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つましい灯(ひ)

   黄昏に我が家の灯 窓にうつりしとき
   わが子帰る日祈る 老いし母の姿
   谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
   あの日あの窓こいし ふるさとの我が家
   谷間灯ともしごろ いつも夢にみるは
   なつかしき母のまつ ふるさとの我が家
   (繰り返す)
          (アメリカ民謡『谷間のともしび』
                日本語詞:西原武三)

 アメリカの歌なのに、我が国の昔からの歌のような懐かしさがあります。郷愁めいた遠く過ぎ去った日々のことを、やさしく思い出させてくれます。『谷間のともしび』。中学三年の時に習いました。そしてこの歌に結びつく思い出も、その頃のことです。

 当時私は、山形の田舎町(東置賜郡宮内町・現南陽市宮内)に住んでいました。家が貧しかったものですから、「お母さんの生計を助けなさい」という担任の先生のご助言で、学校が終わってから夜の九時頃まで(中学一年から)アルバイトをしていました。
 その頃は、町なかの酒屋さんのアルバイトでした。店番、店内の掃除や商品の並べ替え、配達…。
 仲秋のある夕方、ビールか何かの配達で荷物を自転車の後ろに乗っけて、町外れのあるお宅に伺いました。私の知っている、二、三歳年上の先輩の家でした。
 「お晩でーす」。「はーい」。玄関の両開きのガラス戸の片側をがらがらと開けて、中に二、三歩入らせてもらいました。
 すると私が立っているやや広い土間より、一段高くなったすぐの間(ま)で、くだんの先輩と、やや年老いた感じのその母親と思しき人が、ちょうど夕食をとっているところでした。先輩は私を見て、『やあ』というように少し頭を動かし、またすぐ食事の態勢に戻りました。
 ちゃぶ台をはさんで、互いに向かい合った黙々とした夕餉。ちょうど真上あたりに、丸くてうす汚れたカサをかぶった裸電球が、二人をほの暗く照らしていました。
 私はそれを見て、『あヽいいなあ』と思いました。半分はほほえましいなあというのと、もう半分はうらやましいなあというのが、入り混じった想いの…。

 (その後どのように商品を置き、勘定をもらったのか…。まるで覚えていないのに。)
 たったそれだけの光景を、今でもたまに思い出すことがあります。
 昭和30年代のつましいともしび。その下(もと)での、親子二人のつましい夕餉の光景を。

 (注記)本記事は、2008年4月17日「二木紘三のうた物語」の『谷間のともしび』コメントを転載したものです。

 (大場光太郎・記)

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