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かなえの殺人レシピ(13)

 まるで漂流のような“憧れ”の東京生活 

 木嶋佳苗は、1993年(平成5年)3月地元の北海道立別海高校を卒業と同時に、憧れの「東京人」になるべく上京してきました。いくら「TOKYOは、いつもドキドキし続ける街」ではあっても、一時的な“おのぼりさん”でもあるまいし、若者が地方から上京するからには、「就職か、進学か」このいずれかの目的があったはずです。
 しかし佳苗の場合これが今ひとつはっきりしないのです。高校に届け出た就職先として、「ケンタッキー・フライド・キチン」とあったようです。しかし同社では佳苗の在籍記録は確認できないようです。

 前回の「生い立ち(2)」で「佳苗は私書箱を設けて、男たちと連絡を取り合っていたようだ」と話した地元住民は、佳苗の上京の動機を次のように話しています。「別海町の農家の息子、と言っても40がらみの中年男ですけど、彼が東京に出たので彼を追いかけていったということでした。やがて男は地元に舞い戻り、縁は切れたそうですがね」。
 もしかして佳苗が卒業文集に書いた「だんな様に尽くす素敵な奥さんになるんだもん」と述べたのは、その辺の事情があってのことだったのでしょうか?今となっては佳苗本人にしか分からないながら、それにしてもそんないい加減で不純な動機の上京を厳格な両親が許したものです。もっともこの頃では、佳苗は両親も手がつけられないほどのモンスター少女になっていたのでしょうか?

 足取りがはっきりしない中、上京間もなくは埼玉県朝霞市に住み同年7月には都内目黒区祐天寺(家賃10万円)に転居、そして2年後の‘95年9月には同じ目黒区中町(家賃8万円)に転居した事実があるようです。
 そして上京から3年後佳苗が21歳の‘96年(平成8年)、東洋大学経営学部経営学科に入学しています。しかし同大学広報部によりますと、「記録上は学費未納のため‘97年3月除籍になっています。習得単位はゼロで、ほとんど大学に通っていなかったのかもしれません」とのことです。
 もし佳苗自身に学費納入が困難であれば、富裕な実家のこと父母に頼めば仕送りなどで何とかなったはずです。佳苗には「大学に入って経営学を真剣に勉強しよう」などという気は最初からなかったのでしょう。では何のための入学だったのか?首をかしげざるを得ません。

 いずれにしても、東洋大学除籍後ほとんど定職に就いた形跡が見られません。そんな中ネットの大手掲示板「2ちゃんねる」に、事件発覚直後の10月29日午後5時頃、佳苗の“元セフレ”を名乗る人物による、「こいつ(佳苗)と付き合っていたことがある」との書き込みがあり、びっくり仰天の佳苗の当時の東京生活の一端を暴露しています。
 その男性の話から判断しますと、東洋大除籍後1、2年経った‘99年から‘00年、佳苗が24、5歳の頃のことのようです。この男性と佳苗の出会いのきっかけは、何と「吉原の風俗店で働いていた時の客と従業員」としてだと言うのです。店名や源氏名もアップされているようです。
 店名はともかく。同店は当時を知る関係者によりますと、いわゆる“デフ専のソープランド”で、今から7年ほど前の‘02年に閉店したそうです。当時“ソープ嬢”としての佳苗の源氏名は「さくら」。20代を通して「吉川桜」「吉川さくら」という偽名を多用していたことは、福山定男さん、安藤建三さん事件などで既に見てきたとおりです。

 同男性の記述はかなり具体的です。「さくら」こと木嶋佳苗は男性に「朝霞に住んでたんだけど、うるさくなって、祐天寺などへ引越しを繰り返した」「シーズー(犬)のサークルを主催してたんよ。その関係でのお友達もいっぱいいた」などとプライベートな部分にもかなり突っ込んだ内容です。
 さらに書き込みには、「(バストは)Dですね。アンダーバストがあれだけあるんだからGくらいあってもよさそうですが。肌は普通です。でぶにありがちな吹き出物だらけというようなことはありません。(以下は生々しい記述のため省略)」というような、実際性交渉を持たなければ書けないような記述もみられます。
 とにかく佳苗は、「憧れの東京」で、現実に生きるのに精一杯の生活だったようです。そのため中学時代から身につけた“援交の技”を生かして、時に性的サービスもしていたということなのでしょうか?

 反面上記男性の話の中にも出てきましたが、佳苗はある時期独居老人などを相手に「シーズー犬の斡旋業」を営んでいたと見られます。都内に住むある女性(29)は話します。なお佳苗は‘02年春頃から、都内板橋区徳丸(家賃13万5千円)に引っ越しています。
 「(‘01年初め頃)シーズー犬を飼いたくなってネットで調べていたら、<シーズーサークルカインド>というHPを見つけたのです。“子犬紹介”“飼育相談”などと書かれていたので、すぐにメールで連絡を取り合いました。そのサークルの代表者は、吉川桜という女性になっていました」。吉川桜こと木嶋佳苗はこの時26歳。「彼女からは、次のようなメールがきました。“うちでは特に、お年寄りにシーズー犬を斡旋しています。セラピー犬として一人暮らしのお年寄りに譲るのです。慰問といいますか、私がシーズー犬を連れて老人ホームを訪れることもあります”」。

 偽名を使って独居老人に…。何やら後の事件を想起してしまいます。
 実際、<国立音大卒で今はヤマハに勤務していますが、ケンブリッチ大学に音楽留学したいと思っています。資金援助してくれる方を探しています。 吉川 さくら>の婚活サイト書き込みをして、千葉県松戸市のリサイクルショップ店主で“独居老人”の福山定男さん(当時70)と初めて接触したのが、この‘02年のことでした。
 この時の板橋区徳丸賃貸マンションの家賃を、佳苗は度々滞納しています。シーズー犬サークル主宰というまっとうな仕事ではダメ、かといってソープ嬢になってもなお思うように稼げない。『ならば…』と、「詐欺」という犯罪の道に傾いていったのがこの頃のようです。

 しかし当時の佳苗には怪し気なようすは全く見られなかったといいます。「雄の子犬を12万円で購入することに決め、引き取るために板橋区内の彼女のマンションに行きました。彼女は“品の良いオバチャン”という印象でした」とその女性。「髪を肩までのばし、化粧っ気はなし。ソファーの周辺に色とりどりの動物の縫いぐるみが並んでいる以外は部屋も普通でした」。本当の職業は“ピアノ教師”と言っているにも関わらず、部屋にピアノがないのを不思議に感じたそうです。
 「ただ犬に関する知識は本物でした。ある時、犬の耳が臭いので彼女に相談したら、即座に“それは耳ダニです”と。獣医さんに診てもらったら、実際耳ダニと言われました。彼女とはその後4年間くらいは連絡を取り合っていましたが、当時はまさかこんな事件を起こすようには全く見えませんでした」。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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コメント

ブログを読ませていただきありがとうございます。
来年も良い年になりますように。

投稿: 出会いたくて…出会えなくて… | 2009年12月24日 (木) 20時22分

出会いたくて…出会えなくて… 様

 ありがとうございます。
 メリークリスマス !
 そしてそちら様も、どうぞ良いお年を !

投稿: 大場光太郎 | 2009年12月24日 (木) 23時16分

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