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今年のウエサクの月

  日が没(い)りて浄(きよ)さを増しし春の月   (拙句)

 今年の「ウエサク月」は雲間にお隠れで、結局見られずじまいでした。これは年初以来の我が国の、「国内騒乱状態」が反映されている「型示し(かたしめし)」だと私は見ます。

 ー 月を見やれよ。月の御座(みくら)申すは汝(なんじ)の心の御座にござるのぞ。スミキル(澄みきる)型示しなれば冴え冴えと、清きリン(凛)たる響きにて、汝の心を映すなり。月の鏡は曇りて無いか。月が陰るは汝等の身欲(みよく)の影にてござるのぞ。心は清く涼けくあるが善いぞ。
 心が曇りて居れば、汝の成す事、思う事、総て悪花に結びて居るのじゃ。

 これは1990年代半ば頃、我空徳生(がくう・とくお)という人に降ろされた『火水伝文』(ひみつつたえふみ)の一節です。
 我空徳生というのは本名ではありません。元は都内に住むデザイナー氏であったご本人は、何度も断ったそうです。しかし使命というもの、最後には『火水伝文』をこの世に現すお役を引き受けたのです。その時降ろさせたご存在から、そう名乗るよう言われたそうです。意味は「我(が)を空(むな)しうすれば徳を生む」ということのようです。

 ウエサク月の日である旧暦4月15日は、5月28日にあたります。ただ完全に「望(満月)」となるのは同日の朝8時8分であることから、前日27日の夕刻より夜明けまで鞍馬寺の『五月満月祭(ウエサク祭)』は行われたわけです。

 多分関東地方の多くがそうだったかと思いますが、いずれにしても27、28日の両夜とも厚い雲に覆われてほぼ満月を望むことはできませんでした。
 そんな中27日夜10時少し前、気になって外に出てしばし夜空を仰ぎ見みました。はじめはただただ分厚い雲が全天を覆うのみ。月がどこにあるのか、その所在すら分からない状態でした。しかししばらくすると南に寄った中空の一角から、ポッと光が射し初めました。なお見ていると、わずかに厚い雲が少しずつ切れ出したではありませんか。

 その薄くなった雲間から、月の上辺が見え出したのです。そしてなおも薄い雲間をぬうように、ゆっくり満月はその全貌を現わしたのです。
 とは言っても完全に雲が切れ煌々と輝いたわけではなく、薄い雲を通してです。それは何やら薄いヴェール越しの朧月(おぼろづき)といった趣きでした。
 その間ほんの1、2分。後はまた元のように分厚い雲が覆い、月の在り処はとんと分からなくなりました。
 28日当地では、終夜まったく見られなかったと思いますから、前夜チラッとでもウエサク月を拝めたことは僥倖とすべきです。

 私は実はウエサク祭があることを知ったのは、今から25年以上前のことです。昨年の『ある夜の呼び声』シリーズで述べましたとおり、私は「スピリチュアルな目覚め」が世間様より少しばかり早かったのです。
 そんな私は、例年ウエサク月は、5月の初旬か中旬頃だったように記憶しています。それだとちょうど「牡牛座の満月」となるわけです。その点今年のウエサク月はもう「双子座の満月」です。

 しかしこれは致し方ありません。月の望朔(ぼうさく)はほぼ28日ごと、対して現グレゴリオ暦は、そんな宇宙のリズムなどまったく無視の「狂った暦」であるからです。だから狂った暦を使っている歴史は土台「狂った歴史」となり、つまりは「狂った人類」に。
 近未来人類はどうしても、宇宙的リズムにシンクロした「マヤ(改良)暦」を用いるようになることでしょう。

 今回『正続・ウエサク祭とは?』を公開してびっくりしました。というのも、同記事は「ウエサク祭」という奇祭があることをご紹介し、口はばったい物言いながら少し啓蒙の気持ちもあったのです。
 ところがどうでしょう。公開当日から28日まで、ウエサク祭関連のアクセスがひっきりなし、全体の7割くらいを占めたのです。連日ご訪問の方はお分かりかもしれませんが、「検索フレーズランキング」でも1位から幾つもを占めました。またある「ツイッター」で同記事にふれ、そこからのアクセスもありました。

 まさに隔世の感です。今年のウエサク月は、年初来どこぞの国の「暗黒勢力」にコントロールされている検察、大メディアなどによる大騒乱を如実に映して、首都圏ではほとんど「ウエサク無月」でした。
 しかしそんな表層的な闇の勢力による「世のかき回し」にも関わらず、この日本でも「光の勢力」が着実に増えていることの表れだと思います。嬉しい限りです。

 ですから冒頭の拙句は、今回の満月を詠んだものではありません。もうだいぶ前の年の、多分4月上旬頃詠んだ句だったかと思います。
 よく晴れたある日のちょうど日が沈んだ頃、東の方を見やりました。日没前は西の日の勢いでうすぼんやり白けていた満月が、日の入りとともに急に光り輝いて大きく迫って見えてきたのです。それは本当に神々しさを感じるような、真っ白い春満月でした。

 願わくば、来年のウエサク月がそのような月でありますように。

 (大場光太郎・記) 

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