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夜来風雨の声

  春の夜の我れ責めるごと強き風   (拙句)

 いやあ、昨夜の風は「凄まじい !」の一言でした。この地上世界丸ごとふいごにかけて、どこか彼方の世界から吹きに吹きまくっているような、いつ止むとも知れぬ、畏怖の念すら抱かせる風でした。

 とにかくその風の勢いたるや凄まじく、いつぞやの孟浩然の漢詩『春暁』の中の「夜来風雨の声 花落ちること知りぬ多少ぞ」などと悠長な情趣に浸っておられるものではありません。それはまさに「春颶風」(はるぐふう)とでも言うべき、時ならぬ台風のような大暴風でした。
 住居周辺の上空で、絶えず逆巻き猛り狂いながら吹き募る。それが本当にいつ果てるともなく深夜中続くわけです。こんな激風の中では、外にある飛ばされやすい物は皆悉く飛ばされていき、動かされるべきものは皆動かされて、暴風本来のゴーゴー、ヒューヒューという夜風鳴り(よかざなり)に加えて、ガタゴトガタゴトひとしきりうるさい音を立てています。少し収まったかな?と思えばまたガタコトけたたましく煽られて、そんな物音が夜通し続きました。

 近年稀れな突風、激風の中で、たかだか1.6mの儚い身の心細さを覚えつつ、これはうちの地域だけではないだろうな、きっと関東一円広く吹いてるんだろうな、ぐらいの想像力は働きました。
 しかし一夜明けてテレビニュースを見てびっくりです。これは関東地方などというレベルではなく、列島隈なくといっていいほど広い地域で吹き荒れたもののようです。

 例えば、千葉市では明け方に南西の風38.1mを観測し、家屋の損壊被害が出ました。全国的に強風が吹き荒れ、前日の20日午前には、静岡県御殿場市の陸上自衛隊不治演習場で野焼き作業を行っていた30代住民3人が、折からの16mの強風に煽られた炎に巻き込まれ全身火傷で死亡しました。また同20日1時頃、北九州市小倉北区の無人駐車場で女性が首から血を流して倒れているのが発見されました。同駐車場料金支払機の屋根が強風で壊され、女性の首を直撃したものとみられています。

 また21日明け方、北海道旭川市では台風の時でも吹かないような、南南西の風32.5mが吹いたようです。これは同管区で気象観測を始めた大正7年以来92年ぶりの記録的強風となったようです。そのため同市内のコンクリート電柱が何本も根元から折れ、一般家屋を直撃する被害が多くみられました。また家屋の損壊や停電に見舞われた地域も多く、被害は12都道府県に及んだもようです。
 その他羽田空港では強風のため116便が欠航するなど、空の便や新幹線などにも広く影響が出ました。

 強風は午前中にはほぼ収まったようです。しかし代わって、今度は中国大陸から「黄砂」が飛来し、これがため全国的に空全体がどんより霞んだ状態になりました。
 そんな中甲子園では恒例の春の選抜高校野球が開幕しました。やはり折からの強風で、開会式に予定していた“仕掛け花火”が中止となったようです。

 ところで21日は彼岸の中日です。「暑さ寒さも彼岸まで」で、春のお彼岸ですからこれからは徐々に麗らかな春の陽気に向かう頃合です。なのにこの大暴風はどういうことなのでしょう?
 ただ俳句では「涅槃西風(ねはんにし)」という季語があります。これは「涅槃会(ねはんえ)」(陰暦2月15日)前後に1週間ほど吹き続く風を言うようです。俗に「西方浄土からの迎え風」とも言うようです。また春の彼岸の頃にもあたるため、「彼岸西風(ひがんにし)」とも言います。

 これからすれば、春彼岸の今頃少し強めの西風が吹くのは別におかしなことでもないわけです。だいたい早春から3月中旬頃にかけては、雨が続いたり夜中に強い風が吹くことは例年よくあることです。
 ただ今回ばかりは、過去に前例がないほどの猛烈な大暴風だったことが異常と言えば異常です。

 以下はあくまでも私が感じたことですがー。
 「偶然は何もない」。風害にせよ水害にせよ地震にせよ、あらゆる自然災害というものは、人間社会との「相応の理(そうおうのり)」として起こるのではないでしょうか?
 動き循環する「風」には、「祓ふ = 払う」という作用があるように思われます。では何を「祓ふ」というのでしょう?それは人間社会に膨大量積み重なった「罪穢れ」を。「人間社会」などと一くくりにしてしまえば、責任が曖昧模糊(あいまいもこ)としたものになってしまいます。しかしその社会は、私たち一人一人がその構成員であるわけですから、突き詰めていけば罪穢れとは、私たち自身の「内なる罪穢れ」でもあるわけです。その総量が如何(いか)なるものであるかを、日々社会全体が鏡として映し出してくれている…。

 今回の暴風は、社会のいな私自身の、日頃無自覚であるため気がつけない、よって祓えない罪穢れを、当座の分だけはキレイに祓ってくれたのでしょう。
 おかげ様で、当地では午後から抜けるように真っ青な春彼岸日和となりました。

 (大場光太郎・記)

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