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出臍の小児笛を吹く

                          北原 白秋

 ほそぼそと出臍の小児笛を吹く紫蘇の畑の春のゆふぐれ

 (読み方)
 ほそぼそと/でべそのこどもふえをふく/しそのはたけのはるのゆうぐれ
 … * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * …
《私の鑑賞ノート》
 北原白秋(きたはら・はくしゅう) 明治18年、福岡県山門郡沖端村生まれ。本名隆吉。早稲田大学在学中に「明星」「スバル」に詩、短歌を発表。詩集『邪宗門』(明42)『思ひ出』(明44)、歌集『桐の花』により浪漫主義の新風を築き、以後、多くの詩人、歌人に影響を及ぼす。昭和10年『多磨』を創刊。歌集『雲母』『白南風』ほか。昭和17年没。 (講談社学術文庫・高野公彦編『現代の短歌』より)

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薄明の時

 この短歌は中学時代の教科書に載っていたのだったと思います。しかしこの短歌からは、中学時代をさらに越えて、もっと幼少の頃の遠い記憶に結びつけてくれるような、ノスタルジックな懐かしさを呼び起こさせられます。

 出臍の小児ー笛を吹くー紫蘇の畑ー春のゆふぐれ

 ここに描かれているのは、今では失われてしまった叙情的な日本的原風景と言えなくもありません。それはあまりにも遠い昔に失われてしまったがために、今こうして改めて読み返してみると、何やらあり得ないシュールで幻想画的なワンシーンのようにも思われてきます。

 昔の子供たちというものはおおむね着物はボロ着、その上着ている物にはとんと無頓着なところがあったように記憶しています。だから陽気が緩んだ春ともなると、着物の前をはだけていて平気だったわけです。
 その情景を間近にしている白秋は、その小児を興味深く見てみるに出臍だというのです。

 「出臍」は今も昔も、普段は目に触れられないとはいえ、一種の「畸形(きけい)」にほかなりません。従前の伝統的詩形としての和歌であれば、そんな畸形を詠み込むことなどまず考えられませんでした。当然近代短歌といえども、和歌を源流としています。だから白秋のこの短歌でも、情景の多くは和歌的な伝統描写を踏まえています。唯一「出臍の小児」を除いては。

 出臍の小児を詠むに到った白秋のその時の心境など、余人には知る由もありません。しかしこの短歌は、実にこの「出臍の小児」の存在ある故にこそ秀逸なのです。もし仮に普通の小児であったなら…、それはごく平凡な叙景短歌にとどまっていたはずです。

 春の夕暮れ、紫蘇の畑で笛を吹いているのが、出臍の子供である。だからこそ、そこから聞こえてくるほそぼそとした音色(ねいろ)が、聞く者の胸に余計切々と迫ってくるのです。

 この短歌は、白秋の処女歌集『桐の花』(大正2年)に収録されています。27歳以前の若き白秋の、「近代性」「革新性」の格好の見本のようです。

 以上のようなことから、この出臍の子供は、何やらこの世の「神話的な宿阿(しゅくあ)」を一身に背負った少年のように思えてきます。この子供は、その後どんな生き方をしたのだろうか…。

 (大場光太郎・記) 

参考
北原白秋歌集『桐の花』(青空文庫版)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000106/files/56857_54427.html

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和歌・短歌観賞」カテゴリの記事

コメント

 麦笛を吹く子に雲の美しき (水巴) という俳句を
数日前に見つけ絵を描いてみようと思ったのですが、お恥ずかしい事に、麦の葉がどうなっているのかわからずまだ描けないでいます。
この白秋の短歌は出べその一語で悲しさが伝わってきますね。子供の親の悲しみまで伝わってくるような気がします。昔も今も子供の些細な不幸は親には大きな不幸と感じられるのではないでしょうか。子供は皆、健やかに育って欲しいものですね。白秋の人間に対する優しさと哀れがわかる一首だと思います。

投稿: ハコベの花 | 2010年5月 8日 (土) 01時17分

ハコベの花様
 お久しぶりです。このたびはコメントたまわり、大変ありがとうございました。
 掲げられました渡辺水巴の句、初めて知りました。なかなか味わい深い句ですね。おっしゃいますとおり、白秋の今回の短歌もそうですが、人間そして自然に対する、暖かいまなざしがないと作れない句だと思います。白秋の短歌から「親の悲しみまで伝わってくる」というのは鋭いご指摘です。うかつにも私は、そこまで思い至りませんでした。
 「麦の葉がどうなっているのか?」、確かによく分かりませんね。私の地方では麦はほとんど栽培していませんでした。子供の頃「葦笛」なら鳴らした記憶がありますが…。葦の葉よりは、ずっと幅が狭い葉なのでしようね、きっと。
 ハコベの花様は「絵」をお描きになられるのですか?『うた物語』のコメントからも豊かな教養をお持ちの方だと推察しておりましたが、よいご趣味をお持ちですね。
 また拙文で何かお感じのことがございましたら、お気軽にコメントいただけましたら幸いです。

投稿: 自遊人 | 2010年5月 8日 (土) 02時38分

 大正時代「赤い鳥運動」などをベースに北原白秋は、『雨』『揺籃のうた』『からたちの花』『この道』などの我が国童謡史に残る数々の優れた童謡を作りました。
 本来は詩人であり歌人であった北原白秋の短歌の一つがこの歌です。本文中でも触れましたが、上に挙げた叙情性の極みのような童謡には見られない視点から詠まれた作品です。やはり「出臍の小児」が秀逸で、いわく言いがたい幻想世界を創り出しているように思われます。
 この一文に、『二木うた物語』のお仲間だった「ハコベの花」様がコメントされたことも、今となっては懐かしい思い出です。

投稿: 時遊人 | 2013年5月 1日 (水) 09時43分

 本記事は2010年6月7日公開でしたが、今回トップ面に再掲載します。なお再掲載にあたり、歌集『桐の花』の一つの挿絵並びに末尾に『桐の花』(青空文庫版)URLを加えました。

投稿: 時遊人 | 2017年5月 8日 (月) 03時57分

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