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当世学習院事情など

 学習院はともかく。私立校の方が公立よりも“学級崩壊”は深刻らしい

 今月上旬野村一成東宮太夫の会見により、国内はおろか広く海外にまで報道されてしまった「愛子さま不登校問題」。学習院初等科は16日に終業式が行われ、愛子さまは全体の式にはご出席されなかったものの、クラスの方にはご出席されたもようです。
 それ以後は春休みとなり、愛子さまご自身にとっても、問題を起こした児童たちにとっても、学校側にとっても、ひとまずしばしの“水入り”となった格好です。休みが明けると愛子さまは3年生となり、クラス替えが行われます。特に愛子さまのクラスは、新しいクラスメートも含めてどのようなクラス構成にするのか、今学校側は必死で思案中のことでしょう。

 さて今回の不登校問題では既報のとおり、学習院と宮内庁の両者の対応のまずさを指摘する声が高まりました。この問題について、例によって“ネット版世論調査”ともいえる「J:COM投票」では、「愛子さま不登校、悪いのは?」という投票を実施しています。その結果では「学習院…53%」「宮内庁…47%」と、わずかに「学習院が悪い」が多い結果となっています。
 その内容としては、「問題児童を何とかすべきだった…31%」「学習院の方が悪いが、宮内庁も問題だ…29%」「皇族を預かっている自覚が足りない…17%」「学習院で“学級崩壊”なんて許せない…10%」などとなっています。

 問題が一段落して、現学習院院長の波多野敬雄氏(78)が某民放テレビ局のインタビューを受けていました。それによりますと、同氏もかつて学習院で学んだ経験から、代々学習院では、現天皇陛下や現皇太子殿下をはじめ皇族といえども特別扱いせず、他のご学友を混じえた普段着の交流の中で、時にはふざけ合い互いに“あだ名”で呼び合うなど自由な校風で通してきたそうです。
 同氏はそれを踏まえても、「普段は東宮御所で立派な大人たちに囲まれてお育ちになった愛子さまは、やや感受性が強いところがおありなのかなあ。だったら今後は、もう少しその面を考慮しなければならないのかもしれない」と語っていました。

 ところで波多野院長はインタビュー中、野村一成東宮太夫(69)に対して、「野村」「野村…野村太夫」などと呼び捨てにしているのが気になりました。しかしこれには訳があったのです。波多野氏は、学習院高等科卒業後東大法学部そして外務省に入省の経歴があったのです。最終的には国連大使も務めています。
 対して野村太夫も、東大法学部を卒業後外務省に入省、最終的には在ロシア連邦大使を務めたのでした。つまり波多野氏と野村氏は、東大法そして外務省で先輩、後輩の仲だったわけです。

 余談ながら。現在の波多野院長は第25代院長です。そもそも学習院は、前身が明治維新の20年ほど前の1847年(弘化4年)京都御所日御門前に、皇族の学問所として「学習院」が開講したのが嚆矢(こうし)のようです。以後明治維新で明治天皇が江戸城に移られたのに伴い学習院も東京に移りました。それ以降皇族、華族の子弟が学ぶ学校という伝統を受け継ぎ、今日に至っています。
 院長の中には、昨年末のNHKドラマスペシャル『坂の上の雲』第1部で早くも登場した、乃木希典が第10代として院長を務めたことがありました。

 乃木希典が院長になったのは、明治天皇がひそかに後継者と定めていた裕仁親王(後の昭和天皇)の教育係として乃木をご指名になったからです。明治40年(1907年)1月31日のことでした。時に乃木希典59歳。
 乃木の教育方針はどんなに高貴な身分の子弟に対しても、厳然たる教化第一主義をもって臨み、自らが撃剣、水泳、遊戯そして遠足をも共にしたといいます。また暑い真夏に乃木院長自らが上半身裸になり、泥だらけになりながら校内の草むしりを率先し、華族の子弟たちもいやでも右ならえせざるを得なかったとか。

 乃木希典が当時の国民に衝撃を与えたのは、大正元年(1912年)9月13日明治天皇の大葬の日、婦人と共に殉死したことです。裕仁親王は平生から乃木を慕い、乃木も聡明な親王に陽明学を学ぶよう勧めたりしていたといいます。そして殉死の前日乃木は、親王に自ら写本した山鹿素行(江戸時代前期の儒学者)の書を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き熟読するよう言い渡したそうです。
 当時弱冠10歳だった裕仁親王は、乃木のただならぬ気配に『これは遺言だ』と気づき、思わず「閣下はどこかに行ってしまわれるのですか?」と尋ねられたといいます。昭和天皇は晩年まで、生涯で最も尊敬する人物として乃木の名を挙げ続けておられたそうです。 

 「週刊文春」によりますと、愛子さまの“ご学友”の中には、「ファック ! シット !」といった放送禁止用語を叫びながら走り回る大柄な男子児童がいたよし。愛子さまはかつて靴を履き替える時、この子に後ろから髪をつかまれたことがあったといいます。これ一つ取ってみても、もう学習院とて聖域ではなく、子供たちのモラルは普通の小学校と変わらないレベルまで落ちているものと推測されます。
 それでなくても感受性の強い愛子さま、そして愛子さまはひょっとして未来の天皇(女帝)になられるかもしれないお立場です。いくら自由の校風とはいえ、学習院ももう少しご学友たちのモラル向上に腐心してもらいたいものです。

 ところで、現在首都圏の私立小学校には毎年2万人以上の子どもが進学しているそうです。しかし「私立だから安心」はもう全くの幻想であるようです。
 子どもの不登校や引きこもり問題に取り組むあるNPО法人所長は、「実は、いじめの相談は公立より、私立の進学校に通う子どもの方が圧倒的に多い。しかも、“お受験”して賢かったりする分、悪知恵がはたらき、悪質かつ陰湿なケースが目立ちます」と話しています。

 それを裏づけるように、文科省が発表する小学校の暴力行為の発生状況でも、<生徒間暴力>の発生学校数の割合は、公立が4.8%に対して、私立はその2倍近くの8.7%に上ります。さらに<器物損壊>は公立2.8%に対して2.5倍の6.8%にも上っています。
 しかし同所長は「特に私立はこの程度で済むとは到底思えない。信憑性は低い」と言い切っています。イメージ重視の私立の場合、いじめの実態を巧みにカモフラージュしてしまい、なかなか表面化しにくいというのです。

 今や学習院にまでその兆しが見えはじめた、名門私立の学級崩壊。その病根は深く、一学校にとどまる話ではありません。子供たちは今の社会の歪み、ひずみを鋭敏にキャッチして、如実に映し出す鏡のような存在です。かなり以前の1990年代後半、かつて教育現場に身を置いていたある人が、「子どもたちが“ハルマゲドン”を一番強く体験している」と語っていたことを思い出します。
 問題を起こした一児童あるいは学校の改善は当然のこととして、広く教育分野さらには社会全体の抜本的立直しがなされない限り、各学校に広がり続ける学級崩壊をはじめとした子どもたちの諸問題は、真に解決されないのではないでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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