事『万物備乎我(2)』でも述べましたが、母校は大正9年に旧制山形県立長井中学校として発足しました。ですから校歌が制定された昭和3年当時は、旧制中学校の校歌であったわけです。いささか手前味噌ながら、このような校歌を持てたことを誇りに思います。
いきなり「天に北斗の光あり 地上に花の香ある」。北斗は北斗七星。古代中国では、太乙(たいいつ-北極星)と共に、道教などでは特に重要視される星斗でした。私の郷里は北の地方でしたから「北斗」が自然に歌われているわけです。何とも心鼓舞される雄渾な出だしです。
作詞は長井中学校校友会、作曲は山崎藤得という人。小学校校歌のように名だたる人たちの手によるものではない、おそらく当時の母校関係者による歌なのでしょう。なのにこのスケールと格調の高さ。
「緑の山河友となし 栄華の夢をよそに見て」。旧制第一高等学校寮歌の『嗚呼玉杯に花受けて』の一節の、「治安の夢に耽(ふけ)りたる 栄華の巷(ちまた)低く見て」などの影響を多分に受けたのではないでしょうか?一般庶民が栄華を求めるのは致し方ない。しかし我々は、そんな泡沫(うたかた)の酔夢を追うことはしないのだ、という選良(エリート)たる青年たちの質実剛健の気概が偲ばれます。当時の社会体制がいかなるものであったにせよ、「理想(ゆめ)」を歌え、語れる世の中は、少なくとも今よりはずっとましだったと言えると思うのです。
私の頃はぎりぎり「栄華の夢をよそに見」るメンタリティーを理解出来ました。しかし万事豊かになること、経済至上主義があたり前、そのための学歴であり偏差値であるという風潮の今日、母校在校生諸君はこの歌詞をどう捉えて歌っているのでしょうか?
もっとも昭和40年代前半在籍していた頃の私は、同校歌に今ほど思い入れがあったわけではありません。「万物備乎我」という孟子の成句を、犬養毅(犬養木堂)が揮毫してくれて扁額になっていることすら知らなかったのですから。「意味をじっくり味わって校歌を歌いなさいよ」などと、在校生に言えたものではありません。
私が「校歌の力」を実感するようになったのは、母校を卒業してずっと経ってからのことです。今でも思い出しては、口ずさむことがあります。年と共に涙もろくなったせいか、一節一節かみしめて歌っていると、熱いものがこみ上げてきます。
そして気づかされるのです。『オレはホントに、それらしきことを何もしてこなかったよなあ』と。若き日の理想(ゆめ)とそれ以降今日の現実と。その何たる乖離(かいり)よ。いな現実に埋没してしまっているのに、それすらも気がつけない恐ろしさよ。
だから改めて思うのです。『このまま終わってしまっては、オレの人生ゼロだな。何とかしなきゃあな』と。
世に歌は星の数ほどあれど、同校歌は私にとって第一の「人生の応援歌」です。校歌はつくづくありがたきかな。 十三夜(後の月)の夜更けにー
(大場光太郎・記)
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