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君待つと

                                        額田王

 君待つと吾(わ)が戀(こ)ひ居れば吾が屋戸(やど)の簾(すだれ)うごかし秋の風吹く

                                      (万葉集巻4・488)
  …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… 
《私の鑑賞ノート》
 額田王(ぬかたのおおきみ。ぬかたのきみ、とも) 生没年不詳。斉明朝から持統朝にかけて活躍した代表的万葉女流歌人。
 『日本書紀』によると、鏡王(かがみのおおきみ)の娘で、大海人皇子(おおあまとのおうじ)の妃(一説には「采女(うねめ)とも」)として十市皇女(といちのひめみこ)出産後、大海人皇子(後の天武天皇)の兄である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ-後の天智天皇)に寵愛されたという説が根強いが根拠はないようです。

 なお額田王は、小説などでは絶世の美女だったというのが定説になっていますが、額田王に関する記述はごく限られており、その容貌について物語った資料があるわけではありません。彼女の容貌に言及したのは、ずっと後世江戸時代後期の名著『雨月物語』の作者上田秋成(うえだ・あきなり)の『金砂』が最も早いようです。
 また額田王をめぐって、天武天皇と天智天皇との間で三角関係にあったという定説については、やはり江戸時代の国文学者・伴信友(ばん・のぶとも)の『長屋の山風』などの発言などにより定着していったもののようです。 

 ともあれ額田王には、後世の歴史家、文人などの想像をかき立てるミステリー性があるようで、さまざまな形で彼女をヒロインとする物語が作品化されてきました。
 思い返せば1980年(昭和55年)、『額田女王』がテレビドラマ化されました。これは井上靖の同名小説を、朝日放送創立30周年記念番組としてドラマ化され、テレビ朝日系列で放送されたものです。歴史好きの私は、一も二もなく観た覚えがあります。
 今回前原国交相の「羽田空港のハブ化構想」で、ついでに成田国際空港も注目されました。当時私は、成田市内のアパートに先輩と下宿し、そこから成田空港敷地の外れにある工事局で土木系某業務を担当していました。

 同番組はしたがって成田のアパートで観たことになります。ある日の午前中同僚が寄ってきて、「大場さん。ゆうべ額田女王観たでしょ?」と聞いたのです。私は意外な質問にあっけにとられながらも「うん、観たけど…」と言うと、「やっぱりね。大場さんも観てるんだろうなと思いながら、オレも観てたよ」と言うのです。その同僚は、横浜市内の会社から派遣されてきた、岡山県出身で帝京大卒業者、私の2歳年下ながら既婚者でした。
 彼とは歴史の話などした覚えはありませんが、そこは目から鼻に抜ける才人タイプの彼のこと、私の性向などとっくに見抜いていたものとみえます。

 同ドラマは、制作:山内久司、脚本:中島丈博、監修:野村芳太郎など。私の記憶では1回ドラマのはずでしたが、同年3月中旬前編、後編の二夜にわたって放送された大型歴史ドラマだったようです。
 ヒロインの額田王には、当時美人女優の誉れ高かった岩下志麻。気位が高く気性が激しかったとされる額田王を好演したのでしょう、主演の岩下志麻しか記憶にありませんでした。今回調べてみましたら、天智天皇役に近藤正臣、天武天皇役に松平健、蘇我入鹿役に津川雅彦、皇極・斉明天皇役に京マチ子、持統天皇役に樋口可南子、有間皇子役に川崎麻世、大友皇子役に三田村邦彦、曽我赤兄役に藤田まこと、藤原鎌足役に三國連太郎などなかなかの豪華キャストだったようです。

 そのくらいですから、ストーリーなどまったく覚えていないものの、同ドラマでもやはり天智、天武両天皇から愛された女性として描かれていました。井上靖の原作そのものが、戦前ではタブーとされていた古代史最大の内乱である「壬申(じんしん)の乱」(672年)を井上史観を通して描いたものとして注目されたようです。

 さてこの歌は、近江大津宮(おおみのおおつのみや)にあって詠まれた歌とされています。恋歌が多い万葉集の中でもひときわ優れた恋歌だと思います。当時の慣習であった「夜這い」を切に望む王(おおきみ)の心を、簾を動かして吹く「秋の風」が実によく表しています。
 近江京は7世紀後半天智天皇によって造られた都ですから、この歌は定説によると、その時王は天智天皇の想い人であった、したがって待っている「君」は天智天皇を指すということになります。万葉集の解説書として定評のある、斎藤茂吉の『萬葉秀歌・上巻』(岩波新書)でもそういう解釈をしています。

 しかし今日ではその定説があやふやなものとされている以上、必ずしもそうとばかりは言えないことになります。
 かと言って、この歌の切実な響きから単なるフィクションとも思われず。それではこの歌の「君」とは誰だったのか?天智系から天武系へ。皇統を揺るがした壬申の乱というクーデターを経て、額田王の境遇はその後どう変転していったのか?ということも含めて、古代史の新たなミステリーの一つとなりそうです。

 ところで『千の風になって』で一躍有名になった作家の新井満(あらい・まん)は、この歌などに曲をつけた『万葉恋歌 ああ 君待つと』を発表。紅白のド派手な衣装でおなじみの小林幸子が歌い、CDも発売されています。
 「君待つ」恋心は千古の昔から変わることなく、現代人にも訴えかけてくるものがあるということなのでしょう。

 竹久夢二の名曲『宵待草(よいまちぐさ)』もそうでした。「待ちわびる、待ち明かす、待てどくらせど…」、日本語には「待つ」ことをめぐる表現が多くあります。「待つ」ことの切なさ、苦しさ。しかしそれあればこそ、恋なら恋がより深められ、純化、昇華されていく側面があるのではないでしょうか?
 しかしなべてスピード化の便利な今の世、現代人は「待つこと」が苦手になっている、こらえ性がなくなってきているようです。そのことが、現代人の精神生活を貧しいものにしているとは言えないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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