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続・映画『沈まぬ太陽』

 この映画で、恩地元(渡辺謙)と行天四郎(三浦友和)の生き方の違いは、大いに興味をそそられるものがあります。
 昭和30年代後半当初は共に国民航空労働組合の幹部同士。恩地は同労働組合委員長そして行天は同副委員長。社員の待遇改善と「空の安全」の確立を求めて、社長以下経営陣と激しく対立。後に行天の愛人となる三井美樹(松雪泰子)と共に、互いが共通目的を目指す同志だったのです。「首相フライト」の日にも関わらず、恩地は経営陣にスト決行を強硬に主張して譲りません。行天は恩地のそんな強硬姿勢に「仰天」してしまいます。
 ストの件は結局会社側が折れて、労組側大勝利の決着をみます。

 しかしその後の2人の会社での立場は、180度違ったものになっていきます。ほどなく恩地元は、パキスタンのハイチ、イランのテヘラン、アフリカのナイロビへと、10年もの海外僻地への出張勤務を命じられることになるのです。特にナイロビは、日航機の乗り入れのない超僻地でした。
 対して行天四郎は、役員に取り込まれ労組活動から離れ、ますます首脳陣の覚えめでたくエリートコースまっしぐら。ジャンボ機墜落事故の昭和60年頃には、常務の地位にまで上りつめていたのです。

 この差を生んだのは一体何だったのでしょう?それは労働組合時代の信念、信条を貫いたかどうか、という差だったように思われます。とことん貫いた恩地は終始日の当たらない場所に追いやられ、それを捨てた(当時の言葉では「転向」した)行天は順調に出世コースに乗って行った…。
 これは今の社会で己(おのれ)の信念、信条あるいは今年のNHK大河ドラマ『天地人』のテーマでもあった「義」を貫くことがいかに困難であるか、またいかに損な生き方であるかを、まざまざと示しているように思われます。

 とことん「義」を貫く生き方は、それこそ人間として最高の気高い生き方です。しかしこの映画で、行天をはじめとした(柴俊夫や西村雅彦らが演じた)経営陣が体現しているものは、決してそんなものではありません。義が義として通らず、捻じ曲げられ歪められた不条理な組織です。
 それでも筋を曲げずになおも義を通そうとすると、恩地自身はもとより、母親(草笛光子)や妻りつ子(鈴木京香)や長男(柏原崇)や長女(戸田絵梨香)家族全員がそのために苦しむことになるのです。

 ここに到って世の多くの人たちは、青年時代の「青臭い理想(ゆめ)」など早々と捨てて、事を荒立てない、波風の立たない穏便な生き方をしてしまうわけなのです。行天のように成り上がるプロセスで、違法行為に手を染めるのならともかく。妻子の幸せを考えれば、それはそれで仕方のない生き方だと思われます。
 とにかく本来の「道理」「義」が180度引っくり返ってしまっているような、業(ごう)の逆巻く世の中にあって、己の義を貫くとなると、それこれ命が幾つあっても足りなくなりそうですから。時には「のらりくらり」とかわす処世的な知恵も必要というものです。

 私は映画を観ている最中は、『恩地のような人物、今の世にいやしねえよ。どうせ山崎豊子が創り出した男だろ』と思っていました。しかし実は驚いたことにモデルがいたのです。
 小倉寛太郎(1930年~2002年10月)という人です。経歴は恩地元とほとんど一緒です。東大法学部時代あの伝説の「東大駒場祭」を創設、主催。日航労組時代は日航初のストライキを指導。その後の人事異動で、社内規定を大幅に越える海外僻地(ハイチ、テヘラン、ナイロビ)勤務。日航ジャンボ機墜落事故などが国会で取り上げられる中、いびつな労務対策を是正する一環として国内勤務に。
 1985年事故後会長室部長に抜擢。伊藤会長(映画では石坂浩二演ずる国見会長)率いる新体制の下、社内改革を実行するも反対にあい中断を余儀なくされ、再びアフリカへ。定年退職後はアフリカ勤務の縁で、アフリカ研究家、動物写真家、随筆家として活躍。東アフリカの人と自然を愛する同好の士を集めて事務局長を務めた。‘02年10月逝去。享年72歳。 (フリー百科事典『ウィキペディア』より)

 いずれにしても、恩地元の生き方は観る者の心を激しく揺さぶります。およそ割りに合わない不器用で損な生き方に、スカッと爽快感を覚えるのです。そして恩地のモデルとなる小倉寛太郎という人物が実在した。『世の中捨てたもんじゃないな』。心からそう思います。ある映画館では、ラストと共に一斉に拍手が起こったといいます。めったにあることではありません。

 思えば「国内航空」が抱えていた組織的不条理は、高度経済成長時代多かれ少なかれどの企業も等しく抱えていた問題です。いな、企業のみならず当時の社会全体が抱えていたと言っても過言ではありません。その中では、この映画がその一端を告発しているように、社会全体も大企業もそれこそ無数の闇の行為が行われていたに違いないのです。
 しかし「天網恢々(てんもうかいかい)粗(そ)にして漏らさず」。悪は必ず露見するのが理(ことわり)です。結果、国内航空にあっては「ジャンボ機墜落事故」という大惨事を引き起こし、我が国全体としてもほどなく「バブル崩壊」という深刻な事態を迎えたわけです。

 それ以降世の中は少しはましになって来た、ということはいえます。恩地(小倉さん)のような「正義の人」が、この映画ほどには苦しまなくてもよい時代になりつつあるのです。
 しかしそれでも、国内航空をそのまま「日本航空」に置き換えてしまいますが、事故後新会長の下、小倉さんらを中心に社内改革の機運が高まったのに、その芽を摘み取る勢力が依然強かったわけです。そのことが、今日日航をして会社存続か更正法適用か?というようなのっぴきならない瀬戸際にまで追い込まれてしまった最大要因だと思われます。
 長期化した自民党政権下の我が国全体についても、同じようなことが言えます。後を引き継いだ新政権は、その巨大なツケに四苦八苦です。各個人も各企業も我が国も、真の「立替え立直し」は本当に大変だなあと思わせられます。

 ともあれ。恩地元という男の生き様を通して、久しぶりに『俺の人生これでいいのか?』という問いかけを迫られました。年とともに、『映画なんて、しょせん作り話だ』という、どこか冷めた眼で映画を観てしまうところがあります。しかしこの映画は、否応なくそんな「問いかけ」を突きつけてくる優れた作品だと思います。

 (大場光太郎・記)

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