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日本の民主主義は「12歳」?

 そう言ったのは、GHQ占領のドン・マッカーサー元帥だった。今はどうなのか?

 日本が「フリーメーソン連合国」に対して、負けを認め無条件降伏したのが昭和20年(1945年)8月15日のことでした。ほどなくこの国は米国GHQの占領下に置かれることになります。以後数年間のGHQ統治の最高責任者またフリーメーソン最高位階の一員として、「メーソン占領政策」を指示、実行し続けたのがD・マッカーサーでした。日本国民はGHQの「民主的統治」という美名のもと、その“悪魔的な本質”が分からず、統治時代はもとより日本を去ってからも長い間ありがたがり、マッカーサーを大ヒーローとして祭りあげてきました。(なお我が国最初に「メーソン思想」にかぶれたのが、今話題の坂本龍馬です。)

 そのマッカーサー御大が統治時代、我が国の民主主義を「アメリカはもう40代なのに、日本は12歳の少年だ」と言ったというのです。そう言われた国民は腹を立てて当然の侮辱的発言です。しかしGHQによる占領政策がこの国に浸透していくにつれ、それまでの天皇中心の神国思想は180度ひっくり返り、アメリカ様の民主主義でなければ夜も日も明けぬ状況になっていきました。各マスコミ・言論機関をはじめとして、この言葉に誰も批判を加えず金科玉条のごとくうけたまわり、その後長く各方面で引用される言葉となっていきました。

 アメリカは、東京など日本全国の大都市に、無差別爆撃を雨あられと浴びせかけ、無数の非戦闘員国民を殺戮しました。沖縄戦ではやはり無辜の沖縄県民の多くを死に追いやりました。そして極めつけは、広島・長崎への原爆投下です。この2発の原爆により、20万人以上もの両市民を死亡させています。
 さすがは「40代の民主主義国家」ともなると、「正義(ジャスティス)」の尺度が違います。「人道的」とはどういうことなのか、「民主主義が成熟する」とはどういうことなのか、先の戦争あるいはイラク侵攻時は身をもってお手本を示してくださったわけです。

 アメリカGHQ様は、「12歳の未熟な国だから、何とかレベルを向上させてあげよう」などという親切心から、占領政策を進めてくれたのでしょうか?そしていつの日か、日本が我がアメリカと対等に付き合える「40代の民主主義国家」に引き上げてやろうなどと?そんなことはまずあり得ないわけです。あろうことか「ジャップ」(日本人への蔑称)の奴らは、おらがアメリカ様に戦いを挑んできた。金輪際許すことはできません。
 もう二度とアメリカ様に戦争などしかけない国に、徹底的に教育、洗脳し直さなければなりません。GHQ占領政策とは、一にかかってそこに大主眼があったわけです。

 そうした日本占領から数年後、日本に「メーソン政策」が完璧に根付き、骨抜きとなったこの国は我が米国に戦争を仕掛けてくることは二度とないと確信し、以後は何かと難儀な直接統治から間接統治に切り替えることになりました。
 自分たちが日本から離れる以上、日本人の中に忠実な彼らの番犬や組織を育て、それらが彼らの代わりをするようにしておかなければなりません。一つは旧日本軍の隠退蔵物資摘発のための組織を、アメリカ様の方針に背く政治的大物の取り締まり、逮捕、失脚させる目的で残すことにしました。これが今日の東京地検特捜部の前身となったのでした。また隠退蔵物資を米本国で売却したところ、(現在価格)数十兆円もの資産が得られました。これを元手に、GHQの一分野を独立させ「CIA」という、後に9・11を自作自演するような悪魔的謀略機関も設立させました。

 また新設されたCIAは、元はと言えば旧日本軍の所有であった隠退蔵物資売却資産の一部を、自民党設立資金として還元しました。これはもちろん日本政界の要所要所で、アメリカCIA様がコントロールするのが目的なのでした。
 また1950年に勃発した朝鮮動乱によって、半永久的に非武装化させるはずだった日本に、ソ連や中国の共産党勢力からアメリカと自由主義国家を守るための極東における橋頭堡としての役割を期待せざるを得なくなりました。その時利用されたのが、A級戦犯を解かれた岸信介です。おそらく当該米公文書が公表されれば、岸がCIAエージェントであったことを示す同コードネームが明らかになることでしょう。

 命拾いした岸は、以後アメリカ様のために嬉々として忠勤を尽くします。忠犬ぶりが評価された岸は、A級戦犯だったにも関わらずCIAの庇護のもと総理大臣にまで上りつめます。そして岸は、「日米安保条約」を何としても締結にこぎつけるようアメリカ様から命令されます。有事の際は米軍が日本をしっかり守ってやる(という単なる口約束)、その代わり日本は全国各地に米軍基地を恒常的に駐在させ、世界に類を見ないほど応分以上の負担をしなければならない。そのくせ基地に対する要らざる口出しは認めない。また「核」はいつでも無条件で持ち込ませなければならないなどという、決定的な不平等条約です。
 我が国の米国属国化を決定づけた日米安保は、昭和35年(1960年)に締結されました。以後半世紀この国を米国隷従状態に呪縛してきたのです。

 今問題になっている、普天間など沖縄に集中している基地移転の問題は、そもそもそこに原因があるわけです。ですからジャーナリストの高野孟氏が指摘しているように、本来なら「普天間基地をどこに移転するのか?」という以前に、そもそも「日米安保とは何だったのか?」「日米安保は本当に必要なのか?」「今後の健全な日米関係はどうあるべきか?」といったことを、まずきちんと時間をかけて国内や両国間でじっくり議論し、それから移転の結論を出すべきなのです。
 しかしそういう根本的議論はさせない、とにかく無条件で「日米安保は堅持すべきだ」、この問題では気に食わない民主党案には徹底的にケチをつけてやろうというのが、CIAや“日米安保マフィア”息がかりの、我が国新聞・テレビの一貫した立場です。「初めに日米安保ありき」。彼らはこの問題に対して、最初から言論機関としての責任を放棄しているのです。  (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記)

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