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ドキュメント・お月見

   空黒く名月行方不明なり  

   十五夜の路地に一つの夢こぼす   (以上拙句)

 本日10月3日は旧暦の9月15日すなわち「十五夜」です。秋雨前線停滞や太平洋上の台風などのせいか、9月末頃から雨がちのぐづついた天気が続いています。
 きょうは雨こそ降らなかったものの、朝から分厚い雲が全天を覆うあいにくの空模様でした。普段の日ならば、ちょいと外出するにも遠出するにしても「雨さえ降らなければОK」のはずですが、十五夜のこの日ばかりはそうはいきません。

 十五夜の満月がくっきりと見られる良夜であるためには、全天を覆い尽くすこの黒い雲がきれいさっぱりなくなること、しかし日中のこの雲の具合からしてそれが難しいのであれば、せめて空全体の何割かでも雲が切れて、そのあわいから十五夜月が望めれば良しとしなければなりません。
 『でもそれすらムリかもな』と半ばあきらめかけていた午後4時前後。東の方の空の雲が少しずつ切れ、水色の澄んだ空の色が見え始めたではありませんか。そして夕色が兆すとともに次第にその辺に占める秋空の割合が多くなり出したのです。

 それより上の中空、西の方の空は依然として薄黒い厚い雲で覆われています。特に西にでんと聳える大山の辺りは黒雲大いにわだかまり、昔からの「大山は雨降り山」の言い伝えどおり今夜の全天のお天気回復は望むべくもありません。だから余計「今月今夜のこの月」は、昇り初め頃を拝するしかないようです。

 と少し経った4時半過ぎ頃から、またまた雲行きが怪しくなってきました。頼みの東の低い空の切れ間がすっかり北の方にずれてしまったのです。月が昇りそうな真東から、おおよその月のルートをイメージするに、その辺は皆悉く分厚い雲に覆われていて。
 「女心と秋の空」とはよく言われてきたけれど、つれないものは十五夜の曇り行く空。そういえば「十五夜に晴れなし」という言い伝えもあるようで、特に関東以西はこの夜晴天に恵まれる確率は少ないとのこと。嗚呼 !

 夕方5時かっきり当市の「夕焼け小焼けチャイム」が鳴り響いた時には、家の中にいると取分け外は薄暗く感じられ、名月を待ち望む心にそのチャイムの音(ね)はもの寂しく聴かれたのでした。
 暮色募りゆく中やはり空模様が気になって、5時15分過ぎ家を出て近郊に車を走らせました。東の方の空が見渡せる辺りで車を停めました。

 やはり覆い始めた薄黒い雲は長々と横たわり、早や夕刻の今はわずかにのぞいている空の色はすっかり色あせて白雲と見まごうばかり。低空の雲の感じから月の出を見ることはとても適いそうになく、東の半ばから上の空にぽっかりと雲の切れ間が広がっており、せめてそこから今宵の名月が顔を出してくれることを待ち望んだ次第。
 ただ雲の移ろうさまは無常なる人間世界の移ろいにも似て、一寸先の予断つき難し。さてどうなるものかと、私は近くのスーパーに向かったのでした。

 スーパーの広い駐車場に着いてその一角に東向きに車を駐車させました。そして何気に東空を仰いでみると、何と斜め25度くらいの低空の雲の上から、お月様の天辺がほの見えているではありませんか。時に5時45分。満月というものは午後6時に昇るものと思い込んでいた私には、不意討ちの月でした。
 雲と月の動きは早く、名月は1/2、2/3、3/4と刻々と雲のへりをぬうように。せめて地上で月見を待ち望む者に、その姿を見せてあげようと意思するもののようで。
 私は全体の雲の具合からして、今を逃したら今夜はもう月見は出来ないと思い、せめて一瞬なりとも名月の全貌を見たいものと凝視し続けます。

 名月は再び雲間にもぐり込んだかとみると、遂に雲間を完全に脱してその全貌を現しました。本当に神々しい黄金色のお月様です。時に午後5時48分。
 私はしばしその煌たる大きな光体に見惚れていると、5時51分月の天辺が今度は上の雲に隠れてしまいました。そうなるとあっけないもので、またたく間に半分が隠れそして全体が雲の中にすっぽり隠れてしまいました。後には下の方の雲の縁(ふち)を薄明るく染めて、それがたった今まで名月がその辺に出ていたことのわずかな証明であるばかり。そうしている間にも、雲の薄明かりも徐々にさめていきます。

 『次にまた出てくれるだろうか?』。私は夜空を広く眺め渡しました。すると南の方に星一つ、うっすらと。『シリウスだろうか?』。それすらもあっという間に掻き消えてしまったのでした。
 再び月が出ていた辺りに目を転じてみると、もう黒一色の雲に閉ざされてしまっています。時に5時53分。『今夜はもうムリらしいな』。私はすっかりあきらめて、車から出てスーパー入り口に向かったのでした。

 (追記) ただし午後7時過ぎから中空の雲間が少しずつ切れ始め、その後雲間から出たり入ったりの名月ショーが夜通し繰り広げられました。

 (大場光太郎・記) 

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