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続・国母選手が大学生?

 大学生の“粗製濫造”は亡国の一因。根本的に見直すべきだ

 それでは、国母和宏が在籍する東海大学はどのような偏差値レベルなのでしょう?その前に驚かされるのは、同大学の学部・学科の多さです。ざっと数えてみると、「総合大学」と銘うっているだけあって、何と150以上もの学部・学科があるのです。中には、「組み込みソフトウェア」「情報理工統一」「医用生体工学」「産業工統一」などという、部外者にはどういう分野なのかさっぱり分からないものもあります。
 偏差値ですが、ざっと見渡してみますとほとんどが「40台」です。(さすがに「30台」はありません)「50以上」は十数学科くらいです。その中で突出しているのが医学部2学科の「62」です。しかし医学部は他の大学でも高レベルで平均的には「67~68」くらいですから、神奈川県伊勢原市郊外に大病院を有する同大学としては、医学界でも少し遅れを取っているレベルなのかな?と判断されます。

 医学部が出たついでにー。一昔前医学界のある重鎮の、「医は算術」の発言が物議をかもしたことがありました。これは当然古来からの「医は仁術」を意識して、『いや今日の医療界の現実はそんなキレイ事では済まされないのだ。医療機関だって一経営体である以上、そろばん勘定がどうしても必要だ。でないと病院経営など成り立たない』という背景があっての発言だったことでしょう。
 その意味では、学問の府・大学もとうの昔から「学は算術」になっているのではないでしょうか?東海大学のようなマンモス私立大学などは、特にその傾向が強いように思われます。

 旧東京帝国大学が創立された明治10年以降“大学”には、各界、各分野の知的国家エリートを育成する「最高学府」の栄誉が与えられてきました。ちなみに「学府」とは「学問を学ぶところ」という意味ですから、最高学府とは「最高の学問を学ぶところ」という意味になるわけです。
 昭和40年秋、昨年11月亡くなった森繁久弥主演の喜劇映画『駅前シリーズ』の一つ、『駅前大学』が封切られました。タイトルが意味するものは当時から大学は全国各地に建ち始めていたということでしょうが、その後は一段と拍車がかかり、今では「コンビニ大学」といった様相なのではないでしょうか?ピンからキリまでの大学そして大学生。そのため今では「最高学府は大学院だ」と唱える人もいるほどです。

 CIAエージェントの一人・岸信介による「60年安保」の翌年の昭和36年、「女子大生亡国論」なるものが当時のマスコミをにぎわせました。これは同年早大某教授が、「私立大学の文学部は女子大生に占領されていて、今や花嫁学校化している。これは大問題だ」と発言したことによるものです。
 「女子大生亡国論」と名づけたのはマスコミだったようですが、問題が大きくなって次の年くだんの早大教授は、「あまりにも目的のない女子大生を見るにつけ、女性の問題としてもこれでよいのか」という趣旨だったという補足説明をしました。
 「女性の権利意識」がかつてないほど高まっている今日、こんな発言をしようものならそれこそ世の女性陣に総スカンを食らいそうです。しかし私は、この発言の中の「女子大生」を「今の学生」、「女性」を「国家」に置き換えてみると、何と今日の学生事情を表わしていることだろうと思うのです。

 「女子大生亡国論」を何となく耳にしていた当時、私は山形県内陸部の小さな町の一中学生でした。ですから、大学構内で女子大生たちがのさばっている(?)のは遥か遠くの東京という大都会でのこと。郷里の近辺では中卒があたり前、高校に進学するのも珍しい時代でした。
 中学時代の恩師のT先生が、国語の授業中、戦前の旧制第一高等学校生や旧制東京帝国大学生らがいかに優秀で、いかに向学心に燃えていたかを事あるごとに話してくれました。そういうこともあって私は、大学への「畏れ(おそれ)」を心のどこかに抱いていたと思います。結局私は大学へは進学しませんでしたが、経済的理由が第一だったとはいえ、『オレのような者が大学に入っていいのか?』という思いがどこかにあったかもしれません。

 私のような考えの者は少なく、後に「団塊の世代」と呼ばれることになる、戦後最大のベビーブームに生まれた私たちの世代が高校を卒業した昭和40年代前半既に、今日の「コンビニ大学」に到る状況が急速に進行していたのです。全国各地に受け皿となる大学が増設されたことにより、“畏れ知らず”の若者たちがそれこそ猫も杓子も大学へ進学していきました。
 結果今や大学進学率は50%超、つまり同年生まれの二人に一人が大学生という時代です。近年少子化傾向を示しているにも関わらず、既存の大学が閉鎖されたという話はあまり聞きません。ということは、特に全国の私立大学は学校経営の必要上、学生の確保のため“お客様待遇”で学生に接しているのが実情なのではないでしょうか?

 この状況は必然的に大学及び大学生の質の低下、劣化を引き起こします。やり玉に挙げて申し訳ないながら、国母君のようなおよそ大学生とは思われない学生がわんさかいるのです。そして彼が在籍している東海大のように、軒並み「偏差値40台」という大学も全国にたくさんあるわけです。
 そんな学生にとって、親のすねかじりの大学生活は“ムダメシ食らい”の4年間というべきです。そうして本来の“学問”そっちので、やれ合コンだ、やれスポーツカーを乗り回してドライブだ、挙句の果てはベランダで大麻を栽培してみたり、覚せい剤に手を染めてみたり…。こんな連中は、確実に日本の未来をダメにします。

 門外漢の私が、エラソーに「大学教育論」などぶてるわけがありません。しかし願わくば、大学という最高学府は、やはり以前のように真に優秀な国家エリートを養成する機関であっていただきたいと思うのです。
 それからすれば、今の偏差値分布のちょうど真ん中の「55」くらいがぎりぎりの分岐点なのではないでしょうか?大学としての威厳と質の確保のため、それ以下のレベルの大学から思い切って「大学」という名称を取り上げるべきです。そして「4年制専門学校」に格下げすべきです。

 最後に、一昨年の『東海大学湘南キャンパス今昔』シリーズでもご紹介した、東海大学の創立者・松前重義氏の「建学の精神」を再度掲げます。国母和宏君、現在の東海大学関係の方々。建学の理想と初心に立ち返っていただきたいと思います。

    若き日に 汝(なんじ)の思想を培(つちか)え
    若き日に 汝の体躯(たいく)を養え
    若き日に 汝の智能を磨け
    若き日に 汝の希望を星につなげ

 (大場光太郎・記)

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