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ぱっとしない桝添新党

 「総理にしたい」候補NO.1の桝添の新党がこれではどうしようもないだろう

 さんざん谷垣総裁をはじめ自民党現執行部批判を繰り返し、時には「離党」を口にしながら、その実『狙うは総裁のイス一つ』と、今まで党内に居座ってきた桝添要一でした。しかしそんな桝添の姿勢を、若手の後藤田正純議員からは「オオカミ中年」とヤユされる始末です。他の多くの自民党員も桝添をまともに相手にせず、「出て行くんだったら、とっとと出ていきなよ」と冷ややかで、党内ではますます孤立感を深めるばかりでした。
 さすがの「デルデル詐欺男」も、ことここに至ってはやむなく成り行きで飛び出したようなかっこうのようです。

 離党直前には、橋下大阪府知事や東国原宮崎県知事という、一応華のある人物に政党加入を呼びかけました。しかしそれも大々的なテレビ向けパフォーマンスに過ぎなかったようで、両知事から軽くソデにされてしまいました。
 そんな矢先の離党ですから、桝添を取り巻く連中はロクなメンバーではありません。桝添と一緒に離党した矢野哲郎参院議員は、名前も実績もまったく不明に近い人物です。そして桝添が乗っ取る形になる改革クラブも、『あヽそういえばそんな名前の党があったなあ』くらいの忘れられた小党です。こうして俄かに引っついたメンバーのうち、桝添を除いた渡部秀央、荒井広幸など全員が今夏の参院選の改選組です。要はみんな選挙にヤバイ連中ばかり、それで“桝添効果”にすがって議員としての身分を守りたい連中なのです。
 そして桝添自身、「新党ブーム」の今飛び出したからには新党をつくらなければシャレにならず、かといって一からメンバーを集めるだけの資金も人望もなし。そこで苦し紛れに改革クラブと野合して、「新党改革」と看板をすりかえたというのが真相でしょうか。

 ところで桝添要一という男が、世間にデビューすることになった当時のことが思い出されます。それは今を去る20年近く前のことでした。『朝まで生テレビ』というテレビ朝日系の、月一度の深夜討論番組があります。もうかれこれ四半世紀以上続いている名物番組です。私は、大島渚と野坂昭如の二枚看板の最初の頃から、ずっと見続けてきました。その間当然さまざまなハプニングもあったわけで、その辺のことは『田母神論文をめぐって(1)』記事でその一端をご紹介しました。
 さまざまなハプニングのうちには、桝添要一の同番組登場もそれに加えられるかもしれません。ある時の討論で、スタジオ内客席から突如「言いたいことがある」と申し出た者がいました。今となってはその時のテーマが何であったか、まったく覚えていません。また主だった出席討論者も、野坂昭如、栗本慎一郎、高野孟、猪瀬直樹あたりだったでしょうか?
 司会の田原総一朗が発言を許し、客席から一席ぶち始めたのが当時無名に近かった桝添要一だったのです。

 無名とはいっても、当時の肩書きは「東大助教授」です。それだけでもかなり名誉な肩書きと言わなければなりません。しかし桝添は、それでは満足できなかったようです。そこでもっと世に出るチャンスをうかがっていて、「朝生で一席ぶつ」ということを思いついたのでしょう。
 客席にコメントを求めることはそれまでもありました。しかしさすがは東大助教授です、桝添の話は大向こうをうならせるものでした。そんなことが2、3度続き、いつの間にか客席ではなく、レギュラーの討論席を射止めていたのです。そして肩書きは「国際政治学者」そして間もなく「東大教授」の肩書きも手に入れていました。
 こうして私は以後同番組で、どうも反りが合いそうにない桝添の討論を聞かさせられることになったのです。当時を振り返った桝添の人となりや言説に対する私の感想は、「上昇志向が人の何倍も強い男」「弱肉強食の強者」「高圧的」「成り上がり者」「鼻持ちならぬ奴」…といったところでした。

 『朝生』デビューがそうだったように、桝添という男の行動は悉くしたたかな「計算づく」で固められているようです。マスコミに美談調で取り上げられた実母介護も、それが功を奏して参院選での大量得票につながったことを考えれば、実母の病すらも己の社会的地位の上昇に利用したと言えなくもありません。
 また桝添は、常に「一番」でないと気がすまない男のようです。今回の「冴えない新党結成」の先にあるのは、あわよくば石原慎太郎の後釜の東京都知事、そしてゆくゆくは総理大臣のポスト狙いということなのでしょう。桝添はマキュアベリ的に手段を選ばず、その目的に向かって邁進することでしょう。こうしてかなり前から桝添を見続けてきた私からすると、もし桝添が一国のトップリーダーにでもなると仮定すると「怖いな」と思います。間違いなく、戦後最も強権的で独裁的なリーダーになりかねないからです。

 そんな桝添に対して、「誰が総理にふさわしいか」という世論調査では、「桝添要一…10数%」と現在トップだそうです。しかしこの調査では「分からない…60数%」もあることから、これは絶対視できるような数値ではありません。
 東大法学部の少し先輩でもある平沢勝栄衆院議員は、某テレビ番組で「桝添さんは確かに優秀な人だ。しかし今回自身が呼びかけた“経済政策研究会”からは誰もついていかなかった。そこに彼の限界を見ますね」と述べていました。

 そして集ったのは、自民党から次の参院選公認を得られなかった2人の参院議員、そしてこれも次回参院選改選組で目立つ旗印が欲しかった「改革クラブ」のメンバーですから。「たちあがれ日本」もそうでしたが、やはり「次の参院選目当て」「政党助成金目当て」だけの野合と言われても仕方ないと思います。
 出発がこんなメンバーで、果たして「新党改革」が名前倒れに終わらないのだろうか、望むような最終ポストを得ることが出来るのか?「政界ねずみ男」の異名をもつ桝添要一の今後が見ものです。

 (大場光太郎・記)

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