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記事数700越えました

 当ブログご訪問になり、記事をお読みいただいている皆様、感謝申し上げます。

 当ブログ、先日の『国母選手が大学生?』で記事数が700に達しました。一昨年4月末以来668日目です。けっこう休んだ日もあったはずですが、こうしてみますと1日1記事以上更新していることになるわけです。
 このようなご報告は、その時にご訪問いただいている方々との(お互い見えざる)交流を深める意味合いもあって、100、200、…500、600に達した時点でもしてきました。そのたび同じようなことを申しますが、諸事飽きっぽい私が『よくここまで飽きもせずにせっせと記事更新してこられたものよ』と、本当に我ながら驚くばかりです。

 あるブログを運営しておられる方は、ブログタイトル下の一言メモで時折り「このブログは私の命である」と掲げられることがあります。私はさすがにそこまで言い切る自信はありませんが、確かにここまで記事数を積み重ねてこられたのには、あるいは心のどこかにそんな想いもあるのかもしれません。

 アメリカの心理学者のウィリアム・マズローは、人間の欲求を5段階に分類し、その最高の欲求は「自己実現欲求」だと唱えました。そこまで大きなことは言わずとも、なるほど人は生きている限り、外に向けて何らかの「自己表現」を求めてやまない生き物であるようです。その表現こそはその人が生きている証(あかし)でもあり、それが満足いく程度達成されるとそれなりの充足感が得られるもののようです。
 ただいちがいに自己表現とは言っても、それこそ十人十色。その人の個性、適性、能力などに応じて表現方法はさまざまです。また「人さまざま」だからこそ面白味もあるわけです。仕事だけで十分表現し尽くしている人もおられるでしょう。主婦の方なら料理や室内のインテリアなどを、喜びをもって工夫することも立派な表現法と言えると思います。またある人の表現法とは、趣味の絵画や音楽などで、またはスポーツなどの身体的パフォーマンスを通して…。

 少し回りくどいことを述べてしまいました。私の場合は、「文を書くこと」が数少ない表現方法の一つであるようです。しかし書くことが私の一表現方法だとは言っても、日記が三日坊主になってしまうのはもっともなことで、誰も読まないものを一生懸命自分だけに向かって書き続けるのでは、とても適いません。
 「物言わぬは腹ふくるるわざなり」というもので、日頃思ったこと、感じたこと、考えたことなどを他の第三者の方々に読んでもらえるからこその張り合いであり、外に向けた一つの自己表現であると言うべきです。

 以前何かの記事でも述べましたが、その意味で「ブログ」はつくづくありがたい自己表現媒体だと思います。大げさに言えば、日本全国はおろか全世界に向けて自分が作成した文章を発信できるわけですから。事実どこかの県のとこかの地方にお住まいの方、あるいは日本語の分かる海外の方が、たまたま当ブログを開いて読んでくれたりもするわけです。
 こんなことは一昔前だったら、著名な作家や学者や言論人でなければ、とても適わないことでした。

 というような次第で、今後とも時間の許す限り、また私が書きたいことがある限り、時事的なこと、時々のトピックス、開設当初からの身辺雑記、季節報告文、自然観察文、名詩・名句・名短歌鑑賞文など、私の乏しい頭のアンテナで時々にキャッチした事どもを、気軽に時に力を込めて綴ってまいりたいと思います。
 どうぞ皆様、今後とも当ブログよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記) 

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