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三月の雨-横浜寸描

  横浜の雨に打たれし薺花(なずなばな)   (拙句)

 春彼岸中日未明の大嵐が代表例で、その前もその後もぐづついた天気が続いています。今年の3月はすっきりした春日和が少ない、あまり日照時間に恵まれない月であるようです。比較的良い天気が続いた去年の春とは好対照です。

 確か今年のこれまでのパターンとよく似ていたのが、おととしの春の天気でした。おととしといえば当ブログを開設したのが、同年4月29日のこと。当座はどのような記事を書けばよいかと手探り状態で、取りあえず無難で書きやすい身辺雑記、日々のお天気の報告文、折々の身近な自然観察文などが主でした。
 中でも気象のことはよく記事にしていました。その記憶をもとに振り返ってみますと、おととしも3月から5月にかけてずいぶん雨がちな春だったように思います。例えば午後本厚木駅に出かけるのに、『曇ってはいてもまさか雨は…』と傘を持たずに行ったところ、夕方6時過ぎから猛烈な雨に見舞われ、往生したことが2、3度あったことなども当時の記事として残っています。

 おととしは春が梅雨の先走りのような様相で、そのまま本梅雨になだれ込んだ感じでした。梅雨が明けなかった7月20日頃、突如夕刻から夜にかけて大驟雨、大雷に見舞われ、当地では近年珍しい夜の停電も2度ほど経験しました。
 その分真夏は涼しかったかと言えばさにあらず、8月はけっこうな猛暑になったのでした。かえって春が比較的穏やかだった去年の方が、真夏は曇天の日が多くさほど暑くない過ごしやすい夏でした。
 今年はまだ3月ですから何とも判断のしようもありませんが、このままぐづつきがちの春、猛暑の真夏というおととしのパターンをなぞることになるのでしょうか?
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 さて本日(25日)もけっこう本降りの雨となりました。そんな中午後から横浜に行ってきました。業務の都合上、神奈川県庁の一施設である県行政資料センターで調べものをするためです。本日は横浜駅から一つ目の桜木町駅で降りて、そこから同施設まで3km弱くらいの道を県庁方向目指して歩くことにしました。

 同駅のホームから長い階段を降りていきますと、白い側壁に何やら昔風の大きな写真の複製が壁面にプリントされています。見ると横浜市街の時代ごとの変遷を紹介した写真のようです。都合5枚ほど、本当は下が古くて上に行くほど新しいのですが、降りていく私は逆に時代を昔に溯っていく感じになります。
 1970年代頃までのものは、私にも何となくなじみがあります。しかしそれから1950年代、1930年代ともなると、モノクロでいよいよセピアがかったものとなり、もう私など知らない昔の町並みです。しかしなぜか、古い町並みの方に何ともいえないノスタルジックな懐かしさを感じたのでした。

 昔懐かしい写真の余韻覚めやらぬ間に、自動改札そして駅構外へと人の波に押し出されました。やはり外はけっこうの雨です。いつもの通り左手にランドマークタワービルがひときわ高く聳えています。いつぞやも触れましたが、こんな雨の日には同ビルの天辺付近は、大山の頂上付近のようにガス状の霧が薄くかかっています。そのさまはさながら町の中に突如現われ出た“マウント・ランドマーク”といった感じです。

 業務上横浜の官庁街に時折り通うようになって10余年になります。それからも“みなとみらい21”開発プロジェクトのせいか、通りの景観はだいぶ変わりました。古い倉庫が立ち並んでいた辺りは、その旧倉庫がすっかり取り壊されて見違えるような洗練された超近代ビルに生まれ変わりました。
   横浜の桜木町に桜なし
 ずい分前の拙句です。実際桜木町近辺そしてこれから行く県の施設辺りには、大通りの街路樹は別として、桜の木どころか普通の木々も申し訳程度しか見当たりません。降りしきる雨の中、道行く人はぽつりぽつりと。小さな四角い石を敷きつめた、濡れた石畳状の路面を歩きながら、『21世紀は自然との共生都市がテーマですよ』などと、要らざることを考えたりしました。

 目指す資料センターは、県の新庁舎の裏手、こちらからはその手前に当たります。同資料センターの2階で必要資料を借りて、閉館ぎりぎりの5時15分少し前まで調べたりメモ書きをしたりしました。

 帰路は一旦本庁舎前の大通りまで出ます。何度か当ブログで紹介しましたが、同庁舎は昭和初期建造の“王冠様式”という珍しい建物、その昔は“横浜三塔”の筆頭格の「キング」と讃えられました。降りしきる薄煙りした夕雨の中、ただでさえシックな建物がよけいくすんで渋く見えます。
 大通りを右折して目指すは関内駅方面です。通り沿いには古い建物も多く、本庁舎の少し離れた対面側の、これも横浜三塔の一つの「クイーン」の開港記念会館前の舗道を通ります。そこから少し離れて、舗道沿いに「岡倉天心生誕之地」という平板で大きな横長の記念碑が建っています。岡倉天心は、明治期英語版『茶の本』などで日本美を諸外国に広め、現東京藝術大学の創始者の一人だった美術家、美術史家です。記念碑中央部には岡倉天心の胸部から上の横向き肖像レリーフがあります。

 そうして歩いていると、舗道ととある敷地の間のわずかな隙間から、名も知らぬ草と共に故郷の野辺でもよく見かけた薺(なずな)が、雨に打たれて青々とした葉を四方に精一杯広げている姿を発見しました。
 都会の中のほんの1、2センチの隙間であっても、草々はそうやってしたたかに生え出てくるわけです。

 なおも歩いていますと、反対側に横浜スタジアムが見えてきました。明日(26日)からセリーグ開幕、昨年はダントツの最下位だった横浜ベイスターズ、そのため阪神と京セラドームでアウェースタートとなります。尾花新監督のもと、今年はどんな戦いぶりを見せてくれるのでしょうか?
 圧倒的な戦力からして、どうせ今年も巨人のぶっちぎりのセ界制覇、日本一もV2かと思うと、根っからのアンチ巨人の私などは開幕前から興ざめというものです。野村ID野球の継承者の一人・尾花高夫よ。去年まで在籍していた巨人情報をもとに各選手を丸裸にして、原巨人に一泡も二泡も吹かせてペナントを面白くしてやってくれ ! 「頼むぜよ !」と龍馬もそう言ってるぜよ。

 同スタジアムは球場以外も広大な市民公園になっていて、豊かな樹木で覆われています。おおむねは冬でも枯れない広葉常緑樹ですが、中に1、2本ケヤキでしょうか、うすく萌黄色に芽吹き初(そ)めた若々しい色の木が見られます。中でも目を引くのは、強いピンク色の花を満開に咲かせている木が2本、そしてそのお隣にありました、ソメイヨシノの桜の木が。見たところまだ2、3分咲きくらいのようです。
 そんな春のさまをしかと見届けながら、私はスタジアムとは対面側のコーヒーショップ“ヴェローチェ”の中へと入っていきました。

 (大場光太郎・記)

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