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薬物汚染の拡がりを憂う(28)

 合成麻薬MDMAの使用による麻薬取締法違反の罪に問われた押尾学被告(31)に対して、東京地裁は2日懲役1年6月、執行猶予5年(求刑懲役1年6月)の判決を言い渡しました。「5年」は執行猶予期間としては最長となります。

 【事件名】麻薬及び向精神薬取締法違反被告事件
 【被告人】押尾 学
 【宣告日】平成21年11月2日
 【主  文】懲役1年6月、5年間執行猶予
 以下井口修裁判長によって読み上げられた判決文(【量刑事由】)は、わずか4分の短いもの。しかしその内容は押尾被告への厳しい言葉で満ちたものでした。

 判決内容は、押尾被告が文字どおり麻薬常用者であると認定。2年前から最近まで、外国(アメリカ)でMDMAを複数回使用していたことを明示。その上で「麻薬施用者との交友関係が深く、麻薬に対する親和性が相当強い」と刑事責任の重さを強調するものでした。
 ただ前科がない上、率直に公訴事実を認めていることから、「一度は社会内で自分の力で更正する機会を与えるのが相当」と実刑を回避しました。

 押尾被告はMADAを「死亡した女性から渡された」と主張し、初公判で、女性(田中香織)に送った「来たらすぐいる?」というメールを「いる?」は押尾学の体のことで「薬ではない」と説明していました。同判決はそれらの供述に対して、「内容が不自然であり、およそ信じがたい」と、裁判所としての不信感を突きつけた形です。
 また同被告が薬物との断絶を誓ったことにも、酒井法子が夫高相被告と離婚するなど薬物の入手先と縁を切る決意を示しているのに対して、押尾の場合環境整備が十分に出来ているとは認めがたいと断じました。その結果「相当期間に渡って、再び違法薬物に手を出さないかどうか見守る必要がある」と厳しい注文をつけたものとなりました。

 法定上最長で「実刑の一歩手前」とも言える「5年の執行猶予」判決に、押尾学は「予想以上に厳しかったなあ」と周囲に洩らしたそうです。とは言えともかく、押尾は執行猶予の身となりました。
 今後の身の振り方について押尾は、日本を離れ、グリーンカード(永住権)を持っているとされる米国ロサンゼルスで「芸能活動を再開したい」との意向を関係者に明かしているそうです。しかし米国の入国審査に詳しい芸能関係者は、押尾は「2年前から米国内でMDMAを使用していた」と判決文の中で指摘された以上、「数年間は入国を認められない」との見方を示しています。

 また押尾は、保釈後から大手出版編集者と接触しており、半生、事件、裁判を振り返る著書の出版も計画していて、そこで反省の態度を示し「みそぎ」をする狙いで、年内発売の動きもありました。しかし今回の厳しい判決に加え、亡くなった田中香織さんに対する「保護責任者遺棄罪」での立件が濃厚になったことから、出版関係者はその計画を再検討し始めているとのことです。
 こうして押尾被告の次の焦点は、「もう一つの裁きを受けるのかどうか」に移りつつあります。既報のとおり警視庁捜査一課は、田中さんの死亡に到る経緯と押尾被告の行動に因果関係があったかどうか、現在は保護責任者遺棄の疑いで詰めの捜査を進めている段階と見られています。

 対して、一方の当事者だった田中さんの遺族のようすはどうでしょう。
 10月23日の初公判の時は、岐阜県から遺族4人で上京しました。その時母親は真っ先に、そもそもの管轄署である赤坂警察署を訪れ、「公判を傍聴したい」旨伝えたところ、同署員から「現場が混乱するといけないから行かないよう」強く釘をさされました。「いやそんなことはない。行くべきですよ」と勧めてくれたのは、田中さんが元勤務していた銀座のクラブ「ジュリア」の関係者たちでした。
 そこで当日一般傍聴券を求めて、田中さんの弟が長蛇の列に並び運良く1枚の傍聴券を入手、それを父親に譲ったという経緯だったようです。

 しかしその初公判法廷で、父親が目にし耳にしたことは何だったか?もちろん期待していた押尾被告の謝罪の言葉など一切なく、法廷内のやりとりは田中さんと押尾とのセックスの回数にまで及びました。また押尾が田中さんに送ったとされるメールの「来たらすぐいる?」に対する、田中さんからの「いる」という返事は、「MDMAが『いる』なのでは?」という検察官の執拗な追及に、押尾は彼自身の「体のこと」と主張して譲りませんでした。ここまではテレビなどでも報道されたところです。

 しかし実際はその後に、「それは○茎のことですか?」「はい」「すぐ○茎がほしいとのことですか?」「はい」と言うようなやり取りもあったようです。続いて「普通『いる』というのは物のことをいうのではないですか?」「人によってとらえかたは違う」「セックスは『やる』『する』というのではないですか?」「意味は一緒です」。こんな露骨なことを聞く方も聞く方なら、答える方も答える方と言うべきです。まさに「死人に口なし」とはこのことです。
 聞いていた父親は、『これじゃあ、娘があまりにもかわいそうだ』と思ったことは想像に難くありません。大変なショックを受けたようで、それが公判後の「何でもっと早く救急車を呼んでくれなかったのか」という、無念の叫びにつながったのかもしれません。
 
 それ以来遺族は、マスコミとの接触も極力避けるようになったとのこと。今判決に遺族の姿はありませんでした。それに対して母親は、「今回はあくまでも薬物に関する裁判で、娘との関係性を明らかにするものではないから」と上京しなかった理由を述べていますが、やはり初公判時のショックが相当あったのではないかと推測されます。
 押尾事件の真相究明には、遺族のそれを望む強い気持ちが不可欠です。田中香織さんの死をムダにしないためにも、ご遺族には強い意思を持ち続けていただきたいものです。

 遺族の「警察は本当のことを何も話してくれない」との訴えが報道されてから、国民の間にも一気に警察不信が広がりました。そもそも遺族が警察に対して不審を抱くようになったのは、司法解剖から戻ってきた田中香織さんの遺体を、霊安室などのきちんとした所ではなく路上で対面させ、まるで犬猫の死体でも扱うように「一刻も早く引き取ってもらいたい」と言わんばかりの対応をされてからだと言われています。
 
 加えて早々と「事件性なし」として事件の早期終結を図り、いっこうに捜査を進展させようとしない警察に業を煮やした遺族に、「こうなったら真相究明のために民事訴訟を起こしましょう」と勧めたのは、銀座のクラブ関係者でした。
 しかし早くから遺族の耳にも、この事件には大物政治家の息子(ありていに言えば森元総理の長男祐喜)が関与しているらしいとの情報が入っていて、一時は「それでは法廷で争ってもムダだな」とあきらめかけもしました。それに訴訟費用の工面もあり躊躇していた遺族に、「費用など私たちが何とかするから」と言って励ましてくれたのもクラブ関係者だったようです。

 これには、既報のとおり各方面からの圧力により事件の迷宮化を目論んでいた警察も、さすがに慌てたようです。この事件を法廷の場に持ち込まれれば、赤坂署と芸能界あるいは闇社会との癒着が白日の下にさらされかねないからです。それでやむなく重い腰を上げて捜査一課まで投入、再捜査に踏み切ったことを考えれば、遺族側の民事訴訟圧力は絶大なものがあったと言うべきです。
 ともあれ今日の状況では、もし仮に保護責任者遺棄罪で立件しなければ、もはや「世間が許さない」というほどにまでなっています。しかし押尾事件の「謎と闇」の深さからすれば、同立件は真相解明の端緒に過ぎないと見るべきです。 

 (大場光太郎・記) 

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