« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

ぬかづけvsキムチ?

私はれっきとした何々の末裔などと語っている時点でキムチ臭い国の方々と同レベルだと気づかないものなのか?
かの国が好きだとかk選手のファンだとかは個人の自由でありお好きなように楽しんでいただければよいと思うが、かの国を批判すればネトウヨ認定だとか自国民を過度に卑下する言動はあなた自身の思想にも少し問題があると思えるのだが・・・
まあこういう意見にも耳を貸す気持ちも持てない人なのだろうけれどね     (“ぬかづけ”さん)

 あなたのような反論がくるだろうと、ある程度予期していた。「キムチ臭い国の方々と同レベル」という物言いには、「ぬかづけ臭い国」はそのレベルより上なんだという見下しがあることになる。では、その「見下しの根拠」は何なのか?しっかりした、納得のいく論旨なり「ぬかづけ文化優位論」なりをお示しいただきたい。
 それに私は、ある個人選手を国境など越えてひいきしているという、率直な感情を申し述べているのであって、それがどうして「自国民を過度に卑下する言動」ということになるのだろうか?
 そのような物言いが既に、偏狭なナショナリズムに凝り固まった「ネトウヨ」的だと思うのだが、いかがか? (大場光太郎)
                       *
 以上は前回記事『キム・ヨナvs浅田真央』における、“ぬかづけさん”とのコメントのやり取りです。どういう訳か、当ブログにはめったにコメントが寄せられません。そしてたまに寄せられると、今回のような文意を曲解した非難・中傷コメントが多くなります。
 このような人は、たまたま当ブログ記事にたどりついた「通りすがり」の人のようです。そこでその記事を表面的にサッと読んで、何か気に食わない文脈にぶつかると『もう二度と訪問しないブログだから』とばかりに、悪意に満ちた棄てゼリフ的なコメントを書き捨てて「バイバイ」と言うわけです。

 このようなケースがまヽあり、本当に『我が意を得たり!』と思うものや、私自身目からウロコが落ちるような“珠玉のコメント”にはめったにお目にかかれません。そのようなことから当ブログでは、コメントは一切受け付けないことにしようか?とも考えています。ただそうなると、やはり寂しい気もするし…。ただ今思案中です。

 当該記事はより面白くするため、やや誤解を与える文章があったことも確かで、私自身反省しなければなりません。しかしつい「売り言葉に買い言葉」式の、返信コメントになってしまいました。
 ただぬかづけさんが言われていることは、重大な問題をはらんでいると思われます。そこで今回は、本旨である「キム・ヨナvs浅田真央」を離れて、この問題を少し考えてみようと思います。
                       *
 まずぬかづけさんの文は、「ぬかづけは上等、だけどキムチは下等」と言っているように思われます。そんな“ぬかづけさん”の論法は、所詮「目くそ、鼻くそを笑う」の類いにしか思われません。第一キムチを貶めているけれど、かなり前からキムチをはじめとした韓国料理は、我が国でも既に日本食の延長のように一般化しており、我々国民もけっこう重宝しているではないですか?
 キムチチゲ、カルビ焼肉、ブルコギ、ビビンバ…。ぬかづけさんは、そんな「レベルの低い国」の料理など、一切食べないということなのでしょうか?(もし感謝もなしにそれらを見下しながら食べているとなると、体に深刻な悪影響を及ぼしますよ。)

 それを普遍化すると、中華料理、フランス料理、イタリア料理など異国(とつくに)のものは皆ダメということなのでしょうか?もし「いやそっちはいいけど、とにかくキムチの国のものは下等だからダメなんだ」と言うのであれば、あなたはすべての朝鮮の人々を蔑視してきた、戦前の日本人の旧思考そのものだと思いますよ。つまり戦前の旧思考を誰かから受け継いで、思考停止したままの状態であるということです。
 いつか別に論じたいと思いますが、「真の愛国心」とはそんな偏狭なナショナリズムとは無縁です。「偏狭なナショナリズム」は戦前の軍国主義勢力が意図的に導入した、過てる創作なのです。それがどのような悲惨な状況をこの国にもたらしたか?歴史が余すところなく教えてくれているではないですか。戦後60余年も経過し、間もなく「銀河市民の仲間入り」を果たそうかという新世紀の「今この時」に到るまで、そんな病的思考を引きずっていてはいけません。

  マッチ擦るつかの間海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや
 
 昨年11月の『身捨つるほどの祖国はありや』記事で紹介した、寺山修司の有名な短歌です。同記事でも触れましたが、寺山がこの短歌を詠んだのは昭和30年代前半のことです。その頃既に寺山修司という鋭敏な詩的魂は、「祖国喪失」をひしひしと感受していたのです。
 それ以降、どれほど更にひどい祖国喪失状況がこの国に起きたことか。この国の対米隷属を決定づけた「60年安保」、国民すべてが狂ってしまった高度経済成長政策、バブル崩壊、平成大不況、超借金大国、格差社会、薬物汚染増大社会、犯罪多発国家…。

 本当の愛国者なら、戦後日本をこれほどまで末期的状況に追い込んだ、組織や者たちの責任をこそ厳しく指弾すべきなのです。戦時中の戦争指導者群、アメリカユダヤ・GHQ、戦争屋・CIA、霞ヶ関官僚群、自由民主党、財界、新聞・テレビ等マスコミ、曲学阿世の言論人…。

 マスコミが「浅田真央の金メダル」をうるさいほど喧伝し続ける時、そこには「商業主義」つまり浅田が金メダルを取った場合の経済効果がしっかり計算に入っているのです。もしそうなればマスコミ自身が旨味に預かれるからこそ、狂乱報道するという側面があるわけです。
 そんなマスコミに煽られて偏狭なナショナリズムに陥る前に、私たちはマスコミ界の欺瞞を、冷徹に見破る必要があるのではないでしょうか?

 最後に。私は右翼でも左翼でもない中翼(なかよく)、つまりどの国どの民族も分け隔てなく仲良くしたいと念願している者です。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

キム・ヨナvs浅田真央

 やはり今回のオリンピック最大の話題は、女子フィギュアスケートでした。分けても「宿命のライバル」である浅田真央とキム・ヨナの対決に関心が集中しました。

 浅田真央は1990年9月25日生まれ、キム・ヨナも同年同月5日生まれの19歳同士です。その上身長も共に164cmで似たようなスレンダー体形、ついでに言えば2人とも上に姉がいるそうです。
 このように共通項が多い2人は、ジュニア時代からライバルでした。その頃は浅田の方がキムを圧倒していたようです。しかしシニアになってから2人の実力は伯仲し出し、最近は対戦成績でキムが浅田を圧倒していました。
 トリプルアクセルなどジャンプでは浅田の方が勝っており、一時キムは浅田に追いつこうと必死でトリプルアクセル習得に取り組んだといいます。しかし結局断念し、代わって演技全体の表現力を磨く方向に切り換えたそうです。キム・ヨナにとって、それが後の好結果につながった側面があるようです。

 オリンピックで金メダルを賭けた戦いともなると、応援する側はどうしてもナショナリズムが喚起され、母国の選手の勝利のため我を忘れて声援を送ることになりがちです。分けても今回の女子フィギュアは、浅田のライバル・キムが歴史的にも因縁浅からぬお隣韓国選手ともなれば、その傾向により一層拍車がかかるのは致し方ありません。
 そのためショートプログラムでも決勝のフリーでも、全国津々浦々のテレビ観戦は沸騰のピークに達した感があります。

 ショートでキム・ヨナに4.72点の差をつけられた浅田真央は、得意のフリーで一気に逆転して「金メダルを !」との期待が高まりました。しかし結果は既にご存知のとおり、浅田の直前に滑ったキムがノーミスと言っていいような完璧な演技をし、総合点「228.56」という史上最高点をはじき出しました。
 会場全体の大歓声とどよめきが納まらない中、次にリンクに登場した浅田は、前半これも史上初という2回のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させ一気に勢いに乗るかと思いきや、途中3回転ジャンプが乱れるなどのミスが出ました。結果浅田は「205.50」と23.06点もの大差をつけられてしまいました。
 今大会を通してキムは精神状態が良好だったらしく、終始余裕が感じられました。対する浅田は、少し“金のプレッシャー”がかかっているのかな?と見受けられました。

 キム・ヨナ金メダル、浅田真央銀メダル。真央ちゃんには申し訳ないながら、私はこの結果に大満足です。非国民と言われそうですが、実は私は以前からキム・ヨナの「隠れファン」だったのです。「お前、ひょっとして“在日”か?日本人なら真央を応援するのが務めだろ !」と、“ネトウヨ(ネット右翼)”から猛抗議されそうですが…。
 念のため申しておきますが、私は縄文以来の東北の“まつろわぬ民”の末裔、もしくは『当家は“平家”の流れ !?』で述べましたように、ひょっとして父方が坂東平氏の流れを汲んでいた可能性があります。いずれにしても、レッキとした日本人であることに間違いはありません。

 なのになぜキム・ヨナの隠れファンなのか?これは例えば『宮廷女官チャングムの誓い』で主演したイ・ヨンエを、同世代の日本人女優の誰よりも優れた女優と評価しているのと共通した感覚だと思います。
 既に述べたとおり共通点も多い2人ですが、個性は大きく違うのです。ぶっちゃけて申せば、私のひいきの基準は大変不純ながら、「どちらが女らしいか?」という一事なのです。その結果3年ほど前から、『キム・ヨナの方が女らしいぞ』ということになったのです。
 技術的に2人の間には、今回の点差ほどの差はないと思います。ただリンクという大舞台で演技する2人を比べてみると、キム・ヨナはまだ10代ながら、色香さえ漂う優雅で艶っぽい表現力があるのに、残念ながら浅田真央はどこか尖って少年っぽい感じがする、その差なのです。

 どの分野でも「ライバル」がいるというのは良いものです。それによって互いの技術を極限まで高められるわけですから。しかし結果的にそれをテコにぐんと伸びたのはキム・ヨナで、浅田真央は内心正直『キム・ヨナさえいなければ…』と思ったこともあったことでしょう。
 漏れ聞くところでは、今大会を最後にキムは現役を引退し、プロのスケーターかタレントに転身するかもしれないと言われています。そうなると、19歳とまだ若い浅田真央が今後の世界の女子フィギュアスケート界を牽引していくことになるわけです。
 ただ浅田はいくら勝ち続けても、『キム・ヨナがいない金なんて…』という思いを抱き続けることになるのかもしれません。

 いずれにしても、これで今大会の日本の金メダルゼロが濃厚です。しかし民族性としてこれは仕方ないのかな?と思います。というのも、最近の流行語で言えば、我が日本民族は四方を海で守られた「草食系民族」だったわけです。対して、陸続きで戦乱が絶えなかった諸外国は「肉食系民族」。「和を以って尊し(たっとし)と為す」日本人が、各競技で頂点に立つのは至難の技と言うべきです。
 ただ個人よりもチームプレーが必要とされる団体競技では、昨年のWBCの時のように「和の力」が発揮されるかもしれません。その意味では、今年開催されるワールドカップサッカーで、「岡田ジャパン」が世界の頂点に立ってくれることを願いたいものです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (4)
|

春一番が吹きました !

  美少女の髪もたてがみ春疾風(はるはやて)   (拙句)

 ここ2、3日にわかに春めいた良い天気が続いています。近所の水路道際の白梅は今を盛りと咲いていて、花を見上げがてら、わざとその木すれすれを通りますと通りぎわほのかな香りを伝えてくれます。

 水路道の砂利混じりの奥行き1m強の地面には、ここ何日かでふきのとうが小躍りするようにあっちこっちで芽を出していました。「いました」と過去形なのは、本日3時過ぎ通ってみたら、きのうまで10個近くあったふきのとう坊主が、根元からきれいに摘み取られ跡形もなくなっていたからです。そこを通りかかったご近所の誰かが、きっと摘んでいったものなのでしょう。
 
 そういえば思い出しましたが、郷里での子ども時代ふきのとうは早春の珍味でした。近くの野山でいっぱい摘んできたものを、亡母に渡します。すると母は、それをまるごと衣で包んだてんぷらにしたり、あるいは刻んだ具としておみおつけに入れたりして食べさせてくれました。またこれは郷里独特な食べ方だったかもしれませんが、「ふきのとう味噌」といって、細かく刻んだふきのとうに味噌をまぶして、乏しい食の足しとしたのです。
 いずれも、少し苦みばしった早春の懐かしい味です。

 それにきょう(25日)は外出時かなり強い風だな、と感じました。どこからという一定した風向きではなく、時に東北の方から、時に南東の方からといった具合に、回り込む感じの突風のようです。
 無舗装の砂利道を歩いた時など、歩く少し先の方で砂が弧を描くように巻き上げられ、土ぼこりとなってこっちに向かって襲ってきます。また広い通りに出ますと、さるチェーン店系レストランの駐車場にずらり並んだ布旗が、強い風に煽られて一斉にはたはたなびいていました。

 歩いていますと背中に強い追い風を受け、それに促されていやでも早足になります。『さては春一番か?』、道々そう思いました。しかし今ひとつ確信がもてず、後で確認したところ、やはりきょうは九州から関東地方の広い範囲で春一番が吹いたそうです。

    雪がとけて川になって
       流れて行きます
    つくしの子が恥ずかしげに
       顔を出します
    もうすぐ春ですねえ
    ちょっと気どってみませんか
       (歌:キャンディーズ『春一番』より)
 今や早春の名曲の一つと言っていいのかもしれません。それにしてもキャンディーズが解散して、早や30余年も経ってしまったとは。スーちゃん、ランちゃん、ミキちゃん3人娘のそれぞれのその後の歩みなどをたどってみても、感慨深いものがあります。

 春一番が吹いたとはいっても、まだ2月下旬。ひな祭りさえ少し先です。これからまた寒さがぶり返したり、少し緩んで暖かくなったりの三寒四温を繰り返しながら、少しずつ確実に春に近づいていくのでしょう。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

続・国母選手が大学生?

 大学生の“粗製濫造”は亡国の一因。根本的に見直すべきだ

 それでは、国母和宏が在籍する東海大学はどのような偏差値レベルなのでしょう?その前に驚かされるのは、同大学の学部・学科の多さです。ざっと数えてみると、「総合大学」と銘うっているだけあって、何と150以上もの学部・学科があるのです。中には、「組み込みソフトウェア」「情報理工統一」「医用生体工学」「産業工統一」などという、部外者にはどういう分野なのかさっぱり分からないものもあります。
 偏差値ですが、ざっと見渡してみますとほとんどが「40台」です。(さすがに「30台」はありません)「50以上」は十数学科くらいです。その中で突出しているのが医学部2学科の「62」です。しかし医学部は他の大学でも高レベルで平均的には「67~68」くらいですから、神奈川県伊勢原市郊外に大病院を有する同大学としては、医学界でも少し遅れを取っているレベルなのかな?と判断されます。

 医学部が出たついでにー。一昔前医学界のある重鎮の、「医は算術」の発言が物議をかもしたことがありました。これは当然古来からの「医は仁術」を意識して、『いや今日の医療界の現実はそんなキレイ事では済まされないのだ。医療機関だって一経営体である以上、そろばん勘定がどうしても必要だ。でないと病院経営など成り立たない』という背景があっての発言だったことでしょう。
 その意味では、学問の府・大学もとうの昔から「学は算術」になっているのではないでしょうか?東海大学のようなマンモス私立大学などは、特にその傾向が強いように思われます。

 旧東京帝国大学が創立された明治10年以降“大学”には、各界、各分野の知的国家エリートを育成する「最高学府」の栄誉が与えられてきました。ちなみに「学府」とは「学問を学ぶところ」という意味ですから、最高学府とは「最高の学問を学ぶところ」という意味になるわけです。
 昭和40年秋、昨年11月亡くなった森繁久弥主演の喜劇映画『駅前シリーズ』の一つ、『駅前大学』が封切られました。タイトルが意味するものは当時から大学は全国各地に建ち始めていたということでしょうが、その後は一段と拍車がかかり、今では「コンビニ大学」といった様相なのではないでしょうか?ピンからキリまでの大学そして大学生。そのため今では「最高学府は大学院だ」と唱える人もいるほどです。

 CIAエージェントの一人・岸信介による「60年安保」の翌年の昭和36年、「女子大生亡国論」なるものが当時のマスコミをにぎわせました。これは同年早大某教授が、「私立大学の文学部は女子大生に占領されていて、今や花嫁学校化している。これは大問題だ」と発言したことによるものです。
 「女子大生亡国論」と名づけたのはマスコミだったようですが、問題が大きくなって次の年くだんの早大教授は、「あまりにも目的のない女子大生を見るにつけ、女性の問題としてもこれでよいのか」という趣旨だったという補足説明をしました。
 「女性の権利意識」がかつてないほど高まっている今日、こんな発言をしようものならそれこそ世の女性陣に総スカンを食らいそうです。しかし私は、この発言の中の「女子大生」を「今の学生」、「女性」を「国家」に置き換えてみると、何と今日の学生事情を表わしていることだろうと思うのです。

 「女子大生亡国論」を何となく耳にしていた当時、私は山形県内陸部の小さな町の一中学生でした。ですから、大学構内で女子大生たちがのさばっている(?)のは遥か遠くの東京という大都会でのこと。郷里の近辺では中卒があたり前、高校に進学するのも珍しい時代でした。
 中学時代の恩師のT先生が、国語の授業中、戦前の旧制第一高等学校生や旧制東京帝国大学生らがいかに優秀で、いかに向学心に燃えていたかを事あるごとに話してくれました。そういうこともあって私は、大学への「畏れ(おそれ)」を心のどこかに抱いていたと思います。結局私は大学へは進学しませんでしたが、経済的理由が第一だったとはいえ、『オレのような者が大学に入っていいのか?』という思いがどこかにあったかもしれません。

 私のような考えの者は少なく、後に「団塊の世代」と呼ばれることになる、戦後最大のベビーブームに生まれた私たちの世代が高校を卒業した昭和40年代前半既に、今日の「コンビニ大学」に到る状況が急速に進行していたのです。全国各地に受け皿となる大学が増設されたことにより、“畏れ知らず”の若者たちがそれこそ猫も杓子も大学へ進学していきました。
 結果今や大学進学率は50%超、つまり同年生まれの二人に一人が大学生という時代です。近年少子化傾向を示しているにも関わらず、既存の大学が閉鎖されたという話はあまり聞きません。ということは、特に全国の私立大学は学校経営の必要上、学生の確保のため“お客様待遇”で学生に接しているのが実情なのではないでしょうか?

 この状況は必然的に大学及び大学生の質の低下、劣化を引き起こします。やり玉に挙げて申し訳ないながら、国母君のようなおよそ大学生とは思われない学生がわんさかいるのです。そして彼が在籍している東海大のように、軒並み「偏差値40台」という大学も全国にたくさんあるわけです。
 そんな学生にとって、親のすねかじりの大学生活は“ムダメシ食らい”の4年間というべきです。そうして本来の“学問”そっちので、やれ合コンだ、やれスポーツカーを乗り回してドライブだ、挙句の果てはベランダで大麻を栽培してみたり、覚せい剤に手を染めてみたり…。こんな連中は、確実に日本の未来をダメにします。

 門外漢の私が、エラソーに「大学教育論」などぶてるわけがありません。しかし願わくば、大学という最高学府は、やはり以前のように真に優秀な国家エリートを養成する機関であっていただきたいと思うのです。
 それからすれば、今の偏差値分布のちょうど真ん中の「55」くらいがぎりぎりの分岐点なのではないでしょうか?大学としての威厳と質の確保のため、それ以下のレベルの大学から思い切って「大学」という名称を取り上げるべきです。そして「4年制専門学校」に格下げすべきです。

 最後に、一昨年の『東海大学湘南キャンパス今昔』シリーズでもご紹介した、東海大学の創立者・松前重義氏の「建学の精神」を再度掲げます。国母和宏君、現在の東海大学関係の方々。建学の理想と初心に立ち返っていただきたいと思います。

    若き日に 汝(なんじ)の思想を培(つちか)え
    若き日に 汝の体躯(たいく)を養え
    若き日に 汝の智能を磨け
    若き日に 汝の希望を星につなげ

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

国母選手が大学生?

 手に負えない“悪ガキスノーポーラー”が大学生だったとは…

 今回のバンクーバー五輪で、日本人選手中一番の“話題の人”となった感があるのが国母和宏(こくぼ・かずひろ-21)です。その国母選手がスノーボード8位入賞の成績を引っさげて、21日帰国しました。成田空港に現れた国母は、さすがに出発時の腰パン、ネクタイ緩め、ブレザーの前開けっ放しというだらしないかっこうではありませんでした。しかし同空港内での記者会見では「自分のスタイルは変えないっす」と、競技前謝罪会見での「チッ、うっせーな」「反省してま~す」流の、相変わらずのふて腐れぶりは健在でした。

 ところでネットの「J:COM投票」によりますと、「国母選手は許せるか?」とアンケートを取ったところ、「許せる…41%」「許せない…59%」と「許せない」が6割近くに上りました。
 同投票ではついこの前も「小沢幹事長は辞任すべきか?」でアンケートを取りましたが、「辞任すべきでない」が6割以上と、マスコミ各社の世論調査とは逆の結果になっています。これは、ネット読者の方が事実を正しく把握していることによるものです。今やネット情報は、新聞・テレビより真実をより正確に伝える媒体であるという認識が徐々に定着しつつあるようです。利権でグチャグチャに縛られて事実隠蔽報道しかできない新聞・テレビより、ネット情報は「核心」を突いた素の情報発信ができるからです。
 しかし国母選手は、このネット投票でも分の悪い結果になっています。

 しかし考えてみれば、スノボーにしてもスケボーにしても、通常のイメージとしては近所の一部悪ガキたちの遊びという印象が強いこともまた事実です。まさにそんな“スノボー悪ガキ”がそのまま成人したのが国母和宏で、たまたまスノボーの腕前がオリンピックに出場できるほどのレベルに達していたということなのです。
 横綱朝青龍の引退後、天敵と言われた内館牧子は「朝青龍は稀人(まれびと)だった」と最大級の賛辞を贈っていました。確かに、スポーツなど特定の分野で突出して秀でた技があれば、それは常人を超えた“稀人”です。これは芸能タレントも同じですが、その上高い「人格、品格」を求めるのが土台無理な注文というものです。ただ国母の場合は6割くらいの人から顰蹙(ひんしゅく)を買うほどルールを無視した、度の過ぎた“悪ガキぶり”だったということなのでしょう。

 だから国母和宏の一挙手一投足に、一々目くじら立てる必要がないとしても。そんな悪ガキ・国母がレッキとした大学生と聞かされると、さすがに絶句してしまいます。
 何大学?東海大学札幌キャンパス。同キャンパスは、国際文化と生物理工の2学部があり、国母は国際文化学部地域創造学科3年生だというのです。
 東海大学札幌キャンパスは、もともとスポーツが盛んなのだそうです。例えば同キャンパスOBには、ノルデック複合の高橋大斗やフリースタイルの附田雄剛がおり、また附属高校の卒業生には、ジャンプの葛西紀明、スピードスケートの吉井小百合らがいるそうです。

 また国母と同学部の先輩として、長野五輪の女子モーグルで金メダリストとなった里谷多英がいるといいます。里谷はその後、泥酔事件、銀座クラブでの下半身スキャンダルで世間を騒がせました。(ただ里谷の名誉のために言えば、同スキャンダルは店のオーナーらがでっち上げたものだった疑いが濃厚のようです)。いずれにしても後輩の国母も、母校のそんな伝統を受け継いでいるということなのでしょうか?

 今回の行状から察するに、国母和宏はスポーツに秀でた者に許される一芸入試で無試験で東海大に入った口なのではないでしょうか?そうなると確かにスノボーの腕は天下一品としても、IQやEQといった人間としての総合的能力では、中学・高校レベルに止まっているのかもしれません。
 そこで気になって、東海大学国際文化部の偏差値を調べてみました。すると同学部の偏差値は「45」です。思わず『えっ。こんなレベルで大学?』と思ってしまいます。参考まで「偏差値(へんさち)とは簡単に、「その人の学力が全体の中でどれくらいの位置にあるかを示す数値」だそうです。平均を50とし、基本的に30~80の数字で表わされます。毎度申しますが、私は偏差値でその人間の価値のすべてが測れるとは思っていません。しかしこと「学力」を推し量る尺度としては、重要な指標となるはずです。

 そこでついでに、各大学の偏差値も当たってみました。さすがに国立大学は軒並み「60以上」とハイレベルです。東京大学は通常の偏差値表示はしていないようですが、全学部とも70以上と推察されます。ちなみに私学の雄である早稲田大学や、慶応大学はどうなのでしょう?
 まず早稲田大学。政治経済学部「65」、法学部「66」、理工学部「60~65」などとなっています。一方の慶応大学は、経済学部「65~67」、法学部「67~68」、理工学部「63~65」などと、さすがに両大学ともハイレベルです。 (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

さいはて-千鳥-冬の月

          石川啄木

  さいはての駅に下り立ち
  雪あかり
  さびしき町に歩み入りにき
         *
  しらしらと氷かがやき
  千鳥なく
  釧路の海の冬の月かな
…… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 26歳という短い生涯だった石川啄木には、「放浪時代」と呼ばれる一時期がありました。明治40年北海道で新生活を開かんと、それまでの故郷・岩手県渋民村での高等小学校の代用教員の職を辞し、同年5月妻子を盛岡の妻の実家に預け、単身北海道に向かったのです。以後短時日で、函館、札幌、小樽と移り住むことになります。

 そして翌明治41年(1908年)1月21日、啄木は釧路にやってきます。その時のようすを同日付けの『啄木日記』に、「19時半此釧路に着、停車場から十町許(ばか)り、迎へに来た佐藤、国司らと共に歩いて、幣舞橋(ぬさまいばし)といふを渡った」と記しています。 
 以後76日間釧路で暮らし、創業間もない釧路新聞社に勤務することになりました。啄木22歳の時のことです。

 初めて夜の釧路の町に降り立った時の感懐を詠んだのが、一首目の短歌です。
 「さいはての駅」というのはもっともなことで、当時鉄道は釧路までしか走っておらず、文字通り最果ての駅に啄木は降り立ったわけです。私の記憶でも、昔の冬の北の駅というものは、板張りの古ぼけた木造の駅舎で、その板壁に雪が白くへばりついていたりして、いずこも「さいはての駅」という感じがしたものです。
 そして駅も寂れていれば、これから歩み入る雪あかり町もまた「さびしい町」なのです。その前に函館、札幌と大きな町に住んできた啄木には、よけいそう感じられたことでしょう。その時の啄木には、『俺は最果てのこんな寂しい町に住まなければならんのか』という落魄の気分もまたあったことでしょう。

 この二首は、歌集『一握の砂』の「忘れがたき人人(一)」の中に並んで載っています。しかし二首目の短歌は3月17日の夜の事跡について詠んだもので、その間には2カ月弱の時間的経過があります。
 1月下旬せっかく釧路新聞に職を得た啄木でしたが、早やこの頃には上司であった主筆(しゅひつ)への不満を抱くようになり、東京での創作活動への憧れがつのり始めていました。ぼちぼち釧路を離れる決意を固めた頃の歌と言われています。

 「忘れがたき人人」は時系列的な配列になっており、小樽に残した妻の節子が(途中から妻子を北海道に呼んだ)小樽駅に見送りに来たことから、釧路に向かう車中、車外のようす、途中下車して止まった宿のことなど、「さいはての駅に」まで一気に20余もの歌を詠んでいます。しかしその後「しらしらと」の歌まで2カ月弱ものブランク。心躍らせて新天地に向かったはいいけれど、新聞社での勤務は心労多い修羅闘諍(しゅらとうじょう)の場。さしもの啄木の詩想の泉も塞がれて一歌も作れなかったのでしょうか。
 釧路を離れる決心の背後には、歌人としてのそんな切実な事情があったのかもしれません。

 3月17日といえば、関東以南ではそろそろ桜の便りも聞かれようかという時期です。だが最果ての地釧路ではまだ「氷かがやき 千鳥なく」真冬の季節なのです。この歌が生まれた背景について、また『啄木日記』を見てみましょう。

 「(前半省略)日景君は自分の初恋の話をした。失恋といふ事はしま男の性格まで変へるのかと思ふ。やがて帰って行って、佐藤と梅川残る。(注 「しま男」は日景君の名前だと思われるが、「しま」は旧漢字で表記できず。)
 二人が帰るといふので、門口まで送ると、戸外には霜かと冴ゆる月の影、ウッカリ下駄をつっかけて出た。心地よい。誰の発議ともなく、此間の晩の浜へ行った。汐が引いて居て砂が氷って居る。海は矢張静かだ。月は明るい。氷れる砂の上を歩いて知人岬(しれとみさき)の下の方まで行くと千鳥が啼いた。生まれて初めて千鳥を聞いた。千鳥 ! 千鳥 ! 月影が啼くのか、千鳥の声が照るのか ! 頻(しき)りに啼く。彼処(かしこ)でも此方(ここ)でも啼く。氷れる砂の上に三人の影法師は黒かった」 (明治41年3月17日『啄木日記』)

 一緒に知人岬の浜辺を歩いたのは、佐藤衣川子と梅川操だったようです。なお学術的には、この時期この場所で千鳥が啼くことはないと言われています。
 しかしそこは啄木の「詩的真実」と言うもの。久々に詩想が蘇り、啄木はその夜の浜辺で、心の眼(イメージ)で千鳥の姿を見、心の耳で千鳥の啼く声をしかと聴いたかもしれないではありませんか。

 (大場光太郎・記) 

| | コメント (0)
|

日本版CIAネットワーク

 安倍元総理が発議した「日本版CIA構想」は今でも機能している !?

 「小沢抹殺計画の黒幕は小泉だ」とする、『週刊ポスト』2月19日号は少し訂正が必要であるようです。というのも、フリージャーナリストで菅直人財務相の元政策秘書だった松田光世氏が、一連の「小沢疑惑」をでっちあげ検察の強制捜査を仕掛けている司令塔は、小泉元総理ではなく安倍元総理と小泉の秘書官だった飯島勲だと指摘している例もあるからです。幾つかの名だたるサイトでも、同氏の趣旨に沿って論を展開しておられます。当ブログでも以下に紹介したいと思います。

 まず安倍晋三はご存知のとおり、岸信介元総理の孫です。岸は再三述べておりますとおり、CIAによってA級戦犯を解かれ昭和30年代前半総理大臣となり、その後の対米従属を決定づけた「60年日米安保」の生みの親です。そんな祖父の岸を安倍はことあるごとに持ち上げていました。安倍が、岸や父親の安倍晋太郎からCIAエージェントの立場を引き継いでいることは十分考えられます。
 また安倍晋三は、カルト教団・統一教会や暴力団・山口組との親密な関係も問題視されていますが、これもまた祖父の岸信介以来引き継いでいることなのです。

 一方の飯島勲は、92年6月の小泉の愛人芸者“小はん”死亡事件では、小泉が小はんの居住マンションで首を絞め過失致死させた疑惑を「MOMIKESU(もみけす)」工作をするなど、小泉純一郎の数々の恥部を知る人物です。そのため小泉政権下では総理秘書官として重用され、その敏腕ぶりを怖れられました。
 小泉の総理退任、政界引退後は、小泉とは疎遠になったと言われています。事実最近では飯島の消息が聞かれることは少なくなっていました。しかしどっこい飯島は、今でも裏で自民党清和会の「闇の部分」を担当しており、政敵の追い落としの謀略を仕掛けているというのです。

 ところで安倍晋三は、総理在任中(06年9月~07年9月26日)「“日本版CIA”を創る」と息巻いたことがあります。しかしこの「日本版CIA構想」は、本人がみっともない理由で1年で政権を放り出してしまったため実現には到りませんでした。
 それは日本国民にとっては幸いでしたが、実は今日でもその時のネットワークが裏でしっかり機能しており、今回の小沢幹事長失脚、鳩山政権転覆などを水面下で画策、暗躍していると見られるのです。

 「日本版CIAネットワーク」はどのようなメンバーで構成されているのでしょうか?まず政治的には当然のように自民党清和会が中心です。検察は樋渡東京地検検事総長、警察が漆間元官房長官、防衛省が田母神元航空幕僚長、宮内庁が羽毛田宮内庁長官ら、いずれも「大いに問題あり」の連中ぞろいです。
 それに一連の小沢報道で大問題のメディアは、長年執拗に小沢一郎の失脚を狙い続けている秘密組織「三宝会」が関わっていると見られます。(これについては、いずれもう少し詳しく述べたいと思います。)
 それ以外にも、山口組、稲川会、住吉会などの暴力団、統一協会、創価学会、生長の家などの宗教組織なども絡み合って構成されているものと見られています。

 このような大変裾野が広い組織や連中が絡み合って、昨年末の「世論を正す会」「鳩山由紀夫を告発する会」「真実を求める会」という市民団体が結成され、小沢幹事長や鳩山首相を東京地検に告発したのです。東京地検は「待ってました」とばかりにそれらの告発に飛びつき、即捜査に乗り出したのは当然の話なのです。
 これらの市民団体は未だに正体不明の、ただただ小沢や鳩山の失脚狙いでにわかに作られた右翼系団体ではないかと見られています。

 (少し余談ながら)大マスコミは、告発された小沢サイドの情報はそれこそゲップが出るほど垂れ流したくせして、一方の当事者である告発した各団体については一切報道していません。これは「国民の知る権利」を無視したあり方というべきです。
 もっとも大マスコミは、押尾事件の“やり部屋”の主・野口美佳、朝青龍暴行相手の川奈毅についても、まったく同じスタンスです。マスコミにとっての「不都合な真実」は徹底的に隠すのが、新聞・テレビの汚い手口なのです。

 こういう組織や連中は、皆々50年以上に及ぶ自民党長期政権下でさんざん甘い汁を吸い続けてきた、吸血鬼、吸血組織なのであり、「政権交代」によってそれまでの各巨大利権が根絶される恐怖にかられ、「日本版CIAネットワーク」に結集し、最後の目いっぱいのはかない抵抗を続けているわけです。
 そしてそれを要の所から束ねているのが、安倍晋三であり飯島勲であると見られるのです。

 それでは小泉元総理はもう何の影響力もないのでしょうか?私はそうは思いません。というのも、小沢幹事長の政治生命が今後とも安泰であるとすると、小泉がライフワークとした郵政の完全民営化(郵政米営化)が、小沢や亀井らによって大きく軌道修正される可能性があるからです。
 郵政がらみでは、検察当局が本腰を入れて捜査すれば、小泉、竹中、西川元JP社長、宮内オリックス会長など、戦後最大級の「郵政大疑獄」になるものと見られます。検察人事の刷新(小泉一派の一掃)、郵政民営化の見直しの先に、「郵政疑獄捜査」があってもおかしくないわけです。そうなると俄かに背筋が寒くなってくるのが、小泉であり竹中です。
 「そうはさせじ」と、小泉純一郎は今でも“奥の院”から、安倍や飯島に極秘指令を出していると考えるのが妥当なところなのではないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

新田義貞の銅像盗まる

 いやあ、世の中にはとんでもない罰当たりな輩(やから)がいるものです。
 南北朝時代の武将として名高い、新田義貞(にった・よしさだ)の銅像が盗まれたというのです。盗難があったのは19日、場所は群馬県太田市の生品(いくしな)神社境内。そこにあった新田義貞の銅像がなくなっているのを、近くの住人が見つけたのだそうです。
 通報を受け県警太田署員が駆けつけると、銅像は台座から丸ごともぎ取られており、同署は窃盗事件として調べているとのことです。銅像は高さ約80cm。約1.8mの高さの台座に、足元がボルトで固定されていたそうです。

 今回の新田義貞公銅像もそうですが、近年どこぞの由緒ある寺院などの国宝級の仏像が盗難に遭うなど、通常人の感覚では信じられないような事件が起きています。彼らの最終目的は、盗んだ超骨董品をどこかで知られずに売りさばく、つまり「カネほしさ」なのでしょう。(ちなみに銅像の推定価格:240万円)
 何も仏教にかこつけるわけではないけれど、「末法濁世極まれり」「世も末なり」と思わせられます。

    七里ガ浜の 磯伝い
    稲村ヶ崎 名将の
    剣(つるぎ)投ぜし古戦場
 これは昔の小学校唱歌『鎌倉』の一番の歌詞です。ここで歌われている「名将」こそが、新田義貞です。せっかくの機会ですから、新田義貞公の事跡を簡単にたどってみることにしましょう。

 新田義貞は元弘3年/正慶2年(1333年)5月、後醍醐天皇の「鎌倉幕府討伐」の呼びかけに応えて、郷里の上野国(こうずけのくに)新田荘(現群馬県太田市新田)から挙兵し、一路鎌倉目指して“鎌倉街道”を馳せ上ります。その時はわずかに150騎ほどにすぎなかったといいます。
 義貞は途中、幕府軍と「小手指原の戦い」(現埼玉県所沢市)「分倍河原の戦い」(現神奈川県川崎市)で勝利し、勢いに乗ります。
 そして次の「関戸の戦い」(現東京都府中市)では大勝利を収め、一気に藤沢まで攻め込みます。その頃では新田軍は何と数万の大軍になっていたといいますから、時の勢いとは凄いものです。

 そこから鎌倉まではもう指呼(しこ)の間です。当初義貞は鎌倉に突入するルートとして、順当に陸路を想定しました。つまり化粧(けわい)坂切通し方面、極楽寺坂切通し方面、巨福呂(こぶくろ)坂切通し方面の3ルートです。
 しかしその頃の鎌倉は、三方を山に囲まれ一方は海に囲まれた、さながら天然の要塞都市の様相です。そのため北条幕府は地の利を生かして、籠城戦に持ち込もうとしたわけです。
 確かに新田軍がいざ陸路から攻め込もうとしても、いずれの切通しも狭隘(きょうあい)な山道で行軍が容易ではありません。

 そこで新田義貞は陸路をあきらめ、奇襲作戦を思いつきます。それは稲村ヶ崎を海沿いに迂回して、鎌倉に攻め入る作戦です。しかし見れば、稲村ヶ崎の切り立った断崖には、潮がひたひたと押し寄せています。とても大軍を進められる状況ではありません。
 その時新田義貞は、七里ヶ浜で待機している軍勢を前に、一人粛々と浜辺の渚(なぎさ)すれすれの所まで進んでいきます。そして海に向かって、やおら先祖伝来の家宝の剣を取り出して両手に捧げ持ち、海神(わだつみの神)に祈りを捧げたかとみるや、剣を一気に海中に投げ込んだのです。

 その途端うそのように潮がスーッと引き、大軍がちょうど通れるほどの俄か道ができたではありませんか。あらたかな海神の霊験を目の当たりにした全軍は、欣喜雀躍なだれを打って鎌倉に攻め入ったのでした。
 幕府軍は潮が引いたおかげで、戦艦が沖の遠くに流されるは、予期せぬ新田軍の襲撃で総崩れになるはで、あっという間に壊滅してしまいます。遂には幕府の執権・北条高時(ほうじょう・たかとき)の一族を、その菩提寺である東勝寺で自害させ、義貞は挙兵からわずか14日で鎌倉幕府を滅亡に追い込んだのです。

 唱歌『鎌倉』と共に、新田義貞が海神に祈りを捧げ海に剣を投げ込んだ故事は、ご年配の方ならどなたもご存知の日本史上の名シーンの一つです。しかし冷静に考えれば、軍略の天才だった義貞は、地元の漁師などからの情報収集により、予め引き潮の時刻を正確に把握していたに違いありません。
 これから攻め込む北条幕府はかなり手ごわい相手です。何とか全軍の士気を鼓舞する必要があります。そこで編み出したのが、海に剣を投げ込むセレモニーだったと、今では考えられています。

 なお、今回盗まれた銅像は、その時の新田義貞が剣を両手に捧げ持っている姿だったようです。どうぞ一日も早く、無事銅像が戻ってきますように。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

小沢捜査は小泉元総理が黒幕?

 昨年春の大久保元秘書逮捕は、「かんぽの宿スキャンダル」隠しだった !?

 今月4日の東京地検の小沢幹事長「不起訴決定」前後から、マスコミ界にも少しずつ変化が現れ出しているようです。例えば『週刊朝日』は、不起訴決定以前から東京高検・大鶴基成検事らの驚くべき検査リークの実態を特集していました。また同誌2月12日号では、小沢vs検察バトル記事の隣に、『日本で犇いているCIAスパイたち』という「よくぞここまで !」と賞賛したくなる記事を挿入しています。
 もちろんCIAの息がかりでかつ旧体制勢力である、大新聞、テレビなどは相も変わらず、その後も小沢・民主党バッシングに終始しています。がしかし、マスコミの一角からこのような「真実情報」の一部が漏れ出したことは、この国が大きく変わるための第一歩と大変喜ばしく思います。

 そしてこのたび『週刊ポスト』2月19日号で、『小沢抹殺計画の黒幕は小泉だ』というスッパ抜き記事が掲載されました。言われてみれば確かに、検察サイドの人事はトップから現場まで小泉政権下で登用された人物(小泉人脈)で固められていることも事実です。そのことから同誌は、小沢捜査の黒幕は小泉元総理だったと断じているのです。

 そもそも小泉が検察を掌握することになったきっかけが、政権発足直後の2001年にありました。それは「検察の裏金問題」です。ご記憶の方もおいでかもしれませんが、当時これが大きな社会問題化しつつありました。
 ことの発端は検察内部の告発によるものです。当時神戸地検検事正であった加藤駿亮が、地検の「調査活動費」を本来の捜査活動に使わず、私的な飲み食いなどに充てていたというものです。その告発者とは、加藤の部下であった三井環(みつい・たまき)大阪高検公安部長です。実は加藤駿亮は、次の人事で高検検事長への栄転が決まっていましたが、告発により小泉元総理はこの人事を一時凍結していたのでした。

 同人事の解決を迫られた時の原田明夫検事総長は、首相官邸に小泉を訪ね、人事の承認を求めたのです。原田が小泉と直談判に及んだのは、高検検事長の任命権は法務大臣ではなく総理にあるからです。
 その時小泉が世に喧伝されたように真の改革者であったなら、これは明らかに検察全体の裏金隠しにつながるわけで、そんな横槍など即座に突っぱねたことでしょう。しかし実際はどうだったか?似非(えせ)改革者小泉は、その時『何かの時のために、今ここで検察に貸しを作っておいた方がいい』と、悪魔の判断をしたのです。
 結果小泉は、何事もなかったかのように加藤を福岡高検検事長に任命し、こうして「検察改革」の絶好の機会となるべきだった、検察全体が蝕まれているといわれる「裏金問題」を闇に葬ってしまったのです。

 その結果内部告発した三井環氏はどうなったのでしょうか?02年テレビ朝日の『ザ・スクープ』が検察の裏金問題を取り上げようとして、三井氏のテレビ収録が予定されていたまさにその日、三井氏は大阪地検特捜部に逮捕されたのです。
 三井氏はその後起訴され刑が確定しましたが、罪状は「詐欺」と「収賄」。収賄といってもわずか22万円の接待を受けただけ、詐欺に到っては完全な形式犯でした。検察が検察幹部を逮捕、起訴するなど前代未聞の事態ですが、これは検察にはびこる裏金問題がこれ以上国民に知られることを怖れた、検察全体の防衛意識によるものであることは明らかです。

 一方検察に大きな貸しを作った小泉は、徐々に検察全体を小泉の息のかかった一派で固めていくことになります。その結果鈴木宗男事件、日歯連事件における村岡兼造逮捕といった、国策捜査がまかり通ることになったのです。
 昨年3月3日の小沢氏元秘書の大久保隆則の逮捕も、その一環と見ることができます。思い起こせば当時は、「かんぽの宿問題」で日本中が沸騰していた時期でした。直前の3月1日テレビ朝日の『サンデープロジェクト』で、亀井静香vs竹中平蔵のバトルトークが展開されたそうです。その時亀井は、かんぽの宿不正取引疑惑をめぐって、竹中に向かって「東京地検特捜部に告発しますよ」と爆弾発言をしたといいます。これに竹中は真っ青になりブルブル震えていたそうです。これによってかんぽの宿問題は、さらに拡大する様相を見せ始めたのです。

 しかし「地検特捜に告発しますよ」という亀井氏の発言は、いくら元警察官僚だったとはいえ、当時の検察は小泉一派で固められていることを知らなかったがための発言というべきです。反小泉の急先鋒の亀井がいくらいきり立って竹中を告発しようとしても、検察に握りつぶされてしまうのがオチなのです。実際小沢問題などより、はるかに悪質で大掛かりな「かんぽの宿疑獄」に対して、東京地検が捜査に着手したなどという話を聞いたことはただの一度もありはしません。
 それどころか、亀井氏の爆弾発言の2日後の大久保秘書逮捕によって、民主党小沢代表(当時)がらみの西松建設事件の方が大ごとだとなり、かんぽの宿はそれ以降すっかり掻き消えてしまったのです。
 
 平成の大悪党・小泉純一郎の高笑いが聞こえてきそうな展開です。 

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

冬季五輪あれこれ

 そういえばバンクーバーオリンピックが始まっていたのでした。最近はオリンピックそのものにさして関心がなく、一昨年の北京オリンピックもろくに観戦せず、ニュースで日本選手の競技結果を知るくらいなものでした。まして冬季五輪では余計そうなってしまいます。
 こんな私も以前は決してそうではなく、我が国で開かれた98年2月の長野五輪の時は、けっこうテレビ観戦していました。中でも“日の丸飛行隊”の男子ジャンプははじめから終わりまで全部観て、「原田ガンバレ」「葛西ガンバレ」などと声援を送っていました。

 特にラージヒル団体戦は最後までどうなるか分からず、手に汗握る戦いでした。結果は日の丸飛行隊が、見事金メダルを獲得。あれは本当に感動ものでした。
 しかし長野五輪終了後ルールが変更され、その後日本人選手がまるで活躍できなくなったのは残念です。考えてみれば、近代オリンピックの創始者はピエール・クーベルタン男爵、フランス貴族です。かようにIOCも国連もIMFもGATTも何もかも、国際組織は悉く欧米主導で発足・設立したものばかり。皆々「欧米白人種の欧米白人種による欧米白人種のための組織」であるわけで、すべてのルールが彼らに都合の良いように変えられるのは致し方ありません。
 とは言いつつも、日本やアジアやアフリカから、世界をリードするような国際機関が生まれないものだろうか?と願うきょうこの頃です。

 私の無関心などお構いなしで、競技そのものはどんどん進行しているわけでー。
 つい先日はモーグル女子で、上村愛子(30)が大健闘したもののメダルに一歩及ばず惜しくも4位でした。また「腰パン騒動」でだいぶ物議をかもした男子スノーボードハーフパイプの国母和宏(21)は、年季の入ったワルらしく、そんな批判などどこ吹く風で軽く決勝進出。しかし決勝ではアッとうならせる大技を繰り出したものの、着地をミスしての8位入賞。02年ソルトレイクシティ五輪で中井孝治がマークした5位以上は叶いませんでした。

 ワルといえば、フィギュアスケートの男子ショートプログラムの高橋大輔(23)や小塚崇彦(20)なども、かなりワルっぽいご面相です。日本史中最大のワルだったかも知れない織田信長を遠い祖先に持つという織田信成(22)が、一番可愛く見えるのは皮肉です。
 しかし国際大会で外国人強豪相手に互角以上の勝負をするには、ある程度「ワルの要素」がないとダメなのかもしれません。それが効を奏したか高橋選手は自己最高の90.25点の3位と、トップのプルシエ(ロシア)に0.60点差の絶好の位置につけました。また織田選手は84.85点の4位、小塚選手は79.59点の8位、次のフリーの結果次第では3選手とも十分金メダルを狙える好位置につけています。

 また前大会以来すっかり人気種目になったカーリング女子。ご存知“チーム青森”の「クリスタル・ジャパン」にも注目です。緒戦のアメリカ戦では大接戦の末、最終エンドでメジャー判定という際どい勝負に持ち込み見事勝利しました。
 2戦目のカナダは世界ランク1位の強豪チームで、しかも地元です。そのカナダとも息詰まる抜きつ抜かれつの大接戦を繰り広げ、結果的に最終の第10エイドで2点を奪われ惜しくも逆転負けしました。しかし世界王者相手に一歩も引かない大健闘は大いに評価でき、今後の「カー娘」の活躍がますます楽しみです。

 ところで日本勢でこれまでの最大の収穫は、何といっても男子スピードスケート500mです。長島圭一郎(27)が銀そして加藤条治(25)が銅と、今大会日本選手団初のメダルを獲得しました。何でも同種目は、84年サラエボ大会から6大会連続で表彰台に立っていたものの、前回のトリノ五輪ではメダルを逃したのだそうです。
 また同種目で2人表彰台に立つのは、92年アルベールビル大会の黒岩敏幸(銀)、井上純一(銅)以来のことで、今回の偉業には「ニッポンのお家芸復活」とも讃えられ、その後に続く日本選手たちの励みにもなると期待されています。

 長島、加藤両選手とも、日本電産サンキョーという会社のスケート部所属だそうです。前身はスピードスケートの名門・三協精機製作所で、故山田正彦名誉会長自身がスケート選手だったようです。しかし経営不振により、スケート部も廃部の危機を迎えた03年10月に日本電産の傘下に入ったそうです。
 日本電産の水守重信会長(64)が「スピードスケート発展のため」として、ポケットマネーから資金を拠出、それで何とか同部が存続できたというのです。清水宏保、大菅小百合そして今大会に出場している女子の吉井小百合も同社スケート部所属だといいます。
 今回同社は、長島に1,000万円、加藤に600万円の五輪報奨金を出しますが、そのうち半分は同会長のポケットマネーだそうです。

 私はそれまで両選手とも知りませんでした。しかし少し知るに及んで、特に銅メダルの加藤条治選手に関心を持ちました。というのも、加藤は私と同じ山形県出身であるからです。「雪国・山形」からすれば、もっと早く冬季五輪で大活躍する選手が続出してもおかしくはありませんでした。
 しかしそこは「スポーツ後進県」の悲しさで…。他のどのスポーツ界を見渡しても、山形出身の名選手などほとんどいないのが実情です。(辛うじてプロ野球の広島カープで、4番を張れる栗原健太一塁手がいるくらい。)

 そんな中での今回の加藤選手の活躍です。それに試合直後の言い方が良いではありませんか。加藤は「…金メダルがほしかった。銅メダルがこんなに悔しいものだとは思わなかった」と涙を浮べたというのです。
 私をはじめ(笑)口下手で口の重い山形県人から、こんな強気なコメントが聞かれるなんて ! 加藤条治よ。君はまだ若い、将来がある。次の大会では必ず金を獲ってくれ !

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

雪明り町

  故郷(ふるさと)の雪明り町想ふかな   (拙句)

 立春はとうに過ぎたというのに、このところ連日寒い曇り空が続いています。それは冬の曇天だけに、重苦しい鉛空(なまりぞら)と形容したくなるような空模様です。
    氷解(と)け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ
    さては時ぞと 思うあやにく
    今日もきのうも 雪の空
    今日もきのうも 雪の空   (『早春賦』2番)

 当地では近くの中津川辺は依然冬枯れた様相で、いまだ「葦は角ぐむ」という風情ではありません。それに先日お伝えした近所の水路道のふきのとうも、あれから全然伸びる気配なく、この寒さであの時のままずんぐり縮こまった状態です。
 神奈川県県央地区の当地はさすがに、「今日もきのうも 雪の空」はないものの、『それにしても寒いなあ』と恨めしげに空を見上げるきょうこの頃です。

 ところが17日夜10時少し前、たまたま小用で車で市内を走っていましたところ、途中からにわかに雨がちになりポツリポツリと車のフロントガラスに雨粒のようなものがかかり出したのです。そのさまを見ながら運転していましたが、雨にしてはようすが変なのです。それはフロントガラスにべタッと引っつきながら消えてゆきます。白とははっきり言えないけれど、どうも霙(みぞれ)っぽい感じなのです。

 なおも走り続けていますと、今度は少しずつ霙から雪状に変わってきました。見る見る白くなり、我が車めがけて斜めから吹きつけてくるのです。決してもさもさという感じではないにしても、明らかに白い雪に変わりつつあるようです。
 ある所で車を停めて、街灯のあたりを見上げてみるに、細かい粉雪が小止みなく降り続いています。気まぐれな風に煽られて、行方定めぬ不確かさで、暗い夜空をふわふわさまよって斜め横に流されていきます。
 今度は落ち行く先の地面に目を転じますに、黒く濡れていかにも冷たそうなアスファルト路面に、吸い込まれるようにして消えていきます。

 この分では、けっこう降り積もって明日の交通機関に影響する、そんな具合でもなさそうです。しかし『それでもうっすらとは積もるかな?』くらいの感じです。

 これまで度々述べてきましたように、私が生まれ育ったのは山形県内陸部の東置賜郡宮内町(現南陽市宮内)です。かなりの豪雪地帯です。例年新年早々から3月上旬頃まで、町全体が根雪にすっぽり閉ざされます。そのため我が地方では(多分東北地方全体がそうだったと思いますが)子ども時分夏休みを短縮し、その分1月末から2月にかけて2週間ほど“冬休み”があったくらいです。

 そんな中、中学校や高校の時、しんしんと冷え込む夜中町の通りを歩いているとします。当時(昭和30年代後半から40年代前半)は、今のように街灯などというシャレた灯りはほとんどなく、電柱の途中に丸いカサを被った裸電球が取り付けてありました。そんな薄暗い灯りが、ポツリポツリとあるくらいなものでした。
 暗いといえばけっこう暗かったはずです。しかしさほど暗いとも、うす気味悪いとも思わずに、そんな夜道を平気で歩いて行けたのです。なぜかほんのり明るんで見え、雪の夜道はさして苦にならないのです。夜の暗さの中で、周り中の根雪が町の景色を仄白く照らし出してくれるような具合だからです。

 そんなことは、実際毎冬根雪に閉ざされて暮らす雪国の人たちにとっては、当たり前の見慣れた光景であるわけです。しかし私のように高校を終えて郷里を離れ、滅多なことでは雪が降らない首都圏で40余年も暮らしている者にとって、それは懐かしいノスタルジックな思い出です。故郷の「雪明り町」はだいぶ神秘化された夜の白い幻想世界となって、時たま脳裏によみがえってくるのです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

何で今?中曽根「もみ消し文書」発覚

 アメリカユダヤは自民党に見切りをつけ、民主党にシフトし始めたのではないか?

 12日付朝日新聞に掲載された控えめな記事が、大きな波紋を広げています。
 あのロッキード事件が発覚し、日本中が大揺れだった1976年(昭和51年)2月、時の三木内閣下で自民党幹事長だった中曽根康弘氏から、米国政府に同事件の「もみ消し要請」があったとする公文書が米国で見つかったというものです。
 同文書は、76年2月20日にJ・ホジソン駐日米国大使(当時)から米国務省に届いた公電の写しで、米国公文書館の分館に保存されていたものだそうです。

 そもそもロッキード事件(以下「ロ事件」)は76年2月4日の米議会で暴露されたのが発端でしたが、ロ社の裏金が渡った日本政府高官の名前は伏せられていました。今回の文書によりますと、中曽根は同月18日の晩米国大使館の関係者に接触して、自民党幹事長としてのメッセージを米政府に伝えるよう依頼し、「もし実名リストが公表されると、日本の政治は大変な混乱に投げ込まれる」「できるだけ公表を遅らせるのが最良」と言ったとされます。
 さらに翌19日朝、中曽根はダメ押しするように、要請内容を「もみ消すことを希望する」に変更したとされます。文書には、中曽根の言葉としてローマ字で「MOMIKESU(もみけす)」と書いてあるといいます。

 今回の朝日記事は、中曽根大勲位の赫々たる政治的功績やその90余年の全人生を一挙に否定するほどの強いインパクトを持つものです。それのみか、50余年の自民党政治、戦後日本史に深刻な影響すらはらんでいる機密情報リークだと見られています。それはもちろん朝日新聞単独で掲載できるようなものではなく、米国サイドからの強い働きかけによるものだと思われるのです。これは当然親CIA新聞の読売などは真っ先に持ちかけられたことでしょう。しかし読売のドンのナベツネは、戦後間もなくの頃から中曽根とは旧知の仲、「親米反中ライン」でしっかり結ばれた同志でもあります。そういう事情から読売は辞退、産経などもそれにならったものと考えられます。

 そもそも今回発覚した文書は、08年には機密指定解除されていたといいます。それがなぜ今この時期だったのでしょうか?ズバリ「小沢一郎からの(米国サイドへの)要請なのではないか?」と、うがった見方をする人もいます。出所は現オバマ政権(アンチ戦争屋政権)であるわけですから、親戦争屋の日本のドン格の中曽根に対する遠慮など全くないわけです。そしてこのリークを、何と戦争屋(D・ロックフェラー)サイドが黙認したというのです。

 「小沢氏からの要請」とはどういうことなのでしょうか?今回のタイミングで30余年前のロ事件をぶり返されて最も困るのは誰か?中曽根本人はもちろんですが、ロ事件を直接手掛けた東京地検特捜部が一番困ることになるわけです。というのも、ロ事件に中曽根が関わっていたことが暴露されると、地検特捜の捜査の公平性、正当性が根底から崩れることになるからです。
 裏を返せば小沢一郎は、それを狙っていてもおかしくないのです。一つは国民に自身のダーティイメージを定着させた今回の一連の捜査によって。もう一つは師と仰ぐ田中角栄の汚名を晴らすためにも。二重の意味で小沢は、地検特捜には「怒り心頭」であることでしょう。

 確かにロ事件で有罪とされたのは田中角栄元総理であり、中曽根元総理は罪に問われませんでした。しかし当時から、ロ事件で賄賂金額が大きかったのはP3C哨戒機商談の方であり、トライスター旅客機商談ではないと言われていました。ところが地検特捜が追及したのはもっぱら田中のトライスター旅客機商談賄賂だけで、中曽根が関与した疑惑のあるP3C商談賄賂の方は一切不問に付されたのです。
 今回の中曽根機密文書暴露によって、肝心のP3C賄賂を地検特捜は立件しなかったことが、改めて証明されたことになります。

 戦後政治史上最大の疑獄と言われたロ事件で、なぜそんな恣意的な捜査が行われたのか?これはもう再三述べましたとおり、地検特捜はアメリカユダヤ→CIAの支配下にあることの動かぬ証拠となるものです。今回の小沢捜査と基本的に同じ図式で、アメリカ様からの「邪魔者・田中角栄を抹殺せよ」との極秘指令に基づくものだったのです。

 それにしても、小沢不起訴といい今回のもみ消し文書発覚といい、潮目は明らかに変わりつつあるようです。すなわちアメリカユダヤ(主にD・ロックフェラー)は、戦後長期間忠実な犬としてつかえて来た自民党を見限ったということです。彼ら一流の情報分析により、「泥舟の自民党は最早使い物にならない」と結論づけ、大きなリスクを伴うかもしれない民主党政権の方にシフトし始めたのかもしれません。

 そうなると難しいのは、民主党のアメリカユダヤへのスタンスの取り方です。我が国が抱えている深刻な事情からして、自民党のような対米従属一辺倒はもう取れないでしょうし、また取らないでしょう。ここでも小沢幹事長の政治的力量はどうしても不可欠です。小沢は、アメリカユダヤの怖さを誰よりもよく知っていると言われます。是々非々、ケースバイケース、のらりくらり、押してもダメなら引いてみな…。言い方はさまざまにできますが、そんな機略縦横の駆け引きをアメリカに対してできるのは、日本の政治家の中では小沢一郎しかいないはずです。

 問題は東京地検です。実は検察上層部も、昨年末自民党清和会とは手を切ったという情報もあります。そういう事情もあって、特捜部の暴走を上層部が何とか押さえ込み、小沢不起訴となったという側面もあったようです。
 小沢を中心とした民主党幹部は、人事などで検察改革を断行して清和会(小泉一派)の残党を一掃すべきです。そして遅まきながら、改めて中曽根康弘、森喜朗、小泉純一郎らの巨悪の捜査に着手させるべきです。そうすれば「お上意識」の強い国民は、この連中が検察から事情聴取を受けた、逮捕・起訴されたとなると、そこで初めて「戦後日本政治史とは何であったのか」を真に認識することになると思われるのです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (2)
|

蝶堕ちて

          冨沢赤黄男

  蝶堕ちて大音響の結氷期

…… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 冨沢赤黄男(とみさわ・かきお) 明治35年、愛媛県川之石町生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。「ホトトギス」「泉」「青嶺」に加わり、「旗艦」創刊にこたえた。応召して工兵将校となるが、戦後「太陽系」「火山系」「詩歌殿」をリードし、「薔薇」を主宰した。「俳句評論」のリーダーでもあった。詩人的才質と教養によって、実存的な、鋭い詩意識の俳句詩を創り出した。句集に『天の狼』『蛇の笛』『黙示』がある。昭和37年没。 (講談社学術文庫・平井照敏編『現代の俳句』より)

 この句における蝶とは「凍蝶(いてちょう)」、つまり冬蝶のことです。ぎりぎり晩秋の頃草むらの上を、小さな蝶がゆらゆら頼りなげに浮いているのを見ることがあります。しかし冬に入ってまで、蝶を見かけることなど滅多にあることではありません。
 しかし冨沢赤黄男はあえて「冬蝶」を句の中に持ってきて、しかも結句で「結氷期」とさらに冬の季重なりという荒わざを用いています。

 上の略歴だけみても赤黄男は、いわゆる高浜虚子流の「花鳥諷詠」のみでは飽き足りない、詩人的素養を持っていたことが、この句からも十分うかがえます。この句はまさに日米開戦に突入しようかという、昭和16年刊行句集『天の狼』に収録されています。当時の他の句もそうですが、戦後の句では?と思われるような新しい感覚の句がちりばめられているのは驚きです。

 蝶堕ちて = 大音響の結氷期
と、左項と右項は何の因果かダイレクトに結びついています。私たちのごくありふれた日常世界では、蝶が堕ちたという原因が、即大音響と共に氷が結氷するという結果に到ることなど、まずあり得ません。

 しかし倦怠と幻滅と減衰が支配する日常世界を一歩踏み越えた、新鮮な驚異とときめきの「詩的世界」では、一切の事象が一変してしまうのかもしれません。そこでは、およ重量とてあるかなきかの蝶が、冬という万物が死滅する季節に殉じて死なんとし堕ちていく。命まさに尽きなんとするその荘厳さに、氷さえそれを悼んで大音響を轟かせながら結氷するかもしれないのです。

 「北京で木の葉が落ちると、ニューヨークで誰かがくしゃみする」と言います。「シンクロニシティ(共時性)」とは、おそらくこの世の通り一遍の“原因結果の法則”を超えて働く現象なのでしょう。私たちがこの世の固定観念、社会通念などにガチガチに呪縛されている間は、「見れども見えず」で、かかるシンクロニシティが実は日常身の回りで、ごく普通に起きていることに気づくことはないのでしょう。
 
 そうです。赤黄男はこの句で図らずも、最近言われ出した「シンクロニシティとは何か?」ということを示してくれていように思われるのです。それが可能なのは、「生きとし生けるものは、深いところですべて一つに結ばれている」と心底観じ得る共感力(シンパシー)によってです。『えっ。氷(水)が生きているだって?』。ええ、もちろんですとも。
 
 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

CIAトライアングル

 東京地検特捜部、大手マスコミ、自民党は、凶暴な戦争屋・CIAを母体とする国民にとって有害無益な組織である

 年初以来1ヵ月以上、この国ではいかに「民主主義」が正常に機能していないかということを、特に「心の眼」の開いた人たちはしっかり再確認してきました。一連の小沢土地問題です。
 同問題をめぐる地検特捜部の捜査状況、そして世間に対して「風を吹かせる」ために検察が意図的に流すデマ、捏造に満ちたリーク情報を連日土石流的に報道し続けた新聞・テレビ、さらにはそれを針小棒大的に国会で取り上げ、国民にとって緊喫の課題である予算案審議などそっちのけの、小沢幹事長や鳩山首相の「政治とカネ」を取り上げる自民党は大問題です。

 東京地検は霞ヶ関官僚群を代表する「官」、新聞・テレビなどの大手マスコミは財界を代表する「財」、そして自民党は50余年にもわたって政権与党にあり続けた「政」そのものといえます。つまり自民党ー東京地検ー大マスコミは、いわゆる「政官財」といわれる旧自民党政権下でのグチャグチャの利権癒着構造を代表する、言ってみれば「旧体制勢力」そのものであるのです。

 その上東京地検、大マスコミ、自民党にはもう一つ、一般国民には隠された重要なラインでつながっています。当ブログでも何度か述べてきましたとおり、いずれもがディビット・ロックフェラー一族→アメリカユダヤ勢力→戦争屋・CIAの息がかかっているということです。
 簡単に復習してみますとー。地検特捜部は、戦後間もなくの米国GHQ占領時代その肝入りでスタートした機関なのでした。地検特捜部は、その後GHQの一部門から分離して創設されたCIA(米中央情報局)のコントロールに移り、現部長の佐久間達哉がそうであるように、代々の特捜部長らトップは全員CIAの秘密教育を受けているのでした。

 また55年(昭和30年)に創設された自由民主党は、CIA資金(元はといえば、GHQが日本から没収した旧日本軍の隠退蔵物売却益数十兆円の一部)によって発足した政党なのでした。
 A級戦犯だった岸信介は、米国の間接統治上利用し得る人物と見込まれ、CIAの援助によって総理大臣に就任。その在任期間中、半永久的対米従属を決定づける「60年安保」を締結した張本人です。岸の弟の佐藤栄作、その子分の福田赳夫以来自民党清和会は一貫して「対米従属」であり、よってアメリカ様のご機嫌ことのほか麗しく、以後清和会の大物森喜朗や小泉純一郎らは脛に傷持つ身ながら大安泰の政治活動なのでした。

 自民党最後の総理・麻生太郎に到るまで、歴代の自民党政権下で日本が買い支えてきた米国債は700兆円もの膨大な額に上るといいます。何のことはない、今日国・地方合わせた深刻な国家借金と同額くらいの国内資産がアメリカに流出したのです。申し上げておきますが、これは二度と返済されることはありません。
 また対米隷属が極まったのが小泉・竹中ラインの時で、小泉政権時米国からの「年次要望書」によって、米国から毎年のように郵政民営化を急ぐよう恫喝されていました。米国は郵貯・簡保合わせて3百数十兆円といわれる郵政を民営化させることにより、米国に差し出させたかったのです。小泉・竹中自身は、完全民営化の暁には両者併せて「3兆円の成功報酬」を受け取れることに目がくらみ、浅ましい売国奴に成り下がりました。

 自民党の売国奴的政策決定、東京地検の全く国益にはならない米国と距離をおく(非売国)大物政治家の逮捕を、節目節目でそれを側面から支援し世論を扇動してきたのが新聞・テレビです。
 今回の小沢問題は、読売新聞が元旦記事で火をつけ、それが他の新聞やテレビに一斉に飛び火したように、読売グループや今回の陰の仕掛け人・電通がマスコミ界の「要の位置」にあるのは間違いなさそうです。読売創始者の正力松太郎も、元はA級戦犯でした。正力の場合も岸と同じく戦犯を解かれ、読売新聞・日本テレビという親米世論形成のマスコミを創ることをCIAに命じられ、PODAM(正力のCIAコードネーム)としてそれを忠実に実行し、今日の読売グループの総帥である渡辺恒雄にそのまま引き継がれているわけです。

 こうしてみますと、東京地検ー大手マスコミー自民党、すべてディビット・ロックフェラー→CIAのコントロール下にあることは明らかです。ディビットは「世界帝王」と怖れられ、刃向かう各国要人は、失脚、暗殺容赦なしの大暴君です。CIAは米国軍産複合体の利益のため、世界中に紛争、戦争をばらまき、時として「9・11」のようにWTCビルにミサイル搭載の小型自動操縦機を突入、崩壊させるということまでやってのける、凶暴な世界的広域暴力団です。
 東京地検、大手マスコミ、自民党は、そんなデイビットRF→CIAの走狗組織なのであり、主権者たる「日本国民の利益のため」などいう発想は最初からないのです。

 日本の真の独立にとって、東京地検ー大マスコミ(電通を含む)ー自民党の「CIAトライアングル」は何より大きな障害です。解体的出直しが必要です。「真の独立」を考える場合、アメリカユダヤ→CIAの影響を排除することは避けて通れないからです。

 昭和30年代初め頃、沼正三という作家の『家畜人ヤプー』という奇譚的SF、SM小説が知識人の間で大評判となりました。その中には白人のご主人様の排泄物を嬉々として舐め、ほおばるヤプー(旧日本人の家畜名)の姿が描かれています。三島由紀夫、澁澤龍彦、寺山修司らが激賞したと伝えられていますが、戦後60余年の対米隷属ニッポンの姿を予言した小説だったといえないでしょうか?
 (なお、同小説は今年映画化公開の予定のようです。)

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

零る雪はあはにな降りそ

                            穂積皇子

  零る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに

                       (万葉集巻2・203)
  (読み方)
  ふるゆきは/あわになふりそ/よなばりの/いかいのおかの/さむからまくに
 …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… 
《私の鑑賞ノート》
 穂積皇子(ほずみのみこ) 天武2年(673年)?~和銅8年(715年) 奈良時代の皇族、政治家。天武天皇の第5子(または第8子)、母は蘇我赤兄の娘・蘇我大娘。慶雲2年(705年)9月、知太政官事に任ぜられ、太政官の統括者となる。翌年右大臣に準じて季禄を賜る。和銅8年元旦朝賀に際し、一品に叙せられる。同年7月27日薨去す。

 一読「悲愁胸ふさがる」というような哀切極まりない歌です。数多(あまた)ある万葉歌の中でも、私はこの歌と大津皇子、有間皇子の歌の三歌を「三大悲歌」と言いたいと思います。大津皇子、有間皇子の歌は(いずれご紹介できればと思いますが)、謀反の咎(とが)により自身が死を賜ったみぎり、辞世の歌として詠まれたものでした。この歌の場合、穂積皇子自身がそのような憂き目に遭遇しているわけではありません。
 しかし哀切極まりないのです。なぜか?かつて皇子最愛の人であった但馬皇女(たじまのひめみこ)が薨去したその冬に、皇女を偲んで詠まれたのがこの歌であるからです。

 歌の大意は、「今降り続いている雪よ。あまり降らないでおくれ。皇女の墓のある猪養の岡がよけい寒くなってしまうから」というのです。ここで「吉隠の猪養の岡」とは、旧奈良県磯城(しき)郡初瀬町(現桜井市初瀬)の東北にあったという岡のことで、今現在位置は特定できないようです。
 和銅元年(708年)6月25日推定34歳で薨去した但馬皇女は、この岡の御墓に葬られたのです。それを遠くから見ている皇子が、皇女を偲びながら詠んだ歌です。

 但馬皇女は、父が天武天皇、母が後の藤原氏の始祖となる中臣鎌足(なかとみのかまたり)の娘・氷上大刀自(ひかみのおおとじ)です。
 2人の関係は正式な婚姻によるものではなく、今でいう道ならぬ「不倫の恋」だったようです。というのも、穂積皇子20歳、但馬皇女17歳(推定)の2人が関係を結んでいた当時、皇女は高市皇子(たけちのみこ)の香具山宮にいたからです。諸説あるようですが、皇女は天武天皇の長子である高市皇子の妻であったと見られるのです。
 なお2人は、天武天皇を父とする異母兄妹になります。ここから今日的には近親相姦という禁忌(タブー)にも触れるわけですが、高市皇子ともそうであったように、上古ではそのような近親婚は珍しくなかったようです。

  人言(ひとごと)をしげみ言痛(こちた)みおのが世にいまだ渡らぬ朝川わたる
                                  (万葉集巻2・116)
 これは但馬皇女が、穂積皇子との恋を詠まれた歌です。皇子に逢うために密かに夜訪れ、帰りに朝川を渡ったというのです。当時女が男の許(もと)に通うのは稀だったことから、皇女の皇子に対する恋情、思慕の激しさがうかがわれます。

 しかしこの密通の恋はやがて露見することになります。結果穂積皇子は、近江志賀の寺に一時謹慎となり、2人はいつしか疎遠となっていきます。以後皇子は政治官僚として手腕を発揮していくこととなりました。
 皇子が功なり名遂げた頃、但馬皇女薨去の報に接します。その年の冬に詠まれたこの悲歌には、但馬皇女は今は遠い猪養の岡の土の下に骸(むくろ)となって眠っている、あヽあんなにも純粋に激しくこの私を慕ってくれたのに、悲恋発覚後まもなく兄の高市は薨去したというのに、私は皇女を見捨てて政治的野心に走ってしまった、そんな皇子の悔恨の想いもこめられているのかもしれません。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

第23回サラリーマン川柳

 今年の優秀作100選を発表 !

 前回も『第22回・サラリーマン川柳』記事を公開しました。あれからもう1年が経ったわけで、改めて1年はあっという間だと実感させられます。主催の第一生命保険は10日、今年も23回『サラリーマン川柳コンクール』の優秀作を発表しました。
 今年の応募総数は29,215句にのぼり、サラリーマンの悲哀を詠んだユーモアたっぷりの句が勢ぞろいだったようです。
 今年の傾向は、昨年の流行語大賞にもノミネートされた“婚活”“草食系”をはじめ、
    仕分け人 妻に比べりゃ まだ甘い    (北の揺人)
など“仕分け人”などをキーワードとした句が多かったようです。枝野幸男衆院議員(現行革刷新担当相)や蓮舫参院議員らの仕分けは、かなり手厳しかったわけで、「妻の仕分けはそれ以上」というのですからいやはや何とも恐れ入ったことで。

 また昨年はテレビで見かけない日はなかった、“こども店長”こと子役の加藤清史郎君関連の作品もちらほら見かけられます。
    こどもでも 店長なのにと 妻なげく    (みいみい)
    妻キレて 「来とうなかった 嫁になど」    (一見)
 前の句は“こども店長”もいるご時世なのに、「何よあなたは。万年ヒラの甲斐性なしで…」という妻の嘆きといったところでしょうか?後の句は、ご存知NHKの昨年の大河ドラマ『天地人』で、直江兼続の幼少与六を演じた加藤清史郎君の名ゼリフ「こんな所 来とうなかった」をもじった秀句です。でもそんな妻だって新婚早々の頃は、花も恥らう初々しい新妻だったことでしょう。長い歳月の間、世知辛い当世に擦れて妻も否応なく変わってしまうということですかねぇ。

 長引く不況の影響からか、“リストラ”や“就活”の苦しさを盛り込んだ悲壮感漂う句も多かったようです。
    リストラは どこにいるのと 孫に聞く   (甘辛爺い)
    温暖化 なのに就活 氷河期へ      (金魚姫)
    不景気で 就活あきらめ 婚活へ     (新卒女性)
 第1句は第15回最優秀作の「デジカメの エサはなんだと 孫に聞く (浦島太郎)」の模倣のようで、やや独創性に欠けるかなと思わないでもありません。第2句は自然現象の変化とは真反対な、今日の“大就職難”という社会現象を氷河期にたとえて、なかなか鋭い秀逸な句だと思います。
 第3句、現下の情勢ではやはり就活よりも婚活の方が、まだ易き道なのでしょうね。新卒女性さん、どうぞ良いパートナーを見つけて幸せになってくださいね。くれぐれも後で、「来とうなかった  嫁になど」とグチることがありませんように。

 そして大半を占めるのはやはり“家族”だったようです。
    肉隠す 妻は巧みな 装飾系       (制権後退)
    おかえりと 笑顔で言われて 身構える  (窮鼠)
    あなただけ 言った妻が あなたどけ !!   (家事まめ夫)
    わが妻の 額に欲しい “愛”の文字   (無茶キング)
 すべて家族とは言っても、今やモンスター的変貌を遂げた“妻”への嘆き節、恨み節ですね。過去の例からも、川柳が最もブラックユーモア的な本領を発揮するのが、妻を詠んだ句であるようです。いずれにしても皆々、夫婦事情を当今の流行語をもじったりしながら詠んでいて、思わず「うまい !」とうならされます。

 なお今回選出された100選から「ベスト10」を選ぶ一般投票の受付は、3月12日(金)まで第一生命保険WEBサイトで行われます。そして5月中旬には『第23回 サラリーマン川柳コンクール』ベスト10、さらに100句のランキング、そして新たなテーマ別の秀作200選が発表されます。ちなみに昨年の最優秀作は、
    しゅうち心 なくした妻は ポーニョポニョ  (オーマイガット)
だったそうです。さて今年はどの句が最優秀作に選ばれるのでしょうか?

 (注記)本記事は、『YAHOO ! ニュース』の「第23回サラリーマン川柳」記事を元にまとめました。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

石川氏の議員続行は当然だ

 女性秘書への不当取調べなど、非難されるべきは東京地検だ

 政治資金規正法違反で逮捕、起訴されていた、石川衆院議員、大久保元公設第一秘書、池田元私設秘書の“3勇士”が5日保釈されました。後は3人とも、同罪での有罪・無罪をめぐって東京地検と法廷で争っていくことになるわけです。
 収支報告書の虚偽記載という政治資金規正法違反の容疑で、現職国会議員が逮捕されるなど、自民党時代は前例がなかったことです。従前なら修正で済ませてきたのです。それで過去自民党議員らはセーフになっています。もし今回のように厳正に対処するというのなら、それこそ自民党議員は逮捕者続出のはずでしょうに。

 選挙で国民から選ばれた国会議員を逮捕する以上、金の出し入れによほどの悪質性がなければなりません。しかし逮捕して、連日の取調べでも結局地検側が思い描いていた「水谷建設から5千万円」「小沢氏の共犯性」といった確たる裏づけは得られなかったのです。
 その上、逮捕するための要件は(1)逃亡の恐れがあること(2)証拠隠滅の恐れがあることなどとされます。石川議員は直前まで東京地検の聴取にも応じていたわけで、逃亡の恐れも証拠隠滅の恐れも考えられないものでした。
 なのに地検は、翌日に民主党大会さらに次の日は通常国会が始まるという時期に、確たる見込みもなく「逮捕してから吐かせろ」式に、議員逮捕という非常手段に出たのです。これは検察史上稀に見る暴挙というべきで、自身もかつて“りそな銀行問題”で小泉、竹中コンビを告発しようとしていた矢先、冤罪によって痴漢にされてしまった植草一秀元早大教授は、3人の逮捕を「1・15事変」と命名したほどです。

 石川議員関連の捜査手法をめぐっては、その後問題が噴出しています。
 まず逮捕直前の1月13日の、石川事務所の家宅捜索です。これは特捜部の事務官7人が同日午後4時45分永田町の議員会館の石川事務所に乗り込み、内側から鍵をかけて開始されました。ところがこの時事務官らは「捜査令状」を持っていなかったというのです。30分後、後から来た検察官が捜査令状を出したといいますが、令状もない状態で議員会館を捜索するなど、明らかに違法行為そのものです。
 「これは違法な手法で行われた捜査である」と、石川議員側が法廷で主張すれば、これだけで検察は立件できなくなる可能性があると見られているのです。

 さらに問題なのは、東京地検は、事件とは全く関係ない石川議員の女性秘書を10時間近く「拘束」した一件です。これについては最近の『週刊朝日』が、「暴走検察 子ども“人質”に女性秘書『恫喝』10時間」というタイトルで詳細に報じました。
 女性秘書は1月26日(火)昼頃、東京地検から「押収品の返却があるから取りに来てほしい」との連絡を受け、コートも着ずに大急ぎで地検に向かいました。ところが検事は、「被疑者として呼んだあなたには黙秘権があるのでー」と告げ、聴取を始めたというのです。時に午後1時45分。まるで「だまし討ち」です。

 聴取したトンデモ検事の名前は、民野健治・二級検事。民野検事は女性秘書に、小沢幹事長と石川議員が「共謀」していたことを認めるよう迫り続けたといいます。しかし彼女が石川事務所で勤務し出したのは3年前のこと、04年の小沢氏土地購入の件など知るはずもありません。それでも民野検事は「いいんだよ。何でもいいから認めればいいんだよ」「早く帰りたいなら、早く認めて楽になれ」とウソの供述を求めて責め続けたというのです。戦時中や戦後間もない頃の「暗黒捜査」が、今日の東京地検で行われているのです。

 3歳と5歳の子どもを抱える女性秘書は、保育園に迎えにいかなければならない、少なくとも保育園が閉まる午後7時には夫など誰かに迎えを頼む必要があるからと、民野検事に「保育所に行かせてください。また戻ってきます。せめて電話だけでも入れさせてください」と繰り返し懇願したといいます。
 それに対して民野検事が放った言葉は何だったか?「なに言っちゃってんの。そんなに人生、甘くないでしょ」。結局彼女が開放されたのは、午後10時45分。押収品の返却はなかったといいます。

 これは見逃せない重大問題です。女性秘書はたまたま石川事務所に3年前から勤務していただけで、04年の事件とは無関係です。言ってみれば一般市民に限りなく近い立場です。それがウソの自供ほしさに「被疑者」にされてしまうのです。そして検察はウソの用事で呼び出し、女性の家庭の事情など一切無視して、9時間以上も「監禁」してしまったのです。
 これは何も特別な出来事ではなく、一般市民たる私たちも、いつそうやって引っ張られてもおかしくない「検察暴力」の事例です。これ一つ取ってみても、「取調べの全過程の可視化」法案成立は絶対に必要です。

 以上のようなことから、石川議員の逮捕そのものが不当だった可能性は十分にあります。元東京地検検事で現名城大学コンプライアンス研究センター長の郷原信郎氏は、詳細な理由は省きますが「かなりの確率で石川氏は無罪になるのではないか」と言っています。
 石川議員も自身の無罪を確信し、今後検察とは法廷闘争していくことでしょう。堂々と闘って、自身の取調べ過程も含めて、戦時中の“特高”もどきの「暴力検察」の実態を白日の下にさらしてもらいたいものです。

 よって石川議員は、議員辞職などする必要は全くありません。法廷闘争と共に、今回の件を大きな経験として、石川議員には選挙民の付託に応え得る立派な議員活動を続けていかれることを心より望むものです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

ご報告致します(10)

 当ブログ、おかげ様で総訪問者数「5万人」に達しました

 9日はそれまでの寒が一気に緩み、首都圏では日中軒並み20℃を越すなど、3月下旬から4月上旬を思わせるような暖かい晴れの一日となりました。外に出てもきのうまでの寒さとは体感が明らかに違います。少し強い風は吹いていても生暖かい風で、やはり南風か東風であるようです。

 寒さが厳しかった前日8日昼過ぎ、いつもの近所の“水路道”を通りました。道に接したお宅と道の境の白梅は既に1月下旬から咲いています。その他は依然殺風景な冬枯れたさまですが、私は地面に注意しながら歩きました。と、ある木の根元あたりに、ありました ! こんな寒さの中で気の早いことにふきのとうの大ぶりなのが、2個もっこりと芽を出していたのです。げにも不思議なるは自然界。季節を少しも違えないセンサーのように、芽を出すべき時はきちんと芽を出すのです。
 思わず嬉しくなって道を進みますと、頭上の裸の梢から何鳥か、「キキッ、キキッ」と甲高い声をあげながらどこかに飛去っていきました。折角の“早春の気分”が打ち破られたかっこうです。
                       *
 ところで8日で当ブログ開設以来の総訪問者数5万人(50,210人)に達しました。一昨年の4月29日の開設から652日目での到達です。昨年11月11日3万人到達時点では、開設2年目前日の4月28日までにクリアーできればと考えていましたので、意外と早くクリアーできて少し驚いています。
 当ブログおかげ様で最近好調です。特に先週4日、5日はお祭り状態でした。立春を迎えたとはいえ寒波の最中、春の椿事どころか早春の椿事とも言えないような、時ならぬ大椿事が起こりました。4日ー1,174人、5日ー1,386人と、2日続けて訪問者数1,000人を越えたのです。もちろん当ブログ始まって以来の出来事です。

 昨年11月記事『「ウェブ魚拓」って何だ?』で述べました、「可愛い奥様・2ちゃんねる掲示板」で当ブログ記事『かなえの殺人レシピ(7)』がウェブ魚拓で紹介され、同サイトからの訪問者が殺到し、632人を記録したことがありました。
 その数字は当時突出した数字であり、当分破られることはないだろうと思っていました。しかし今回は、『折角ブログ作ったんだから、いつかは1,000人の大台に乗りたいな』と遠い先のこととして漠然と考えていたのが、意外に早く現実となってしまったわけです。

 2日連続で大台に乗せたのは、『朝青龍が暴行した相手』記事です。引退劇を含めて、今回の朝青龍騒動がいかに世間的関心が高いか実感させられました。それと薬物ルート、パチンコ業界→闇社会と深く関係していると言われる、被害者の川奈毅への関心でしょう。押尾事件における野口美佳もそうでしたが、今回もテレビなどでパチンコCMを流しまくっているわけですから、マスコミは川奈毅の「かの字」も出しはしないのです。
 既報のとおりこの事件では、警視庁捜査一課が動いているといわれますし、一説では麻薬捜査官も動いているといわれます。警視庁は、朝青龍のレイプ疑惑や川奈の身辺、クラブ「フェリア」「エーライフ」の実態をどこまで解明するつもりなのか?今後の捜査の行方が見ものです。

 当ブログ、ネット上で少しは浸透してきたのか、当たっただけでも10幾つかのサイトで“ウェブ魚拓”に取られたり、過去の押尾事件、かなえの殺人レシピ、小沢問題、朝青龍騒動などの当記事の転載が見られました。
 私としても当ブログがより広く知られ、読まれることは望むところで、特段実害はないようですのでありがたいことと思っております。

 今までは『弱小ブログだから…』とばかりに、事件などで当事者と噂される人物の実名を平気で出してきました。しかし訪問者が増え少し注目され出してきますと、そういうことはより慎重にしっかり裏づけを取ってから記述していくべきと思い直しています。
 例えば押尾事件に関して、警察官僚出身の自民党H議員が警察に圧力をかけたのでは?と、実名で何度か述べました。対してH議員は昨年11月初旬頃、「私は押尾学という名前を事件後はじめて知ったくらいだ。圧力をかけたなどとんでもない。名誉を著しく侵害したサイトは告訴も辞さない」と見解を述べていたことが、YouTube画像で流れています。実際に告訴されたサイトや、プロバイダに調査依頼して閉鎖されたサイトがあったようです。

 告訴はご自由としても、サイトを強制的に閉鎖に追い込むのは一種の「言論弾圧」に当たるのでは?と考えられないでもありません。私如き者は、社会的、経済的力量を今の10倍くらい高めませんと、とてもH議員には対抗出来そうにありません。「名誉毀損の訴え」も「サイト閉鎖」も、Oh ! クワバラ、クワバラです。
 真相は藪の中でよく分かりませんが、『薬物汚染シリーズ』中H議員に触れた箇所はすべて削除・訂正致しました。

 ご訪問くださっておられます皆様。どうぞ今後とも、当ブログよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記) 

| | コメント (0)
|

「大衆」とは何か

 この国の民主主義とは、言ってみれば「テレビ民主主義」のレベルだ

 「大衆とは何か」ということについては、これまでも識者たちによって「大衆論」が数多く出されてきました。私はそれらをつぶさに読んできたわけでもありませんし、今回それらの優れた論考の向こうを張って、「私の大衆論」を展開しようというような大それたことを企てているわけでもありません。

 「大衆とは何か」という定義は、実は至極簡単なことなのです。「大衆とは、新聞・テレビが報道することを真(ま)に受ける人々のことである」ーこれが私の定義です。

 特に問題なのは「テレビ」です。テレビというマスメディアは、人類が持ち得た最大、最強の情報伝達媒体です。報道、ニュース番組などで、わずかな時間でテレビ画像は活字などのメディアが足元にも及ばないほどの圧倒的な情報量を視聴者に伝えることが可能です。
 そして新聞などは活字を読んで理解するという能動的努力が必要とされるのに対して、テレビは画面を受動的に(受身で)ポカンと見ているだけで、五官を通して情報が入り込んでくるという側面も忘れてはいけません。

 そんな安直な情報伝達装置であるテレビから、今回小沢土地購入をめぐる問題で予め「小沢一郎 = 犯罪人」という、メディアとして厳に慎むべき「推定有罪」報道が土石流的になされました。検察はもとより、テレビ・新聞こぞって壮大な「冤罪」を企てようとしたのです。
 正常な感覚ならば「こんな報道はおかしいぞ」と気づいてしかるべきなのに、連日連夜の小沢ネガティヴキャンペーンが功を奏して、「小沢不起訴」と検察が既に敗北しているにも関わらず、先週末の各社世論調査では「小沢幹事長は説明責任を果たしていない 90%」「小沢氏は幹事長を辞任すべき 70%以上」「検察は正しかった 50%以上」というようなバカみたいな数字となって表れてしまうのです。

 以前も何度か述べましたが、今や新聞・テレビなどは「真実の報道機関」とは言えません。アメリカユダヤ→CIAのコントロールということを持ち出すまでもなく、大マスコミは50年以上も続いた旧自民党政権下で、この日本社会の隅々まで張り巡らされた、利権・利害関係による癒着構造にどっぷり漬かってしまっているからです。自民党大物政治家、検察・警察など霞ヶ関官僚群、闇社会、大スポンサーである大企業や(株)創価学会などのタブーに触れる告発報道など、大マスコミには絶対出来ないからです。
 隠蔽報道、歪曲・偏向報道のオンパレードです。

 それのみか、マスコミ自身も癒着構造の中にどっぷりはまり込んでいる利権構造を守り抜くため、それを根本から改革しようとする勢力ー今回で言えば小沢一郎であり、鳩山首相を中心とした民主党政権ーはとにかく目障りで、何とか打倒し排除しようとするわけです。

 意識レベルの高い人ほど、こういう構図がはっきり見えています。問題なのはこのような構図がさっぱり分からず、「テレビや新聞が連日言ってるんだから…」と、無批判に「小沢一郎 = 犯罪人」という検察・マスコミの「官報複合体」が仕掛けた罠にまんまとはめられている国民視聴者です。
 ある人はこれらの人々を指して大衆ならぬ「下衆(げす)」と言っています。私はいくらなんでもそこまでは…と思いますが、マスメディアが右といえば右、左といえば左といとも簡単に操作・誘導に引っかかる人々を「大衆」と定義したいのです。

 多分我が国に「民主主義」なるものを植えつけた、フリーメーソン国家・アメリカでも、古代ギリシャの哲人たちが理想とした“デモクラシー”などほど遠いのが実情でしょう。いわんや「まがいもの民主主義国家・ニッポン」においておや。
 私は今日の状況を「テレビ民主主義」と命名したいと思います。
 人々の日常会話の中で、テレビの話題の占める割合の何と多いことか。「タレントの○○が、お笑い芸人の●●がテレビでこうしてた」から始まって、「テレビでコメンテーターの○○がこう言ってた」まで、テレビがなければ夜も日も明けぬ有様です。

 「テレビはマインドコントロール装置である」。テレビやコンピュータの開発には、当時の米国の最先端科学者・技術者たちと共に、なぜか著名な“オカルティスト(黒魔術師)”たちも加わっていた、この事実は知っておいた方がいいでしょう。(各家庭のパソコンレベルでは、そう実害はありません。)
 テレビを見れば見るほど、各人にとって最高の情報源である「内なる良心の声」が聴こえなくなります。なぜか?予めテレビ電磁波にそうプログラミングしてあるからです。「最高のグル(導師)」である、内なる「良心の声」を聴き取る最善の方法は?出来るだけテレビのスイッチをオフにしておくことです。

 「テレビは真実を伝えている」と思い込んでいる方々は、今後迎える“超大変革”を乗り越えることは、とてもできません。日頃外側の「ウソの情報」に踊らされている人たちが、一切の情報遮断の状況でどうやって真実を探り当たることができましょうや。せいぜいパニックに陥るのが関の山です。
 「早く目覚めないと厳しいですよ」。これをお読みの“目覚めた方々”、どうぞ身近な人たちにそうお伝えください。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (2)
|

冬の水

          中村草田男

  冬の水一枝の影も欺かず

…… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 中村草田男(なかむら・くさたお) 明治34年、厦門(アモイ)領事館生まれ。父は外交官で松山出身。東京帝国大学国文学科卒。成蹊学園に勤め、高校のち大学を教えた。俳句は「ホトトギス」に投句。詩人気質により清新な生命の俳句を多彩に作り出し、人間探求派と呼ばれた。思想性・社会性・宗教性をもつ多力の俳人。『長子』『火の島』『万緑』『来し方行方』『銀河以前』『母郷行』『美田』『時機』の句集と全集がある。昭和58年没。 (講談社学術文庫・平井照敏編『現代の俳句』より)

 溝、小川、池、沼…どこの「冬の水」なのでしょうか?この句の場合はそれらのどれでもよいのに違いありません。とにかくそれらのどれかの水のたもとに、一本ないしは何本かの木がある、そんなシチュエーションならどこでも構わない、普遍化しうる冬の水であるように思われます。

 「春の水」と比べてみると、その違いが際立ってくると思いますが、「冬の水」は澄んだ、透徹した、厳しいそして何より冷たいといったイメージが喚起されます。
 古来「水鏡(みずかがみ)」と言い習わされてきたように、分けても草田男が見ている冬の水はあたかも鏡のように滑らかなのでしょう。もしその水面(みなも)に何か映るものがあるとするならば、すべてありのままに映し出してしまう、やはりそういう厳しさや透徹さをこの冬の水は感じさせます。

 今草田男が見つめている冬の水に映っているのは、一木ないしは何木かの木の枝々。それを「一枝の影も欺かず」と詠みきった、草田男の鋭敏な感性、観察力、気迫には驚かされます。
 冬の水が厳しいように、草田男自身の句境がまた厳しいのです。このような草田男の広い意味での高い詩的精神によって、読者たる私たちも、冬の水に映し出された一木一枝をくっきりとイメージすることができるのです。

 こういう句こそ、正岡子規が唱えた「写生」の模範のような句と言えると思います。草田男自身のつまらない近代的屁理屈など捨て去って、観ることに徹底している、生を写すことに徹底している、何やら禅の修行僧のような峻厳さが感じられます。
 それゆえただ見ている事物の表面をなぞるだけの写生ではなく、まさに「生の実相」言い換えれば「自然界の深奥」に参入し、そこに潜む奥義を写し出したかのような名句だと思われます。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (1)
|

これが小沢不起訴の本当の理由?

 嫌疑不十分は表向きの理由で、やはり本当の理由は米国の指令 !?

 4日東京地検は民主党小沢幹事長の不起訴処分を決定しました。その理由は04年都内世田谷区の土地購入をめぐる一連の問題で、小沢氏自身が収支報告書虚偽記載の事実を知り、かつ指示するなど共謀の疑いがあるとするに足る十分な証拠が得られない、よって嫌疑不十分で不起訴というものでした。
 後は「真実を求める会」という行政書士(まあ、同業者にもいろんな考えの者がおりますから)と元新聞記者らで構成されるという、変てこな市民団体が既に提出済みの「不服申し立て」につき、検察審査会が「起訴相当」と決定しない限り、小沢一郎の政治資金規正法違反での起訴はなくなりました。

 この東京地検の「嫌疑不十分」による不起訴決定は表向きの理由で、実はそれ以前に小沢不起訴の方針は固まっていたと、深読みする専門家もいます。例えば米国研究家の副島隆彦氏です。その説を参考に以下に述べていこうと思います。

 当ブログでも少し過激な表現で再三述べてきましたように、アメリカユダヤ→CIAの日本における出先機関である東京地検は、日本における政治的最高権力者である小沢一郎を相手に喧嘩を挑んだように、日本国内のどんな実力者の言うことも聞くような組織ではありません。
 植草一秀(元早稲田大学教授、時の小泉政権のために“痴漢冤罪”の目に遭った)などは、東京地検 = 頭狂痴犬とヤユしていますが、まさに東京地検が唯一命令に従うのは、生みの親、育ての親でもあるアメリカユダヤ・CIA様だけなのです。
 これは、PODAM(正力松太郎のCIAコードネーム)が今日の読売グループの創始者であることに端的に示されるように、電通、新聞、テレビなども同じことです。

 検察と大マスコミによる「官報複合体」に、アメリカサイドから今回の小沢攻撃に対して「撃ちかた止め !」の極秘指令が届いたのはいつだったのでしょうか?それは1月下旬頃だったと思われます。もっと正確に言えば、小沢一郎に対する最初の事情聴取が行われた1月23日以降のこと。
 というのも、その頃から「検察リーク」がめっきり減り、新聞・テレビもそれまでの土石流的小沢ネガティヴキャンペーンがぐんと減ったからです。

 そして今月はじめに飛び込んできたのが、「東京地検、小沢幹事長不起訴の方針」という予告報道です。そして今思えば「不起訴確定」を裏づけるような、アメリカ側のリアクションがありました。今月2日訪日中のカート・キャンベル米国務次官補(東アジア担当)が小沢幹事長と個別に会談したことです。
 4日キャンベル国務次官補自身が明らかにしたところによりますと、同会談でキャンベル氏は小沢氏に、「今年のゴールデンウィーク中の訪米を要請した」というのです。その前に刑事訴追されている人間が、何で米国にのこのこ行けますか?ということは、その時既に「小沢不起訴」はアメリカサイドの確定事項だったと見るべきなのです。

 ついでながら申せば、キャンベル氏は小沢幹事長に「訪米の際は“大訪米団”を編成してワシントンに繰り出していただきたい」とも要請したそうです。そうです。米国は小沢一郎を現政権与党中の最高実力者と認め、昨年末の大訪中団を意識して「それ以上の規模で」と言っているのです。
 現オバマ政権にとって最重要外交国は中国です。しかし最近の、グーグル問題や台湾武器売却問題に見られとおり、対中政策に変化が生じています。これはアメリカが中国をライバル視していることの裏返しであり、中国寄りの民主党政権下の日本を、何とかアメリカに引き戻そうとする“綱引き”をしているのです。そのために小沢一郎の力が不可欠と捉えていると見ることができそうです。

 ですからうがった見方をすれば、アメリカには最初から小沢一郎を起訴、逮捕、失脚にまで追い込む意図などなかった。要は田中角栄の秘蔵っ子らしく取分け中国寄りの小沢にアメリカユダヤの威力を見せつけ、小沢を米国陣営に引っ張り込み現日本政府をコントロールするパイプ役としたかったという見方です。
 2日の会談で小沢幹事長は、大訪米団要請に対して即答はしなかったようです。ただしキャンベル氏が明らかにしたところでは、小沢氏は「日米関係は“日本外交の中心”だ」と述べたことを明らかにしています。

 今回の「撃ちかた止め」は、アメリカの一方的な指示だけだったのでしょうか?どうも小沢幹事長もその前から、アメリカのシナリオを知っていたフシが見られるのです。というのも、小沢自身最初の聴取前「近いうち国民の理解が得られるものと思います」と捜査終結を暗示するような発言をしていたからです。
 つまり小沢一郎は、検察などの頭越しに、日米の将来を左右しかねない重要なことで、直接アメリカサイドと「裏交渉」していた可能性があるのです。

 とんな「裏交渉」なのか?やはり気になるのは、以前『日々雑感(9)』記事で紹介しました民主党選対委員長・石井一のあの言葉です。それは植草一秀氏が「1・15事変」と命名した、石川議員ら3人逮捕によって日本中が沸騰していた最中、直後のインタビュー「(石川議員らの)逮捕は参院選にどう響くと思いますか?」に答えたものでした。石井氏は涼しい顔で「いやあ。その頃はみんな忘れてるんじゃない」と言ってのけたのです。
 それに対する私の感想は、『ははあ。この先小沢問題など霞んでしまうほどのドエライことが起こるかもしれんぞ』でした。

 もし「アメリカ発」でそれが起これば、米国隷従の我が国も戦後かつてないほどのメガトン級の「ドエライ」影響をこうむるのは必至です。今回は具体的には述べられませんが、もし起きた場合日本は、現政権はどういうスタンスを取るのか?小沢一郎は既にアメリカ側と、おおよその取り決めをしている可能性があるのです。

 それにしても小沢一郎。年初小沢問題かまびすしい最中、アメリカの調査分析会社ユーラシア・グループが小沢を「世界の政治的指導者3位」に選びました。田中角栄、金丸信、竹下登、橋本龍太郎など経世会の先人、先輩がアメリカユダヤによって葬り去られたというのに、それを逆手にとって交渉までしてしまうとは。
 小沢一郎は、神か悪魔か?最早“豪腕”などという形容を越えて、得体の知れない恐るべき政治家であることは確かなようです。願わくば逆手に取ったついでに、小泉のような売国奴になることなく、666アメリカユダヤ勢力をうっちゃり投げしてもらいたいものです。

 (大場光太郎・記) 

| | コメント (2)
|

朝青龍暴行で捜査一課?

 引退でも、警視庁は捜査一課を投入して事件を捜査しているらしい

 4日の朝青龍の引退会見は、まさに寝耳に水の出来事でした。そのため巷では号外が配られたほどです。一夜明けて引退会見までの経過が少し明らかになってきました。
 会見では「いろいろご迷惑をかけ、世間を騒がした責任を取る。ケジメをつけるのはぼくしかいない」などと殊勝な言葉を連ね涙まで見せましたが、実際は理事会や横綱審議委員会(横審)に追い込まれ、しぶしぶマゲを切らざるを得なくなったというのが真相のようです。 

 師匠の高砂親方を含めた朝青龍サイドは、直前まで辞める気などサラサラなかったようです。何しろ16日早朝の事件発生直後から、刑事処分や相撲協会からの解雇処分を逃れようと、あらゆる裏工作を仕掛け、過去の不祥事同様逃げ切りを図ってきたのです。
 朝青龍自身引退などハナから考えてはおらず、今回の事件もなかったことにして、たとえ処分が下されたとしても軽いもので済むと、今回の泥酔暴行事件から逃げ切れると考えていたとみられています。

 その裏には「オレがいなければ興業が成り立たないだろう」という朝青龍の読みというか、おごりのようなものがあったと見るベテラン記者もいます。確かに間近の3月の大阪場所をとっても、朝青龍不在となればその損失は図り知れません。
 朝青龍と相撲協会との興業的利害関係によって、3年前のサッカー騒動以外にも、朝青龍がらみで協会がもみ消した不祥事は片手では足りないといわれています。また朝青龍も協会の弱みを握っていたという見方もあるようです。
 そういうもたれ合いの関係で、今回も協会が何とかうまく済ませてくれるだろうとタカをくくっていたフシがあったというのです。

 しかし4日の理事会に高砂親方と共に呼び出され、事件に対する事情を聴取された朝青龍は、事実関係を厳しく問われその時「解雇」をちらつかされるなど、厳しい追及を受けたようです。理事会に先立ち、横審の鶴川委員長から「委員の大半が厳しい意見だ」と事実上の引退勧告を突きつけられ、さすがの武蔵川理事長もかばいきれなくなったというのです。
 結局理事会での聴取は2回の休憩をはさんで3回行われました。2回目の聴取後朝青龍と高砂親方が話し合っていた部屋に、九重親方(元横綱千代の富士)ら3親方が入って行き、「このままでは厳しい結果になる。そうなればこれまでの偉業も消えてしまうぞ」と説得され、朝青龍もそこではじめて決断したのではないかと見られています。

 こうして夕方の突然の引退会見となったわけです。これで暴行事件そのものもこのまま終結かと思いきや。どっこい、引退によって相撲界に対してのケジメはついたかもしれませんが、実は事件そのものの捜査は続行中だというのです。近々朝青龍自身の事情聴取があるともいわれています。

 それもこの事件には所轄の麻布署だけではなく、警視庁本庁の捜査一課も加わっているというのですから驚きです。何しろ捜査一課といえば、小沢問題で満天下に悪名を轟かせた東京地検の花形が「特捜部」なら、こちらは「泣く子も黙る捜査一課」。警視庁切ってのエリート集団です。
 それに捜査一課といえば、「強盗、傷害、暴行、強姦、殺人」など凶悪犯専門の部署でもあります。とここまで記して、私は昨年も同じことを述べたことを思い出しました。あの押尾事件です。確か押尾事件では、押尾学に対する麻薬取締法違反罪の判決前後から捜査一課に担当が替わったのでした。もちろん変死した田中香織さんへの、押尾学に対する保護責任者遺棄致死罪での立件のためにです。

 しかし今回表向きの事件は、西麻布のクラブ「フェリア」支配人、川奈毅(本名川名毅)への暴行傷害だけです。その川奈自身が、示談が成立したこともあり「お酒を飲んだ席での延長の出来事。寛大なるご処置をお願い致します」という嘆願書を、麻布署に提出しているといいます。
 なのに何でわざわざ捜査一課が出張る(でばる)必要があるのか?異例中の異例で、今ひとつ解せないところです。ある警察関係者によると、「麻布署の捜査がだらしなかったからでしょう。事件当日駆けつけた麻布署員はモタモタしていた。普通なら傷害容疑で即現行犯逮捕すべき事案です。これに業を煮やして捜査一課投入となった」というのですが。

 川奈毅への暴行以前に、朝青龍はクラブ「フェリア」で「レイプ未遂」を起こしていた疑惑があります。ある情報では、それは「未遂」ではなく「レイプそのもの」だったというのです。つまり朝青龍は、クラブ内で外国人ホステスを次々にトイレに連れ込みレイブしまくっていた。それを知った支配人の川奈らが必死で止めに入った。既に泥酔状態だった朝青龍は、それに激昂して付き人と共に、川奈を車に連れ込み車中でボコボコ殴り、日頃は喧嘩っ早く“狂犬”と怖れられていた「六本木の帝王」川奈毅も半泣き状態で車から飛び降り、麻布署員に助けを求めた。(この一件でこれまでの「カリスマ川奈」も地に堕ちたことでしょう)
 これが事実なら、“横綱の品格”云々以前の「鬼畜の所業」というべきです。あるいは捜査一課は、そこまで踏み込んだ捜査をするというのでしょうか?

 実は横審の引退勧告決議や九重親方らの勧告とは別に、もう一人朝青龍に引退を迫った人物がいたそうです。武蔵川理事長が協会改革の一環として外部から招聘した、吉野準外部監査(75)です。吉野氏は元警視総監ですが、朝青龍に「あなた、もう辞めなさい」と迫ったといわれています。吉野氏は、事件の概要や捜査情報などを知りうる立場にあったとも考えられます。
 とにかく押尾事件とも限りなく重なり合う、六本木界隈で起きたこの事件。押尾事件がそうであったように、各方面がズブズブの癒着関係にある以上、事件の全容解明など期待できないものの、さてどこまで解明されるものなのか?敏腕集団・捜査一課の捜査の推移を見守りたいものです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (1)
|

明暗を分けた二人のヒール

 まるで先の読めないオセロゲームだ。起訴確実と見られていた小沢一郎が不起訴。引退しないと思われた朝青龍が引退発表 !

 2月4日は二十四節気の一つの「立春」でした。今年はことのほか寒い立春で、首都圏は早朝軒並み0度台を記録するなどこの冬一番の冷え込みとなり、「立春寒波」などと称したお天気番組もありました。
 ここ何日か、この季節にぴったりの名曲『早春賦』をバックに流しているテレビCMもあり、「春は名のみの風の寒さや…」とは言いつつも、やはりどこかに待春(たいしゅん)の心持ちがする今日この頃です。

 この立春の日、2人の人物の去就に世間の注目が集まりました。社会的立場や役割こそ違え、その影響力の大きさでいやでも関心を持たざるを得ない2人。民主党幹事長の小沢一郎と角界のスーパースター朝青龍です。

 この日小沢一郎の方は、ここ何日かの報道どおり、世田谷区深沢の土地購入の収支報告書虚偽記載について東京地検は、小沢氏本人については嫌疑不十分で不起訴処分と決定、ただし石川衆院議員、大久保元公設第1秘書、池田元私設秘書ら3人については起訴となりました。
 小沢一郎については、元旦早々読売新聞が口火を切ったことで、連日連夜の新聞・テレビの集中砲火的小沢バッシングの大嵐。当ブログではというより生来天邪鬼な私は、地検特捜部と大マスコミのありように大変危険な兆候を感じ、世論誘導による「小沢氏は幹事長を辞任すべき 70%」という圧倒的不利な中で、一貫して検察・マスコミ批判、小沢氏擁護を続けてきました。

 ですから私としても夕方の検察の「不起訴決定」の発表には、正直ほっとしています。ただ専門家の見立てでは、小沢問題はこれで一件落着とはいかないようです。何せ蛇蝎(だかつ)のごとく執拗な大鶴基成・佐久間達哉特捜コンビのこと、佐久間が部長を交代する4月まで、政治資金規正法でダメなら次は所得税法違反や脱税でと、二の矢三の矢を用意しているというのです。
 さらには小沢を告発した某市民団体は、小沢案件を検察審査会に不服申し立てすることも画策していようです。法律改正により、同審査会で二度「起訴相当」の議決がなされれば、小沢は次は強制的に起訴されることになるのです。

 誰が言ったか「検察不況」などという言葉まで出てきています。それでなくても厳しい社会状況なのに、検察・マスコミよ、いつまでも「小沢疑惑だ」「政治とカネだ」と煽り立てるのはもういい加減止めてくれよではないでしょうか?
 それでなくても今年は、「二番底突入はいつか?」と懸念されている深刻な景気状況です。本来なら国民生活に直結する「景気浮揚策」「予算案審議」などの国会論戦に気を配るのが、検察・マスコミの務めなのではないでしょうか?

 名誉毀損ものの今回のネガティヴ報道により、国民の小沢一郎の「ダーティイメージ」は定着した感があり、今後小沢がこの汚名を挽回するのは相当大変なことでしょう。しかし本当に小沢はそんなにダーティなのだろうか?
 観点を変えて、小沢一郎は大マスコミからなぜこんなにもたたかれるのだろうか?これについては当ブログでさまざまに検証してきました。しかし別の見方からすれば、小沢一郎は政治家としてはクリーンな方なのです。なぜか?小沢はバックに「ヤバイ筋」がついていないからです。それを知り抜いていて大マスコミは、叩いても安全な小沢をバッシングしているのです。
 暴力団、財界、創価学会、統一教会、アメリカユダヤ、CIA…。中曽根元総理、森元総理、小泉元総理、竹中平蔵…。いつか告発記事を書こうかと考えていますが、この連中の方が小沢よりずっと巨悪で、間違いなく東京拘置所直行の連中です。検察もマスコミもそれを百も承知で、「激ヤバ」過ぎて手を出せないだけで。

 さて一方の「悪(ワル)」、朝青龍の突然の引退発表には驚きました。節分のきのうは「福は内、鬼も内」だと思っていたのに。かくもとにかく加速化のこの時代、一つの事態、一つの状況、一つの局面は、シロからクロ、クロからシロとめまぐるしく変わり、本当に先の読めないオセロゲームの様相です。
 朝青龍は確かに素行不良で横綱としての“品格”に欠け、土俵の中でも外でも過去さまざまなトラブルを起こしてきました。しかしどこか憎めない、乙にすました私たち日本人がとうの昔に忘れてしまった、モンゴル平原育ちの自然児のままの「型にはまらない」「型破り」な破天荒さが彼の魅力だったのではないでしょうか?

 その意味で朝青龍には、相撲協会が押し付ける「相撲道という型」と自然児としての「地の自分」との、余人には伺い知れない葛藤があったのかもしれません。引退会見のもようを夜のニュース番組で見て、月並みながら『朝青龍の前に朝青龍なく、朝青龍の後に朝青龍なしだな』、不世出の名横綱の一人だったなという思いで、少しウルウルしながらそれを見てしまいました。

 それはそれとして。朝青龍の今回の暴行事件の伏線は、やはりその前に飲んでいた西麻布の妖しいクラブ「フェリア」にあったようです。一部で伝えられているところでは、泥酔状態の横綱は、店の外国人ホステスを暴行しようと個室に連れ込もうとしたところを、店の支配人である川名毅らに抑えられ未遂に終わった。横綱はそれを根に持っていて、走行中同乗した川奈に暴行を働いた、というような次第とも伝えられています。
 もしこれが事実なら、相撲協会としても大不祥事です。その事実をつかんだ武蔵川理事長らが、表ざたになる前に朝青龍に引退を迫り夕方の会見となった…。

 当日の「レイプ未遂騒動」もさりながら、朝青龍が度々「フェリア」に入り浸っていたとすると大問題です。横綱には「薬物使用」がなかったのか?ということにまで発展するからです。同店は系列店の薬物クラブ「エーライフ」同様、日常的にVIPルームでの薬物使用があっても不思議ではないからです。
 これで朝青龍は角界を去り無役になるわけですから、麻布署も動きやすいのではないでしょうか?これを機会に麻布署は押尾事件以来、すっかりミソをつけてきたわけですから、朝青龍当人の問題はもとより、「フェリア」や「エーライフ」の実態解明、川奈毅の身辺も徹底的に捜査するべきだと考えます。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

朝青龍が暴行した相手

 横綱朝青龍が暴行した相手が「一般人」である知人男性だったことが明らかになり、各方面から「朝青龍は相撲界を引退すべきだ」という声が高まりました。1日貴乃花が新理事に選出されて大きな話題となった相撲協会理事会は、選挙後武蔵川理事長は特命の「調査委員会」を設置し、朝青龍事件を独自に調査すると発表しました。2日には同委員会に朝青龍の個人マネージャーと当日の車の運転手を呼んで事情聴取を行いました。
 その結果調査委員長は、「彼らは殴った事実は見ていない」と面妖なことを言い始めています。

 また最近被害男性との間で示談が成立、くだんの男性も「横綱に殴られたのはウソ」と言い出すなど、どうも関係者の間で「事件そのものをなかったことに…」という暗黙の合意が形成されつつある状況のようです。そうやって朝青龍の責任問題を不問にして、解雇処分はおろか出場停止も見送り、3月の春場所に何食わぬ顔で出場させようとしているようなのです。
 鼻が折れて全治1ヵ月という暴行事件があったことは、写真週刊誌などから明らかです。しかし当代人気ナンバーワン「悪役(ヒール)横綱・朝青龍」がいなくなって困るのも、また相撲協会です。(注 朝青龍は4日引退発表)

 事件が発生したのは、新春場所中の1月16日未明のことでした。同日午前4時過ぎ東京都港区内の路上を走行中の車内で、泥酔していた横綱が同乗していた知人男性に殴りかかり、被害男性は直後車を降り巡回中の警視庁麻布署員に助けを求めたというものです。
 そもそもその時点で、傷害容疑の現行犯で逮捕されて当然のケースです。しかし警察は犯行現場から朝青龍を帰していますし、また被害者はなぜ「被害届」を出さずに相談だけで終わったのか?ご丁寧にも麻布署から相撲協会に連絡が行き、協会と警察の連係プレーによって朝青龍を守ろうとしたのではないかという疑いがある、と見る事情通もいるようです。

 そして奇妙なのは、朝青龍サイドのことは連日のように大騒ぎしているのに、一方の被害者は名前も氏素性も全くといっていいほど報道されていないことです。「ケンカ両成敗」の原則からすれば、これはおかしいことなのではないでしょうか?
 
 被害者の名前は川奈毅(かわな・たけし)。六本木界隈ではダーティな人物として有名だったようです。そういえば川奈は、昨年の押尾学事件、酒井法子事件関連の2ちゃんねるで、しばしばその名前が取りざたされていました。いわく「六本木の帝王」「モンスター」「すべては川奈の鼻帝国の手の上で踊らされている」等々。
 川奈毅は元々暴走族・関東連合の元OB、とにかくケンカッ早くヤクザにもケンカを売るなど凶暴な人物としてその筋では怖れられる人物だったようです。ただし今回は皮肉なことに「鼻帝国の帝王」も、横綱朝青龍から「鼻をへし折られて」しまったわけです。

 そもそも16日未明事件前、本場所中にも関わらず朝青龍が酒を飲んでいたのは、東京ミッドタウン近くのクラブ「フェリア」でした。川奈も一緒だったわけです。おそらくその頃既に、事件につながる何らかのトラブルが発生していたとみるのが妥当なところでしょう。
 ところで川奈毅は、このクラブ「フェリア」の支配人(責任者)だといいます。外国人モデルも多数出入りするこのクラブの、実質的オーナーは上山信二という元総会屋です。そして上山は、薬物クラブの悪名高い、例の西麻布のクラブ「エーライフ」の実質的オーナーでもあるのです。

 「エーライフ」に設立時出資したのは、押尾の元所属事務所エィベックスの松浦勝人社長だとも言われています。そして松浦は闇社会とのつながりが指摘されている…。こういうご立派なエイベツクスには、元検事総長や元警視総監といった検察、警察最高幹部が天下っていることは、以前の『薬物汚染シリーズ』でお伝えしたとおりです。
 そんないわくつきの「エーライフ」には、押尾学、酒井法子、高相祐一、森祐喜、北島康介、泉田勇介やその他大勢の芸能人が出入りしたと見られています。川奈毅はこちらの店にも関係しており、当然のように押尾や酒井や泉田らとは以前から知り合いだったと見られています。
 川奈自身が有名な「クスリの売人」で、高相祐一が逮捕された渋谷の現場にも駆けつけたと噂されていたようです。

 同日飲み明かしたクラブ「フェリア」には、もう一人塩田大介という人物がいたといわれています。ABCホームの元会長で、3年ほど前1億5千万円の脱税で海外逃亡し、一昨年帰国し逮捕された人物です。また塩田は警察関係者の話として、それとは別に覚せい剤使用疑惑で内偵されていたともいいます。
 川奈といい塩田といい、本場所中に責任重い横綱がこんな連中と朝まで飲み歩いていていいのか、という問題にもなってきそうです。さらには「エーライフ」同様この店も薬物クラブ、外国人モデルによる売春などの疑惑がある店のようです。

 もっともそんな倫理などくそ食らえというのが、朝青龍なのでした。そして何も朝青龍に限らず、角界にはタニマチとして昔から“893”がついているといわれています。だから川奈毅のような六本木新興チンピラでは、とても対抗できないという事情があるようです。
 そのため川奈は、当初5千万円くらい示談金をふんだくるつもりが、朝青龍についているバックを知ってビビッて、結局2千万円前後で落ち着いたと見られています。

 ともかく。日本相撲協会→警視庁麻布署→妖しいクラブ→大手芸能プロ→闇社会。もたれ合いといおうか、癒着構造といおうか。そこにマスコミも一枚加わり、押尾事件同様隠された真相は今回も暴かれないまま終わってしまうことになりそうです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (1)
|

今年は事件頻発の予感?

 元旦早々CIA読売が小沢問題に火をつけたことは象徴的だ !
 (速報 !)小沢幹事長不起訴のもよう

 読売新聞がまことに無粋なことに、元旦記事で小沢土地問題をデカデカと取り上げたことに端的に見られるとおり、何やら今年は小沢問題のみならず、国内、国外さまざまな事件が頻発しそうな予感がします。

 何といっても東京地検特捜部と各マスコミによる「官報複合体」による、まるで土石流のような小沢捜査の情報氾濫こそ、その兆候を顕著に示すものでした。1日の報道によりますと、小沢幹事長は31日(日)もまた都内のホテルで、地検特捜から2回目の任意の事情聴取を受けたもようです。

 と小沢捜査に関して少し長めに以下で述べていましたが、すべて削除すべき「速報」がたった今(3日午前0時過ぎ)フジテレビ『スーパーニュース』で伝えられました。
 秋元優里アナが伝えたところでは、「小沢一郎民主党幹事長は“不起訴”の見通し」とのことです。同番組コメンテーターの箕輪解説委員によりますと、「東京地検は小沢幹事長を起訴するに十分な裏付けを取れなかった。それで不起訴としたのではないか。一方拘留中の石川議員については起訴するに足る証拠がそろっているから4日にも起訴の方向でしょう」というようなコメントでした。結局小沢一郎を有罪に持っていくのは、そもそも“ムリすじ”だったのです。

 しかしあんなに執念深かった東京地検が、こんなにあっさり折れてしまうとは。今回の小沢捜査の指揮を取っているという大鶴基成検事の「小沢は何としてもやる。政治資金規正法違反の共犯、でなければ脱税という手もある」と怪気炎を上げていたというのに。1月中の検察、大マスコミ合作の土石流的小沢ネガティヴ報道はいったい何だったのだろうか?
 一時は「この問題以外に早く決着するかもしれません」とも述べましたが、小沢聴取しかも2回もとなれば、『こりゃあ、やっぱり最低限小沢在宅起訴までいくぞ』と考えるのが自然というものです。ということは当然に幹事長辞任やその先の議員辞職まで…。

 石川議員起訴によって、自民党など野党は同議員の辞職勧告を迫ってくることでしょう。当面はそれが与野党の攻防戦になることでしょう。しかし野党が攻め立てられるのはそこまで。本丸の小沢幹事長の辞任まではとても攻め込めそうにありません。
 31日(日)の2回目の事情聴取を受けた小沢氏の会見は、「“刑事責任”を問われることになれば、責任は非常に重いと思う」と、自らの責任に初めて言及した「弱気発言」と見られていました。しかしそれは「小沢起訴」を前提としていたからであり、「不起訴」と分かった現段階では別の捉え方をしなければなりません。つまり2回目の聴取の段階で小沢は、「オレが刑事責任を問われることは絶対無い」という確信を持ったのではないだろうか?ということです。

 今後の展開をなお注意深く見ていかなければなりませんが、小沢氏と東京地検との間で、ひょっとして「政治的決着」が話し合われた可能性もあると思います。少し嫌な話しながら、「たたけばほこりが出る身かもしれない。だが刑事責任を問うのは止めてくれ。その代わり、今後検察人事には口出ししないから」「ならばけっこうです。では当局も近いうち“不起訴”の方針を打ち出しましょう」というような。

 いずれにしても「刑事責任を問われない」以上、今後国会論戦で野党などからいくら「幹事長辞任」を迫られても、もうその必要はなくなったわけです。石川議員起訴という火種は残るものの小沢問題は急速に終息し、よほどのことがない限り民主党は今夏の参院選を小沢幹事長全面指揮の下で戦えるわけです。
 状況を読み違えて反小沢の急先鋒となった、渡辺恒三、前原誠司、枝野幸男、野田佳彦らは、今後ますます党内で冷や飯食らいなのではないでしょうか?
 以上フジテレビ『スーパーニュース』速報が真実として、少し感想を述べてみました。

 しかし事件は小沢捜査だけではありません。先月は押尾学が、田中香織さんに対する保護責任者遺棄致死罪で再起訴されました。当ブログで度々述べていますとおり、こちらは押尾一人にすべての罪をおっ被せて、警視庁も地検も「巨大な闇」には踏み込まず幕引きとなる公算大です。腐れ検察も腐れ警察も、自分とこのキャリアが“やり部屋”に出入りしていたのです。何で真剣に捜査などしましょうや。あるいは、押尾つながりのタレントが1人、2人、逮捕されることはあるかもしれませんが…。

 展開によっては、意外にも押尾事件、酒井法子事件との接点が出てきそうなのが、朝青龍の<一般人>暴行事件です。今報道されているのはすべて朝青龍サイドからだけです。
 この暴行を受けた<一般人>というのが、名前も氏素性も表には出ていませんが、半端な一般人ではなく六本木界隈では知らぬ者がいないほどの有名人K・Tらしいのです。半月以上経過しても、なぜ「被害届」が出てこないのか、もし出されれば朝青龍は事件として立件され即相撲界追放でしょうが、<一般人>にとっても所轄の警視庁麻布署にとってもそう簡単ではなさそうなのです。その辺の事情を、近いうちまとめて記事に出来ればと思います。

 先月はまた、鳥取県連続詐欺女の上田美由紀(35)が、圓山秀樹さん(当時57)に対する「殺人罪」で逮捕され、そして1日本家連続結婚詐欺女・木嶋佳苗(35)も、遂に大出嘉之さん(当時41)殺害に対する「殺人罪」で再逮捕となりました。
 これで東西の両毒婦が揃って、共に新聞・テレビで名前、顔写真などが公開となりました。上田美由紀の方が先だったように、共犯男性の証言などから殺人の立件は容易と見られているようです。木嶋佳苗の方は物的証拠に乏しい上、「佳苗のような手ごわい相手は初めてだ」と捜査員が音を上げるほどだったようですが、何とか逮捕にこぎつけました。以後はやはり「和歌山毒物カレー事件」のように状況証拠を幾つも積み上げ、「よってこの状況で大出さん殺害が可能だったのは木嶋佳苗の他にはいない」という殺人罪での立件、公判維持を進めていくもののようです。
 ところで大変不謹慎な物言いながら、木嶋佳苗はやはり大人気のようで、テレビ等で名前や顔が公表された1日以降以前の『かなえの殺人レシピ(1)~(15)』へのアクセスが急増しています。
 
 しかし私が佳苗や美由紀以上の大毒婦、日本版「バビロンの大淫婦」とみなしている、野口美佳は事情聴取も逮捕もないのでしょうね。アーァ、嫌だ嫌だ。こんな腐った国 !

 それ以外にも、アメリカで火を吹いて欧州、中国と全世界に飛び火した「トヨタリコール問題」も見逃せないと思います。何と総リコール台数が同社の前年度総生産台数650万台を超える、1千万台超というのですから驚きです。
 一昨年来の全米大金融不況で、米国のGMをはじめとしたビックスリーはすっかり左前になってしまいました。GMなどはユダヤ・ロックフェラー系企業です。そこでまたぞろ戦争屋・CIAが裏で画策し、大掛かりな「トヨタ潰し」を開始したと見られるのです。トヨタこければ、GMなどがシェアをぶん取り再浮上できる仕掛けです。

 小沢捜査とは別に、この問題もモロに我が国経済や我が国の民主党政権を直撃しそうだと見られています。後2、3年、666人類支配勢力は各国、各分野で猛烈な「最後の総攻撃」を仕掛けてくるものと思われます。
 ですから今後何が飛び出してくるのか?ひょっとしたら「9・11」を上回るようなドエライことを仕掛けてくることも考えられます。しかし今回が「艮めの戦(とどめのいくさ)」です。「彼ら」は近未来地球世界を去っていくことが確定しています。共々、それまでの辛抱です。

 こうしてみますと、穏やかに年が明けた昨年とはうって変わって、今年は年初から『何とも多事多難なことよ』と思わずにはおられません。

 (大場光太郎・記) 

| | コメント (0)
|

小沢一郎とフセインがダブって見えてくる

 「小沢潰し捜査」の佐久間特捜部長らは、CIAの洗脳教育を受けている !?

 地検特捜部は捜査権・公訴権共に行使出来るという、主要先進国では極めて珍しいほどの強大な権限を持つ捜査機関です。(海外の著名なジャーナリストが、そうはっきり指摘しています。)小沢一郎はそれが暴走した時の危うさを予見し、早くから「検事総長ら検察トップを国会の同意人事とする」「取調べ過程の全面的可視化」などにより、その強大な権限に歯止めをかける検察改革を打ち出していました。
 これは全霞ヶ関改革の重要な改革の一環であったわけです。しかし以前述べましたとおり、生まれも育ちも666・アメリカユダヤ→CIA奉仕機関である地検特捜は、そんなことをされれば「アメリカ(ユダヤ)様のアメリカ様によるアメリカ様のための」本来の捜査が出来なくなり大変不都合なわけです。

 そこで政権交代して間もなく、まだ民主党も鳩山政権も基盤が脆弱なこの時期を狙って、その要石である小沢一郎にターゲットを絞って狙い撃ちしているのが、今回の小沢土地問題だと思われます。これは単なる架空の作り話ではなく、佐久間達哉特捜部長など特捜幹部らは、本場アメリカでCIAによる洗脳教育・洗脳プログラムを受けていた可能性があるのです。
 というのも例えば佐久間達哉は、1980年代駐米日本大使館勤務をしていた経歴があります。(外務省所属ではなく防衛庁所属で)その時の駐米大使は大河原良雄、太平洋戦争時からの中曽根元総理の戦友だった男です。こうして佐久間は中曽根→大河原→読売の渡邉恒雄らの「親米反中ライン」の一員に組み込まれ、同時に駐米中、戦争屋・CIAとも接触があったのではないかとみられるのです。

 特捜部は国内的には自民党清和会の影響が強いとされてきました。また東京地検内には、創価学会や統一教会の構成員も多数潜り込んでいると見られています。さらには暴力団稲川会の影響もあるといわれています。もちろんそれら国内諸勢力も無視できません。しかし何といっても、既に見てきましたとおり戦後すぐGHQの声掛かりで特捜部の前身がスタートしたように、底流で一番コントロールされているのは、母体といって過言ではないアメリカユダヤ・CIAだと見て間違いないようです。

 今回の小沢幹事長狙い撃ちは、かつてのイラク侵攻時のサダム・フセイン追い落としを髣髴(ほうふつ)とさせるものがあります。フセインを葬り去るために、当時のブッシュ政権、米軍が「大量破壊兵器が存在する」「フセインはアルカイダと気脈を通じている」などと嘘をでっち上げ、際どく国際世論を味方につけ侵攻に踏み切ったことは曲げられない事実です。

 その結果まんまとイラク侵攻を成功させ、フセインを捕らえて処刑、しかし侵攻の根拠とした大量破壊兵器などはついに見つからず。その後アメリカ主導のイラク占領政策は、テロの頻発など治安の悪化で、イラク国内は今に到るも四分五裂の悲惨な状況です。
 このイラク侵攻の大枠を策定したのが、(モサドと共に)9・11の本当の実行部隊だった戦争屋・CIAでした。大鶴や佐久間ら地検特捜幹部は、そんなイラク侵攻を今回の小沢失脚劇の下敷きとして参考にしているフシがみられます。目的つまり小沢追い落としのため世論誘導する、そのためにはデマ、捏造情報をリークしまくりマスコミに土石流的に報道させるといった、手段を選ばず式の今回のデタラメ捜査にそれがはっきり見て取れます。

 政権脆弱、千葉法相まったく無能、新政権のアキレス腱を衝かれた形の今回の地検特捜の“クーデター”は、おそらく大成功裏に完了するのでしょう。こうして日本版フセインの小沢一郎は政界追放となるわけです。その動きを察知して、前原、枝野、野田といった元々親米派の民主党内の反小沢分子らは、早くも小沢排斥の策動を始めているようです。
 しかし昨年夏政権交代を可能にした総選挙は、彼らの力によって勝ち得たものではありません。彼らは自分が当選するだけで精一杯、所詮小沢の向こうを張れるような器ではありません。国民の政権交代願望が強かったとはいえ、それを可能にしたのは小沢一郎以外にあり得なかったのです。小沢無き後、彼らが民主党内を束ねることなどまず期待できず、イラクと同じく小沢という重しを失った現政権、民主党は間違いなく四分五裂の運命です。それのみか、国内の政情そのものが収拾がつかないほど大混乱することも予想されます。

 かくて、選挙によって選ばれたわけではない、一公務員機関に過ぎない地検特捜部の暴走・謀略捜査によって、政権交代を望んだ国民の意思は踏みにじられることになるのです。(いずれ地検特捜部の捜査の歴史を、綿密、詳細に検証する優れた専門家が出てくるかもしれません。そうなると特捜は、真に我が国の国益に適った捜査などただの一度もしてこなかった、すべてはアメリカの利害のためだったということが白日の下に暴かれる日が来るかもしれません。)
 もちろんこの先地検特捜や霞ヶ関の改革を主張する者は誰も出てこず、彼ら亡国官僚たちに好いように引きずり回され、この国は滅亡に追い込まれていくのです。

 (大場光太郎・記)

| | コメント (0)
|

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »