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2010年1月

妻田薬師逍遥記

  名刹も梢まわりも春隣   (拙句)

 早いものできょうはもう一月も終わりの31日です。日曜日のこの日は、3月中旬または同月下旬頃を思わせるような、暖かい大快晴の一日でした。
 こんな日には外に出て近所を散歩するに限ると、午後2時半過ぎ外出しました。いつもは居住地から東の方向すなわちいつも記しています中津川の方に向かいがちです。しかしきょうは反対の西の方に歩いてみました。
 本当に寒中とは思われないほど、「うららか」と形容してもいいほど暖かい日差しです。日差しがそんな具合ですから、風は無風に近い微風で、周りの布旗などそよとも動かないため風向きをしかとは確かめられないものの、どうやら東風、南風の春風に違いないようです。

 当ブログでは時折りその名前を出したくらいでしたが、居住地付近には「妻田薬師」という名刹(めいさつ)があります。大晦日深夜から元旦未明にかけて、いつもこのお寺の除夜の鐘が響いてきて、ことのほか行く年来る年を実感させられます。
 津久井町や手前の愛川町半原に向かう、神奈川県道から東側地区が普段もっぱら徒歩や車で走り回るエリアです。県道から西側へはめったなことでは足を運びません。私がバスで本厚木駅に向かう時、同県道沿いの最寄のバス停はその名も「妻田薬師バス停」です。いつもバス待ちの間県道の先の同薬師のこんもり繁った樹木のさまを眺めたりしますが、目と鼻の先の薬師まではめったに行くことはないのです。

 春のような暖かい陽気に誘われて、きょうは妻田薬師に行ってみようと思い立ちました。県道を横切ると、通り沿いの右側にドライブスルータイプの妻田マック(マクドナルド厚木妻田店)があります。くるくる回るMのマークも、高く日に輝いています。
 同店沿いの大通りに直行した道を歩くと、県道に平行して走る裏道です。それを横切るともう薬師の境内です。正面ではなく脇側になります。
 寺社の裏手とあって、日も射さないほどの鬱蒼とした樹木に覆われています。古い寺社がそうであるように、ここの樹木もいずれも広葉常緑樹、真冬の今でも艶々した葉を梢いっぱいに繁らせています。そのため昼なお暗いほどで、いかにも古刹といった雰囲気を醸し出しています。

 境内に踏み入りますと、すぐの角地が池になっていて、鯉やら大きな金魚やらが泳いでいます。少し幽玄な趣きで、「古池や…」の芭蕉の句が想い起こされます。
 その脇の石の階段を登ります。石段には赤い色の花の塊りがポツンポツンと落ちています。見上げればなるほど、赤い花をつけた山茶花(さざんか)の木があるではありませんか。
 本堂と下道との落差はせいぜい2、3m。しかし石段はグルッと回り加減に設けられており、存外に奥行きのある小径(こみち)の感じをつくり出しているようです。
 登りきると真っ先に巨木の根元を裏から覗き見るようなあんばいです。

 その大きな根回りや艶々した葉の繁り具合に感心しながら、本堂側のいわゆる巨木の正面にやってきました。神奈川県のマーク入りの立派な金属製の碑が側に建っています。それによりますと、この木は「妻田薬師のクスノキ」という名称で、「神奈川県100木選」に指定されているとのことです。
 根回り11m、樹高22m、推定樹齢500年とのこと。なるほど見れば見るほど、巨大で歴史を感じさせる風格ある大楠です。根元には空洞部があり、土も見えているその中に小さな地蔵立像が安置され、手前には花も供えられていました。
 
 何でも戦国時代、この地域もご多分に漏れず戦乱に巻き込まれたようです。小田原北條氏に攻め入った甲斐の武田信玄の軍勢によって、この地は戦火にのまれ、この木も一部焼けたことがあったようです。しかし広葉常緑樹は火災にめっぽう強く、この樹木種が植えられている所は立派な防火帯の役割を果たすと言います。
 この大楠のほかに何本かの同じクスノキ類が境内に配され、名刹らしい鬱蒼たる雰囲気を醸し出しています。

 本堂である薬師堂の付近に樹木はなく、その正面はうららかな冬日をいっぱい浴びています。同堂は普段は閉められているものの、その内部には大きな厨子、その中に薬師如来坐像、同如来立像、日光・月光菩薩立像、十二神将立像などが安置されているようです。これらはすべて、戦国時代の作品で、いずれも厚木市文化財指定となっています。
 この暖かい陽だまりのようなお堂のたもとの板敷きの所で、老婆と小さな女の子が腰掛けて何やら話しこんでいます。どこか近所の家のお祖母さんとお孫さんなのでしょう。こうして単なる「お話」としてではなく、古刹・名刹の雰囲気を幼児から体感させておくのは決して無意味なことではないはずです。
 
 首都圏の一地方都市として、年々変貌著しい周囲の景観の中で、この妻田薬師などは「聖域」として昔々からほとんど変わらずに今日に到っているわけです。周辺は過去から現在そして未来とどんどん時間が推移していく、つまり変化・変滅していくのに、ここの空間のみは何百年も変わらない。特に意識せずとも、幼い時からこういう「永遠を感じさせる空間」に馴染んでおくことは大変有意義なことのように思われるのです。

 (大場光太郎・記)

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マスコミは押尾事件の“巨大な闇”も報道せよ(2)

 日頃「説明責任」にうるさい大マスコミ。野口美佳の責任をなぜ追及しない !?

 昨年8月2日に発生した押尾事件で、問題とされるべきは、現場となった六本木ヒルズレジデンスB棟2307号室がどんな性質の部屋だったのか?ということです。その部屋で田中香織さん(当時31)が、全裸死体で発見されたのです。ただ事ではありません。
 ところが私の記憶では、新聞・テレビは事件発生当初、その部屋のことには少し触れただけ。問題の部屋は誰かの自己所有なのか、それとも賃貸なのか?日頃「正確な報道」を自認している割りには、そのことには一切触れずうやむやにごまかしたまま、今日に到っています。

 心ある人にとって、今や新聞・テレビなど大マスコミより、「ネット情報」の方が出来事や事件などの「真実」「核心」を衝いているという認識で一致しています。ネット情報では、事件発生直後から問題の部屋は賃貸されているもので、借主は野口美佳という44歳の女、そしてこの女は(自身のブログで否定しているものの)ヒルズ内に幾つもの部屋を借りていて、押尾学らに自由に使わせていたらしいことなどが流れていました。
 一頃はやった“ヒルズ族”の住むマンションともなれば、一部屋だけで家賃月数十万円。それを幾つも借りていたくらいですから、野口美佳という女ただ者ではありません。かなりの“ヤリ手ババア”であることは間違いありません。なるほど野口美佳は、近年急成長していた下着通信販売会社ピーチ・ジョンの女社長であるのです。(そのため口さがない2ちゃんねるでは、“下着婆”の通り名もあり。)

 それだけではありません。PJ(ピーチ・ジョン)は一部上場企業ワコールの完全子会社の上、何と野口はワコールの個人筆頭株主でもあるのです。その保有株式だけでも85億円にも上ると言われますから、野口は超資産家でもあるわけです。
 社会的立場、影響力が極めて大きいのが野口美佳です。そんな野口が、何で俗に“やり部屋”と称されている部屋を幾つも借りていたのか?その一室で一人の女性が変死している以上、借主・野口美佳の責任が厳しく問われて当然のはずです。(野口は田中さん変死の報を聞いて、「虫けらが一匹死んだくらいで、ガタガタ騒ぐんじゃないわよ」と言い放ったとか。)

 そんな野口の責任追及はおろか、新聞・テレビは野口美佳の「のの字」すら今まで報道してこなかったのです。方や民主党の小沢幹事長の土地購入問題では、デマ、捏造委細かまわず報道しまくっている。何と際立った違いなのでしょうか?この二重人格的な、大マスコミのダブルスタンダードはいったいどうしたことだ ! それでも「公平中立」「不偏不党」「正義」の言論機関?「笑わせんじゃないよ ! 」ということなのではないでしょうか?

 この違いは本当にどうしてなのか?野口美佳にはとにかくバックに“ヤバイ筋”がたくさんついているのです。大スポンサーであるワコールの筆頭株主である、大マスコミはまずこれだけで野口の名前を出すことには二の足を踏むことでしょう。
 野口のバックはそれだけではありません。元夫野口正二はアダルトビデオ製作会社「桃太郎映像」の実質的経営者で、稲川会系暴力団幹部です。美佳は正二が元夫であったことも否定していますが、ピーチ・ジョン = (英語流の)桃太郎、この一致をどう説明するのでしょうか?PJの設立自体、稲川会に資金を回す目的だったという話もあるし…。

 またPJ下着通販ルートでは、創価学会が“闇ルート”で一枚絡んでいるという情報もあります。創価といえば、“無税”なのをいいことに総資産十兆円以上という、世界のトヨタを超すほどの超優良企業(?)、もちろんワコール以上の超大スポンサーであるわけです。
 その上「地獄の沙汰も金次第」というもの、PJは事件後新聞、テレビ、週刊誌などへの広告代を従来の2倍にしたと言われています。

 ヒルズマンション内の“やり部屋”には、備え付けられた防犯ビデオ解析の結果、(主に自民党系)政治家、政治家ジュニア、「検察・警察」を含む霞ヶ関上級官僚、IT会社社長、大物タレント、大物アスリートなどがぞろぞろ出入りしているようすが映っていたと言われています。
 彼らはヒルズのどこに出入りしていたのか?言わずと知れた野口美佳の“やり部屋”へ。何のために?「悪事は露見する」ー田中さん変死で図らずも明るみに出たように、「クスリ&(乱交)セックス」に耽るために。

 そこではクスリ(麻薬)が日常的に使用されていた。また野口美佳は自身の薬物疑惑、そして多分PJの事業拡大目的だったと思われますが、そのやり部屋に出入りする腐れセレブ男共のために、せっせと女を斡旋していた疑惑もあります。いわば犯罪の巣窟、魔窟のような部屋に、犯罪を取り締まるべき検察・警察幹部も入り浸っていたのです。
 「検察を信じてたい 54パーセント」。それでもあなたは、腐れ検察・警察を信じるおつもりですか?

 野口には、PJの専属モデルの半分くらい、また売れない女性タレントやモデルを売春させたり、桃太郎映像のAV女優に飛ばしていた「管理売春」疑惑も浮上しています。
 今回の小沢土地問題では、疑惑の所在すらきちんと証明されていないのに、デマ、捏造の類いも平気で大マスコミは垂れ流し続けています。ならば小沢より犯罪性が極めて濃厚な野口美佳こそ、連日連夜マスコミは叩いてしかるべだったのではないでしょうか?
 しかし財界、闇社会、創価学会、政治家、官僚、大手芸能プロ…。50年以上に及ぶ旧自民党政権下で、すべて大マスコミとはズブズブに癒着していた「お得意先」ばかりです。とても追及するどころの話ではなく、むしろ火消しにおおわらわなのがマスコミなのです。ある人はそんなマスコミを「マスゴミ」と揶揄(やゆ)していますが…。
 
 だから野口美佳はすべてを読み切って、「私は絶対大丈夫」と周辺に断言しているといいます。12月初旬の押尾再逮捕にはさすがに泡食ったか、直後ハワイに高飛びし、新年今月同地で、めでたく「父(てて)無し児」(第5子)を無事高齢出産したとか。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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大鶴基成検事とは何者?

 週刊朝日2月/5日号が「検察リーク」を認め、その内容を明かした

 “小沢聴取”の直前『週刊朝日』編集部に、次のような情報が寄せられたと、同誌2月5日号が伝えています。ニュースソースは明かせないものの、東京地検特捜部の「関係者」とのことです。

 「小沢は、何があっても必ずやるよ。強硬派筆頭の大鶴(基成・最高検検事)さんは“証拠は揃った。あとは何でやるかだ”と話している。狙いは斡旋収賄だが、ダメでも政治資金規正法違反の“共犯”で挙げられる。脱税だってできるからね。ただ、最後は議員辞職と引き換えに手を打つという方向も残している…」。
 実はこの関係者は、先週も同誌に以下のことを漏らしていたそうです。「今捜査の指揮棒を振っているのは、特捜部長の佐久間(達哉)さんじゃなくて大鶴さん。大鶴さんは本気だから、弱腰の“上”に活入れて、石川逮捕にもってったんだ。石川は任意じゃウソばっか言ってたからな。(略)ゼネコンもベラベラ話している。石川もパクられて完オチだし。小沢も、もう完全にアウトだ。在宅でも何でも起訴して有罪にすれば、公民権停止で、もう議員などやってられない」。

 この地検特捜関係者によりますと、大阪、京都などの関西の各地検からも敏腕検事6人を呼び寄せ、さらに“小沢立件”に向け応援が増える可能性があるといいます。法務省や最高地検は、こうした現場の先走りをかなり気にしているが、「もうそんな段階ではない」と言うのです。
 同関係者は、「相手が民主党なんで、大鶴さんも法務大臣の指揮権発動の可能性もちゃんと視野に入っている。発動させないためにも、もっとマスコミを使って風を吹かせないと。場合によっては、国会に逮捕許諾請求を出さないといけないかもしれない」とも言ったそうです。

 以上はネットでは既にかなり出回っている情報で、当ブログはだいぶ出遅れた感じです。大鶴は最高検検事でありながら、「東北ゼネコンのことは検察内の誰よりも詳しい」として樋渡検事総長に直訴し、東京地検の次席検事として大鶴が指揮をとっていると言うのです。特捜部長である佐久間もトップとしての責任は当然ながら、大鶴の方が小沢捜査の実質的指揮者であることがうかがわれます。

 大鶴基成(おおつる・もとなり)とは何者なのか?1955年(昭和30年)大分県佐伯市生まれ。鹿児島の名門ラサール高校から、東大法学部へ。同学部卒業後、念願の東京地検検事へ。その意味では佐久間と同じく、絵に描いたような“赤レンガ組”(東大、京大卒の法務省官僚)エリートのようですが、以後しばらく福岡、大阪、釧路地検をドサ回り。転機が訪れたのは、1992年4月東京地検への異動。交通部長を経て05年には特捜部長に。

 以上の経歴では分からない、不具合な経歴が大鶴にはあるようです。
 元上司は、「自分の内面の弱さを隠すために権力をカサに着て取調べ、事件を作ってしまうという、大鶴の捜査手法を何度もたしなめた」と証言しています。「事件を作ってしまう」とは、まさに今回の小沢捜査そのもののようです。
 実際大鶴が過去に手掛けた事件として、ゼネコン汚職事件の「梶山静六ルート」で、上記どおりの見込み捜査で大失敗を犯しました。というのもゼネコン幹部から梶山に裏金が渡されたという筋書きを大鶴は描いて調書を作ったものの、実際は梶山に裏金は渡っておらず、ゼネコンの元幹部が個人的に着服していたのです。

 その事実が後で明らかになり、大鶴は“赤っ恥”をかいています。この事件で、大鶴の取調室からはいつも凄い怒鳴り声が漏れていたとの証言もあります。今回逮捕された石川議員らの取り調べも相当過酷のようです。
 今回の小沢土地問題では、水谷建設側は石川(当時)私設秘書と大久保(当時)公設第一秘書にそれぞれ5千万円ずつ渡したとされています。しかし逮捕された石川、大久保共にそれを否認、まして小沢一郎は完全否定です。以外と梶山ルートと同じパターンで、途中水谷の誰かが着服したんじゃないの?大鶴さんよォー。

 そんな大鶴が、部下の佐久間と手掛けたのが、「福島県知事汚職事件」です。当時これも大ニュースとなり連日報道されましたから、ご記憶の方も多いことと思います。あの時点では、今回と同じく「官報複合体」合作報道により誰しも福島県知事(当時)の佐藤栄佐久氏の有罪を疑いませんでした。
 しかしこれが実は、大鶴や佐久間らがデッチ上げた「冤罪」だったのです。結果検察側は、被告側の上告を持ちこたえられず、最高裁で佐藤元知事らの無罪が確定しています。同事件における大鶴らのデッチ上げ、取調べがいかにひどいものだったか、いずれまたご紹介できればと思います。

 その他日歯連闇献金事件では、橋本龍太郎、野中広務、青木幹雄らといった本当のワルを見逃し、闇献金を直接扱う立場になかった村岡兼造を、はめるような形で逮捕、起訴しています。
 要は“赤レンガ組”とはいいながら、大鶴も佐久間も、検察官としての能力が甚だ疑わしい人物なのです。こんなのがのさばる検察では、この国の検察捜査はお先真っ暗です。2人にはこの際検察から去ってもらって、弁護士にでもなってもらった方が、この国の検察はずっと風通しが良くなるのではないでしょうか?でも弁護士になっても、どうせヤメ検ならぬ「ダメ検弁護士」でしょうが…。

 (大場光太郎・記)

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(転載)小沢問題に米国強欲金融資本の影?

 (注記)ある方が先日の『新聞・テレビは自壊し始めた』記事に、長文のコメントを寄せられました。私の言わんとしていることを、別の観点から論考された堂々たるご所見です。出来るだけ多くの方にお読みいただきたく、このたび当ブログ記事として転載させていただきます。なおタイトルは勝手ながら私がつけたものです。 (大場光太郎)
                       *

我々は小沢バッシングの背景にあるものを的確に捉え、それが日本の民主主義発展に、骨子として、本当に必要なものか、問わなければならないと思います。やりたい放題のマスコミに飼いなされて、マスコミ報道を鵜呑みにしていると国民は悲劇の道を邁進することを余儀なくされることと思います。表層的な捉えは、禁物です。歴史を動かすのは、最終的には力関係です。幻想に酔っていては駄目です。現実に誠実になるべきです。小沢氏はそのことをよく認識されているので、ぎりぎりのところで戦っておられるわけです。

小泉・竹中の郵政選挙のときの小泉劇場を後押しする異常な報道や、このたびの小沢・鳩山問題の異常ともいえる民主党ネガティブキャンペーン報道で、日本のマスコミは、あまりにも露骨に「自らが果たす役割」を暴露しました。

それで、本来日本国民のために権力の暴走を抑止する機能を発揮しなければならないはずのマスコミなのに、官僚権力の暴走に加担するような行動をとっていることで、ほとんどの多くの国民は、これは明らかに「不自然で違和感のある圧力」がどこかからかかっていると気づいたと思います。

その「不自然で違和感のある圧力」とは何なのでしょうか。そして、それはどこからかかっているのでしょうか。その大元はどこなのでしょうか。国民は、それこそしっかり問い直し、究明し、鮮明に意識していくことが大切だと思います。そうすれば、マスコミ報道も検察などの官僚の動きや、政治家の動きも少しは冷静に見ることができるようになると思っています。私自身も色々考えましたが、私が考えたことは、端的に申しますと、以下の通りです。

1.アメリカウォール街の強欲金融資本は、自らの強欲を貫徹していくために日本の大手広告代理店を牛耳ります。その大手広告代理店に楯突く事の出来ない日本のマスコミを使って、アメリカウォール街の強欲金融資本は自分らの都合の良いように、世論操作をおこないます。そして日本国民をマインドコントロールしていきます。<マスコミがタブー視してそれについて全く報道しない「日米年次改革要望書」の内容はご存知でしょうか。アメリカが日本に対して企んでいることが、具体的に一目瞭然です。>

2.アメリカウォール街の強欲金融資本の飼い犬となった悪徳で売国奴的な自民党のある会派や官僚は、アメリカウォール街の強欲金融資本からの指示が出れば、目を光らせているCIAに怯えているわけですから、1.のマスコミの世論操作を介して、国民を大バカにして、やりたい放題やりまくります。<冷戦が激化する中で、元・A級戦犯の中でも、アメリカへのエージェントとしての協力を誓った人間(岸やらPODAM)を釈放し、それら元・A級戦犯を利用して間接統治を強化した戦後の歴史を見れば一目瞭然です。>

今回の異常ともいえる小沢・鳩山問題の民主党ネガティブキャンペーン報道は、まさに1.と2.のコラボレーションのもとに、展開されていることを多くの国民は認識しているとおもいます。

私は、別に民主党の支持者でも右翼でも国粋主義者でもはたまた民族主義者でもありませんが、戦後の日本にはこのような構造が今なお横たわっているわけで、この構造が取っ払わなければ日本の民主主義は発展しないと思います。しかしそこには既得権益を貪る自民党ある会派、官僚、大手広告代理店、マスコミが一枚岩となって、アメリカと強力なタッグを組んでいる図式があるわけでして、そこがガンです。日本はいまだアメリカの属国なのです。

小沢氏は、この圧力に対峙し頑張っておられると信じています。従って小沢氏をつぶしたい圧力は、今後益々強化されてくると思います。したたかなアメリカ強欲金融資本は、日本を自分らの都合の良いように利用して更なる富の増幅を目論んでいますし、日本側の上述しました勢力も自分達の既得権益を貪り続けたいがためにアメリカの圧力強化に加担し続けるでしょう。

冷戦の時代は終わったといわれますが、アメリカ強欲金融資本は、自らの利潤追求にとって都合の良い規制の限りなく少ない経済システム、つまり市場原理主義を、今なおグローバルに浸透させようとして、躍起になっているのです。私は社会主義経済の経済システムが決して良いものとは思いません。しかし、アメリカ強欲金融資本のマネーゲームで、地球上のあちこちで貧困や飢えに苦しんでいる人たちや子ども達がいることがあっていいのだろうかと思います。子ども達には何の罪もないのに・・・・。また、アメリカ強欲金融資本がつくり出した詐欺のような証券化商品によって、このたびの金融危機が引き起こされたわけですが、世界中の実体経済はグチャグチャにされました。

我々は、このようなアメリカ強欲金融資本の暴走を許していいのでしょうか。市場原理主義というまったく野放し状態の経済システムで、やりたい放題、強者が弱者を淘汰していくようなことがあってはならないと思います。色んな立場に立たされている人々の幸せを考えるなら、また健全な社会を希求するなら、最低限の規制は必要だと思います。地球上全体ではなく、日本とアメリカの関係だけをみても、いかにひどい関係であるかが一目瞭然です。

上述しました日米の間で毎年とりかわされている「日米年次改革要望書」を見てみますと、アメリカ強欲金融資本が、いかに日本に対してえげつない圧力をかけているか本当によく分かります。NHK特集で「日米年次改革要望書」が取りあげられたことがあったでしょうか。毎年、秋ごろ取り交わされているようですが、大手新聞各社がこれについて取り上げたことがあったでしょうか。まったくありません。マスコミにとっては、タブーの存在なのです。ここにも日本のマスコミの本質がちらついています。郵政民営化、労働者派遣法の改正、独占禁止法改正、建築基準法改正、確定拠出年金導入等々、アメリカ強欲金融資本にとって都合のいいことばかり強要してきているのです。そして一部の人を除いて多くの日本人の生活はグチャグチャにされたのです。そして、勤勉な日本人がコツコツ蓄えたたくわえは、外資にいとも簡単に吸い取られるシステムまでつくられてしまったのです。ほんとうに我々は、お人よしなのです。

ほんとうに、日本国民による日本国民のための自治が求められます。田中角栄にしても小沢一郎にしても、そうした理念に依拠している人だと思っています。くどいようですが、戦後のアメリカと日本の間にある上述しました構図や図式を解体することが、日本の民主主義発展を規定しているといっても過言ではないと思います。小沢氏は親中に熱心です。そのことからも分かるように、解体に向かって立ち上がっている政治家こそ、小沢一郎だと思います。このような政治家は何十年一度しか出てこないと思います。

投稿: 匿名 | 2010年1月28日 (木) 10時43分

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マスコミは押尾事件の“巨大な闇”も報道せよ(1)

 小沢問題は徹底的に暴き、押尾事件は徹底的に隠す大マスコミ

 事情聴取が終わって、今週小沢報道は急に下火になったような気がします。ふだんあまり新聞・テレビを見ない私ですが、27日夕方の報道番組、深夜の報道番組を少し見てみました。違う民放局ですが、いずれでも小沢問題は扱っていなかったようです。年初来あれだけの大波報道を繰り広げたのに、急に潮が引いたように静かになっちゃって。
 同問題報道はもう収束に向かったのだろうか?いやいや。執念深い検察とマスコミの「官報複合体」のこと、大いに訳ありと私は見ます。

 検察からマスコミ各社へ、「この度はひとかたならぬご協力ありがとう。世論誘導のおかげで、石川らの再拘置期限切れ前後小沢も一緒に在宅起訴できそうだ。もうこれ以上騒ぐ必要はない。我々の勝利は確定したのだ。だからむしろじっとなりをひそめて、“小沢Xデー”を待っていてくれ。ではその時まで」というような極秘通達が流されたのではないでしょうか?
 いずれにせよ、石川議員らの拘置期限切れの2月4日前後、どんな動きがあるのか大いに注目されます。

 さて昨年は当ブログでも、8月2日の事件発生以来ことあるごとに『薬物汚染シリーズ』で取り上げてきた押尾事件でしたが、最近は小沢問題の陰に隠れてすっかり埋没したようなかっこうです。
 つい先日そんな押尾事件に新たな展開がありました。問題の東京地検が拘留中の押尾学(31)を、死亡した田中香織さん(当時30)への「保護責任者遺棄致死罪」で再起訴したのです。それに対して押尾の弁護団は、押尾は田中さんに対して心臓マッサージをするなど適切な救命措置を取った。しかし田中さんの容態急変は、とても助かるような状態ではなかった。それゆえ押尾は同罪に対しては無罪である、というような主張をしています。

 事件後8ヶ月弱にしてようやくここまで?「一事不再理」の大原則に抵触すると専門家から非難の声も挙がりかねず、本当は最初の逮捕、起訴でいっぺんにここまでもって来れたはずのもの。所轄の麻布署の当初の、「死亡事案ではあるが事件性なし」としてこの事件を早々と迷宮化しようと目論んだ警視庁の隠蔽体質、そしてそれに便乗し同じく事件を隠蔽しようとした東京地検も厳しく責めを負うべきです。

 今回特に問題にしたいのは、この事件に対してのマスコミ各社の報道のあり方についてです。既にお伝えしておりますとおり、ある民放局の現場では「すわ。重大事件発生 !」とばかりに意気込んで報道態勢を取ろうとしていました。ところが関係者は、「上から出来るだけ“のりピーのネタ”を取り上げるように言われています。押尾の方は難しい問題があるから控えめに」というお達しがあったと当時語っていました。

 これはその一局だけのことではなく、NHKも含めた全テレビ局、全新聞社同様のスタンスだったものと思われます。それが証拠に、それ以後押尾事件についてはどのマスコミも突っ込んだ取材や報道を一切していない、むしろ避けているからです。
 そして「押尾事件隠し」のスケープゴートとして、渋谷の現場におびき寄せられた可能性が濃厚な、直後の酒井法子夫婦の覚せい剤使用事件、のりピー失踪事件に、「これ幸い」とばかり各マスコミが殺到していきました。

 事件の性質はかなり違いますが、小沢土地問題と押尾学事件、この両者を比較してみれば報道の差は歴然です。小沢問題については、連日連夜執拗に微に入り細に入り報道しまくり、挙句の果ては小沢一郎を“犯罪者”に仕立てあげるため、検察からのデマ、捏造による誤報を連発しまるで恥じないようす。
 方や押尾事件の方はどうだったでしょうか?どうせ押尾学という二流役者が引き起こした事件に過ぎないから、取るにたりない?冗談じゃありません。マスコミ関係者なら誰でも、この事件には底知れぬ“巨大な闇”がある、押尾学一人を処罰して済むような生易しいことではないことくらい分かっているはずではないですか。

 昨年末頃の記事で私は、この押尾事件を「パンドラの匣(はこ)」と形容したことがあります。この事件には「ありとあらゆる災い」が潜んでいて、もしこの事件の全容が解明されれば、この現日本社会にマグニチュード8くらいの巨大地震級(関東大震災クラス)の大衝撃となるかもしれない。(小沢問題など、せいぜいマグニチュード5から6くらいなもの)

 しかしだからといって真相を解明しなくてもいいのか?この事件に潜む膿(うみ)を全部出し切らなければ、日本の真の再生などとても出来ないのではないだろうか?この事件が政権交代前夜に起こったのは実に象徴的です。
 押尾事件と小沢問題を冷静に見比べて、その報道格差に心を痛めているマスコミ人は誰一人いないのだろうか?本来なら報道すべきでないことを捏造報道しまくり、報道すべきことを報道しようとしない。あなた方はいったいいつから、報道人としての誇りいや人間としての良心を棄ててしまったのでしょうか? (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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新聞・テレビは自壊し始めた

 社会的使命を見失った大マスコミは、自ら滅んでゆくに違いない

 我が国の新聞・テレビは、時として常軌を逸した異常報道を繰り広げることがあります。最近の例を挙げれば、03年のアメリカ中心のイラク侵攻における、極端にアメリカ側に偏向した戦争報道がそうでした。また07年の郵政選挙における、狂気のような郵政民営化ヨイショ報道もまたそうでした。

 検察やマスコミは、賦与されている権限の大きさ、影響力からして、いついかなる場合でも「不偏不党」「公平中立」の立場を貫くべきです。先の戦争ではその原則を大きく踏み外し、戦争遂行を掲げる軍部に当時の新聞は大政翼賛的に賛同し、戦争を賛美する論調を繰り広げ国民をミスリードして行ったのでした。そのツケは途方もなく大きく、敗戦、日本占領という未曾有の悲惨な体験を国民に強いることになりました。
 その戦争は既に60余年前の遥か遠い時の彼方、新聞・テレビは敗戦の時点の先人たちの痛切な反省も忘れて、またぞろ同じ轍(てつ)を踏もうとしています。

 今回の小沢土地購入問題のことです。東京地検特捜部を“軍部”に置き換えてみると、分かりやすいと思います。今年年初、それも一番おめでたい元旦に読売新聞がこの問題を取り上げてから、「読売さん、待ってました !」とばかりに、それこそ連日連夜各新聞・各テレビで「小沢問題」を目にし、耳にしない時がないくらいです。
 それも地検特捜部が国家公務員法第100条に定めた守秘義務を平気で犯す、知り得た捜査情報を虚実ない混ぜてリークした情報を、それが真実なのかどうか何の裏づけも取らないまま、マスコミ各社は尾ひれをつけて「大本営発表」的に垂れ流しているのです。

 最初から地検特捜部の意図は明確なわけです。最終目的である「日米安保マフィア権益」「検察権益」「霞ヶ関官僚権益」を守り抜くため、昨年来の同土地問題によって、何としても邪魔な小沢一郎を逮捕、起訴に持ち込みたい。しかしいくら探っても小沢を有罪に持ち込めるような、これといった確証が得られない。だったら666・アメリカユダヤ→CIAつながりで、また日頃から巨大な検察利権や司法記者クラブでズブズブに癒着している新聞・テレビに、「小沢一郎 = 悪人」を今回は今まで以上に煽って国民を誘導し、「小沢一郎 = 犯罪者」という世論を形成してもらおうではないか、というようなことです。

 (佐久間達哉の独り言)口火を切ってもらうのはやはり、(大正力以来CIAの日本のエージェントを受け継いでいる)読売の渡邉恒雄がいいだろう。それに特捜部長であるオレとは、「新米反中ライン」で以前から知り合いでもあるし。
 ナベツネも、元旦から「小沢攻略」の口火を切ったとなるとハナも高いだろう。死に花を咲かせる意気込みで必死でやるだろう。読売が火をつけてくれれば、後の新聞・テレビも右ならえのはずだ。マスコミにはこっちも、そのつどおいしいエサ(捜査情報)をどっさりまいてやる。
 マスコミの力を利用して、小沢を“犯罪者”に仕立ててやるのだ。こうして世論さえ味方につけてしまえば、もうこっちのものだ。たいした確証は見つからなくても、バカな国民は小沢逮捕、起訴を支持してくれるに違いない。
 こうして小沢一人を葬ってしまえば、邪魔立てする者は誰もいなくなる。オレの更なる栄達は間違いなしだ。それにしても政界一の実力者を葬り去るとは、オレ様は何と凄いんだ ! ウッヒッヒッヒッヒ。

 検察リークがホントだろうがウソだろうが、とんとおかまいなし。20日付読売新聞夕刊が、「小沢氏が4億円不記載了承」「石川議員が供述」とデカデカと報道しました。そして群がるハイエナのように、同夕方5時頃から各テレビ局も一斉に「逮捕されている石川知裕容疑者が事件への関与を認める供述を始めた」と報じました。
 しかしこれは事実無根のデマであることが判明したのです。石川議員の弁護士は、「石川氏は取調べにおいてそのような供述は一切しておらず、これまでどおり身の潔白を主張している」と、マスコミ各社に「完全な誤報」とファックスしたのです。それに対して読売はじめマスコミ各社は、謝罪や訂正などは一切していません。

 このようなことは小沢報道に関して多く見られます。小沢一郎という一個人の名誉を著しく傷つける報道をしながら、詫びようともしない。マスコミ各社は恐るべき傲慢な報道屋に成り下がってしまっているのです。
 こんな捏造情報を流す地検特捜部とは何なのか?その正体見たりですが、それを確かめもしないで「確信犯」的に社会に垂れ流すマスコミも極めて悪質で性質(たち)が悪いと言うべきです。

 極めつけは22日付産経新聞朝刊大阪版で、小沢一郎を「小沢容疑者」と表記したのです。さすがに同社は民主党に陳謝し、同日付大阪版夕刊で「おわび」記事を掲載しました。
 産経は読売と共に、我が国マスコミではCIAの尖兵新聞ですから『やっぱりね』と言ったところです。ことほどさように、新聞・テレビは連日連夜、ハナから小沢幹事長を「犯罪者」扱いしています。
 こういうことが積み重なって、聴取後ただちに会見しきちんと説明しているにも関わらず、先週末世論調査では「小沢幹事長は説明責任を果たしていない 90%前後」「検察を信じたい 54%」というようなバカみたいな数字が出てくるのです。さぞや佐久間達哉らは、「どうだ。思ったとおりの展開じゃないか !」と高笑いしていることでしょう。

 このような小沢問題に対する偏向報道には、マスコミ内部からも疑問の声が上がり始めているようです。例えば26日昼のテレビ朝日『ワイド ! スクランブル』をたまたま見ていましたら、やはり話題は小沢問題。その中でコメンテーターの川村晃司が、「小沢幹事長を我々報道する側が、最初から犯罪者扱いするのは考え直した方がいいのではないか?上告した最終審で結審するまでは“推定無罪”なんだということを忘れず、もっと冷静、客観的に報道しなければならない」と、至極まっとうなコメントを述べてました。
 
 国民もバカではありません。こんな悪意に満ちた報道ばかり積み重ねていると、そのうちしっかり学習して『どうもこんな報道はおかしいぞ』と、必ず気づいていきます。そうなると、新聞離れ、テレビ離れがますます加速していくことでしょう。
 マスコミ各社は、このような歪んだ偏向報道は、自分で自分の首を絞めているだけだと早く気がつくべきです。

 (大場光太郎・記)

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ドーなる !?小沢捜査の行方

 地検特捜部の狙いどおり、「小沢起訴」まで行くのではないか?

 23日(土)の小沢幹事長に対する東京地検特捜部の事情聴取が行われたのを受けて、小沢一郎vs地検特捜部の対決は新たな展開を迎えることが予想されます。
 与党幹事長が地検特捜部に事情聴取されるなど前代未聞では?と思っていましたが、今から半世紀以上前既に前例があったのです。1954年(昭和29年)当時与党の自由党幹事長だった佐藤栄作(首相は吉田茂)が、造船疑獄でやはり地検特捜から聴取に呼ばれていたのです。
 
 聴取後佐藤に逮捕状が出たものの、犬養健法相がすったもんだの末指揮権を発動して逮捕を免れたのです。佐藤はその後起訴されるも、1956年12月18日日本が国連に加盟したのを受けて実施された「国連恩赦」で免訴されました。
 佐藤栄作の場合は、吉田首相という強力な首相のご威光により指揮権発動、そして恩赦による免訴つまり無罪放免となりました。それ以後はただひたすら666・アメリカユダヤ様への忠誠を誓い、アメリカ様の覚えことのほかめでたく、総理大臣になり戦後最長の佐藤政権を樹立しました。それに昭和47年の沖縄返還の功績が評価され、日本人初のノーベル平和賞を受賞しました。こうして後進の森喜朗や小泉純一郎と同じく犯罪者から大栄転し、晩年は大安泰で過ごしたとさ。(最小限に見積もって、森は早稲田大学時代の買春で刑事訴追。小泉は慶応大学4年時の強姦逮捕、92年の愛人過失致死疑惑。)

 さて「対等な日米関係」を掲げる硬骨漢の小沢一郎は、アメリカユダヤ様の覚え極めてよろしくなく、そのためCIAの走狗機関である地検特捜部に執拗にマークされ、これも666・アメリカユダヤ様息がかりの大手マスコミ・電通にも目の敵にされ、特捜、マスコミから袋叩きにあい、まるでサンドバック状態です。
 今後の展開はどうなるのでしょうか?

 普段マスコミ嫌い、会見嫌いの小沢にしては珍しく、聴取後ただちに記者会見を開きました。これを「小沢さんは聴取で“もう大丈夫”という感触を得たのでしょう」と小沢一郎の余裕の表れと見る政治評論家もいるようです。「もうこれ以上捜査は進まない」という手ごたえがなければ、会見を開く心境にはならなかったのではないか?と言うのです。
 また会見を開いたのは、小沢なりの“計算もあった”という見方もあります。もし会見から逃げれば、本質的に臆病な走狗である大マスコミは、「国民に説明しろ」「納得できない」などと今まで以上にギャーギャー吠え立てることでしょう。(「弱い犬ほどよく吠える」より)

 さらには小沢に不利になるような聴取内容の「検察リーク」(今年の「流行語大賞}に是非ノミネートしましょう !)が出された可能性もあります。こんな欠席裁判的な情報戦が繰り広げられれば、小沢はこれまで以上に崖っぷちに追い込まれかねません。ここで国民に向けて自らがきちんと発信しておかなければ、今以上に誤った世論が形成され、それこそ政治生命が絶たれる危険性があります。
 それを見越してすぐに会見を開き、「守り」から「攻め」に転じたのではないか?とする見方です。

 小沢がどう釈明しようとも、地検特捜部は何としても小沢を「引っ張る(逮捕する)」つもりです。いつぞやの『週刊新潮』によれば、特捜トップの佐久間部長は部下に「ここまできたら小沢を何としても逮捕しなければ、逆にオレの出世の道が絶たれてお先真っ暗だ。だからオレは何としても小沢を逮捕するんだ」と漏らしたと言います。佐久間は自身の出世のためになりふり構わず、裏金の事実がもし見つからなければその時は「政治資金規制法違反の共犯」、あるいは「脱税」といった別件容疑で、とにかく何でもいいから起訴に持っていこうとシャカリキになっています。(そのため国税局にも捜査協力を依頼している)

 こんなとんでもない「パラノイア佐久間」に睨まれたら、小沢でも誰でも無罪放免はまずあり得ません。(正常な世の中なら、こんな異常性格者が特捜という「最高捜査機関」のトップになることなどないわけです。)
 国会会期中のため、小沢逮捕はできません。しかし「在宅起訴」なら可能です。大マスコミという強力な助っ人のおかげで、国民への「小沢一郎 = 悪人」という世論形成はもう完璧すぎるほど出来ています。だから真相を知らない多くの国民に向けては、在宅起訴も逮捕と同じ効果があるのです。世論さえ見方につければ、「起訴した者勝ち」。長い裁判の末無罪になろうが、そんなこと知ったこっちゃありません。

 小沢「在宅起訴」でどうなるのでしょうか?在宅起訴→幹事長辞任→民主党離党(場合によっては議員辞職)→鳩山連立政権崩壊→政局大混迷→参院選民主大敗北(あるいは「衆参同時選挙」に?)→ゾンビ自公政権復活→泥沼の政官財癒着政治→国の借金さらに増大→今以上の666・アメリカユダヤによるコントロール→国内資産の海外流出→日本破産→IMFによる地獄的第二の占領→日本滅亡。
 こんなぞっとする最悪の展開まで予想されます。
 (国民の皆様。財務省などの高級官僚らは仮に「日本破産」となっても、自分たちだけは生き延びられると本気でそう思っていますよ。気をつけてくださいね。)

 (大場光太郎・記)

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佐久間特捜部長を証人喚問せよ !

 検察は説明責任を果たさない。ならば佐久間部長を国会に召喚すべきだ

 23日民主党の小沢幹事長への、東京地検特捜部による事情聴取が終わりました。小沢はそれを受けて同日夜記者会見に応じました。その中で「今後さらに国民のみなさんに必要に応じて話すべきことは話したいと思います」とも述べています。

 また同会見後には、詰めかけた記者たちにこの問題のポイントとなる諸点を列記して説明した文書も配布しています。
 詳細に紹介はできませんが、その項目としては【陸山会に4億円を貸し付けた経緯】【2004年10月に貸し付けた4億円の原資】【4億円の銀行口座への入金や売買代金支払いへの関与】【所有権移転日を05年にした理由】【売買代金支払い後に定期預金を組んで預金担保に借り入れをした理由】【融資を受ける際に個人が借り入れ、陸山会に貸し付けた理由】【収支報告書の記載】【収支報告書の内容の確認】となっています。

 ざっと目を通して読んでみると、この問題でマスコミ報道などが連日連夜うるさいほどにキャンキャン吠えたてた疑惑に対してほぼあますことなく説明しているな、という感想を持ちました。小沢は地検特捜への事情聴取でも、これと同様のことを語ったものと思われます。
 小沢幹事長はこれで、前から約束していた国民への説明責任を果たしたとみていいと思います。後は特捜が今回の聴取をどう判断していくかです。

 問題は一方の地検特捜部の方です。昨年春の西松建設事件以来、同事件に関係した自民党議員には目もくれず、小沢一郎だけをターゲットに執拗に狙い撃ちしています。例えば同事件では、二階俊博元経産相に数千万円もの賄賂を渡したと逮捕された西松元幹部が供述したとされています。これが本当なら小沢などよりはるかに悪質な贈賄事件なのに、二階には結局一度も事情聴取せず、政治資金法違反がらみで秘書を略式起訴したのみです。

 それに今回の土地問題では、1・13の関係先の一斉捜索、1・15の石川議員ら小沢周辺関係者の逮捕など異常な捜査が続きました。たかが政治資金収支報告書への不記載だけで、直前まで任意の聴取に応じていた現職国会議員をいきなり逮捕するなど異例中の異例です。今までなら収支報告書の修正で済ませてきたのに、これはいったいどうしてなのか?だったら自民党議員は逮捕者続出のはずでしょうに。
 また特捜は、まずもって遵守すべき国家公務員法を平気で犯し、守秘義務違反の捜査情報をあることないことマスコミ各社に漏洩(リーク)し続けています。

 これらすべては、法治国家日本の捜査史上極めて異常な捜査手法と言うべきです。どうしてそんな異常な捜査をしなければならないのか?地検特捜部はポイントポイントで国民にきちんと分かりやすく説明すべきです。それが「開かれた検察」としてのあるべき姿です。

 それにこの間、それでなくても難問山積の日本の政治や経済を大混乱させ、国民の生活に深刻なダメージを及ぼしたことも看過すべきではありません。

 主権者たる国民には一切何も語ろうとしない、それでいてやりたい放題の捜査をこれ以上続けさせてはいけません。それでは巨大な捜査権限を有する地検特捜をますます増長させ、戦時中の特高(特別高等警察)と同じように暗黒検察化させ、我が国に恐怖捜査をはびこらせてしまうだけです。

 このような理由から、今後とも地検特捜部が説明責任を果たす気がない以上、その責任者である佐久間達哉特捜部長を国会の場に引きずり出すべきです。
 佐久間が以前手掛けた各事件は、りそな長銀事件、福島県知事事件、西松建設事件などいずれも裁判で無罪になったか、無罪になりそうな事件ばかりです。こんなズサンでお粗末な捜査を繰り返してきた佐久間がトップの捜査機関に、果たして公平中立無謬な捜査が期待できるのか?そのことも厳しく追及せねばなりません。

 上記のような点について、佐久間特捜部長を国会に証人喚問し、国民監視の下徹底的に追及すべきだと考えます。

 (大場光太郎・記)

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事情聴取が終わって

 東京地検特捜部の小沢幹事長への事情聴取が、23日午後2時から東京都千代田区紀尾井町のホテル内で行われました。聴取は4時間半にも及びました。聴取の詳しい内容は、ズブズブの癒着関係にあるマスコミ各社に、特捜側からまだあまりリークされていないようで詳しくは分かりません。
 ただ04年における問題の世田谷区内の土地購入の原資となった、資金の流れについてが今回の聴取の主なポイントだったものと思われます。その中で小沢は、政治資金報告書不記載についての自らの関与を否定し、また裏献金などは一切受けていない旨を強く主張したと見られています。 

 聴取が終了したのを受けて小沢幹事長は、午後8時から弁護士と共に同じホテル内で記者会見を開きました。私はその時間試しにNHK総合をのぞいてみました。しかし小沢会見のもようは中継されず通常の番組、それではと他の民放もチャンネルを回してみましたが、どこも似たり寄ったりの土曜のゴールデンタイムにまさに相応しい“高尚な”お笑い番組の類いのオンパレードのようで。(ただし実際記者会見が始まったのは8時19分からだったようで、それからテレビ各社が中継したのかどうかは分かりません。)
 NHKは直前7時のニュースで、20分にもわたって小沢問題をトップで取り上げていました。思えばNHKニュースは久しぶりで見ましたが、いきなり「小沢何とか事件」とデカデカと大見出しが出たのには驚きました。もう「問題」などとうに通り越して、さも小沢一郎側に「悪事が存在している」のを広く国民視聴者に印象づけるかのような「事件扱い」です。

 この際申し上げておきますが、たとえ仮に小沢一郎が東京地検から「起訴」されたとしても、それが直ちに「罪の存在」を意味するものではありません。前回の『検察は「聖域」なのか?』記事で述べましたように、東京地検は有罪、無罪に関わらず「公訴する裁量権」を行使しているに過ぎないのです。
 ご存知のとおり我が国では、地裁→高裁→最高裁という「三審制」を採っております。下級審の判決に不服ならば上告し、最終的に「罪の有無」が確定するのは、最終法廷である最高裁判所の判決なのです。最終上告した法廷の結審が出るまでは「推定無罪」が大原則です。

 そんなことを百も承知で、小沢一郎を政治的に抹殺したい大マスコミは、連日連夜小沢をまるで犯罪者と決めつけた偏向報道を繰り返しています。当ブログをご訪問され、この記事を熱心にお読みになる方々はまったく心配ありません。しかし世論調査の結果などから類推するに、「テレビ報道 = 絶対真実」と思い込んでいる(甚だ失礼なもの言いながら「民度の低い」)国民視聴者が圧倒的に多いようです。大変残念ながら。
 
 小沢一郎にとって都合の悪いことは、最近の「読売新聞誤報事件」のように、ウソでも何でも確信犯的に流し続けています。これが公正・中立な報道機関のあるべき美しい姿なのでしょうか?
 しかしどうせ「官報複合体」で、この問題(いや大マスコミが銘うっているとおり「事件」とするべきか?)では、まだ起訴はおろか事情聴取もされていない先から、地検特捜からのリーク情報を大本営発表的に、小沢のネガティヴイメージをどんどん流し続けています。こうして世論操作、世論誘導して小沢を失脚に追い込むのが、アメリカユダヤ様→CIA様からの極秘指令なのでしょう。

 少し余談になりましたがー。記者会見の中で小沢幹事長は、「あらためて進退についてうかがいます」との質問に、「与えられた職責をまっとうしていきたい」と幹事長続投に意欲を見せ、辞任する考えがないことを強調しました。
 また小沢は会見で、元秘書の石川議員らが逮捕されたことについて、「国民にお詫びしなければならない」と謝罪しました。また記者からの「この事件の報道について、一部で検察のリーク、報道スクラムという批判もあるが、報道のあり方については?」という質問に対しては、はらわたが煮えくり返る思いでしょうが「ぜひ、できるだけ公正に、冷静に報道していただきたいと願っています」と答えるにとどまりました。

 小沢は続投の意思を強くにじませましたが、すべては今後の捜査の展開次第です。それ次第では自民党をはじめとした野党が攻勢を強め、10年度予算案などの国会審議で混乱が生じるなど、政権運営に大きな影響を与えることも考えられます。また民主党内は現時点では小沢続投を支持しているものの、捜査状況によっては進退問題が浮上してくる局面がないとは言えません。

 しかし小沢一郎は今回大きな難所を何とか乗り切ったな、という感じがします。特捜は今後も再聴取を要請してくるかもしれませんが、小沢はそれにまた応じるのかどうか?政治的スケジュールから見て、もう無理なのではないでしょうか?そうなると特捜は今回の聴取内容と、逮捕している石川議員らの供述内容、一斉捜索で押収した資料分析などとの整合性をチェックし、どこか矛盾点がないか必死で調べることになるのでしょう。

 事前には「特捜は何か決定的な“隠し玉”を用意しているのでは?」とも見られていましたが、結果的にやっぱりそのようなものはなかったわけです。「水谷建設から云々」の話も、佐久間部長が以前福島県知事汚職事件を担当していた折り小耳に挟んだ程度の情報だというし。(同事件は最高裁「全員無罪」で結審。佐久間赤っ恥)また裏金を認めたという水谷建設元会長は、過去に偽証歴のある人物だというし。第一04年、05年当時小沢は野党議員に過ぎなかったわけで、贈収賄を構成する職務権限がそもそも存在しないというし。
 何だよいったい、異常づくめのこの変てこ捜査は !

 国全体も国民も非常時なんだよ。こんな問題にいつまで国民を付き合わせているつもりだ。いい加減にせよ、佐久間特捜 ! それに大マスコミ !

 (大場光太郎・記)

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検察は「聖域」なのか?

 嫌疑者が疑いを晴らすため、「検察と全面的に闘う」のは当然の権利だ

 先週末の石川議員らの逮捕を受けて、鳩山首相と小沢幹事長が善後策を話し合うため協議しました。その中で小沢幹事長は「検察と全面的に闘う」と言い、鳩山首相も「どうぞ闘ってください」と言って励ましたと伝えられています。
 これに猛然と噛みついたのが、野党の自民党や各マスコミです。「公平中立な捜査機関である検察に対して闘うとは何事だ」「捜査に対する政治的介入だ」などと、まあかまびすしく吠えること、吠えること。

 あまりの反響の大きさにとまどった鳩山首相は、「“闘う”とは決してそのような意味ではなく、幹事長としての務めに今後とも一層努力してもらうということだ」などと、弁明にあい努めていました。友愛者鳩山には、このように前言を翻すことがままあります。首相の一言がいかに重いものであるかをよく自覚されて、一度言ったことは断固貫き通すくらいの信念を持って事に臨んでいただきたいものです。そうでないと、検察とマスコミの「官報複合体」をますます増長させるだけです。
 ただ首相には、小沢幹事長の事情聴取を間近に控えたこの時期、いたずらに地検特捜を刺激するのは得策ではないという配慮も働いたのかもしれませんが。

 非難している自民党も大マスコミも、地検特捜が現在の首相や幹事長を怖れていないことなど百も承知のくせして、「捜査への介入」などとよく言うよ、ではないでしょうか?
 小沢一郎が与党幹事長だとしても、現時点の立場では刑事訴追されかねない一個人でもあるわけです。「己の無罪」を信じているのなら、ありとあらゆるエゲツナイ手法を駆使して有罪を立証し起訴に持ち込もうとしている検察に対して、「全面的に闘って」疑いを晴らそうとするのは当然の権利です。権利を表明して何が悪いのか?自民党やマスコミが非難している趣旨がよく分かりません。

 それとも検察は「聖域」である、検察は公正中立、その捜査は絶対・無謬だから、時の首相といえども一切口を挟むなということなのでしょうか?
 当ブログのここ一連の記事でも、東京地検特捜部はいかに問題の多い捜査機関であるかを見てきました。簡単に復習すればー。生まれも育ちもCIA(アメリカユダヤ勢力)の出先機関、従ってこれまでの政治的大物がらみはすべてユダヤ勢力にとって都合の悪い人物の排除目的だったのでした。そして今回の小沢一郎も、その可能性が大なのでした。
 さらには大マスコミも皆悉くCIAの息がかりだらけ。特捜検事が違法なリークを重ね、真偽のほどを精査もしないでそのリーク情報をマスコミが垂れ流し報道する。これはCIAを根っこに持つ、「官報複合体」として当然の連係プレーなのでした。

 以上を見ても、検察はこれまでずいぶん恣意的捜査をしてきたのであり、とても公正、中立な捜査機関などと言えるものではありません。
 また検察の無謬性にも大いに疑問符がつきます。例えばここ2、3年ニュースになっただけでもー。富山県の無実の男性に対して実刑を科したことがありました。また今話題の足利事件でも無罪の菅谷利和さんを17年間も懲役に処すなど、東京地検が犯した冤罪事件は表に出ていないだけでけっこうあるのです。さらには佐久間特捜部長が以前手掛けた福島県知事汚職事件が、部長就任後に最高裁で「全員無罪」が確定し佐久間は赤っ恥をかいています。
 その強引で脅迫じみた取り調べも大問題で、「可視化法案」の今国会での成立が強く望まれます。

 今回の小沢問題をめぐって、18日シンポジウム「『新撰組』化する警察・検察・官僚がニッポンを滅ぼす」が開かれ、著名なジャーナリスト、評論家、有識者が都内神保町の会場に集結しました。パネリストは田原総一朗、大谷昭宏、魚住昭、佐藤優、郷原信郎など。
 白熱した議論を繰り広げた会場は、立ち見客で溢れるほどで「小沢捜査」への関心の高さがうかがわれるものだったようです。

 このたびの小沢問題のように、地検特捜部がどんどん暴走するのは極めて危険です。警察・検察当局には巨大な「裁量権(さいりょうけん)」が付与されているからです。裁量権には2つの側面があります。
 1 犯罪者が存在するのに不問に付す裁量権
 2 犯罪者が存在しないのに無実の罪を着せる裁量権
 これは要は警察・検察の手心一つで、中曽根元総理、森元総理、小泉元総理らの犯罪には目をつぶるというようなことが起こり得るということと、逆に上記の富山県の事件や足利事件のように無実の者を服役させることも起こり得るということです。

 このような巨大な裁量権を有する警察・検察に、その権限を無制限に行使されてはたまりません。ですから警察・検察が暴走しないような「チェック機能」が絶対必要ですし、権限行使に対して「全面的に闘う」姿勢もまた当然の権利なのです。
 本来「チェック機能」は、大マスコミが果たすべきものです。しかし実際は「巨大な裁量権」が、巨大な利権を生んでいるのが現実なのです。マスコミ関係者で、裏金と共に「不問に付された」ケースが相当あるようです。これでは「官報複合体」を持ち出すまでもなく、検察とマスコミとのズブズブの癒着関係からも、「検察批判」などとても望めないわけです。

 前にも述べましたが、検察庁は法務省所属の一行政機関にすぎません。三権分立を定めた司法機関(裁判所)とは違うのです。ですから行政機関のトップである鳩山首相が、一行政機関たる検察庁の行き過ぎた捜査や人事に介入しても何ら問題はないのです。
 「検察に介入するな」というのを敷衍(ふえん)すれば、行政機関である他の「霞ヶ関官庁の組織改革に手出しするな」と言うことになります。そうやって官僚たちは自分の省庁を聖域化して、霞ヶ関改革を断固阻みたいわけです。

 いみじくも森ゆう子議員(民主党)は言ったそうです。「(小沢問題における)一連の混乱は“独立戦争”とみなすことができる。これは検察をトップとする官僚機構と、国民の代表である民主党政権との全面的な戦争だ」と。

 (大場光太郎・記)

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指揮権発動はあるのか?

 21日の衆院予算委員会で、いよいよ本格的な与野党論戦がスタートしました。午後自民党の谷垣総裁が質問に立つ初めての党首対決とあって、興味があり少しテレビ中継を見てみました。
 谷垣禎一氏(以下敬称略)は小泉政権以来財務相などを歴任し、国会論戦には十分なキァリアがあるわけです。ただ今までは野党の質問に答える立場、今度は逆に質問し攻める方の立場。さてどうなのかな?と興味を持って見ていました。
 しかしさすがは東大法学部卒の元弁護士だけあって、論旨明解変に高ぶることもなく終始冷静沈着に、鳩山首相はじめ各閣僚に鋭い質問を浴びせていました。鳩山首相も質問から逃げないタイプですから、『今後いい政策論争が出来そうだぞ』と思いました。

 驚いたのは、そんな谷垣が小沢土地問題追及の中で、「指揮権発動」について言及したことです。仔細には覚えていませんが、「もしこの問題で指揮権発動もあり得る局面になったら、内閣としてそれを行使するつもりがあるのか?」というような突っ込んだ質問でした。
 もちろん地検特捜部の捜査の推移にもよりますが、出来れば自民党としては今国会を通して小沢問題をぎゅうぎゅうに追及し、あわよくば小沢一郎の幹事長辞任、さらには政界引退、鳩山政権崩壊にまで追い込みたいわけです。そういう自民党全体の意思が鮮明になった質問だったと思われます。

 それに対して受けて立つ鳩山首相も、担当大臣である千葉法務相も、「もちろんですとも。小沢幹事長は何といっても、わが党の柱ですからね。その柱を失ったら、内閣も党も総崩れですから。だからもしそうなったら、躊躇なく発動しますよ。その時はどうぞあしからず」などと、例え思っていてもそんなバカ正直な答弁はしないわけです。「今後とも検察の捜査を見守りたいと思います」「仮定の話はできません」と言うのが当然です。

 ちなみに「指揮権(しきけん)とは、より上位の機関が、より下位の機関に対して指揮を行うことができる権限を言う。軍隊における指揮権、日本における法務大臣による検事総長に対する指揮権などが有名である」(フリー百科事典『ウィキペディア』より)とあります。
 上記指揮権を行使するのが“指揮権の発動”ということになります。小沢問題に引きつけて言えば、万一小沢が地検から逮捕されそうになった場合、検察を統括する立場にある千葉法務大臣が、樋渡検事総長のその決定に待ったをかけて小沢逮捕を免れることを意味します。

 先日小沢幹事長は、結局検察の事情聴取に応じることにしました。今週末の23日に行われる見通しのようです。20日夜の輿石参院議員会長らと都内で会食し、自身の参考人聴取に関して、「身は潔白」「近いうちに国民の理解を得られるような状況をつくるつもりだ」と自信満々のようすだったと言われています。
 確かに今国会は今年度補正予算、次年度予算案の成立、景気対策、普天間基地問題等々重要な課題が目白押しです。いつまでも「政治とカネ」オンリーでは困る、こんな問題さっさと白黒つけて肝心なことを審議してくれよ、というのが多くの国民の率直な気持ちなのではないでしょうか?
 
 たとえ小沢幹事長側に「早期終結の決意」があっても分かりません。というのも、いささかパラノイア気味の佐久間部長率いる特捜部ですから、今後の展開はまったく予断できないのです。
 地検特捜部と大マスコミの「官報複合体」(官は特捜、報はマスコミ)が、「何が何でも小沢を葬り去るんだ」となお暴走し続ければ、何せ最強タッグですから誰にも止めようがないわけです。彼らはやろうと思えば、どんな日本国民であっても例外なく罪をおっ被せて有罪に出来ます。だからその場合、行き着く先は「小沢逮捕」しかないわけです。
 時期として最も効果的なのは、今国会が終わってすぐの参院選直前でしょう。民主党に与えるダメージが最大になるからです。そうなると、現時点では非現実的とも思われる指揮権発動が、俄かに現実味を帯びてくることになります。
 
 この問題でその発動権を有する千葉法務相は、谷垣からの質問で何度か答弁に立ちましたが、当然のことながら「発動する」とも「しない」とも明確にはしませんでした。しかし画面を見ていて『いざとなったら、やるな』と感じました。
 もしそうなったら50数年ぶりのこと、前回は谷垣ら現自民党議員の大先人・佐藤栄作がらみで発動され、佐藤が逮捕を免れて以来のこととなります。(1954年-昭和29年の造船疑獄)
 
 この問題意外にあっさり終結してしまうかもしれません。が万一仮にそういう事態に立ち到ったら、民主党の蒙るダメージは計り知れません。どうせその時はマスコミも今以上に騒ぎ立てるでしょうから、小沢問題で傷ついた民主党のクリーンイメージはそれこそ地に堕ち、参院選は敗北確定。政局は一気に混迷することでしょう。野党の自民党はそれを狙っているのでしょう。

 (大場光太郎・記)

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地検特捜部は、こちらも直ちに捜査せよ !

 小沢問題よりはるかに悪質ー前政権による機密費「2.5億円」流用疑惑

 18日東京地検特捜部に、国民にとって「重大な告発状」が提出されました。
 今回の刑事告発の内容は麻生前内閣の「機密費持ち逃げ疑惑」で、当時官房長官だった河村建夫が、機密費を目的外に使用し国に損害を与えた「背任」もしくは「詐欺」の疑いによるものです。
 河村前官房長官は、総選挙2日後の昨年9月1日内閣府に機密費2億5千万円を請求して受領。その後使途については「政権にある立場でないから、答える立場にない」と説明を避けスットボケ続けてきました。

 その不正流用疑惑に対して告発状を提出したのは、大阪の市民団体「公金の違法な使用をただす会」のメンバーら39人です。
 同市民団体は、「遅くとも鳩山内閣発足までの半月の間に、自民党の国会議員に渡すなどして、国に損害を与えた」と主張し、「政権交代が確実で、内閣による政策遂行などに機密費を使う必要性はなかった。誰の目から見ても目的外使用、私的流用だ」と訴えたものです。

 同市民団体の訴えは至極まっとうであると言うべきです。今回の小沢土地購入問題で、特捜は「原資、原資」と言いつのり、何と小沢一郎が「資金の出どころ」と主張した信託銀行について、特捜は同銀行側から約20年分の通帳の提出を受けたというのです。原資については本来問われないはずの政治資金規正法違反容疑で、かつてなかったような常軌を逸したあら捜し捜査を、特捜はやっているのです。
 ならば、今回刑事告発された機密費の「原資」は何か?言わずと知れた「国民の血税」です。私的流用などもってのほかの大切な「原資」です。
 それに「背任」や「詐欺」は、政治資金規正法違反よりはるかに重罪です。特捜は、今回小沢問題に傾けた執拗さの何倍もの執念で、河村建夫が洗いざらいゲロするまで徹底的に事情聴取すべきです。また悪質性は石川衆院議員の比ではないわけですから、有無を言わせず河村を直ちに逮捕すべきです。また必要ならば、麻生前総理の事情聴取も行うべきです。

 さて「市民の告発」と言えば、最近の特捜部は市民の告発に、過剰とも言えるほど対応し、捜査を尽くしてきました。
 小沢土地問題で特捜が異例の現職議員逮捕に踏み切ったのも、元をただせば昨年11月に政治資金規正法違反容疑で「世論を正す会」を名乗る市民団体が石川議員らを刑事告発したのがきっかけでした。また鳩山首相の元秘書2人が起訴された偽装献金問題も、「鳩山由紀夫を告発する会」という正体不明の市民団体からの告発によるものだったのです。

 このような市民団体からの告発を特捜部がひょいひょい取り上げ捜査を着手するなど、自民党政権時代は考えられないことでした。例えばある民主党関係者によると、「当時は市民団体はおろか、野党議員が“政治とカネ”の問題で与党議員を刑事告発しても、検察はおざなりな捜査に終始し、忘れた頃に“不起訴処分”の通知が来るのがお決まりでした」と言うことです。

 こういう経緯を見ると、小沢や鳩山を告発した市民団体は、捜査せんがための『検察のヤラセ団体だったんじゃないの?』と勘ぐりたくもなります。
 いずれにせよ、検察が市民団体の告発への捜査方針を転換したことは明らかです。ということは、地検特捜部は今回出された「機密費流用疑惑」への市民団体からの告発に対しても、きちんと捜査しなければおかしいことになります。
 血税である2億5千万円はいったいどこへ消えたのか?地検特捜部が恣意的捜査、国策捜査などはしない公正無比な捜査機関であるというのなら、重要極まりない今回の告発こそ真っ先に取り上げ、特捜の名誉に賭けて死に物狂いで捜査に当たるべきです。

 地検特捜部はこの「機密費流用疑惑」をきちんと、捜査、解明するのだろうか?そして大マスコミは、この問題も小沢問題と同じように「公平に」大騒ぎして報道するのだろうか?
 折角市民の代表たちが今回告発してくれたのです。私たち市民も、今後の検察、マスコミの動向をしっかり監視していきたいものです。

 (注記)本記事は、1月20日付け「日刊ゲンダイ」記事を参考、引用しながらまとめました。

 (大場光太郎・記) 

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日々雑感(9)

   小春日の遥かなる嶺(みね)夢心地   (拙句)

 昨日たまたま立ち寄った写真屋さんのウィンドーに、「寒中お見舞い」のサンプルハガキが掲示されていました。私は知りませんでしたが、そんなご挨拶もあったわけです。
 そういえば、きょう20日は二十四節気の一つである「大寒」です。確かに2月4日の立春までは「寒中」であるわけで、年賀状から間もないとは言え、「寒い折りお体にお気をつけてお過ごしください」というようなご機嫌伺いも有りかな?という気はします。

 大寒の前日の昨日は、それまでの本式な寒さがぽっかり緩んで。寒晴れで大晴天の、少し暖かいほどの小春の陽気でした。昼過ぎ外に出て通りを歩いていて、思わず気の早いことに、
  ♪ どこかで春が生まれてる
     どこかで芽の出る音がする …♪
という子供時代懐かしい唱歌を口ずさんでおりました。

 当ブログ、元旦からいきなりの読売新聞の小沢土地問題掲載を受け、年初から同問題一色の感じです。長くご訪問の方の中には、『大場は、いったいどうしちゃったんだ?』と気をもんでおられるかもしれません。しかしこれまでの一連の記事をお読みいただければお分かりかと思いますが、この問題は我が国そして私たち一人一人の将来にとって揺るがせに出来ないものをはらんでいると思います。
 どう決着しようとも、引き続き要所要所でこの問題を取り上げていくつもりです。

 そもそも「読売新聞」が口火を切ったのにはわけがあるのです。というのも、読売新聞とNТV(日本放送網)は、CIAがそのエージェントである正力松太郎に、親米、反共右翼の世論形成と、「一億総白痴化」のために作らせたメディアであるからです。その後産経新聞もCIA直属のメディアとなり、朝日新聞や東京新聞やNHKにはCIAエージェントが奥深く入り込んでいると言われていますし。また毎日新聞は、これまたアメリカユダヤに忠誠を誓った創価の機関紙・聖教新聞の印刷と広告によって、どうにか倒産せずにいる…。
 そして問題の東京地検特捜部と自民党は、前回記事『正続・東京地検はユダヤの手先?』で見ましたとおり、生まれも育ちもCIA直属機関であるわけです。

 アメリカユダヤ勢力(CIAはその一機関)と、各マスコミがこれだけ密接な関係にあるのであれば、日本からユダヤ勢力の影響を排除しようとしている小沢一郎が袋叩きに遭うのも当然であるわけです。
 しかし、またいつか記事にしようかと思いますが、日本の真の再生のためには「東京地検解体」「自民党解体」と共に、我が国の大マスコミの「解体的出直し」もまた必要であると思います。

 18日通常国会が開かれました。大マスコミの予告どおり、「政治とカネ」の問題で早くも大波乱含みのスタートとなりました。国民全体にとってはそんなことより、「景気浮揚」が何より大切です。なのに大マスコミがせっせと煽っているばかりに、その本来のテーマから大きくそらされているのです。
 新聞・テレビの、「小沢許さぬ。小沢辞めろ」の大合唱は日増しに大きくなるばかり。当然といえば当然ですが、大マスコミの世論誘導がまんまと功を奏して、現政権への支持率は急落です。(でも麻生さんの底に追いつくには、まだまだ余裕有り)
 
 「小沢幹事長は検察の事情聴取に応ずるべきだ」が、何と9割を越えたというのですから驚きです。国会が始まった途端、それまでの小沢バッシングに加えて今度は民主党バッシングの大嵐。本当に「止まるところを知らず」の異常事態です。
 しかしそんな状況の中、いかに形勢不利になろうとも、腐れ検察や腐れマスコミにすり寄って、日和(ひよ)ってそれまでの言説を変節させては、「ネット言論人」(もしかして私の造語?)の名がすたると言うものです。
 私は己の信ずるところを、これまでどおり淡々と述べさせていただくのみです。

 そんな私の姿勢に共感してくださってか、おかげ様で当ブログ最近好調です。
 たとえば、ココログのココフラッシュカテゴリー「日々のこと」「日常」の19日づけ「デイリーランキング」ではー
  『東京地検はユダヤの手先?』が、両方とも1位
  『異常な検察とマスコミ(2)』が、4位 (「日常」では3位)
  『「亡国集団」地検特捜部 !! 』が、5位
と、ランキングに3記事もランクインしていました。特に「日々のこと」はレベルが高く、一記事が5位につけるのさえ難しいことを思えば大成果と言うべきです。しかしこれはもとより私の力量などではなく、それだけこの問題に対しての関心が高いためだと思われます。
 上記記事にアクセスいただいた方々、大変ありがとうございます。
 
 小沢幹事長の進退、本当にどうなるかまったく分かりません。ただ16日夜、テレビで印象的な場面を見ました。前日の夜の録画だったようです。石川議員らの逮捕を受けて、党本部内から出てくる幹部を待ち構えています。すると選挙対策委員長の石井一(いしい・はじめ)が出てきました。女性インタビュアーとの短いやり取り。
 「きょうの逮捕は参院選にどう響くと思いますか?」
 「いやぁ。その頃にはみんな忘れてるんじゃない」
 石井選対委員長は、うろたえるどころか涼しい顔でそう言ってのけたのです。そのシーンを見て、『ははあ。この先小沢問題など霞んでしまうほどのドエライことが起こるかもしれんぞ』。私はそう思ったのでした。

 まったく関係ありませんが。昨日の大山・丹沢連峰は冒頭の句どおりの、のどかな小春霞みでした。

 (大場光太郎・記) 

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続・東京地検はユダヤの手先?

 小沢一郎は「アメリカユダヤ勢力」との対決を視野に入れている !?

 前回見ましたように、地検特捜部はスタート時からアメリカユダヤと深く繋がっていた可能性があります。と共に1955年に設立された自民党にもアメリカの息がかかっていたのです。というのも、その設立資金を提供したのがあろうことか、9・11の本当の実行部隊で、世紀の大謀略機関CIAだったからです。そして同資金は、GHQが旧日本軍の例の「隠退蔵物資」(現在価格数十兆円)を没収後、米国で換金した資金が充てられたと見られているのです。(参考記事『「9・11」とは何だったのか(5)』
 東京地検特捜部ーGHQアメリカ(ユダヤ勢力)ーCIAー自民党…。底流では全部繋がっているのです。

 “忠犬ポチ公”と揶揄された小泉元総理に端的に見られるように、この構図どおり唯々諾々と「対米追随政策」をしてきたのが清和会の連中です。だからことのほかアメリカ様の覚えめでたいわけです。
 ところが経世会はどうだったでしょうか?大ボスの田中角栄の日中国交回復をはじめ、経世会(旧田中派)出身の小沢や鳩山らが今日「対等な日米関係」を言い出しているように、アメリカ様の逆鱗に触れることばかりするわけです。

 例えば田中角栄は、我が国独自の中東外交の展開を考えていました。中東の石油を産油国との直接取引きによって直輸入しようしたのです。その方がずっと安上がりで、日本経済にとって大変なプラスとなるわけです。しかし石油メジャーを牛耳っているロックフェラーユダヤ勢力にとっては、許しがたい日本の暴走であるわけです。それでCIAがとっくに掴んでいた田中のロッキード疑惑をアメリカ発で暴露し、失脚に追い込んだとみられるのです。以前『ユダヤにやられた-田原発言』記事でふれましたとおり、その時田中が「ユダヤにやられた」と叫んだ話は有名です。

 また鈴木宗男は、日本とロシアのパイプ役として重要な人物でした。しかしこれまたユダヤ勢力からすれば、宗男に今以上親密な日露関係を築かれると具合が悪いわけです。ですからこれもCIAと地検特捜が手を組んで、失脚、逮捕させることにした。
 万事こんな具合です。(推測ながら)おそらくCIAは、電通、マスコミ、統一教会、創価学会などから情報を吸い上げ、日本の主だった政治家の履歴や罪状などを詳細に把握しているものと思われます。

 小沢一郎は、昨年来アメリカユダヤ勢力から執拗にターゲットにされています。発端はオバマ政権発足間もなくのことです。ヒラリー・クリントン国務長官は外交デビューの相手として日本を選びました。その初来日時ユダヤ勢力の斥候役のヒラリーは、探りを入れるため小沢代表(当時)との面談を強く希望しました。しかし「日米対等」を掲げる小沢は、その要求をソデにしたのです。また小沢は当時「極東を防衛する米軍は、第7艦隊だけで十分(後の全米軍はお引取り願いたい)」とも発言しました。
 一連の小沢の到底容認できない言動に、アメリカ側は小沢中心の民主党政権ができることに相当の危機感を抱いたはずです。分析の結果、小沢一人を失脚に追い込めば大丈夫そうだ。CIAから東京地検に極秘指令が発せられます。「どんな手を使ってでも小沢一郎を葬り去れ」。例の西松建設事件が火を吹いたのは、その直後のことです。

 アメリカ国内の政権はおろか、日本の政情さえも陰からコントロールしている(と見られる)D・ロックフェラーとは何者なのでしょうか?ロスチャイルドと並ぶ世界的大財閥、金融・石油・食料・軍事の元締め、ユダヤ人…。いろいろな定義はあることでしょう。それとは別の定義としてー。
 ロックフェラーは、巨大クリスマスツリーが有名なように表向きはキリスト教を偽装しています。しかし以前の『ロックフェラー・センターのこと(1)』記事で触れましたように、同センターのBEビルの入り口と前壁面最上部に堂々と「666」を掲げています。つまりロックフェラーの正体は、キリストならぬ「反キリスト」の首魁であるのです。

 もし仮に以上が真相だとすると、小沢一郎は前途多難です。東京地検、霞ヶ関官僚群、自民党、電通・マスコミ、そしてマスコミにいいように世論誘導されている大多数の国民…。国内的にも小沢一郎は、まさに四面楚歌です。
 加えて、それらを陰からコントロールしている世界最強のロックフェラーユダヤ勢力が相手なのですから。

 しかし小沢一郎の凄さは、敵は自民党や東京地検などではなく、最終的な敵をアメリカユダヤ勢力と見定めているフシがあることです。この敵に勝たないことには「日本の真の独立はあり得ない」とよく認識しているのでしょう。
 これまでは田中角栄、金丸信など経世会(旧田中派)の先人が悉く潰されてきました。小沢一郎も同じように潰されるのでしょうか?

 本記事で詳述はできませんが、今は有史以来初めて、歴史の潮目が大きく変わろうとしている過渡期です。「666の人類支配」は今後長くは続きません。その意味で、小沢一郎にもかすかながら「勝機」はあるのです。
 この戦い、ユダヤ聖書をもじって言えば「日本版ハルマゲドン」とでも形容すべきものなのかもしれません。もうこれ以上「アメリカユダヤ様」にひれ伏す必要はないのです。小沢一郎のみならず、私たち国民一人一人にとっても重要な戦いだと思われます。  - 完 ー    

 (大場光太郎・記)

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東京地検はユダヤの手先?

 東京地検の背後に、アメリカ = ユダヤ勢力の影 !?

 昨年の西松建設事件以来今日の小沢土地購入問題に到るまで、東京地検は何でこうも執拗に小沢一郎だけをターゲットにしているのだろうか?ずっと疑問を抱き続けてきました。そのような疑問が一気に氷解することになるかも知れない大問題を以下に述べてみたいと思います。

 それは一言で言えば、「東京地検はユダヤ勢力のために働いているのではないか?」ということです。『えっ?そんなバカな』とお思いの方もおられることでしょう。しかしこれは十分あり得ることなのです。

 近年の我が国の政治史上、時折り大きな疑獄事件の類いが明るみに出てきました。そして政治家で決まって東京地検特捜部に逮捕されるのは、なぜか経世会(旧田中派)の大物ばかり。主な名前を挙げればー。
 田中角栄ーロッキード事件で逮捕。
 金丸信ー佐川急便献金・脱税事件で逮捕。
 鈴木宗男ー斡旋収賄罪で逮捕。
 村岡兼造ー日歯連贈賄事件で逮捕…。
 逮捕に到らずとも、竹下登、橋本龍太郎、野中広務らが、失脚のような形で政界を去らざるを得なくなっています。そして渦中の小沢一郎も、かつては田中派、経世会に所属していました。

 それに対して、昭和40年代後半の怨念の「角福戦争」以来、経世会と自民党を二分する勢力だった清和会(旧福田派)の場合はどうだったでしょうか?
 岸信介ーA級戦犯でありながら釈放され、総理大臣に。「日米安保」の生みの親。CIAに守られて(?)安泰。
 佐藤栄作ー造船疑獄で逮捕寸前まで行くも、なぜか捜査中止に。ノーベル平和賞受賞。大安泰。
 福田赳夫ー清和会の前身の福田派を創設。安泰。
 安倍晋太郎ー安泰。国際勝共連合、統一教会に深く関与。
 森喜朗ーまさに「疑惑の総合商社」でありながら安泰。押尾事件では長男森祐喜の事件への関与、同もみ消し疑惑あり。
 小泉純一郎ー慶応大学4年時強姦で逮捕、92年愛人の“小はん”を過失致死させた疑惑、りそな銀行問題などあるも、民営化によって郵政をアメリカ様に差し出した功績により長期政権。大安泰。
 安倍晋三ー安泰。統一教会(=米国福音派)に祝電送る。

 ざっと見ただけで、経世会と清和会の差は歴然なのではないでしょうか?方や経世会の大物たちが度々地検特捜部に引っ張られているのに、方や清和会の大物連中は皆々大安泰。やってきたことは似たり寄ったりだろうに。戦後政治史上最大の謎とも思われる、この差はいったい何なのでしょうか?
 私は少し前の記事『続・小沢土地問題と押尾事件』の中で、その謎を解く鍵は「清和会が検察、警察の首根っこを押さえているから」と述べました。確かにそれも大きいでしょうが、どうもそんなことだけではないようなのです。田中派を創った大ボスの田中角栄の逮捕時や金丸信の逮捕時は、清和会の東京地検への影響は少なかったはずですから。

 経世会の大物がらみの事件のすべては、「アメリカの“陰の政府”つまりディビット・ロックフェラーを頂点とするユダヤ勢力からの指示だった」と仮定してみると、疑問はいっぺんに氷解してくるのです。
 そもそも東京地検特捜部は、「GHQ統治下に隠退蔵物資を摘発しGHQが管理することを目的で設置された隠退蔵物資事件捜査部として設置された」という経緯があるようです。D・マッカーサー以下GHQ幹部のほぼ全員が、「フリーメーソン」の最上位階(33階級)メンバーだったことは公然の秘密です。ですから我が国の占領政策とは「メーソン政策」に他ならなかったわけです。フリーメーソンや元大統領クリントン所属の「イルミナティー」やG・ブッシュ前大統領所属の「スカルズ&ボーン」などの秘密結社を束ねているのが、世界的大財閥でユダヤ人であるD・ロックフェラーだと言われているのです。

 こうしてみると地検特捜部は出発からして、GHQ(アメリカ→ユダヤ勢力)の息がかかっていたわけです。地検特捜部は、日本の国益を守るよりは、最終的にはアメリカ様ひいてはその“奥の院”のユダヤ勢力に奉仕するための機関である可能性が高いと思われるのです。
 (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記) 

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「亡国集団」地検特捜部 !!

 小沢関係者の一斉逮捕は、戦時中の特高警察以来の大暴挙だ

 「亡国集団」東京地検特捜部がまたまたとんでもない暴挙をやらかしました。15日夜当時の事務担当だった石川知裕衆院議員(36)、後任の池田光智(32)を逮捕し、小沢の公設第1秘書だった公判中の大久保隆規(48)の逮捕状を取った件です。

 13日の関係先への一斉捜索で押収した資料の分析だってまだ手付かずだろうに。証拠不十分だから捜索したのでしょう。だったらそれをまずしっかり読み込み、慎重に吟味してから次の行動となるのが、世間一般の常識と言うものです。
 つまり問題の4億円がどういう金だったということをきちんと解明して、それから逮捕という正規のプロセスを踏むべきです。なのに検察は「怪しい金を隠した」という推定、憶測だけを先行させ、国家公務員法を自ら犯し意図的にマスコミにリークしまくって、小沢に対するネガティブキャンペーンを展開させました。そしてこの度は「逮捕してから証拠を探す」というのですから、とにかく何から何まで異例ずくめで異様な捜査手法というべきです。

 今回の逮捕劇はおそらく、通常国会が来週から始まってしまえば石川議員は国会議員の不逮捕特権で長い会期中逮捕できなくなる、「勝負をかけるなら今しかない」となったのでしょう。裏を返せば、地検特捜はそれだけ追い詰められているということでもあります。それにしても一か八か、破れかぶれ、見切り発車、支離滅裂…そんな言葉しか浮かばない今回の逮捕劇ではあります。

 今回の一連の地検特捜部の行動を見ていると、戦時中の「特別高等警察」つまり時の東條内閣に盾突く者を国賊呼ばわりして、特高が片っ端から検挙した暗黒時代を思い出してしまいます。そのような不条理で常軌を逸した統制国家がどんな結末に到ったか、これは今さら言うまでもないことです。
 理由はどうあれ、特高いや違った特捜の、きちんと踏むべきプロセスを踏まない今回の一連の行動は、厳しく指弾されてしかるべきものです。

 世の心ある人は「特捜は正義だ」などと誰も思っちゃいないことでしょう。そのとおり、今回の小沢土地問題は、特捜部のさまざまな思惑があって起こっていることのようです。
 一つは小沢一郎の東京地検組織改革を阻止する目的です。小沢は師と仰ぐ田中角栄以下金丸信など、なぜか経世会だけが特捜に狙い撃ちされている現実を骨身に沁みて見てきています。田中裁判の時小沢は欠かさず傍聴を続けたといいます。特捜にこんな強力な権限を持たせてはいけない、検察の横暴は「司法の自殺行為だ」と厳しく批判してきたようです。だから小沢に聖域であるおらが検察に手を突っ込ませない、という「霞ヶ関官僚」共通の論理が検察でも働いているというのです。

 もう一つは、佐久間達哉特捜部長と特捜検事らの、“小沢憎し”の怨念と功名心が「小沢逮捕」に駆り立てているという側面です。霞ヶ関全官僚誰もがそうでしょうが、検察内部での小沢への憎悪も相当のもののようです。功名心の方は、特捜検事は田中角栄など昔から「でかい山」を狙うのが伝統(?)です。当代の政界最高実力者を引っ張った(逮捕した)となると、後々の出世が段違いなわけです。それに地検退職後「ヤメ検弁護士」になった場合も箔がつきますし。
 そんなこんなのご立派な理由で、かくも特捜の連中は「小沢逮捕」に躍起になっているわけなのです。

 しかしそんな「亡国特捜」の思惑で、一国の命運が左右されてはたまりません。もし仮にこの上小沢逮捕などとなったら、国民の悲願がやっと実現した「政権交代」など、間違いなく吹き飛んでしまいます。昨年末の予算案がすったもんだして、なかなか決着しなかった、そこに小沢が官邸に乗り込んだ途端すとんと解決したという出来事がありました。あれ一つ取っても、政権運営も人事も選挙も、小沢一郎がいなければ民主党は立ち行かなくなるのは目に見えています。
 代わってゾンビ状態の自民党と公明党が復活して、またぞろ政権復帰?そしてまたやりたい放題の“ヒルズやり部屋”容認の腐れ政治?ああ、いやだ、いやだ。何たって、自民党の古参議員の中には、小沢など比べ物にならない正真正銘の悪人がぞろぞろいるわけだから。ただ検察もマスコミも見て見ぬふりしているだけで。

 今回の政権交代は、何よりまず「国民大多数の意思」だったということを、「大バカ」部長佐久間以下どう考えているのでしょうか?彼らのしていることは例えてみれば、国民が大切に育てようとしている苗木を、大木に育ってしまったらオレたちの邪魔になる、だから今の苗木のうちに引っこ抜いてしまえ、そんな感じです。

 逮捕劇から一夜明けた16日民主党大会が開かれ、その中で小沢一郎は「幹事長職は辞めない」旨発言したようです。当然です。第一今回の疑惑がいったい何なのか実態がさっぱり分からないのですから。国を危うくしかねない特捜の暴挙など無視するに限ります。時代の潮流がまるで見えていない佐久間ら特捜部の連中は、いずれ自滅、自壊していくことでしょう。
 まだ苗木状態の民主党中心の政権を立派な大木に育てるのに、小沢一郎の力は不可欠です。一党が云々より、小沢一郎はこの国の将来にとって欠かすことが出来ないというべきです。

 私たち国民も、狂気じみた特捜やマスコミの動きに振り回されることなく、ヨチヨチ歩きの現政権が早く大人の政権になるように、しっかりサポートしていきたいものです。

 (大場光太郎・記)

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大マスコミは正義の味方か?

 大マスコミは一部権力の宣伝機関に成り下がってしまったのか?

 年初以来、民主党の小沢幹事長の土地購入問題が連日新聞やテレビを賑わせています。同問題は13日の東京地検特捜部による関係先の一斉捜索でピークに達した感があります。検察はこの問題を引き続き捜査し続けるのでしょうが、来週から通常国会が始まり、特捜は小沢一郎を面と向かって攻めることは難しくなります。
 国家公務員法違反などは何のそのの、特捜によるマスコミ各社への大量リークは多分それを見越して、今のうちに知り得た捜査情報をマスコミや自民党などに渡してしまおう、「マスコミよ、自民党よ。後はよろしく頼んだぞ」というようなことだったのかもしれません。

 一般的に「地検特捜部は何でも出来る」と言われています。古い話ながら田中角栄元総理の逮捕を持ち出すまでもなく、時の政治的最高実力者さえその気になれば“引っ張れる”わけですから、そう怖れられるのも無理からぬところです。また「地検特捜部と警視庁公安部がこの国の最高権力機関だ」という指摘も肯けるものがあります。
 それと共に忘れてならないのは「マスコミの力」です。マスコミも、時の政権、官僚組織、財界と共に「第四の権力」だと言われるくらいですから、マスコミの力は侮れないものがあります。

 何といってもマスコミの最大の武器は、世論誘導力、世論形成力にあるものと思われます。もちろん正当な理由でその力が行使されれば、国民の福祉・幸福の向上に大いに寄与するわけです。
 しかし今回の小沢土地問題のようなケースはどうでしょうか?「何でも出来る検察」が捜査情報をリークしまくり、世論誘導力抜群の新聞・テレビがそれを受けて連日大々的に報道しまくる。国民に「小沢一郎 = 悪人」というイメージを与えることなど簡単に出来てしまうのではないでしょうか?これは検察ファッショとメディアファッショが複合した、たちの悪いファシズムと言えないでしょうか?

 形こそ違え、戦前その弊害が極端に尖鋭化したことがあります。強力に戦争を遂行しようとしていた時の軍部に、当時の新聞が戦意高揚記事をどんどん載せ、国民を悲惨な戦争へとミスリードしたのは紛れもない事実です。戦後マスコミは、その苦い教訓から、時の権力にはすり寄らない、権力は常に厳しくチェックする、権力の片棒を担ぐようなことはしない…と固く誓って、再出発したはずです。
 当時の言論人のこの決意は、戦後のある時期までは確かに守られていたと思います。その頃は今よりずっと、「社会の木鐸」たるに相応しい堂々たる言論活動が展開されていたと思われるのです。

 しかし終戦から60数年経過した今日ではどうでしょうか?大マスコミは当時の先人たちの血のにじむような決意を、今に受け継いでいると言えるのでしょうか?
 私は決してそうではないと見ます。大マスコミはとんでもなく変節してしまったと思われるのです。個人的なことで申し訳ないながら、03年のイラク戦争報道で『ダメだ、こりゃ』と失望し、20歳頃から取り続けていた某新聞の購読を打ち切りました。同時にテレビも以後あまり観なくなりました。大新聞は読まず、テレビの報道番組も今や必要最低限、それで何か困ることがあったでしょうか?いいえ、何も。時々のニュースはその気になれば「ネットニュース」でしっかり把握できますし、特定の出来事は熱心に検索しさえすれば、今時の大マスコミの偏向、情報隠し報道よりずっと核心を衝いた情報が得られます。

 さて今回の小沢問題では、どうやら西松事件の際は小沢本人から証拠隠滅の指示があったらしいし、岩手県の某ダム建設がらみで大手ゼネコンから裏金が渡され、それを今回問題になっている土地購入資金の一部として充てたらしいと言われています。
 もしそのような事実が本当なら、地検特捜は知り得た捜査情報は極力漏らさず、粛々と捜査を積み上げ小沢一郎を立件に持ち込めばいいことです。

 そのような純然たる捜査上のことは別にして。今回の問題では検察と大マスコミの絶妙な連係プレーによって、早や既に「小沢幹事長辞任」「小沢議員辞職」に向けた世論形成がほぼ出来上がりつつあるとみていいのではないでしょうか?
 以後は特捜が表立った動きをせずとも、マスコミがことあるごとにどんどん「小沢辞任、辞職」の方向に世論誘導していってくれるだろうし、さらに間もなく始まる国会論戦でも自民党がその動きを強力に後押ししてくれることだろうし…。今までの名だたる政治家も、世論の支持を失うことによって辞任したり没落したりしていきました。今回小沢一郎がそのパターンにはまり(はまらされ)つつあるように思われます。

 来週から始まる国会は、小沢本人にとっても、小沢が生み出したと言っても過言ではない鳩山政権にとっても、本当に正念場となることでしょう。戦後の政治家でここまで追い詰められて復活した政治家を、私は寡聞にして知りません。しかし一斉捜索を受けても、いくらマスコミのバッシングを受けても、小沢にはなお余裕があるように映ります。何か起死回生の秘策でも持っているというのでしょうか?もし小沢がこの状況を形勢逆転出来たら、それこそ戦後政治史の奇跡にも思われますが、「どっちに転ぶか」小沢をめぐる動向には当分目が離せません。
 
 とにかく今回の小沢問題は、最強の地検特捜部と、これまた最強の世論誘導力がある大マスコミが手を組めば「無敵である」という、かっこうの実例になるのではないかと思われます。  

 (大場光太郎・記)

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異常な検察とマスコミ(4)

 小沢一郎vs旧体制維持勢力- 全面的最終戦争 !?

 13日東京地検特捜部が、小沢幹事長の資金管理団体「陸山会」、個人事務所、元秘書の石川衆院議員の議員会館や地元事務所、さらには大手ゼネコン鹿島本社や東北支社を一斉捜索しました。
 本来は内閣府に属する一行政機関である地検特捜部が、あろうことか通常国会を間近にしたこの時期に、与党幹事長の疑惑に対して一斉捜索を行うなど前代未聞の出来事です。自民党政権時代ならおよそ想像も出来なかった事態です。「どうだ、分かったか。オレたちの方が、今の内閣総理大臣や幹事長などよりずっと力が上なんだぞ」ということを内外に誇示するかのような出来事とも思われます。

 おそらく地検特捜部が当初思い描いていたところでは、その後の政治的スケジュールからして、「小沢逮捕」に持っていくには昨年末あたりがベストと考えていたのではないだろうかと思われます。
 それで思い出されるのが、12月はじめ頃の関西の某テレビ番組でジャーナリストの勝谷誠彦氏が漏らしたという、「12月15日頃、“大物”を入れるために東京拘置所に全国から刑務官が集められている。そういうことは田中角栄の時以来らしいよ」という発言です。『薬物汚染シリーズ』で押尾事件を追い続けていた私は、『ひょっとして森元総理が逮捕されるのか?』と思っていましたが、今考えてみれば「田中角栄以来の大物」とは小沢一郎だった可能性が高かったわけです。

 年明け間もなくから通常国会が始まるなど、その後の政治的スケジュールを考慮すると、やはり12月15日“Xデー”がぎりぎりのタイムリミットだったと考えられます。勝谷氏の発言を知っていた人たちはその日を注目していたことでしょうが、結局その日は何も起こらず過ぎてしまいました。
 ということは、地検特捜部はその日に小沢一郎を逮捕できるような決定的な決め手を掴めなかったということなのだろうと思われます。

 それから今回の物々しい“ガサいれ”までの1ヵ月弱、しかも年末年始を挟んだ期間に、特捜は決定的な何かを掴んだというのでしょうか?
 岩手県の何とかダム建設受注の見返りに、鹿島経由で水沢建設が小沢側に1億円云々とさかんに報道されています。これもどうせ特捜のリークに違いありませんが、それを示す確実な資料なりがなければ、それは単なる憶測に過ぎなくなります。今現在までテレビなどがまるで鬼の首でも取ったかのように、この問題について流している情報も全部その類いです。

 今回ガサ入れした中には、「陸山会」など昨年3月の西松建設事件の際既に捜索した所が含まれています。前回捜索して有力な資料等が見つからなかったのに、「ひょっとしてして今回は見つかるかも」ということなのでしょうか?
 そうしてみると検察は「乾坤一擲の大勝負に出た」というよりは、追い詰められて破れかぶれでガサ入れを決行したとも思われてきます。検察に詳しいジャーナリストの須田慎一郎氏は、「検察はハチャメチャだ」として次のように言っています。
 「このタイミングの強制捜査にはびっくりしました。だって、なにも筋立てがないんですよ。(略)誰がいつ、どういう趣旨で、どういう金を渡し、どんな請託をしたのか。こういう筋立てがあって、その裏付けのためにガサ入れはするんです。ところが、小沢幹事長の疑惑は、土地購入費用の4億円の原資に大手ゼネコンの裏献金が充てられていたのではないか、という漠然とした憶測しかないのです。だから、法務・検察内部では小沢氏を立件するのは無理だと見ていた」。

 そのため樋渡利秋検事総長など検察上層部は、次の検事総長人事などをめぐって、「政治的幕引き」が話し合われていたというのです。佐久間達哉特捜部長など現場とはかなり温度差があるようで、上層部に強く反発して今回のガサ入れにつながった側面もあるようです。
 そもそもそれまでエリート街道まっしぐらの佐久間は、08年検察の花形である特捜部長に就いたはいいけれど。以来以前手掛けた旧長銀事件の最高裁判決、佐藤前福島県知事収賄事件と続けて“ヘタ”を打ち、汚名返上とばかりに、今回の小沢問題に賭ける意気込みは半端ではないというのです。こんな私的な理由で、国政を左右しかねない行動を起こされてはたまりません。

 上記の須田氏は、「検察には“隠し玉”などないのでは。あればとっくに出していますよ」と言っています。今後とも執念深くこの問題の捜査は継続していくわけで、決して予断は出来ませんが、そんなこんなで今回の一斉捜索は、地検特捜の苦し紛れとの可能性もあるのです。今月中にも別のゼネコンにガサ入れか、という情報もあるようですが、いずれにしても通常国会が始まれば検察としても今回ほどの大バクチも打ちづらいことでしょう。
 
 今回の一連の小沢土地問題は、政官財をはじめとした日本社会の各層、各分野に、本当の意味で「政権交代による改革」を浸透させていくプロセスで起こるべくして起きた出来事なのかもしれません。検察、霞ヶ関官僚、各マスコミ、自民党…。各方面に小沢流の改革への反発が相当強いということだろうと思います。彼らは「既得権益」を脅かされるのを何よりも怖れており、そのため何が何でも小沢一郎の政治生命を葬りたいわけです。
 そのため彼らは、“クーデター”のような地検特捜部の暴挙をこぞって支持しているわけなのです。今や全面対決とも思われる小沢一郎vs旧体制維持勢力との最終戦争、その帰趨はどうなるのでしょうか?

 (注記) 本記事は、夕刊紙「日刊ゲンダイ」を参考、引用しました。

 (大場光太郎・記)

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異常な検察とマスコミ(3)

 小沢逮捕への布石 !?東京地検、「陸山会」など一斉捜索

 「小沢土地問題」は、12日の小沢幹事長の記者会見をもってひとまず一段落、本シリーズも前回の(2)で終わりだな、と思っていました。ところが政界がらみはやはり「一寸先は闇」、何が起こるか分からないものです。
 13日午後東京地検特捜部は、陸山会の事務所(東京都港区)やゼネコンの鹿島本社(同区)、同会の会計責任者だった石川知裕衆院議員(36)の議員会館内事務所などを、政治資金規正法違反容疑で一斉に家宅捜索しました。

 『本シリーズ(1)』で、検察側と小沢幹事長側の攻防は今週が山でしょうと書きましたが、なるほどこういう形で「山がきた」ということなのでしょうか。小沢一郎の個人事務所にまで踏み込んだということは、東京地検トップの意図が何であるかがより一層鮮明になったように思われます。
 やはり行き着く先は「小沢逮捕」しかないわけです。通常国会が始まろうかという大事なこの時期に、一斉捜索という強硬手段に打って出たということは、地検は既にそれに向けた決定的な証拠を掴んでいるということなのでしょうか。

 今回の一斉捜索は「オレたちは、“霞ヶ関権益”はとことん守り抜くんだ」という示威行動のようにも映ります。まこと恐ろしいね、官僚機構っていうやつは。どんな手段を使ってでも、省益を守り抜こうとするからね。今回の捜索では、霞ヶ関のすべての旧思考官僚たちは心の中で快哉を叫んだことでしょう。

 今回の捜索は「政治資金規正法違反容疑」によるものだそうです。もしそうだとしたなら、なぜ東京地検は「鹿島本社」にまで踏み込む必要があったのか?『本シリーズ(1)』でも触れましたが、政治資金法では「原資は問われない」のが建前ですから、どうも腑に落ちないのです。これは明らかな地検による越権行為ならぬ越法行為なのではあるまいか?マスコミにリークばかりしていないで、東京地検側の国民に向けた何らかの説明があってしかるべきものと考えます。

 官僚機構の一角から、こういう形で政権の要石である小沢幹事長が攻め立てられても、鳩山首相以下茫然自失なすすべなし。仕方ないから推移を見守りましょう、ということですからね。いざとなるとからきし力ないね、民主党幹部連中も中堅クラスも。
 最もダメなのは、千葉景子法務相でしょう。政権を支える幹事長が窮地に陥る局面、一斉捜索の件は事前に分かっていたはずなのに、何の手段も講じられない、所轄機関たる東京地検の暴走をみすみす許してしまうとは。千葉大臣は前々からどんな仕事をしているのか、影が薄くて分かりませんでした。先に藤井前財務相から菅直人に代わった時に、法務相も一緒にもっと強力な人材に代えておくべきだったのではないかな。すべては鳩山首相の指導力のなさに起因しますね。

 さあこれで来週から始まる通常国会は、大荒れ模様が予想されます。既に捜査の極秘資料を渡されているかもしれない自民党や公明党は、この問題で急所をがんがん衝いてくることでしょう。それに日頃埋没気味の共産党やみんなの党も加わるわけです。
 さすがに国会が始まってしまえば、会期中は「国会議員の不逮捕特権」で最悪の事態はないだろうけれども。幹事長辞任を迫られる場面は数多く出てくることでしょう。友愛を掲げる鳩山首相以下の閣僚は、果たして小沢幹事長を護りきれるのだろうか?
 もし護りきれず、会期中に「小沢幹事長辞任」とでもなれば、鳩山内閣そのものが立ち行かなくなるのは必至です。そうなると今夏の参院選の勝敗どころか、折角兆し始めたこの国の改革の機運は一気にしぼみ、10年、20年前に逆戻り?おー、くわばら、くわばら !!

 昨年は代表の座から降ろされ、そしてこの度は与党幹事長の座から降ろされかねない。ひょっとしてそんなものではすまず、いずれ議員辞職や逮捕までいくのかもしれない。一公務員機関たる地検特捜部に、一国の運命すら左右されかねないほどの絶大な権限を与え続けていていいのだろうか?率直にそう思いますね。

 (大場光太郎・記) 

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異常な検察とマスコミ(2)

 小沢土地問題への執拗な追及は、「旧勢力」の最後の悪あがき?

 それにしても政権を支える与党幹事長の疑惑を暴き立て、連日煽り立てて報道するなど前代未聞のことです。自民党政権時代はついぞ見られなかった光景です。ここにこそ東京地検あるいは大マスコミの民主党政権に対するスタンスが透けて見えてくるのです。
 つまり東京地検やマスコミ各社のトップ連中は、いまだ政権交代を認めていない、民主党政権を認めていないということです。政権交代を選択した「国民の意思」を無視しているのです。

 検察トップの思惑からすれば、捜査情報をマスコミにどんどんリークして報道させることによって、官僚主導根絶を宣言している小沢を牽制し、あわよくば政界引退に追い込もうとしているということなのでしょう。
 ある政界事情通はそのことを次のように言っています。「官僚組織と大マスコミは、戦後既得権益にどっぷり浸かってきた代表格です。特に検察は聖域だった。ところが小沢周辺は“検事総長を国会同意人事にする”“民主主義的な統制下に置く”と言い出している。検察の危機感は相当です。検察は霞ヶ関の代表という気にもなっているのでしょう。同じように、大マスコミは、テレビ・ラジオの電波を独占してきたが、民主党は独占を許さず電波をオークションにかけようとしている。既得権を奪われたら、大手メディアは存続の危機に陥る。地検も大マスコミも、何が何でも小沢一郎を葬りたいのがホンネです」。

 こうして地検特捜部は「関係者の話」として、気脈を通じている大マスコミに捜査情報をせっせと漏らし続けているのです。そもそもそんなことが許されるのでしょうか?
 10日(日)テレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演した、民主党衆院議員枝野幸男は弁護士の資格も持つ立場から、「国家公務員は“守秘義務”を負っています。東京地検の人間も国家公務員である以上、捜査の過程で知りえた情報を外部に漏らす行為は国家公務員法違反に相当します」と述べていました。
 言われるまで気がつきませんでしたが、これは重要な指摘です。法務大臣は早速樋渡利秋検事総長、佐久間達哉特捜部長を呼び出して厳重注意の上、小沢問題で各マスコミに捜査情報をリークし続けてきた地検「関係者」を突き止めさせ、国家公務員法違反で厳正に処罰すべきです。

 とにかく今回の一連の小沢問題は、明らかに東京地検の暴走行為です。考えてみれば「鬼より怖い」地検特捜部といえども、法務省に属する現鳩山内閣の一行政機関に過ぎないわけです。各行政機関は、行政府の頂点である“時の内閣”の方針に沿った業務を、粛々と果たして行くことが第一の任務であるべきです。
 それが現内閣の意向などまるで無視して、あろうことか内閣総理大臣や内閣を陰で支える与党幹事長の疑惑暴きに躍起になろうとは。国民にとっても悲願であった政権交代は果たしたものの、新政権が目指している「脱官僚政治」にはほど遠い、かえってあっちこっちの官庁で叛旗を翻している輩(官僚)がいるということを象徴するような出来事です。

 小沢一郎の最終目標は、「日本に政権交代可能な2大政党を根付かせること」にあると言われています。政権交代が起きないと、本当の意味での民主政治が育たないと考えているのです。それにはいったん既得権益を一掃する必要があるというわけです。
 はっきり言って、自民党は小沢が想い描く2大政党の一方たりえないのです。戦後50年以上もの長期にわたって、政官財と癒着してきた自民党が大きな塊りとして残ったままでは、小沢が目指す方向には向かわない。そこで自民党を完全に潰した後、健全な2大政党を創るためにもう一度“政界再編”を仕掛ける。これが小沢一郎の構想だとみられています。

 それは小沢だって、いくら18年前に自民党を飛び出したとは言っても、かつては田中角栄の秘蔵っ子、40代の若さで自民党幹事長にもなった男です。その間ずっと腐り切った自民党どっぷりだった連中よりはずっとマシとは言っても、「金権体質」の自民党的DNAが完全に無くなったと言えばウソになるでしょう。叩けばほこりくらい出てくるかもしれません。

 小沢一郎は12日党本部で記者会見し、土地問題について「大量の報道もあり、国民の皆様に誤解を与え、また大変ご迷惑、ご心配をおかけしていることを大変申し訳なく思っている」と陳謝しました。また「(捜査が継続中なので)今この段階で、個別のことについて私からいろいろと言うことは差し控えるべきだと思っている」と述べ、具体的な説明は避けました。
 時折り笑みもみせるなど、余裕綽々の会見だなという印象でした。同会見から、「小沢さんはこれで地検特捜部に勝ったね」という感想を漏らす民主党幹部もいたほどです。記者たちは「事情聴取に応じるんですか?」とうるさいほど問い詰めるけれど、特捜の恣意的捜査が濃厚な以上、私は事情聴取など蹴ってもいいくらいだと考えます。
 
 検察などの官僚組織、自民党、各マスコミなどの「旧勢力」が怖れているように、小沢一郎の構想力、破壊力、政治的力量は、おそらく今の時代のどの政治家よりも優れています。
 本当の意味での日本再生のために、“豪腕”小沢一郎にはやってもらわなければならないことが、まだまだたくさんあります。もし仮に小沢一郎なかりせば、「重し」を失った民主党のみならず、この国の政治状況、社会状況はたちまち大混乱に陥ることでしょう。それは日本の将来にとって、大きな損失です。
 
 東京地検も大マスコミも、鳩山献金問題、小沢土地問題と、これ以上「国民が選択した」新政権の足を引っ張り続けるようだと、そのうち本当に国民からそっぽを向かれてしまうことになるのではないでしょうか?

 (注記) 本記事は、夕刊紙「日刊ゲンダイ」記事などを参考にまとめました。
 
 (大場光太郎・記) 

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異常な検察とマスコミ(1)

 ドーなる !?小沢土地問題の行方

 読売新聞をはじめ各新聞は、おめでたい元旦から「関係者の話」として小沢土地問題を一斉に報じました。あるテレビ局解説委員によりますと、「元旦から新聞各社がこの問題を取り上げたということは、“今年はこの問題が大きくなりますよ”ということなのです」ということのようです。案の定同問題に対する報道は以後ヒートアップする一方です。

 果たして今年一年がこの問題一色になるのかどうかは別にして、今週最大の山場を迎えるのは間違いないようです。
 というのも、18日から通常国会が開かれることになるからです。同国会の会期終了は早くても6月中旬頃、さらに延長され先にずれ込むことが予想されます。そうなると国会会期中も東京地検特捜部の捜査続行とは言っても、何か不測の事態が持ち上がっても「不逮捕特権」ですべての国会議員は逮捕を免れます。
 ズバリ言って特捜は「小沢一郎の逮捕」だけを狙っているのでしょうから、18日前特に今週中が山場と見られるのです。
 そのため特捜部は今週中にも、小沢一郎本人からの参考人聴取や元事務担当だった石川知裕衆院議員(36)の再聴取などにより、一連の資金の流れについて説明を求める方針のようです。こうした聴取内容などを踏まえて、週内にも石川議員や会計責任者だった大久保隆規被告(48)を政治資金規正法違反罪で刑事処分する方向で詰めの捜査に入ったとみられます。

 ただ民主党にとって今国会はまさに正念場となることでしょう。野党転落の自民党や公明党は「巻き返しのラストチャンス」とばかりに死に物狂いで攻め込んでくるだろうからです。鳩山首相の偽装献金問題、特に小沢土地問題を徹底的に突いてくるはずです。
 今でも自民党清和会や創価の影響が大とみられる地検特捜部は、マスコミにも漏らしていない隠し玉のような極秘捜査情報を清和会幹部などに渡す可能性だってあります。それを楯に野党から、小沢の証人喚問、議員辞職などが強く要求される場面もないとは言えません。

 ともかく無事国会を乗り切ったとして。国会が終わる頃には、今夏の参議院選挙がすぐ目の前です。国政選挙を目前にした時期にこの問題で大騒ぎするようだと、検察もマスコミも国民から「不当捜査だ」「選挙妨害だ」と反発を受けかねません。
 参院選の結果は、ほぼ間違いなく民主党が衆参両院で過半数を獲得し、自民党の凋落は誰の目にも明らかなものになることでしょう。そうなると鳩山首相をはじめ民主党首脳部は、東京地検のトップ人事にも余裕で手を突っ込んでくるかもしれません。そうなると小沢問題の捜査どころではなくなります。
 それを見越して焦っている地検特捜部は、「国会開会までが勝負」と踏んでいたはずです。地検トップが狙うはただ「小沢一郎の首一つ」つまり「小沢逮捕」であったことでしょう。それに、旧自民党政権下で甘い汁を吸ってきたマスコミ各社のトップ連中も乗っかったかっこうだと思われます。
 
 それにしても東京地検特捜部のこの問題に対する捜査方法、「関係者の話」を受けた各マスコミの報道は「異常」の一言です。
 10日(日)午前のテレビ朝日の情報番組『サンデープロジェクト』にゲスト出演した、郷原信郎氏(元検察官、現名城大学教授)によれば、04年の問題の土地購入はきちんと政治資金収支報告書に則ったものである旨が、当時の“官報”に掲載されているというのです。同氏は当時の官報を拡大コピーしたものを、フリップとして提示していました。

 官報は「日本国の機関紙」です。ですからその官報に記載されている同土地取引は正当な取引として、その時点で東京地検を所轄している法務省もお墨付きを与えたということではないのでしょうか?
 それを数年経った今、どうして「疑惑があるっぽいぞ」と蒸し返さなければならないのか?自分たちが発行した官報が信用できないというのか?例の「消えた年金問題」ではないけれど。それならこれまで発行してきた官報に掲載された膨大な項目全部に対しても、「すみません。いい加減な自分たちが作ってきた官報ですから、どうもウソっぽいです。この際公平に全部一から見直します」と洗いざらい見直すべきです。自民党なかんずく清和会の大物がらみのものは特に念入りに。

 そもそも本来、政治資金規正法では「原資」について問われることはないのです。つまり「4億円をどうやって工面したのか?」ということは問われないことになっているのです。おかしいと言えばおかしなことですが、何せ同法は「不正献金まみれ」の旧自公政権下で出来上がった法律ですから致し方ないのです。(問題があるのなら、現政権下で改めて法改正すればいいことです。)
 報告書の記載に虚偽があるのなら、その行為が問題になるだけなのです。つまり虚偽記載を認めている、石川議員の手続きの違法性が問われておしまいの問題であるはずです。

 しかしどうでしょうか?今回の場合は、同法に規定していない原資にまで踏み込んで、「4億円、台車で運搬」「入金口座“先生”とメモ」などとオドロオドロしく連日書き立てられています。(これで国民の「小沢一郎 = ダーティー」のイメージはより強まったことでしょう。)
 その原資が贈収賄などの違法性があるのなら話はまた別です。例の「関係者の話」として水谷建設からの1億円云々の話もリークされていますが、今の段階では確たる根拠のないことです。

 地検特捜部の捜査の根拠が政治資金規正法によるものでないとしたら、いったい何法を根拠とした捜査なのか?まったく曖昧模糊としています。そして各マスコミもそういった区別立て分けをきちんと国民に知らせないまま、ただただ「関係者」のリーク情報を垂れ流すだけです。
 「とにかく小沢一郎は疑わしいから疑わしいんだ」。こんな方式の捜査や報道がまかり通るのは、世界に冠たるはずの法治国家として異常であり異様と言うべきです。 (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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時の話題(5)

 当ブログ最近すっかり“事件記事”づいています。そこで今回は気分転換に、ほっとする良い話を2つご紹介したいと思います。(ただし少し前の話題になりますが。)

(1)紺野あさ美、テレビ東京のアナウンサーに内々定
 元モーニング娘のメンバーの紺野あさ美(22)が、テレビ東京のアナウンサーに内々定し、今年4月から女子アナ人生をスタートさせることになったそうです。

 紺野あさ美は、第5期生として2001年8月にモー娘に加入しました。芸能人のことをひとまとめにタレントと言いますが、タレント(talent)は元々「才能のある人」「人材」を意味する英語です。確かに衆に抜きん出た“何か”がなければ、テレビに出続けることも、ましてトップアイドルやスターであり続けることなどとてもできません。
 紺野の場合どうだったのでしょう?彼女は北海道札幌市の出身で、中学時代の成績が何と“オール5”だったこともある優等生だったというのです。またスポーツも得意で、中学時代所属していた陸上部では、札幌市の大会で1500m走3位、空手は茶帯で札幌市の大会で1位を取ったといいます。
 そのくらいですからモー娘入りしてからも、民放のクイズや運動会番組ではトップなどの好成績、高い回答率を誇るなど、秀才キャラとして知られるようになったようです。

 そんな紺野でしたが、「学業に専念するために」06年7月早々とモー娘を卒業し、まず高校卒業検定に合格。次いで何と慶応大学環境情報学部に入学したのです。その時は1日数時間机に向かって日々猛勉したといいますから、何とも見上げた“コンジョー娘”です。
 そしてこの度は晴れて、テレ東の女子アナの座を射止めたというわけです。

 そもそもタレント業界は当たればデカイけれど、浮き沈みもまた激しい世界です。第一モーニング娘自体が、全盛期にはCDが100万枚セールスを記録しましたが、最近はすっかり凋落しています。頑張っているのは“ママタレ”の辻希美と矢口真理くらいなもの。初代メンバーの福田明日香は実家が営むフィリピンパブで働き、保田圭や加護亜衣はパチンコ営業に回っているというような具合です。(例の押尾事件で大問題の)エイベックスに移籍した後藤真希も失速気味のようです。
 また長引く不況下で、芸能界も仕事がどんどん減ってきている状況です。

 そう考えれば紺野あさ美の女子アナ転進は賢明な選択だったと言えます。
 それにまた受け入れるテレ東側も、紺野の入社は大歓迎のようです。フジテレビの平井理央に続く元アイドルアナとして話題になるのが確実だからです。
 当ブログ『薬物汚染シリーズ』で度々問題にしましたように、芸能界はすっかり「薬物まみれ」の感があります。紺野あさ美のこの話題に、『芸能界もまだまだ捨てたものじゃないな』と少し救われた思いがしました。

(2)超難関の司法書士試験に合格した元プロ野球選手
 土地や建物を購入して不動産登記をするため、街の司法書士事務所にお世話になった人も多いことと思います。この司法書士になるための国家試験、これが合格率3%という超難関試験なのです。
 この試験に何と元プロ野球選手が挑戦し、見事合格したというのですから驚きです。

 元近鉄投手の桧山泰浩(42)がその人です。現役時代は同級生の入来智と大ゲンカとなり、マスコミを賑わせたこともあったようです。しかし結局一軍登板のないまま91年退団、翌92年に韓国リーグで投げたものの1年で解雇、それ以来きっぱりと野球をあきらめたのだそうです。

 それにしてもプロ野球選手が司法書士に転進とは。彼らはバリバリの“体育会系”で、勉強などからきしダメのはず。と思いましたら、桧山泰浩の場合はなるほど裏づけとなる経歴があったのです。
 福岡県出身の桧山も紺野あさ美と同じように、中学時代の成績は学年でトップクラス。政治や歴史が得意で、県内でも有数の進学校・東筑高校(偏差値66)に進学したのです。そして高校3年の時春のセンバツ大会に出場、強豪の天理をわずか5安打に抑えた実力を見込まれ、85年のドラフト1位で近鉄に入団。プロからの声がかからなければ、京都大学か慶応大学の法学部への進学を考えていたのだそうです。

 桧山はプロ野球引退後すぐに司法書士を目指したわけではないようです。まず野球関係者の紹介で大阪市内の衣料品会社に2年間勤務し、その間「プロ野球選手が就いたことがなく、高卒でもなれる職業は何かと調べて“司法書士の道”を選択した」ということです。
 94年に地元福岡の司法書士事務所で事務員として働きながら、仕事が終わると約2時間机に向かう毎日だったそうです。こうした努力の結果、2度目の挑戦で見事試験をバスしたのです。

 こうして桧山泰浩氏は現在福岡市内に個人事務所を構え、予備校の司法書士コースの専任講師も勤め、充実した日々を送っているとのことです。

 (大場光太郎・記)

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『龍馬伝』について(1)

 新春3日夜8時から、NHKの今年の大河ドラマ『龍馬伝』第1回が放送されました。全国のお茶の間には好評で、その視聴率は23.2%と好調なすべり出しを見せたようです。一般的に「幕末ドラマでは視聴率が稼げない」と言われているそうですが、さすが「龍馬パワー」、いや龍馬を演じている福山雅治効果を実感されられた感じです。

 ドラマは型どおり、坂本龍馬の生まれた頃から始めるのかな?と思いきや。意表を衝いていきなり時代がずっと飛んだ明治のある時の、鹿鳴館を彷彿とさせる華やかなりし社交場の場面から。最初を見そびれたのでよく分からないものの、明治18年以前のことだろうと思います。
 その催しの主こそ、三菱財閥の生みの親・岩崎弥太郎(香川照之)。明治経済界のドンとして君臨していた岩崎に、ある青年が近づきます。「今時の儲け話ならごめんじゃよ」という弥太郎に対して、その青年は「同郷の坂本龍馬のことを教えてください」と懇願します。弥太郎は一瞬ギクッとしながら、椅子に腰掛けて「龍馬のお。人たらしで女たらしで…。オレは好かんかった」と、どこかジェラシーを滲ませた表情を見せながらも、弥太郎は懐かしげに当時のことを回顧し始めます。(ということは、今では歴史上の人物で人気№1の坂本龍馬も、その頃は「忘れられた幕末人」であったわけです。)
 日本がこのような西欧式の文明開化ができた、その基礎を創ったのが龍馬なのだと視聴者に印象づけ、『ならばこのドラマ今後じっくり観てやろうじゃないの』という気にさせる、なかなかうまい導入だったように思います。

 こうして岩崎弥太郎の回想場面に急転ー。時代は江戸末期、坂本龍馬が生まれた頃に遡ります。龍馬は天保6年11月15日(1836年1月3日)生まれ。ちなみにこのドラマの語り部である弥太郎は、天保5年12月11日(1835年1月9日)と、龍馬よりほぼ1年早く生まれています。所は土佐の高知、幕末動乱はまだ毛ほども感じられず、特に土佐藩では上士と下士のガチガチの身分の違いが強かった時代でした。
 華やかな明治新時代の欧化された舞踏会の場面と比べると、何という前近代的な風景であることか。人々の生活も意識も制度も、諸事立ち遅れていた江戸末期の諸相を綿密な時代考証と共に、リアリスティクに描いていました。

 坂本龍馬も岩崎弥太郎も共に下士の出身、長ずるに従って上士との過酷な階級格差が浮き彫りになる出来事が起きてきます。ただ下士とはいっても、坂本家は財力には恵まれていたようです。坂本家をうんと遡った先祖は才谷村の比較的豊かな百姓で、5代ほど前の先祖が高知城下に出て、質屋、酒屋、呉服屋をはじめ一代で豪商になったもののようです。明和7年(1770年)直海という者の代、郷士(ごうし)の株を買い名字帯刀が許される武士身分となりました。直海が初代坂本家であり、その3代目が龍馬の父・坂本八平(児玉清)です。
 なお坂本家の遠祖は清和源氏の一支族美濃源氏土岐氏の庶家、明智光秀の娘婿明智秀満の末裔との説もあるようです。

 先の夫と母幸(こう)との間には、千鶴(ちづ)、栄(えい)の2人の女子。後に山本家の次男として坂本家に婿に入った父八平(直足)と幸の間には、権平(直方)、乙女そして龍馬(直柔)の二男一女が生まれました。長男の権平(杉本哲太)と龍馬は21歳も年が離れ、龍馬10歳で母幸(草刈民代)が亡くなってからは、すぐ上の3歳違いの姉乙女(寺島しのぶ)が母親代わりを務めることになります。
 こうして豊かな家庭で末っ子として生まれた龍馬は、いわばお坊ちゃんとして両親そして兄や姉達の愛情を一身に受けながら育ったものと思われます。優しく気弱な幼少龍馬を子役(濱田龍臣)はよく演じていたと思います。早くして母を亡くすという悲しい出来事はあったものの、龍馬はこうしてすくすく真っ直ぐに育ち、物事に拘泥しない自由闊達な気質を育んでいったもののようです。歴史を大きく動かす大風雲児龍馬の原点は、そんな幼少時代にあったのでしょう。

 すぐ比較しますが、一方の岩崎弥太郎はどうだったでしょうか。弥太郎は下士以下の地下浪人・岩崎弥次郎(蟹江敬三)の長男です。半士半農というより限りなく全農に近いような、画面を見ていて気の毒になるようなあばら屋の極貧ぶりがよく分かりました。そういう貧に鬱屈した感情が、龍馬に対して「ワシはお主が嫌いじゃ」というセリフになったものなのでしょうか。ただ弥太郎は幼少から勉学好きで、若くして文才を認められていたようです。演じた香川照之は昨年の映画『沈まぬ太陽』の恩地元の後輩、『坂の上の雲』の正岡子規、今回の岩崎弥太郎と、いずれも際立った個性的な演技が光ります。
 同藩であった2人は後年、龍馬が興した亀山社中(海援隊)で共に仕事をすることになります。しかし幼少時2人は、ドラマのようにひんぱんに交流していたものなのかは疑問です。

 ドラマの後半は龍馬の青年時代に移ります。何と弱虫だった龍馬少年は、身の丈174cmもあったという女傑の姉乙女の指南もあって、その頃では剣術道場で抜群の剣の使い手に。同道場には平井収二郎(宮迫博文)など下士の子弟が集まり、リーダー格は武市半平太(大森南)。武市が登場するあたりから、『さあいよいよ幕末動乱が始まるぞ』と予感させられます。

 龍馬はこれまで、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』など膨大な作品や資料によって、一定の「龍馬像」が出来上がっている感があります。しかし分かっているのは龍馬が幕末動乱にあって節目節目で取った行動であり、「どうしてそういう行動を起こしたのか」「その時龍馬はどう考えていたのか」というようなことはあまりよく分かっていないようです。
 そこに「新たな龍馬像」をつくる余地が生まれてきます。福山雅治の龍馬像は、剣の達人でありながら無用な喧嘩はしない。農道で上士にいちゃもんをつけられて「田んぼに下りてひざまずけ」と言われれば黙って泥々になりながらひざまずく。そんな茫洋とした掴み所のない龍馬像を福山はうまく演じていると思います。「韓信の股くぐり」の故事や「我れ志しを得ざる間は忍の一字を守れり」という徳川家康の言葉が思い出されて面白い場面でした。

 しかし上士によって道場に通う下士仲間が辻斬りで殺されるなど、土佐藩の上士、下士の対立は抜き差しならぬ深刻なものとなっていきます。江戸時代とは、土台封建制下での厳しい身分階級社会です。ですから全国的にまた「士農工商」いずれをも問わず、このような階級差別は存在したのでしょう。今では想像すらできない過酷で硬直化した階級社会が200年以上ずっと続いたのです。下々の階層の者には夢も希望もない時代だったことでしょう。

 ただ土佐藩の上、下士族対立は、一種特別だったのではないでしょうか。年末の『坂の上の雲』第1回は同じ四国の松山藩が舞台でしたが、下士の秋山兄弟の場合はそんな深刻な士族間対立は描かれませんでしたから。いずれにしても、この土佐藩の士族間対立が、やがて日本全土に広がって幕末動乱の口火を切ったような感もあり、いよいよ目が離せない局面となることでしょう。
 いずれにしても、幕末という時代は事件に次ぐ事件、動乱に次ぐ動乱の時代です。龍馬はそんな激動の時代の中心的な人物の一人だったわけです。第1回で早くも、『次はどんな嵐を呼んでくれるんだ』と次回が待ち遠しくなりました。

 (大場光太郎・記)

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川向こう・考

 昨年記事『差別用語・考』の中で、いわゆる「放送禁止用語」の中に「川向こう」という言葉も入っていることを例示しました。そのため時折り、「川向こう 差別用語」などの検索フレーズでアクセスしてこられます。
 確かにちょっと考えると、川向こうというごく一般的と思われる言葉が、何で放送禁止用語に指定されているのかよく分からないところがあります。私は放送禁止用語の中にそれを見つけ、また同記事を作成しながら、何となく『昔々穢多(えた)や非人(ひにん)と蔑まれていた人たちを、“川向こう”に追いやって住まわせた、その名残かな?』と考えていました。しかし確信があったわけではありません。

 何人かの人が「川向こう」に興味をお持ちなのが分かって、私も『本当のところはどうなのだろう?』と改めて少し調べてみる気になりました。といっても、明快に分かったわけではありませんが、以下に私なりの「川向こう・考」を述べてみたいと思います。

 まず当然のことながら、本来「川向こう」は至極当たり前な日本語です。例えば私が普段使っている三省堂版『新明解国語辞典』によりますと、
   かわむこう【川向(こ)う】その川を越えた向こうの方一帯
と出ています。同辞典は第五版で2002年発行ですが、「放送禁止用語」という注釈はついていません。ごく普通の感覚からすれば、この言葉を差別用語扱いをすること自体がおかしいことのように思われます。
 だから私は当ブログにおいて、居住地付近の相模川に合流する少し上流の中津川の『寸描シリーズ』でも、川の向こう側のことを「対岸」とともに「川向こう」と何度か使っています。例の『差別用語・考』記事公開後も、かまわずに。

 確かに木橋すらない昔々は、少し大きな川だったり、急流、激流だったりすると、向こう岸に渡るのはえらい難儀だったことでしょう。そのため二千何百年か前のインドでは、おそらくガンジス川という大河をイメージしてのことでしょうが、こちら岸をこの世としての「此岸(しがん)」、対して遥か彼方の向こう岸をあの世としての「彼岸(ひがん)」と譬えました。そして悟り(ニルベーナ・涅槃)に達することを「到彼岸(とうひがん)」とも表現したのです。

 それからすれば、此岸と彼岸を分ける「川」は、この世とあの世とを分ける結界的なものと感受されたことでしょう。それは我が国にも「三途(さんず)の川」という言葉となって伝わっています。三途の川を渡り切ってしまうと、もう二度とこの世には戻っては来られない…。
 これは人類の普遍的無意識層に深く浸透しているらしく、今でも臨死体験で死の淵から甦った人の多くが、「大きな川を渡ろうとすると、向こう岸で死んだおじいちゃんが“お前はまだ渡ってはいけない”と大声で叫んでいる。それでハッと我に返ってその川から引き返した」というようなことを語っています。

 このように「川向こう」には、何かしら異界的な畏怖すべき観念が昔ほど強かったのではないでしょうか?と同時に特に我が国では「死穢(しえ)」という言葉に顕著なように、死を忌み嫌う傾向も強かったように思われます。
 向こう岸の持つ異界性、彼岸性、禁忌としての死のイメージ…。そのようなものが結びついて、各地で一般人の住む町外れの川から向こうの、荒れ地が広がる地域に穢れた(とみなされていた)被差別の民を追いやって住まわせたのではないだろうか?と考えられるのです。

 断定はできませんが、確かに川向こうは被差別部落を指して使われたことがある言葉らしく、今でも地方によっては「うっかり“川向こう”などと口走ろうものなら袋叩きにされる」というような本当か嘘か分からない話もあるようです。
 また最先端都市東京でも、目白に住む住人が「川向こうには住みたくない」などと話すことがあるようです。どうしてなのか?「お金持ちのマダムの私が住んでおります目白は、超高級住宅街なんでございますの。それに引き換え、隅田川や江戸川から向こうの墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区などはごみごみした庶民の町でござあましょう?あんな所には行きたくもござあませんわ。まして住むなんてことは…。オホホホホッ」というような次第のようです。

 世界的に「差別撤廃」が叫ばれる現代であっても、形を変えた差別が存在するということなのでしょう。「格差拡大」が叫ばれる今日、目に見えない差別は事実多いのかもしれません。
 かくいう私は当ブログで度々触れましたとおり、どちらかというと差別をより多く受ける極貧の家に生い立ちました。ですから「差別」に対しては今もって人一倍敏感なところがあります。しかしハッと我に返って我が言動を省みた時、そんな自分が『あれは差別的言動だったんじゃないの?』と思わせられることもあります。かくも「差別意識」は人間にとって、なかなかに抜きがたい「業(ごう)」であるようです。

 古代ローマ時代「川のタブー」を敢然と打ち破った英雄がいます。かのジュリアス・シーザーです。(ただシーザーは英語読みで、正式にはユリウス・カエサルです。そのため最近の世界史の教科書はその名で通しているようです。)
 時は紀元前49年1月10日、川の名前はルビコン川。長期に渡ったガリア戦を勝利したカエサルは、ローマに帰国すべくイタリア北部を流れるこの川のたもとまでやってきます。ルビコン川は共和制末期の当時、本国であるイタリアと属州ガリアの境界線の役割を果たしていました。軍団を引き連れて南下することはローマ法で禁じられており、川を越えて南下する行為は共和国に対する反逆を意味していたのです。
 しかしカエサルは、全軍に「賽は投げられた」(Jacta Alca Estーヤクタ・アーレア・エストゥ)という史上有名な檄を発して、同川を越えたのでした。以来「ルビコン川を渡る」は、二度と後戻りできないような重大な決断と行動をすることの例えとして用いられています。

 それと関連することですが、古代ローマ人からすればルビコン川から向こうに住む民族は化外(けがい)の蛮族の類いであったわけです。そのため彼らはローマ人から「ゲルマニア」と呼ばれていました。今でもゲルマン民族といいますが、ゲルマニアとはケルト人の言葉でまさに「川向こう」を意味していたのです。
 ともかくもカエサルによるガリア遠征によって、百万人ものケルト人とゲルマン人が殺され約400もの集落を破壊されたといいます。
 こうしてみますと、「川向こう」という差別用語は、古今や洋の東西を問わず広く存在していたのかもしれません。ごく一般化して言えば、「川のこちら側」は勝者、征服者たちが住む豊かで文明的な地域、対して「川向こう」は敗者、卑しい者たちが住む野蛮な未開の地域ということになるのでしょうか。

 そんな大げさなことはともかくー。考えてみれば今の時代、こちら岸と川向こうを結ぶための「橋」が幾つも架けられて、こっちからあっち、あっちからこっちと自由に行き来できる時代です。つまりどちら側も「川こっち」であり「川向こう」であるわけです。
 福沢諭吉が「天は人の上に人をつくらず。人の下に人をつくらず」と宣言したのは、もう百何十年も前のことです。変な差別意識は本当になくすべきです。実は「差別意識をなくすこと」は、今この時代一人一人に課せられている重要なイニシエーションの一つでもあるのです。
 その意味で、「川向こう」という言葉を放送禁止用語にしているテレビ業界はいいがなものか。それによって、かえって差別意識を助長させていはしまいかと思われるのです。

 (大場光太郎・記)

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米沢上杉藩物語(4)

 米沢移封直後の苦闘

 上杉家が、徳川家康との交渉により家名断絶は免れたものの、会津120万石から置賜、伊達、信夫の30万石に移封という処置で決着したのは、関が原の戦いの翌年の慶長6年(1601年)7月のことでした。
 直江兼続は、主君の上杉景勝より先に会津に戻ってきました。そして家臣団にこのたびの家康からの沙汰を通達し、間をおかず置賜米沢などに移る準備を開始しました。そして全家臣団6千騎のうち伊達、信夫に1千騎を、残りの全部を米沢に移すことをその年の11月末までに完了するよう通告します。兼続41歳頃のことです。

 「禄高を大幅に減らされた以上、この際家臣を減らしてはどうか」と進言した者も多かったと言います。藩の生き残りのためには当然そういう選択もあり得ました。
 しかし兼続の考えは違います。「危急の時にこそ人は第一に大切である」として、全家臣団を護ったのです。「もしこの際上杉から去りたくば名乗られよ。止めはせぬ」と告げたものの、誰一人藩を去る者はいなかったと伝わっています。謙信公以来の藩徳、兼続の人徳の賜物と言うべきでしょう。

 翻って現下の長期化する景気低迷により、かなり以前からどの企業もこぞって“リストラ(人員整理)”を進めています。経団連会長自身の会社(キヤノン)でさえ、有り余るほどの内部留保がありながら容赦ないリストラを断行しています。
 「これが資本主義システムよ」と言われればそれまでながら、決して尊敬されるやり方ではありません。対して、400年も前の兼続のこの“愛ある決断”はどうでしょう。昨年NHKが大河ドラマの主人公として、あまり名前を知られていなかった直江兼続を選んだのも、非情な現社会への異議申し立ての意味を込めてのことだったのかもしれません。

 いずれにしても旧暦11月といえば、新暦の現在では12月中旬過ぎから1月中旬頃までです。厳冬の真っ只中での移動となりました。それでも伊達、信夫に移った家臣たちは距離的にも近い上、雪もほとんどない福島側ですから比較的楽です。
 問題は板谷峠という難所を越えて置賜(米沢)に向かう家臣団たちです。私も冬の帰省の折りよく実感しましたが、板谷峠までは雪は全く見られません。ところがいざそこを越えるや大変な積雪となります。私の場合は山形新幹線ですから、暖かい車内からその白い雪化粧の風情を見物して通過するだけです。しかし家臣団5千人(米沢市に残る古資料では6千人余)とそれに加えて越後以来の寺社や職人たち総勢3万人もが、ぬかるんだ雪道を家財道具などを積み込んだ荷車引いて、あるいは牛馬を引いて歩きながら板谷峠を越えたのです。
 元は越後衆で豪雪に慣れているとはいうものの、おそらく想像を絶するご苦労だったものと思われます。

 ともかく以後明治初年まで上杉藩の拠点となっていく、置賜・米沢の地に大勢の者たちが移住してきました。その前も米沢の地は、主君景勝によって兼続に与えられていましたが、兼続はもっぱら会津若松で政務を執っていたためめったに米沢に来ることはありませんでした。ですから兼続自身にとっても、この時から改めて米沢、置賜開拓に着手していくことになりました。
 上杉移封直前の米沢はわずかに803戸を数えるだけで、四方の置賜盆地は原野と鬱蒼たる樹木ばかりの小天地でした。その時の米沢・置賜の石高はわずかに6万石に過ぎなかったのです。これでは早速にでも開墾により土地を広げ有効活用するなどしていかなければ、連れてきた大家臣団を養うことはおろか、上杉藩存続すら危うくなってしまうことでしょう。

 さあそこで直江兼続の民政家としての腕の見せどころです。そして兼続は実際、縦横にその手腕を発揮していくことになります。
 私が今回のシリーズにあたって参考にしております『米沢風土記』(昭和41年刊)には、「現在の米沢の町の形は、関が原の戦後、兼続が心血をそそいだものであり、米沢藩の施設はほとんど兼続の胸の中から出ているといっても過言ではない」とあります。そして続けて「米沢における上杉家の家風、制度というものはまず兼続によってその基を打ち出され、その後の歴代の藩公がこれに準じて兼続の政治理想である“善政”を布くの大本(たいほん)を行った。そして中ごろになり、上杉鷹山公が、これを更に色あげされたといえましょう」と述べています。

 こうして直江山城守兼続公の優れた民政力によって、置賜地方の治水、殖林、産業等が着々と進められていくことになるのです。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記) 

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薬物汚染の拡がりを憂う(42)

 押尾学3度目の逮捕と今後の捜査の行方

 押尾学被告(31)が4日「保護責任者遺棄致死」容疑で警視庁に再逮捕されました。これまでの合成麻薬MDMAの使用及び譲渡に次いで3度目の逮捕となります。今回は銀座のクラブ「ジュリア」の元ホステス田中香織さん(31)が薬物中毒死した事件の、いよいよ“本丸”でもお縄となったかっこうです。
 警視庁捜査1課は、田中さんが押尾被告が渡したMDMAを服用後に異変を起こした時、119番通報するなど適切な処置を怠ったことにより田中さんが死亡したという、保護責任者遺棄致死罪が成立するとして再逮捕に踏み切ったものです。

 それに対して押尾被告は、「被害者の容態が急変し、そのまま死亡した」なとど容疑を否認しています。しかし今回保護責任者遺棄か保護責任者遺棄致死かを検討するにあたって、捜査1課はある判例を参考にしたそうです。
 それは覚せい剤を打たれた札幌市の少女(当時13)が異変後に放置され死亡した事件です。同事件で最高裁は平成元年、「直ちに救命搬送を実施していれば、十中八九少女の救命が可能だった。放置と死亡とに因果関係がある」として、薬物使用後の異変放置との関連性を認め、同致死罪の成立を認めたのです。
 今回の事件では、田中さんが最初にけいれんなどの異変を起こしたのが、8月2日午後6時過ぎ、そして死亡したのが約1時間後の午後7時過ぎのことでした。このことから上記判例も考慮して捜査1課は、田中さんの救命可能性について複数の専門家からも意見聴取し、異変発生直後に通報していれば救命可能性は高かったとして、同致死罪の適用を決めたものです。

 ともかく。「致死」がついたことで、起訴されれば“有名人”が被告となる初めての裁判員裁判となります。裁判員裁判は、殺人や致死などいわゆる凶悪事件が対象となるからです。昨年09年5月の制度施行以後、同年12月末まで138件行われています。
 ちなみに昨年行われた裁判員裁判で、死刑や無期懲役判決はありませんでした。実刑判決を言い渡された被告110人は、検察側の求刑の平均79%の量刑を言い渡されているといいます。この数字は制度施行以前に言われていた、「判決は求刑の8掛け」という計算式とほぼ同じとなっています。

 それを裏づけるように、刑法の専門家・板倉宏日大名誉教授は、「押尾被告の罪状だけを一般的に見れば、求刑が10年で、判決が8年といったところでしょう」と言っています。ただ同教授は、「報じられているところでは、押尾被告は全く反省している様子がない。このことが裁判員の心証に大きな影響を与えることは十分考えられますね」と、興味深い分析もしています。
 確かに押尾は、今回は「オレは悪くない」とばかりに、逮捕後もふてぶてしい態度を取り続けていました。それどころか、亡くなった田中さんや遺族に対する謝罪の言葉すら口にしていません。そういうことから押尾には、8年以上の懲役刑が出される可能性が高そうです。

 押尾には今後の長年月の獄中生活、さらに出所後は芸能活動など絶望的な上、酒井法子がそうだったように事件によって発生した損害に対して莫大な賠償責任も待ち構えることになります。それを考えれば前途真っ暗、逆に押尾の頭髪は真っ白になることでしょう。
 もし本当に「身代わり代」として、森祐喜側から2億円をもらっていたとしても割りに合わないのではないでしょうか?

 ところで。今回の再逮捕を受けて、岐阜の田中さんの実家で母親は「警察の方に感謝し、真相解明を期待します」と話していました。
 確かにその通りです。ここまで来るのに事件発生から5ヵ月余とは、異常にかかり過ぎでしたから。ご遺族ならずとも、真相解明を本当に強く望みたいものですが、今後の捜査の見通しはどうなのでしょうか?
 ある捜査関係者によりますと、「捜査員は“少なくとも、あと2人は必ず逮捕する”と断言しています。その口ぶりからすると、押尾同様、保護責任者遺棄致死容疑での逮捕者が出る可能性が高い」と言うのです。

 麻取法違反罪で起訴された押尾は、同譲渡については今もって否認し続けています。しかし警視庁は、(何という最新式裏技か !)押収した押尾の携帯電話から証拠隠滅で消去されたメールを特殊ソフトで復元し、既に解析済みだというのです。
 押尾へのMDMA譲渡を認めている泉田勇介被告からのメールや、押尾が複数の女性に「すぐ、飲む?」と同剤を譲渡した疑いがあるメールも復元しているといいます。事情聴取で譲渡を認めたのは、クラブホステスと現役の人気モデルだそうです。特に人気モデルは、知った上でMDMAを飲んでセックスしたとも話したそうです。

 また同捜査関係者は、「事件現場には4人いたという話になっていますが、いまだに警察は4人だけと認めたわけではありません。現場には大物アスリートや大物政治家のバカ息子がいたという情報がありますからね」と話しています。
 どうも、いろいろな関係者の証言などから現場にバカ息子(森裕喜)がいた可能性は高そうです。とすると、今後逮捕される可能性があるのは、人気モデルなのか、森祐喜なのか、はたまた大物アスリートなのか?
 前回記事『続・小沢土地問題と押尾事件』で見ましたとおり、各方面からガチガチに呪縛されている警察、検察に本当にそんな大仕事ができるのか?今後の捜査の行方を見守りたいものです。

 (大場光太郎・記) 

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続・小沢土地問題と押尾事件

 それにしても東京地検特捜部の「小沢潰し」の執念は異常です。政権交代が現実味を帯び出した昨年春頃の西松建設献金事件以来、ずっと小沢一郎ただ一人をターゲットにしている感じです。それに昨年は、岩手における小沢問題をよく知る盛岡地検の何人かを東京地検に人事異動させています。とにかく追及の手を緩めようとしないのです。
 西松事件からこのかた、こと小沢問題についてはいつも「関係者の話では」と、各マスコミもひょいひょい取り上げて報道しています。「関係者」とは、地検特捜部の人間しかいないわけです。「小沢憎し」「反民主党政権」では利害が一致している各マスコミも、リークを元にどんどん記事にしているとみられるのです。
 それによって、長期間にわたって「小沢一郎 = 悪人」というイメージが国民にしっかり刷り込まれていく構図です。

 それでは東京地検特捜部は「正義の味方」なのでしょうか?決してそんなことはありません。(警察も含めて)彼らはまず、自民党なかんずく清和会(清和政策研究会)(旧福田派、森派、現町村派)の味方です。政権が交代した今日でも、その構図は何ら変わっていません。
 それが証拠に西松建設事件では、清和会の森喜朗、町村信孝、伊吹文明らの名前が挙がりましたが、その後何のおとがめもなくいつの間にか立ち消えではありませんか。

 4日「保護責任者遺棄致死容疑」で再逮捕された押尾学の事件では、森元総理、長男森裕喜の事件への関与が取りざたされています。特に森祐喜については、年明けにも事情聴取か?とも見られていました。しかしこれもどうやら、立ち消えとなりそうなのです。理由は?森親子と自民党を護るためにです。
 そのほかリクルート事件、西武事件、ライブドア事件、耐震偽装問題など、多くの事件がもし「公平に」徹底捜査されていれば、清和会の大物が何人も逮捕されていただろうと言われているのです。
 
 ここで少し余談になりますが。戦後最も国民に人気の高かった小泉純一郎元総理(元清和会会長でもある)の“華麗なる犯罪歴”をご紹介します。
 小泉はどうやらサド(S)の趣味があるらしく、総理就任前の92年都内某所の某芸者の自宅マンションで、愛人である同芸者の首を絞め死亡させ、後の飯島総理秘書官と共謀して警察当局に「自殺」として処理させた疑惑があります。これは疑惑ですがかなり確度の高い事実のようで、それを知った“ハマコー”こと浜田幸一が自民党代議士の集まりで小泉を「この芸者殺し野郎 !」と罵ったこともあったようです。(これについては、いずれもう少し詳しく述べてみたいと思います。)

 小泉にはレッキとした逮捕歴もあります。時は1967年(昭和42年)3月のこと、二浪してK大学に入った小泉はよほど出来が悪かったらしく、当時落第しK大4年を3年も留年することになりました。そんな矢先小泉は、湘南で同じK大女子大生に対して婦女暴行をはたらき神奈川県警に逮捕されています。当時防衛庁長官だった父・純也は、政治的圧力を使い(思わず押尾事件の森親子を思い出してしまいます)もみ消しました。しかしK大内で噂が広がるのを怖れた純也は、同年5月に純一郎を“留学”という名目でロンドンに高飛びさせています。

 ロンドン大学では英語がさっぱりで留学生として認められず、仕方なく聴講生に。しかし取得単位はゼロだったようです。懲りない小泉は、代議士2年目にも同じような婦女暴行事件を起こし、その時もやはり逮捕されています。元妻は小泉の凄まじいDVに耐え切れず離婚しています。(これらは、古株の横須賀市議の間では公然の秘密とのことです。)
 こういうことを大マスコミは一切報道しないわけです。だから犯罪者・小泉はのうのうと5年以上にもわたる長期政権が続けられたのです。(つくづく異常社会だ、この国は !)なお総理在任中婦女暴行で逮捕の事実を知ったある出版関係者は、「犯罪歴を隠して総理を続けているのは違法だ」として訴訟を起こしています。「知らぬは日本国民ばかりなり」。アメリカ側は小泉の犯罪歴を完璧に掴んでいました。これでは小泉は、アメリカ様の“忠犬ポチ公(売国奴)”にならざるを得なかったわけだ。

 小泉のみならず、森喜朗も犯罪では負けていません。以前W大時代買春で刑事訴追されていたことはご紹介しました。またいずれ少し詳しくご紹介したいと思いますが、数年前地元石川県内で同乗していた車のひき逃げもみ消し疑惑、カネにまつわるさまざまな疑惑、今回の押尾事件でのもみ消し圧力疑惑…。
 自民党で逮捕されるのはなぜか経世会(旧田中派、竹下派)ばかり。これは警察官僚出身の大ボス・後藤田正晴(経世会)亡き後、清和会が警察、検察組織を牛耳ることになったためのようです。

 それに東京地検特捜部、警視庁公安部は、もう一つ創価学会が首根っこをつかんでいるという情報もあります。創価の「巨悪」については、いずれ改めて述べる機会があるかもしれませんが、これが事実なら由々しきことです。というのも、特捜と公安は一面では日本における最高権力機関とも言われているからです。
 池田大作はかなり前から「日本乗っ取り計画」という大野望を持っていたと言われています。そのため中央官庁、各地方公共団体、裁判所、大学や学校、弁護士会などに多数の創価大学出身者ら学会員を送り込んでいます。ちなみに警視庁総職員数約43,000人のうち、創価はその1割以上の5,000人を占めています。創価シンパを含めるとさらに大勢になるといいます。このようなおぞましい「カルト教団」(フランス、ドイツなどでは創価は、そう指定されています)の力をそごうとしているのが、小沢一郎なのです。

 要は小沢一郎は、かくも腐り切ったこの日本の旧構造を根本から変えようとしているのです。小泉のような「似非(えせ)改革者」とはわけで違うのです。だから勢い、アメリカの陰の政府、自民党清和会、創価学会、各マスコミ、警察・検察などの官僚組織などから、目の敵にされてしまうわけです。
 よく考えてみると、今回の土地問題は上記犯罪集団とは根本的に違います。贈収賄がらみというのなら話は別ですが、政治資金収支報告書の記載漏れといった軽微なものです。新聞各紙が一斉に、おめでたい元旦から大騒ぎするほどのものではないのです。

 こうなると、昨年末ジャーナリストの勝谷誠彦が「大物を入れるために、東京拘置所に全国から刑務官が集められている」と言ったのは、小沢逮捕に向けた動きだったのかもしれません。
 小沢一郎は「誰かが悪者にならなければ改革はできない。誰もなり手がないから、オレが悪者になってやるんだ」と言っています。しかしいくら何でも、自身の逮捕まで追い詰められては黙ってはいないでしょう。小沢や鳩山首相など民主党首脳部は、「押尾事件の真相」を把握していると見られています。
 参院選直前など、いざとなったら「押尾事件」という最強カードを切って、猛然と反撃に出てくるかもしれません。そうなったら少なくとも、森元総理や清和会や自民党は木っ端微塵に吹き飛ぶことでしょう。  ー  完  -

 (大場光太郎・記)

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小沢土地問題と押尾事件

 この年末から年始にかけて、最近とみにその存在感を増しつつある民主党小沢一郎幹事長(67)周辺に、慌しい動きが見られたようです。
 まず小沢幹事長自身の政治的な動きとしては、12月29日夜与党3党の幹事長、国会対策委員長らを集めた会合で、沖縄県の米軍普天間基地の移設問題をめぐり、小沢は同県内の下地島などに訓練の一部を移す案に言及したことが波紋を広げています。

 「下地島には空港があるんだよな」と指摘したというものです。もちろんその心は、『だったら普天間の移設先として下地島も候補に入れてもいいんじゃないの』というものでしょう。確かに同島には民間航空会社が離着陸などの訓練に使用する3000m級の滑走路が既にあるようです。その上無人島でもあり、貴重なサンゴ礁を破壊しないでも済むわけだし、移転先としては好都合ではあるようです。
 しかし実は自民党時代辺野古を移転先として決定する以前、同島も候補地として名前が挙がったのですが、何らかの問題があって(ひょっとしてゼネコン利権だけの問題?)最終的に辺野古案になったのでしょうから、肝心の頑ななアメリカ政府が「オー 、ベリーグッド ! “シモジジマ”でOKね !」と言ってくれるのかどうか。

 もっとも発言した小沢自身実現に向けた課題が多いことは百も承知で、「真意は時間稼ぎにあるのでは?」との観測も流れています。
 この普天間基地移設問題は、鳩山首相が「針にラクダを通すほどの難しさ」と言い、菅国家戦略相が「4次方程式を解くような難しさだ」と述べたとおり、解決には関係閣僚、与党3党、沖縄県民、アメリカ政府の4者を相手にしなければならないわけで、解決には相当の紆余曲折、各方面との難交渉が待ち構えていることでしょう。

 また小沢幹事長は、元旦の午後に都内世田谷区深沢の私邸に国会議員らを招き恒例の新年会を開きました。菅副総理、平野官房長官、原口総務相、川端文科相、中井国家公安相らの閣僚を含む、166人もの国会議員が訪れたそうです。
 総選挙があった昨年は開かれず2年ぶりです。あまりの来訪者の多さに、新人議員は第1部、ベテラン議員は第2部に分けて行われました。同会で小沢は、今夏の参院選での民主党の単独過半数獲得への意気込みを表明しました。
 以上はどれも、小沢一郎の絶大な力を見せ付けるような出来事です。

 それに対して小沢一郎は、キナ臭い問題も越年させています。それは元旦の読売新聞による、
   「小沢氏から現金4億円受領」石川議員供述
という見出しからも如実にうかがえます。これはかいつまんで述べれば、
 小沢一郎の資金管理団体「陸山会」が2004年に購入した土地の代金を政治資金収支報告書に記載しなかった問題で、土地代金に充てられた現金4億円について、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員(36)(民主)が東京地検特捜部の事情聴取に、「小沢先生に資金繰りを相談し、現金で受け取った」と供述していることが、関係者の話で分かった。
というものです。特捜部は、05年の4億円についても同じようなケースだった可能性が高いとみて、調べを進めているもようです。

 もしこれが本当なら大変なことです。小沢はかつて同土地購入をめぐる問題について、「資金のことは聞いていない」などと述べていました。しかしこの供述で小沢本人の関与が初めて明らかになったことになります。
 これは事と次第によっては、小沢一郎の幹事長辞任のみならず、国会議員辞職、その先の「小沢逮捕」もあり得る重大問題です。
 そうなると、誰が見ても「小沢あっての民主党」であり「小沢あっての現政権」であるわけですから、鳩山政権にとってはメガトン級の大衝撃となることでしょう。せっかくの政権交代は振り出しに戻り、今夏は「衆参ダブル選挙」も考えられ、結果悪夢の「自公政権返り咲き」も現実味を帯びてきてしまいます。

 小沢一郎は、元旦早々のそんなすっぱ抜き記事についても先刻ご承知のことでしょう。しかし新年会の席上ではその問題には一切触れず、何事もなかったかのように「今月も半分以上、地方に行っていることになると思う」と語り、参院選に向けた地方行脚を月内にも本格化させる意向を明らかにしました。
 小沢にはこの深刻な問題を切り抜けるための、何か秘策でもあるのでしょうか?
 (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記)

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遠山に日の当たりたる

               高浜虚子

   遠山に日の当たりたる枯野かな
…… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 以前述べましたように、高浜虚子は生涯で20余万句にも上る句を残しています。その中でこの句は、虚子自身最も好んでいた句と言われています。
 そういえば確か中学2年か3年の時の国語の教科書に(以前取り上げました)
   流れ行く大根の葉の早さかな
の句とともに載っていて教わった記憶があります。以来両句とも自然に覚えてしまいました。多分どなたもこの2つの句はご存知のことでしょう。

 「大根の葉の句」は、日常ありふれた出来事の中から、決定的な俳句的場面をこの上ない絶妙なタイミングでキャッチした名句でした。対して本句は、一つの小天地と言ってもいいような大景を描き切った好対照の名句と言えましょう。
   荒海や佐渡によこたふ天河(あまのがわ)  松尾芭蕉
   菜の花や月は東に日は西に          与謝蕪村
   芋の露連山影を正しうす             飯田蛇笏
といった、古今の大景の名句と並べても遜色ない句です。

 上に掲げた例句は、その季節と共に詠まれた時間帯までもがきちんと特定できます。それでは、本句の場合はどうでしょうか?もちろん「枯野かな」ですから季節は冬とわかります。しかし「時間は?」となると、さてどうでしょう。これが今ひとつ判然としないところがあるのです。
 それはこの句全体の解釈にも関わってくることです。

 まず「遠山に日の当たりたる」ですから、「遠山」に日が当たっているのは間違いありません。それでは作者の虚子が位置していると思われる「枯野」にはどうでしょうか?日が当たっているのか、いないのか?
 もし遠山にだけ当たっていて枯野は日陰なら、時刻は早朝もしくは夕方とみてよさそうです。逆に遠山、枯野両方とも日が当たっているとしたら、時刻は冬日が最も高い空にある昼前後と判断してよいと思われます。さてどっちだったのでしょう?

 少し回りくどくなりますが、それを読み解くヒントがあります。この句は吟行による実景を詠んだ句ではなく、「題詠」としてできた句だと言うのです。
 時は明治33年(1900年)11月25日、虚子庵(きょしあん)例会での作だということです。この年正岡子規の病状はいよいよ悪化して、それまでの子規庵(しきあん)での句会例会を同年10月14日で中止せざるを得なくなり、やむなく虚子の住居に移して句会を続行することにしたのです。時に虚子27歳頃、その初めての句会のお題が季節柄「枯野」だったと思われます。

 郷里の先輩正岡子規に師事して俳句を志したのが、虚子18歳の明治24年でした。以来10年弱、以後虚子は時に「師の子規を軽んじている」「ないがしろにしている」「家元俳句だ」などという批判を受けながらも、長年にわたって近代俳句の牽引者の役割を果たしていくことになります。本句はいわばその記念碑的な句だったわけです。「最も好んでいた句」というのは、そういう背景もあってのことだったのかもしれません。
 後年虚子はこの句について、「松山の御宝町の家を出て、道後の方を眺めてみると、後ろの温泉山にぽっかり冬の日が当たっているところに、何か頼りになるものがあった。それがあの句なのだ」と語ったそうです。

 虚子自身が「温泉山にぽっかり日が当たっている」と言っています。その表現からは、「冬の日が、スポットライトのようにその山にだけ」と捉えるのが妥当なのかな?と思います。
 しかし重要なことは、「御宝町の家を出」た実家付近を「枯野」に変えていることです。「枯野」はいわば虚子のイマジネーションを通したものだったわけです。だから結局、枯野がどのような状態だったのか、日が当たっていたのか日陰だったのかは、結局虚子にしか分からない心象風景であるということになります。

 そのことが、第2句目の「日の当たりたる」に表れているように思われるのです。特に「たる」という助詞は曲者です。「たる」は、「完了」「存続」という相反する意味を持つ「たり」の連体形であるからです。
 私は文法のことはよく分かりませんが、「たる」を完了として捉えると「遠山に日の当たりたる」でいったん切れて、「枯野かな」。日が当たっているのはやはり遠山だけ、作者のいる枯野は日陰ということになりそうです。
 次に「たる」に存続の意味を持たせて読むと、「日の当たりたる枯野かな」となり、遠山はおろか枯野にもまた冬の日が満遍なく当たっているという意味合いになります。

 この句は一読平易で、よく情景が見えてきそうな句です。しかし以上のように意外と難解な句でもあります。「日の当たりたる」をめぐっては、いまだに両方の解釈があるようです。

 (大場光太郎・記)  

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新しき年の始めの

                          大伴家持

  新しき年の始めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
                 (万葉集第二十巻-4516)
  (読み)
  あらたしきとしのはじめのはつはるのきょうふるゆきのいやしけよごと
 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 大伴家持(おおとも の やかもち) 養老2年(718年)頃~延暦4年(785年)。奈良時代の政治家、歌人、三十六歌仙の一人。万葉集の編纂に関わる歌人として有名ながら、大伴氏は大和朝廷以来の武門の家柄であり、祖父安麻呂、父旅人(たびと)と同じく、政治家としても歴史に名を残している。延暦2年陸奥按察使持節征東将軍の職務のため陸奥(奥州)に赴任、延暦4年同地で没した。
 長歌、短歌など合計473首が万葉集に収められており、同集全歌の1割を越えている。このことから家持が万葉集の編纂に関わっていたと考えられている。 (フリー百科事典『ウィキペディア』より)

 万葉集のラストを飾るのが、大伴家持のこの歌です。新しい年を寿ぐ(ことほぐ)歌として、古来親しまれてきました。この歌は天平宝宇3年(759年)1月、因幡国国府で詠まれたもののようです。家持はその前年から国守(因幡守)として同地に赴任していたのです。家持42歳の時のことでした。

 「新しき」は現代読みでは「あたらしき」ですが、この歌では「あらたしき」ですから注意が必要です。また「重け」は「しけ」と読み、「重なれ」という意味になります。新しき年の始めのこの日、ちょうど雪が降って積もっているように、今年も吉事(よごと)が重なれよ、というような大意となります。
 そしてこの歌そのものが、「新しき」「年の始め」「初春」と寿ぎの言霊(ことたま)が重ねられています。家持は必ずしも意識していなかったかもしれませんが、それらの良き言霊が、降る雪のように積み重ねられているようです。

 この歌を詠んだ因幡国は現在の鳥取市にあたります。いわゆる山陰地方ですから、今現在でもそうなら当時もそこそこ雪が降る土地柄だったものと推測されます。
 万葉集の棹尾(とうび)を飾るに相応しく、目の当たりにしている雪の実景から、何の虚飾もない感じたままの新年の感懐が、そのまま歌となって迸(ほとばし)っているように思われます。
 
 この歌のように、今年はさまざまな分野で「吉事(グットニュース)」が聞かれる年であってもらいたいものです。

(大場光太郎・記)

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新年を迎えて

   淑気(しゅくき)満つ通りの一歩一歩かな   (拙句)

 新年あけましておめでとうございます。
 2010年(平成22年)がスタートしました。年頭に当たってこんなことを言うのも何ですが、加速化のこの時代、きっと信じられないほどのスピードでこの一年も過ぎてしまうことでしょう。かけがえのない今年365日の「今この時」を、実りある一瞬一瞬にしていければと思います。
 過ぎ行く時間に追いまくられたり、ついつい流されるようなことのないように。『生来の怠け人間のくせして、そんなことムリだよ』と心のどこかの呟きを聞きながら、願わくば日々刻々瞬々を主体性を持って価値創造していきたいものです。

 年越しの昨夜、9時過ぎ珍しくNHKの『紅白歌合戦』をのぞいてみました。私にはよく分からないながら、紅白は昨年記念すべき60回目だったそうです。第1回目が1951年(昭和26年)と言いますからずいぶん昔のことです。最初は正月番組として始まったものの、第4回目から現在のように大晦日になったそうです。
 私はここ十数年はほとんど満足に観たことがありません。私のような者が、全盛時は視聴率60%以上というお化け番組の視聴率を押し下げてきたのでしょう。

 しかしだからといって、特別観たくも聴きたくもないのに、何も長時間テレビにかじりついていなくてもいいわけです。最近のわけが分からず意味不明な“ガチャガチャソング”を聴くくらいなら、むしろテレ東の『年忘れ 日本の歌』でも聴いていた方がよっぽど年越しの気分になれる上、ずっと気が休まります。ということで何年か前はもっぱらそちらを観ていたこともありました。(もちろんよく聴けば、そんな歌でも案外しっかりした、この時代へのメッセージ性が込められているのかもしれません。)
 また今はもうないようですが、テレ朝で北野武が仕切って、あの早大の大槻教授らvsUFО研究家、霊能者らの侃々諤々(かんかんがくがく)のバトルを面白がって観ていたこともありました。さらにはTBSだったかの、格闘技特別番組なども。(ちなみに今はどれも観ていません。)

 今回たまたま観てみようと思ったのは、今年4月の当ブログ『天使の歌声』記事で取り上げた、スーザン・ボイルさんが来日し紅白の特別ゲストとして出演するというのが分かっていたためです。
 しかし正確な時間までは知りませんでしたが、9時過ぎの第2部最初あたりだろうと何かに書いてありました。だいたいその時間にスイッチを入れてみましたら、何とそれから間を置かず、紅組司会の仲間由紀恵がおもむろにスーザン・ボイルさんの紹介を始めたではありませんか !

 『天使の歌声』でもご紹介しましたがー。それまで全くの無名だったスーザン・ボイルさんは、イギリスの有名なオーディション番組に出演し、うるさ型の審査員全員の「合格」を得て、見事グランプリ獲得。その容姿、年齢などから歌う前は審査員、聴衆から冷ややかな目でみられていたものの、彼女が持ち歌の『夢やぶれて』を歌い出した途端、会場はシーンと静まり返り、歌い終わると共に全聴衆スタンディングオベーションで万雷の拍手。
 のみならずそのようすが、ネット動画サイトのYouTubeで全世界に配信されるや、これまでの記録を簡単に破る驚異的なアクセス数。彼女は一躍世界的スターダムに駆け上がりました。またつい最近は彼女のCDが発売され、世界各地でチャート第1位を獲得しているとか。

 今回NHKは60回紅白の目玉として、スーザン・ボイルさんを招待したのでしょう。イギリスからの往復旅費代、宿泊代、出演料など込みで約1千万円ほどとか。ちなみに以前同番組でアメリカの女性シンガーのシンディー・ローパーを呼んだ時は、しめて3千万円ほどかかったとのことですから、意外に「安い買い物」をしたと言えそうです。

 ともかく。こうして、スーザン・ボイルさんの「天使の歌声」を聴くことができました。歌うはもちろん、彼女を一躍スターダムにのし上げた『夢やぶれて-I Dreamed a Dream』。いやあ、さすがにYouTubeの小さな画面を見て、PCを通して聴いた時より迫力が断然違います。それに彼女の天性の歌声は、本当に素晴らしい ! の一言です。またまた不覚にもボロボロ涙をこぼしてしまいました。(なお彼女の歌が終わるとともにテレビを消してしまいました。)

 前にも述べましたが、皮肉なことに『夢やぶれて』を歌ったことが、彼女を「夢の奇跡」に押し上げました。
   信じる時、夢は必ず実現する
というウォルト・ディズニーの名言もあります。『確かにその通りだよなあ』と思いつつ、私の場合は「夢の実現」がまるで下手です。これは「信じる力」が弱いからなのか、そもそも叶えるべき「夢」を持っていないからなのか、あるいはその両方なのか。とにかくそのため、パッとしない現実がいつまでも続いてしまうのです。

 いつか述べる機会があるかもしれませんが、「思考は現実化する」という“成功哲学”のナポレオン・ヒルの有名な定理もあります。思考といおうか、想い、想念といおうか、そういう目に見えない「精神的な力」によって、この世に存在するありとあらゆる目に見えるものが顕在化する。人類は最近ようやく、そのような「顕現の法則」に目覚めたばかりです。
 思えばスーザン・ボイルさんも、ただ座して待っていて現在の栄光が転がり込んだわけではありません。とにかく有名なオーディション番組に出る決断をし、実際その場で歌ったわけです。しかしその前に彼女は、「歌なら人に負けない」という強い自信もあったようです。そして彼女はまさに「最高の夢」を実現させてみせました。

 私は本当に、「顕現の法則」に対してはまるで小学生レベルです。少しはスーザン・ボイルさんに見習って、取りあえずは実現可能な「小さな夢」をこの世に形として現わすすべを一歩一歩マスターしていければと思います。

 当ブログ、どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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