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今の卒業式の歌とは?

 前回記事で、今の卒業式で『仰げば尊し』があまり歌われなくなっていることを取り上げました。『仰げば尊し』や『蛍の光』といった以前の卒業式定番歌が次第に歌われなくなっているのは、戦後長く続いていた上(文科省)から押し付け方式の画一的教育が徐々に変化し、授業方式や学校行事などでそれぞれの学校が独自色を出し始めた一つの現われなのでしょうか?だとしたらむしろ歓迎すべき兆候であり、一概に批判すべきものでもないのかもしれません。
 いずれにしても、最近の卒業式では両歌に代わって歌われ出している歌があるということです。今回はそれらの歌について述べてみたいと思います。

 今の卒業式で歌われている歌は、ざっと見てみただけでけっこう多くあるようです。
 『贈る言葉』(海援隊)『卒業写真』(荒井由美)『卒業』(尾崎豊)『なごり雪』(イルカ)『さくら』(森山直太朗)『春なのに』(柏原芳恵)『乾杯』(長渕剛)『いい日旅立ち』(山口百恵)…。
 他にもまだあるようで、『仰げば尊し』や『蛍の光』が長い間定番化していた頃に比べれば、何ともバラエティに富んだ歌の数々です。このような歌なら私にもおなじみのポピュラーな歌ばかりです。ただこれらは『仰げば尊し』などの荘重さ厳粛さはなく、いかにも「現代っ子」に相応しい歌だなという感がしないでもありません。

 列記した歌の中で一番古いのは『なごり雪』です。シンガーソングライターの伊勢正三が作詞、作曲し、1974年(昭和49年)にリリースされた歌です。伊勢作品にはこの他にも『22才の別れ』という名曲がありますが、当初は伊勢もメンバーである「かぐや姫」のアルバム中の収録曲でした。しかしこの歌が爆発的にヒットし出したのは、イルカが歌ってからでした。今では、「イルカのなごり雪か、なごり雪のイルカか」と言われるほど彼女の代表曲となっています。

 それにしても74年といえば、私がまだ25歳の頃のことですよ。だから今となっては信じられないことに(苦笑)、この歌は私にとっても青春時代の忘れられない歌の一つでもあるわけです。本題からはそれますが、私はかつてある音楽サイトのこの歌にコメントを書いたことがあります。そのコメントを転載したいと思います。

   今春が来て君はきれいになった
   去年よりずっときれいになった
 本当に、そう感じる瞬間ってあるんですよね。男性諸氏。どなたも経験おありでしょう。若い頃、一度や二度は。
 そしてそう感じると決まって、その後間もなく、この歌のような別れが待っていませんでしたか?
   「雪国は嫌なの」明治通りにて    (昭和57年早春の思い出ー拙句)
     (「二木紘三のうた物語」『なごり雪』-08年4月11日コメントより転載)

 『なごり雪』が多くの学校の卒業歌として歌われているものなのか?私には分かりません。しかしなるほど「なごり雪」は卒業式の時期と重なる季節の風物詩、そして「♪汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる」という歌い出しのとおり、もしかしてこれが2人にとって“永の別れ”になるのかもしれないというとある駅のシチュエーション…。一見『卒業式と何の関係もないじゃん』と思われるのに、やはり結びつく何かがあるわけです。
 と、たまたま『なごり雪』だけを取り上げましたが、ある程度の歳月をくぐり抜けて残ってきたこれらの歌は徐々に古典化しつつあり、それだけに歌を聞くことによって呼び覚まされる思い出も格別なのに違いなく、一曲ごとに何らかのコメントができそうです。(が、紙面の都合上割愛します。)

 そんな中で、今根強い人気の新卒業歌があるそうです。『旅立ちの日に』という歌で、小中高校を通して最もよく歌われているといわれています。
 この歌は、1991年埼玉県秩父市立影森中学校の教員によって作られた合唱曲だそうです。プロではなく素人が作った歌がなぜ卒業歌として全国的に歌われることになったのか?既にご存知の方もおられると思いますが、以下にかいつまんでご紹介してみます。

 影森中学校校長(当時)の小嶋登は、荒れていた学校を建て直すため「歌声が響く学校」にすることを目指し、合唱の機会を増やしたのだそうです。最初は生徒からの抵抗が強かったものの、音楽教諭の坂本浩美と共に粘り強く努力を続けた結果、徐々に学校が明るくなっていったといいます。
 その集大成として坂本教諭が小嶋校長に作詞を依頼し、それに坂本が曲をつけて出来たのが『旅立ちの日に』です。そもそもこの歌はその年の「3年生を送る会」で教員たちが卒業生に向けて歌うサプライズ曲のはずでした。しかしその翌年から今度は生徒たちが歌うようになったというのです。
 その後しばらくは影森中学校だけの合唱曲だったものの、徐々に周りの小中学校でも使われ出し、1998年頃には普及が拡大して、全国の学校で歌われるようになったものだそうです。(なお川嶋あいの卒業ソング『旅立ちの日に…』というのもありますが、こちらもなかなか良い歌です。)

 この感動秘話を知って、私はかつて似たケースがあったことを思い出しました。それは一昨年の『厚木市と“夕焼け小焼け”』シリーズでご紹介した、童謡『夕焼け小焼け』です。(もちろん卒業歌ではありませんが)同歌は今でも全国で最も歌われている童謡であるのかもしれません。同歌が全国で歌われ出した次第を簡単におさらいしますとー。
 この歌を世に出そうとしていた矢先の大正12年9月1日関東大震災が発生し、同歌の未発表楽譜のほとんどは焼失してしまいました。しかしわずかに焼け残った楽譜をもとに、作詞した中村雨虹(なかむら・うこう)の関係者が焼け跡となった東京の一角で、震災で親を失った孤児たちに『夕焼け小焼け』を教え始めたのです。
 それがきっかけとなって、この歌は東京→関東一円→全国へと広まっていったのでした。

 いずれも、魂のこもった良い歌は、いつしか広く伝播していくという格好の見本のようなエピソードです。

 (大場光太郎・記)

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