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続・2012年12月22日

 本記事は、1年前の『2012年12月22日』記事の続編です。前回記事では、2012年12月22日という日付が、世界中の心ある人たちの間で密かな関心を呼んでいますよ、というようなことを述べさせていただきました。(また本年記事の中でも、少しそれに関する情報を交えたものもありました。)
 以来早いもので1年が経過し、その日まで後3年を残すのみとなりました。昨年は世間的注目もさほど高くなかったものの、同記事には関心のお持ちの方が今でも時折りアクセスしてこられます。

 ところでちょうど今、映画『2012』が公開中です。私はまだ観ておりませんが、同映画は解説によりますとー、
 「マヤ暦による2012年終末説を題材に、『インディペンデンス・デイ』『紀元前1万年』のローランド・エメリッヒ(監督)が手掛けるディザスター・ムービー。地球滅亡を目の前になすすべもない人々が、巨大な自然災害から必死に逃げまどう姿を描く。偶然にも地球の危機を知ってしまうリムジン運転手に『ハイ・フィディリティ』のジョン・キューザックが扮し、大事な家族を守るために奔走する。大地震、火山噴火、津波など最新CG技術による迫力ある映像に注目。」 (『Yahoo映画』より)

 要するに2012年12月22日を、「地球滅亡の日」と把え、ハリウッド映画お得意の大パニック映画に仕立て上げた作品のようです。私も同映画の「オフィシャルサイト」のダイジェスト映像をのぞいてみましたが、確かに破壊映像の凄まじさは『インディペンデンス・デイ』を遥かに凌ぐものがありそうです。
 「2012年12月22日問題(以下は「2012年問題」と略)」を少しは真剣に把えている私としては、『ちょっと困った映画だなあ』という印象です。確かにこの映画が全世界で公開されることによって、「2012年問題」への関心が高まることは大いにけっこうなことです。しかしそれがかつてのノストラダムス予言の時のように、「地球滅亡」ということは当然に「人類滅亡」というように把えられてしまうのが困るのです。その日に対しての「恐怖」が“人類の集合的無意識”として刷り込まれることが。(単なる興味本位で把えられることもまた…)

 以前から関心を持ってこの問題を探ってきた私としても、この日付に「何が起きる」と断定はできません。当然「何も起きやしないさ」という見解の方もおられるでしょうが、私は真に想像を絶することが起きる可能性は高いと考えています。しかしこれが何も、「地球滅亡」「人類滅亡」である必要はありません。 
 「人類進化」上2012問題で、マヤ暦予言の大枠は変わらないものと考えます。しかしだからと言って、大破局的最悪の事態に遭遇しなければならないというものでは決してないと思うのです。つまり2012年問題にしても何事にしても、人類の集合的無意識のいかんが大きく作用するのであって、未来は多分に流動的要素があるからです。
 人類総体の意識レベルによっては、まこと麗しい「真・地球時代の幕明け」とすることもできれば、この映画のような大カタストロフィー(大破局)を招来させてしまうことにもなります。結局選ぶのは私たち一人一人です。

 「2012年12月22日」という日付は映画解説にもありましたが、「マヤ暦」から来ているものです。同暦は古代マヤ人が数千年前に残してくれた、グレゴリオ暦という「狂った暦」とは根本的に違う、本当の意味で自然や宇宙と同調できる暦です。(研究者の中には「マヤ人は太陽系外から飛来した宇宙人だった」と大真面目で論じている人もいます)。同暦の解読の結果、この日付で「すべてが終了する」と言われているのです。
 しかしこれは繰り返しますが、人類滅亡を意味するものではありません。むしろ「現歴史が終了する」と把えた方がいいようです。現歴史において未来永劫存続するものと考えられてきた、資本主義システム、貨幣経済システム、世界システム、社会システム…、これら宇宙のリズムに逆らって、必然的に自然破壊を加速するだけの欠陥システムが崩壊するということです。リーマンショックなど現下の経済の危機的状況は、むしろ必然の過程とみるべきなのです。

 そしてなお、事はそれらの外的な崩壊のみにとどまらず、変化、変容は私たち各個々人の深部にまで及ぶということです。むしろこれこそが本質と言って過言ではないのです。その日に向けて、地球全体が「アセンション(次元上昇)」の真っ只中とみられることから当然そうなるわけです。
 今回の「ガイアアセンション」に、唯一の例外を除いたすべての動植物が、その変化に素直に従っています。それに逆らっている唯一の例外こそが、「ホモ・サピエンス(知恵ある生物)」と自画自賛してきた、私たち人類なのです。これには、最肝要であるべき「2012年問題の真の意義」を決して報道しようとしない、「闇の勢力」のコントロール下にある世界中の主要メディアの責任が大きいのです。しかしそうばかりも言っておられません。というのも比較的エゴの少ない人たちには、とっくの昔に何らかの方法で「アセンション情報」は伝えられているからです。

 「アセンションは一日ごとに、一つの思いごとに起こっています」 (ある高次元存在からのメッセージより)
 それらの方々は、その間「準備期間」を与えられてきたわけです。何の備えもなしにその日を迎えるとしたら…。私ならぞっとします。ともかく私たちに残された準備期間は、わずかに「あと3年」です。しかし考えようによっては、「まだ十分間に合う」とも言えると思います。「2012年12月22日」を見据えて、心静かに急ぎたいものです。

 (注記) かく言う私自身、あまり「(心的な)備え」をしていません。ただこの面についての多少の知識ならあります。あまりよくまとまっていませんが、来年から不定期で『アセンション情報』というようなタイトルで、皆様にシェアしていければと存じます。アクセスは期待できないかもしれませんが、当ブログの中で最重要記事となることでしょう。

 (大場光太郎・記)

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