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「基地移転問題」に見るメディアの偏向報道

 たとえば「鳩山vs沖縄県民」をひたすら煽る、テレビの無責任報道

 悪徳旧勢力である新聞・テレビは、今夏の参院選に狙いを定めて民主党を敗北、崩壊に至らせるべく、連日連夜フル回転で民主党バッシング報道を繰り広げています。大メディアが現在攻め手としているのは、小沢幹事長の「政治とカネ」問題そして「普天間基地移転」問題の二つです。
 このうち小沢問題は、今後とも引き続き述べていくことになると思います。

 ここに来て大メディアが俄然力を入れ始めたのが、「普天間基地移転問題」(以下「基地問題」)です。それというのも、鳩山首相が昨年末から「5月決着」を明言してきた、そのタイムリミットが今月末に迫っているからです。
 基地問題では、現政権と鳩山首相の「迷走ぶり」をことさら強調することによって、以前から「5月危機説」を煽って同問題を政局化させ、鳩山政権を追い詰めることに躍起になっているのです。

 確かに鳩山首相自身と現政権に、基地問題をめぐって迷走や不手際があったことも事実です。しかしこれは旧自民党政権が積み残した「負の遺産」の一つであり、新政権になったからといっておいそれと簡単に解決できるようなものではありません。
 もし大メディアが真に不偏不党の報道機関だというのなら、自民党政権下の日米同盟なるものの検証、同政権下での基地問題のいい加減な取り組み方などを公平に報道するべきです。

 鳩山政権が今回真剣に基地問題に取り組んだことにより、全国の米軍基地の74%を沖縄が負担している現実、「世界一危険な基地」と言われている普天間基地のなるほど危ない実情、自民党の移設案である辺野古沖埋立て案をめぐる巨大利権の存在…。
 まだ具体的な移転先が決まらないとはいうものの、今まで知らなかった「基地問題」に目を開かれ、国民の関心がかつてないほど高まっていることも事実です。

 鳩山政権が移転先案を探すと、大メディアはいち早くそれをかぎつけ、先回り報道して政府案を悉く潰すような報道に終始しています。先頃の徳之島案などはその格好の見本です。政府案が具体化してもいない先から、各メディアは早速徳之島に乗り込み、島民たちに「徳之島が移転先になりそうですがどう思いますか?」と尋ねて回ります。「えっ?そうかい。政府からはまだ何も言ってきてねえぞ」。噂は島全体にまたたく間に広まります。「こんな大事な問題を俺たちに何の相談もなしに…」「基地なんて絶対反対だ」となるのは当然の話です。
 反対集会に何万人集まろうと、中には移転容認派島民もかなりいるといわれています。しかし今のメディア絶対社会では、大勢の人間が反対のために結集し、そこで女子高校生が涙ながらに反対を訴えるようすがテレビで大映しされようものなら、それが金輪際動かぬ世論となってしまうのです。

 万事この調子です。そこには産業廃棄物処理施設や原発施設などと一緒で、基地などハナから受け入れたくない「住民エゴ」も絡まります。当の沖縄県内案も含めて、この調子では日本全国どの地域にも、移転先を見つけるのはまず無理な状況です。
 9万人が集結したとも言われる、4月25日の沖縄の県民集会をめぐっても、テレビは鳩山首相を叩き続けました。「はじめに基地ありき」で沖縄に基地を押しつけてきた、前政権からの脱却を図ろうとする沖縄県民も多いといいます。しかしテレビなどはそんな声は完全に無視し、ひたすら「鳩山首相vs沖縄県民」という対立図式のみを報道しまくったのです。

 テレビ局の取材は、とにかくひたすら鳩山首相に文句を言わせようという誘導尋問に終始していたといいます。記者の質問といえば「鳩山首相に言いたいことは何か?」だけ。そう聞かれれば沖縄県民としては、「県外に…」と言うだろうし、首相に対しても怒りに似た言葉もつい言ってしまいます。テレビではそういう声だけを切り取って(VTRに流し)「鳩山降ろし」に利用するのです。
 そのほか「取材されたので『鳩山首相にエールを送る』と答えたら驚かれた」「『沖縄県民対鳩山』の報道ばかりでウンザリ」など、ネット上にはテレビの取材・報道姿勢に対する県民の怒りが渦巻いているといいます。無責任報道ばかり続けていると、いずれ県民の怒りの矛先はテレビに向かうことでしょう。

 テレビ報道では分からない沖縄県民の本音を、同県出身のミュージシャン・知花竜海氏が次のように代弁しています。「沖縄の人は、鳩山首相を追い詰めても、状況は良くならないことを分かっています。前政権で無視され続けてきた声が、今のように報じられることにも感謝しています。だからこそ、いい結果を出してほしい。5月末の締め切りを焦って変な結論を出してほしくないと願っているのです」。
 テレビ報道とは、何という違いなのでしょう。どちらの言っていることが真実なのでしょうか?今まで60余年も、過剰な基地負担を押しつけてきた贖罪の意識と共に、私たちは同じ国民としてきちんと識別する必要がありそうです。

 (大場光太郎・記)

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コメント

「カラスの鳴かない日はあっても、普天間問題が報じられない日はない」と思えるほど、このところのメディアの常軌を逸した報道振りには、怒りを通り越して恐怖すら感じます。一種のメディア・ファッショと言ってもいいでしょう。
 鳩山首相の「5月末までに決着」という言質を無理矢理とって、その刻限が近づくと、あたかも鬼の首でもとったように、「そら見ろできないだろう」とこどものようにはしゃぎまわる無様さには、これがマスメディアの姿かと軽蔑したくなります。
 かく言うわたしも、かつては新聞記者を目指したことがありました。学生時代に一世を風靡した「事件記者」という、白黒のテレビドラマの中で活躍する記者の姿がかっこよかったこともありましたが、何より当時の新聞記者には「社会の木鐸になろう」という使命感のようなものがありました。「世の中に警鐘をならす」という意味です。
 わたしの場合は能力も適性もなく、その道を閉ざされてしまったのですが、現今の記者の中にも、「社会の木鐸」という記者魂を持って取材活動にあたっている者もいるのでしょうが、社内の管理統制が厳しく自分の書いた記事がデスクで不許可になるか、改作されるのでしょうね。また、そういう社内の姿勢に不満や疑問を持つ記者は辞めざるを得ないのでしょう。
 こうした日本の状況は民主主義の危機です。ひとつの政治的テーマについて、世論がすべて同じ方向ということはありえないことです。普天間問題についても、もちろんメディアの意見に賛成する人々もいるでしょうが、反対の人々もいるのです。たといそれが少数派であろうとも、その人々の意見も報道すべきではないかと思うのです。それが不偏不党、公正中立を掲げる日本のマスメディアの従来の基本姿勢だったはずです。(私見では、こんなことはありえないこととは思うんですが)
 かつて日本のマスメディア(当時テレビはありませんでしたが)は「聖戦完遂」の名のもとに、無謀な戦争に世論を誘導し、多くの国民に犠牲を強い、日本を破滅に導きました。「殷鑑遠からず」と言います。マスメディアが再び日本を破滅に導くことだけは絶対に避けなければなりません。

投稿: ひろし | 2010年5月10日 (月) 11時53分

 ひろし様。よくぞ言ってくださいました。お説まことに正論で、じっくり拝読させていただきました。
 NHKドラマ『事件記者』。確か昭和30年代半ば頃のシリアスな社会派ドラマでしたね。私はまだ小学校高学年でしたが、当時お世話になっていた施設の集会所に白黒テレビが入って間もなくの頃でした。ストーリーなどは分からなくても、よく観ていた記憶があります。私は子供だったのでさほどでもありませんでしたが、一世代上の方で同ドラマから「新聞記者に」と目指された方がいてもおかしくないと思います。社会正義の追及、ヒューマニズムが横溢している、優れたドラマでした。
 また年初以来の小沢捜査報道に対する当ブログマスコミ批判記事で、戦時中の大政翼賛的報道姿勢を謙虚に改めるところから戦後ジャーナリズムは出発したはずなのに、今の新聞・テレビ各メディアの横並び一斉報道は戦時中と変わらぬ「メディアファッショだ」と力説致しました。ですからその点でもお説に全面的に賛意を表させていただきます。以前の記事ではまた、もう大メディアにおいて民主主義は死んだ、これからは「草の根ネット民主主義」がそれに代わってどんどん裾野を広げていくべきだ、というようなことも述べました。
 同時に憂慮されているのは、私たち国民読者、視聴者がそのようなメディアの「深い闇」にどれだけ気がついているのかということです。世論誘導により、現政権の支持率続落、問題の前原誠司が「総理にしたい候補第2位」に…、国民の民度、意識レベルの低さは深刻だと思います。

投稿: 自遊人 | 2010年5月10日 (月) 13時22分

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