« 何で今?中曽根「もみ消し文書」発覚 | トップページ | 冬季五輪あれこれ »

雪明り町

  故郷(ふるさと)の雪明り町想ふかな   (拙句)

 立春はとうに過ぎたというのに、このところ連日寒い曇り空が続いています。それは冬の曇天だけに、重苦しい鉛空(なまりぞら)と形容したくなるような空模様です。
    氷解(と)け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ
    さては時ぞと 思うあやにく
    今日もきのうも 雪の空
    今日もきのうも 雪の空   (『早春賦』2番)

 当地では近くの中津川辺は依然冬枯れた様相で、いまだ「葦は角ぐむ」という風情ではありません。それに先日お伝えした近所の水路道のふきのとうも、あれから全然伸びる気配なく、この寒さであの時のままずんぐり縮こまった状態です。
 神奈川県県央地区の当地はさすがに、「今日もきのうも 雪の空」はないものの、『それにしても寒いなあ』と恨めしげに空を見上げるきょうこの頃です。

 ところが17日夜10時少し前、たまたま小用で車で市内を走っていましたところ、途中からにわかに雨がちになりポツリポツリと車のフロントガラスに雨粒のようなものがかかり出したのです。そのさまを見ながら運転していましたが、雨にしてはようすが変なのです。それはフロントガラスにべタッと引っつきながら消えてゆきます。白とははっきり言えないけれど、どうも霙(みぞれ)っぽい感じなのです。

 なおも走り続けていますと、今度は少しずつ霙から雪状に変わってきました。見る見る白くなり、我が車めがけて斜めから吹きつけてくるのです。決してもさもさという感じではないにしても、明らかに白い雪に変わりつつあるようです。
 ある所で車を停めて、街灯のあたりを見上げてみるに、細かい粉雪が小止みなく降り続いています。気まぐれな風に煽られて、行方定めぬ不確かさで、暗い夜空をふわふわさまよって斜め横に流されていきます。
 今度は落ち行く先の地面に目を転じますに、黒く濡れていかにも冷たそうなアスファルト路面に、吸い込まれるようにして消えていきます。

 この分では、けっこう降り積もって明日の交通機関に影響する、そんな具合でもなさそうです。しかし『それでもうっすらとは積もるかな?』くらいの感じです。

 これまで度々述べてきましたように、私が生まれ育ったのは山形県内陸部の東置賜郡宮内町(現南陽市宮内)です。かなりの豪雪地帯です。例年新年早々から3月上旬頃まで、町全体が根雪にすっぽり閉ざされます。そのため我が地方では(多分東北地方全体がそうだったと思いますが)子ども時分夏休みを短縮し、その分1月末から2月にかけて2週間ほど“冬休み”があったくらいです。

 そんな中、中学校や高校の時、しんしんと冷え込む夜中町の通りを歩いているとします。当時(昭和30年代後半から40年代前半)は、今のように街灯などというシャレた灯りはほとんどなく、電柱の途中に丸いカサを被った裸電球が取り付けてありました。そんな薄暗い灯りが、ポツリポツリとあるくらいなものでした。
 暗いといえばけっこう暗かったはずです。しかしさほど暗いとも、うす気味悪いとも思わずに、そんな夜道を平気で歩いて行けたのです。なぜかほんのり明るんで見え、雪の夜道はさして苦にならないのです。夜の暗さの中で、周り中の根雪が町の景色を仄白く照らし出してくれるような具合だからです。

 そんなことは、実際毎冬根雪に閉ざされて暮らす雪国の人たちにとっては、当たり前の見慣れた光景であるわけです。しかし私のように高校を終えて郷里を離れ、滅多なことでは雪が降らない首都圏で40余年も暮らしている者にとって、それは懐かしいノスタルジックな思い出です。故郷の「雪明り町」はだいぶ神秘化された夜の白い幻想世界となって、時たま脳裏によみがえってくるのです。

 (大場光太郎・記)

|

« 何で今?中曽根「もみ消し文書」発覚 | トップページ | 冬季五輪あれこれ »

思い出」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。