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ぬかづけvsキムチ?

私はれっきとした何々の末裔などと語っている時点でキムチ臭い国の方々と同レベルだと気づかないものなのか?
かの国が好きだとかk選手のファンだとかは個人の自由でありお好きなように楽しんでいただければよいと思うが、かの国を批判すればネトウヨ認定だとか自国民を過度に卑下する言動はあなた自身の思想にも少し問題があると思えるのだが・・・
まあこういう意見にも耳を貸す気持ちも持てない人なのだろうけれどね     (“ぬかづけ”さん)

 あなたのような反論がくるだろうと、ある程度予期していた。「キムチ臭い国の方々と同レベル」という物言いには、「ぬかづけ臭い国」はそのレベルより上なんだという見下しがあることになる。では、その「見下しの根拠」は何なのか?しっかりした、納得のいく論旨なり「ぬかづけ文化優位論」なりをお示しいただきたい。
 それに私は、ある個人選手を国境など越えてひいきしているという、率直な感情を申し述べているのであって、それがどうして「自国民を過度に卑下する言動」ということになるのだろうか?
 そのような物言いが既に、偏狭なナショナリズムに凝り固まった「ネトウヨ」的だと思うのだが、いかがか? (大場光太郎)
                       *
 以上は前回記事『キム・ヨナvs浅田真央』における、“ぬかづけさん”とのコメントのやり取りです。どういう訳か、当ブログにはめったにコメントが寄せられません。そしてたまに寄せられると、今回のような文意を曲解した非難・中傷コメントが多くなります。
 このような人は、たまたま当ブログ記事にたどりついた「通りすがり」の人のようです。そこでその記事を表面的にサッと読んで、何か気に食わない文脈にぶつかると『もう二度と訪問しないブログだから』とばかりに、悪意に満ちた棄てゼリフ的なコメントを書き捨てて「バイバイ」と言うわけです。

 このようなケースがまヽあり、本当に『我が意を得たり!』と思うものや、私自身目からウロコが落ちるような“珠玉のコメント”にはめったにお目にかかれません。そのようなことから当ブログでは、コメントは一切受け付けないことにしようか?とも考えています。ただそうなると、やはり寂しい気もするし…。ただ今思案中です。

 当該記事はより面白くするため、やや誤解を与える文章があったことも確かで、私自身反省しなければなりません。しかしつい「売り言葉に買い言葉」式の、返信コメントになってしまいました。
 ただぬかづけさんが言われていることは、重大な問題をはらんでいると思われます。そこで今回は、本旨である「キム・ヨナvs浅田真央」を離れて、この問題を少し考えてみようと思います。
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 まずぬかづけさんの文は、「ぬかづけは上等、だけどキムチは下等」と言っているように思われます。そんな“ぬかづけさん”の論法は、所詮「目くそ、鼻くそを笑う」の類いにしか思われません。第一キムチを貶めているけれど、かなり前からキムチをはじめとした韓国料理は、我が国でも既に日本食の延長のように一般化しており、我々国民もけっこう重宝しているではないですか?
 キムチチゲ、カルビ焼肉、ブルコギ、ビビンバ…。ぬかづけさんは、そんな「レベルの低い国」の料理など、一切食べないということなのでしょうか?(もし感謝もなしにそれらを見下しながら食べているとなると、体に深刻な悪影響を及ぼしますよ。)

 それを普遍化すると、中華料理、フランス料理、イタリア料理など異国(とつくに)のものは皆ダメということなのでしょうか?もし「いやそっちはいいけど、とにかくキムチの国のものは下等だからダメなんだ」と言うのであれば、あなたはすべての朝鮮の人々を蔑視してきた、戦前の日本人の旧思考そのものだと思いますよ。つまり戦前の旧思考を誰かから受け継いで、思考停止したままの状態であるということです。
 いつか別に論じたいと思いますが、「真の愛国心」とはそんな偏狭なナショナリズムとは無縁です。「偏狭なナショナリズム」は戦前の軍国主義勢力が意図的に導入した、過てる創作なのです。それがどのような悲惨な状況をこの国にもたらしたか?歴史が余すところなく教えてくれているではないですか。戦後60余年も経過し、間もなく「銀河市民の仲間入り」を果たそうかという新世紀の「今この時」に到るまで、そんな病的思考を引きずっていてはいけません。

  マッチ擦るつかの間海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや
 
 昨年11月の『身捨つるほどの祖国はありや』記事で紹介した、寺山修司の有名な短歌です。同記事でも触れましたが、寺山がこの短歌を詠んだのは昭和30年代前半のことです。その頃既に寺山修司という鋭敏な詩的魂は、「祖国喪失」をひしひしと感受していたのです。
 それ以降、どれほど更にひどい祖国喪失状況がこの国に起きたことか。この国の対米隷属を決定づけた「60年安保」、国民すべてが狂ってしまった高度経済成長政策、バブル崩壊、平成大不況、超借金大国、格差社会、薬物汚染増大社会、犯罪多発国家…。

 本当の愛国者なら、戦後日本をこれほどまで末期的状況に追い込んだ、組織や者たちの責任をこそ厳しく指弾すべきなのです。戦時中の戦争指導者群、アメリカユダヤ・GHQ、戦争屋・CIA、霞ヶ関官僚群、自由民主党、財界、新聞・テレビ等マスコミ、曲学阿世の言論人…。

 マスコミが「浅田真央の金メダル」をうるさいほど喧伝し続ける時、そこには「商業主義」つまり浅田が金メダルを取った場合の経済効果がしっかり計算に入っているのです。もしそうなればマスコミ自身が旨味に預かれるからこそ、狂乱報道するという側面があるわけです。
 そんなマスコミに煽られて偏狭なナショナリズムに陥る前に、私たちはマスコミ界の欺瞞を、冷徹に見破る必要があるのではないでしょうか?

 最後に。私は右翼でも左翼でもない中翼(なかよく)、つまりどの国どの民族も分け隔てなく仲良くしたいと念願している者です。

 (大場光太郎・記)

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