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行く年雑感

   行く年のものの一つに夕の月   (拙句)

 大晦日のきょうは終日の晴天でした。しかし一歩外に出てみますと、少しばかり強い風が吹き渡っています。風はどうやら北風ばかりではなく北西風、それも時折り西の方からどっとばかり回り込み巻き上げてくるような突風です。そのため余計寒さが身に沁みて感じられます。

 振り仰げば午後3時過ぎの冬の日は、早や西の方にだいぶ落ちて大山の左側(南側)の稜線の上辺りにあります。これが真夏ですと逆に大山の右側(北側)の丹沢連峰の方にずっと寄ります。大山というかっこうの目印があることによって、季節によって太陽が沈む方向はかくも違うものかと実感させられます。
 中空一面には抜けるような青空が広がっているものの、大山の尖がった頂上にはもくもくと灰色がかった大きな雲が覆いかぶさり、ともするとけっこうな早足でもっと上空へと動いていこうとしています。

 列島周辺はきょうの大晦日から新年3日頃まで、荒れ模様の気圧配置のようです。もちろん中国大陸には冬定番の高気圧がデンと居座り、北海道南部とほぼ同緯度くらいの日本海には前線を伴った強い低気圧があるのです。このため日本全体が強い冬型となり、地方によっては本31日から元旦にかけて“冬の嵐”となりそうなのです。
 さすがに万象がすがれたこの季節、草花という草花はみな色を失い、寂(せき)として声無しといった感じです。

 そんな寒風の中でも、子供たちは元気です。いつもは人寂しい例の水路道の手前の砂利道で、珍しく本日ばかりはとりどりのカラフルな装いの男の子、女の子が数人、元気な声を出して、キャッチボールをしたりサッカーボールを蹴ったりして遊んでいるのです。
 側でそのさまを、真っ赤なジャンパー姿のおじいさんがにこやかに見守っています。昨年記事にしました、水路道に接したお宅のご主人で、例の水路道に枝々を伸ばしていた、大きな八重桜の木を根元近くから伐っていた人です。もう70歳をとうに越えたと思われますが、どうしてどうとて真っ赤ないでたちといい、なかなか矍鑠(かくしゃく)としたごようすとお見受けしました。

 さて今年もいろいろな出来事がありました。その中でも一番の出来事は、今年の流行語大賞にもなった「政権交代」が我が国で現実のものになったということでしょう。早いもので鳩山首相による民主党中心の連立政権がスタートしてから、今月24日で100日を越えてしまいました。
 それまでは新政権と国民との間のハネムーン期間、「じっくり長い目で…」とは言うものの、諸事、万事非常時のような現在、いつまでも政権交代の美酒に酔ってばかりもいられません。

 「この国の形をどうしたいのか」「“国民中心の政治”をどうやって実現していくのか」「長引く景気低迷からどうやって脱出するのか」「脱・官僚は本当にできるのか」…。難問山積で、年明けからはいよいよ新政権の真価が厳しく問われていくことになりそうです。
 鳩山首相自身の偽装献金問題、普天間基地移転に見られるような問題先延ばし傾向、一つ一つの問題に各大臣がてんで勝手に言い分を述べるだけでそれを最善に収束させる司令塔の不在等々、鳩山首相の指導力不足が少しずつ露呈しかかった形です。それを反映するように、直前の各社の世論調査でも内閣支持率が50%前後と、それまでより大幅に下落してしまいました。
 年明けにこの数字を再び上昇に転じさせることができるのか、それともこのままどんどん下落していくのか。新政権の正念場となりそうです。

 おかげ様でこの1年間、つつがなく当ブログを続けることができました。記事もほぼ毎日のように更新してこられました。これはひとえに日々ご訪問くださる皆様方の賜物であり、改めまして深く感謝申し上げます。
 当ブログ最近では、ブックマーク(お気に入り)に入れていただく方がずいぶん増えました。特に『かなえの殺人レシピ』と最近の『薬物汚染の拡がりを憂う』によって、という方が多いようです。大いに嬉しいことですが、それらの方々は、ご訪問ついでに他の(当ブログ本来の)「自然観察文」「季節報告文」「名詩・名句鑑賞文」などの一般記事もお読みいただければ大変幸甚です。
 
 直前も『薬物汚染(41)』だったように、当ブログ最近はすっかり「事件記事」づいています。これは、第一に皆様の関心が圧倒的であることが上げられます。それに前にも述べましたが、私自身けっこうやじ馬、ミーハー気質があるようで、さほど苦にならずに各事件などの“ネタ漁り”などをしています(微苦笑)。
 それにこれも以前述べた事ながら、国民にとって関心の高い事件はやはり、今の社会を先鋭的に切り取って突きつけてくるようなところがあります。今の社会の深部、暗部がいやおうなしに見えてくるのです。その意味でこのジャンルも、決して無駄なものではないはずです。問題はえてして興味本位、三面記事的内容に走りやすい私自身の傾向を越えて、その記事の中で核心にいかに切り込んでいけるかだと思います。

 夕方7時前、外に出て空を眺めてみました。夕冴ゆる中、空には元日の空模様を早くも暗示するようにけっこう雲が多くなっていました。と、真東の斜め45度くらいの中空の雲間の縁(へり)が明るんでいて、大晦日の月の所在を示しています。
 少し推移を眺めていますと、やがて雲間から月がその姿を現しました。はじめは薄い雲間隠れに、そして遂にはその辺の雲がすっかり切れて真ん丸い白々とした冬月の全貌が…。『もしかして冬満月?』、早速家の中に入って調べてみましたが満月は昨夜の月、年越しのきょうの月は十六夜月だったようです。

 末尾ながら、皆様にとりまして来年が良い年でありますように。

 (大場光太郎・記)

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