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『蛍の光』あれこれ

 『蛍の光』は『仰げば尊し』と共に、我が国では昔から卒業式で歌われる定番歌でした。この歌の由来などについて、意外と知らないこともありそうです。そこで今回は、この歌についてあれこれ述べてみたいと思います。

 『蛍の光』は、「オールド・ラング・サイン」というスコットランド民謡を原曲とする日本の唱歌です。原曲『オールド・ラング・サイン』(Auld Lang Syne)はスコットランド語で、英訳の逐語訳ではOld Long Since、意訳するとtimes gone byとなり、日本語訳では「久しき昔」となります。

 同原曲は作曲者は不詳です。昔からスコットランドに伝わるこの民謡に、現在歌われている歌詞をつけたのは、スコットランドの詩人ロバート・バーンズです。
 ロバート・バーンズ(1759年12月5日~1796年7月21日)は、スコットランド語を使った詩作で知られ、その詩は「スコットランドの心そのもの」と讃えられるほどの国民的詩人です。スコットランド民謡の収録、普及にもつとめた人物です。
 『オールド・ラング・サイン』(ジャズバージョン)の他に、日本でも「♪夕空はれて 秋風ふき つきかげ落ちて 鈴虫鳴く…」でおなじみの唱歌『故郷の空』(原題:Comin Thro` The Rye)の作詞者でもあります。またバーンズの恋人の一人に捧げられた『ハイランドのメアリー』は日本でもよく知られた詩です。

 バーンズはオールド・ラング・サインを、従来からの歌詞を下敷きにしながら一から書き直しました。こうして書きあがった歌詞は、旧友と再会し思い出話をしつつ酒を酌み交わすといった内容になりました。
 このようにして採譜された『オールド・ラング・サイン』(猫声バージョン)は、ハイドンやベートーベンやシューマンといった著名な作曲家たちも伴奏をつけたり編曲したりしています。こうして同歌は、スコットランドだけでなくヨーロッパ中に、アメリカ大陸に、そして全世界に広く浸透していったのです。
 
 日本では明治10年(1887年)小学唱歌を編纂する時、稲垣千頴が独自性の高い訳詞を試みて採用され、これが『蛍の光』(女児合唱バージョン)となったのです。同歌は明治14年(1881年)に尋常小学校唱歌として、小学唱歌集初編に初めて載せられました。
 それ以降、卒業式やその他数多くの場面で歌われたり演奏されながら今日に至っているわけです。なお元々の『蛍の光』(正調バージョン)は5番まであります。しかし戦後、3~5番の歌詞は軍国主義の色濃いという理由から、現在では2番まで歌うのが通例です。

 思えばこの歌を卒業式で、商店・デパートなどの閉店時のサインの曲として、紅白歌合戦で「行く年」を惜しむ歌として…これまで幾度歌ったり、聴いたりしたことでしょう。
 しかし私にとって、最も印象的な『蛍の光』があります。それは映画『哀愁』の中の挿入歌としてです。

 映画『哀愁』は1940年公開のアメリカ映画です。主演はヴィヴィアン・リーとロバート・テイラー。昔懐かしい白黒映画だったことが、この映画の全編に漲る叙情性と哀愁を一段と深めていたように思います。
 『哀愁』というのは、1949年(昭和24年)日本で公開された時につけられた邦題で、この映画を一言で要約するとつまりは「哀愁」ーなかなか秀逸なタイトルだと思います。
 
 原題は『WATERLOO BRIDGE』であるように、この映画はロンドン市街を流れるテムズ川に架かるウォータールー橋の回想のシーンで始まり、同橋での現実のシーンで終わります。その間第一次世界大戦から第二次世界大戦。第一次世界大戦中、大陸に出征直前のイギリス軍将校ロイ・クローニン大尉(ロバート・テイラー)は、バレエの踊り子マイラ・レスター(ヴィヴィアン・リー)と夜霧が立ちこめるウォータールー橋上で偶然出会います。
 たちまち恋に落ちた2人は、その夜やっとのことで“逢ひびき”を果たします。そしてとあるダンスホールで2人は、至福のダンスを踊り続け、12時を回ってその最後に生演奏されたのが『オールド・ラング・サイン(蛍の光)』だったのです。この曲に合わせて踊る2人のシーンが、この曲は「別れの歌」としての印象が強いせいか、その後の悲しい結末を暗示してるようで…。私にはとても印象的で、あれほど甘美で切ない『蛍の光』はありませんでした。

 なお原曲は4拍子の曲ですが、この映画ではより哀愁味を出すためか、ロマンティックなワルツ(3拍子)として流されました。そしてこのワルツ曲が後に『別れのワルツ』として世界的にヒットしていくことになります。
 現在我が国で、多くの公共施設や商業施設での閉館、閉店直前のBGMとして流されるのは、この『別れのワルツ』(古関裕而編曲)の方であるようです。

 一般的に、ヴィヴィアン・リーの代表作は『風と共に去りぬ』というのが定説です。確かに同作品は『哀愁』より1年早い1939年公開のカラースペクタクル巨編で、アメリカ映画史に残る記念碑的作品ではあります。しかし私にとってヴィヴィアン・リーの代表作は、白黒でそれよりもずっと地味な『哀愁』を置いて他にはありません。
 『哀愁』におけるヴィヴィアン・リーの何と美しかったこと ! 映画をさほど観ているわけではありませんが、『哀愁』は数多ある恋愛映画の中でベストスリーに入るのではないだろうか?と私はひそかに思っているのです。

 (注記)本記事は、フリー百科事典『ウィキペディア』を参考にまとめました。なおご紹介した「各バージョン」はいずれも“Yuoutube版”でどれもお奨めですが、「猫声バージョン」は特に一聴の価値ありです。

 (大場光太郎・記)

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