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速報 ! 市橋容疑者逮捕 !!

 英会話講師リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22)死体遺棄容疑で、全国に指名手配中の市橋達也容疑者(30)が、10日午後8時過ぎ大阪府住之江警察署で逮捕されました。
 市橋は同日午後6時すぎ、フェリーで沖縄に向かうべく、大阪府住之江区内の大阪南港フェリーターミナルの待合室で一人で待っていました。6時45分頃「市橋によく似た男がいる」という会社からの通報を受け、2人の警察官が駆けつけ職務質問したところ、「自分は市橋です」と素直に答えたためその場で身柄を確保され、その後の逮捕となったものです。その際市橋は、「弁解することは何もありません。何も話したくありません」と言ったといいます。(「市橋逮捕」の号外も出されました。)

 ‘07年3月千葉県市川市内の市橋の自宅マンションから、数人の警察官の職務質問を振り切って素足のまま逃走してから960日(約2年半)。とうとうこの日を迎えたわけです。
 フェリー待合室での市橋は、グレーのニット帽を目深にかぶり、上下グレーのスエット姿で、サングラスをかけうつむき加減に席に座っていたそうです。

 逮捕後市橋容疑者は大阪駅から新幹線に乗り込み、日付が変わろうする深夜JR東京駅に到着、混乱を避けるため一般乗客を先に降し、市橋の乗っていた中ほどの12号車から車内を歩いて先頭の16号車まで移動。そこから車外に出た市橋は、すぐさま近くの駅構内エレベーターで降り、11日午前0時4分同駅日本橋口に待機していた警察車両に乗り込み、捜査本部が置かれている千葉県行徳警察署に移送されました。

 同日午前0時40分、市橋を乗せた車が行徳警察署に到着。折からの激しい雨の中、車を待ち構えていた夥しい報道陣が取り囲み、たちまちもみくちゃ状態、なかなか前に進めないほどでした。同車は警察署裏手に回り、午前0時46分市橋はようやく車から降り警察署内へと入っていきました。
 黒いフードで頭からすっぽり覆われ、顔かたちを確認することはできませんでした。

 市橋容疑者逮捕の報を受け、イギリス中部コベントリーにあるリンゼイさんの実家前でリンゼイさん一家が会見に応じました。その中で父親は、「逮捕の一報を受け、体が震えて何度も聞き直しました。私たちは警察と協力しながらここまできた。決してあきらめることはありませんでした。正義がなされると信じていましたから。家族にとって最良の日となりました。ようやく長い闘いが終わった」と応えていました。
 リンゼイさんご一家には心からの祝意を申し上げます。それとともに、だいぶ失墜していた日本警察の国際的信用も、今回の逮捕で少しは取り戻せるのかな?と思います。

 市橋容疑者整形後写真の公開を受けた、6日の当ブログ記事『市橋容疑者は生きてたの !?』の中で、「今回の整形の件で市橋容疑者は、自ら墓穴を掘った」「包囲網は確実に狭められ、逮捕にそう時間はかからないかもしれません」と述べました。結果はまさにこのとおりになったわけで、そう述べた以上、本来何の関係もない私もほっと一安心という感じです。
 それにしても、私は『もう名古屋市内から一歩も出られないだろう。逮捕は名古屋でだろう』と思っていました。しかしどっこい。同市内で先月24日に鼻の整形手術を受けてから、やすやすと同市を脱け出し、今月初めには福岡市内のネットカフェを利用していたというのです。

 そして今回は10日午後2時頃、神戸のフェリー港で「沖縄に行きたい」と申し込み、「ここから沖縄には行けません。大阪南港で申し込んでください」と言われて、午後6時頃同港へと。結局そこで身柄確保となったわけですが、新写真公開後の厳しい捜査網をかいくぐって、名古屋ー福岡ー神戸ー大阪…(沖縄)と、よくもまあ好き勝手に移動できたものです。
 
 岐阜県羽島市の医師の両親の子として生まれた市橋達也。子供の頃は運動神経抜群の目立つ子。小さい時は「礼儀正しい良い子でしたよ」という近所評なのに、高校生の頃から「独りよがり」が目立つように。卒業文集には(木嶋佳苗、上田美由紀など最近は事件のたびに「卒業文集」がよく紹介されること)「牙が欲しい。強い牙が。誰にかかっていっても折れることのない、知恵の牙が」と。「俺が俺が」「俺が一番でないと気がすまない」目立ちたがり屋に変わったと言います。
 しかし千葉大学卒業後は仕事に就かず、その日暮らし。どうも今回の事件を引き起こすきっかけとして、高校時代の変貌ぶりが鍵となるのかな?とも思われます。

 逃走後の一部の足取りが、通報情報により明らかになりました。市橋は大阪府茨城市内の建設会社に、土木作業員として働いていたというのです。この会社で働き始めたのは昨年8月19日。大阪市西成区の路上で、「自分を雇ってほしい」と売り込んだのだそうです。その時は既に今回公開された顔になっていたとのこと。
 「井上康介、大阪出身、32歳」と名乗り、以後1年2ヶ月もの長期間住み込みで。社員寮の市橋の部屋からは指紋も検出されました。
 その時の市橋は同僚が「あの子が市橋?あんなまじめな子が?」と評するほどの、最初は土木の経験はなさそうだったものの、とにかくまじめにこつこつ仕事をし、食事も風呂も一人で…という人物像。月手取り15万円。ほとんど浪費せず、腹巻に金をしまいこんで持ち歩くほどの倹約潜伏生活。ここで100万円ほど蓄えたものとみられています。(同社時、海外逃亡を考えていた時期もあったもようです。)

 しかし今年10月11日、何か異変を察知したのか、給料を受け取った後に姿をくらまし、2日後に既に報道されている福岡の美容整形外科を訪れ、「予約なしでは」と断られ同月24日に名古屋市内の病院で整形手術…と、ここで足取りがつながるわけです。
 なお同建設会社以前は、あまり足取りは掴めていないものの、大阪市北区の堂山町にある“ゲイタウン”や西成区の飛田新地に出入りしたいたという情報もあるようです。

 最後に、父親の市橋逮捕後のインタビューをー。
 「ほっとしました。これ以上逃げても、リンゼイさんのご家族も私たちも、ともに苦しい思いをするだけだった。(達也は)事件の全貌を明らかにし、法の裁きを受け、自分で罪を償ってほしい」。ご自宅玄関前で両親揃っての会見でした。お二人とも聡明そうな立派な顔立ちのお方で…。何で市橋達也は道を間違えてしまったのか。土木作業員の時に見せた、ひたむきな仕事ぶりを自分の天職の分野で発揮していれば、相当の社会貢献が出来た男だったろうに。

 (大場光太郎・記)

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