白鳥は哀しからずや
若山 牧水
白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
…… * …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
このような鮮烈な詩歌は、青春のただ中にある者でなければ作れません。
(調べたところ、やはり牧水二十三歳の作。)
白鳥はそもそも、わが身を「哀しい存在」とも何とも思っていはしません。人間の喜怒哀楽などまるであずかり知らぬ次元で、飛びたいから飛んでいるだけです。ただそれだけのニュートラルな存在です。しかし、それでは味も素っ気もなく、詩歌にはなりません。
それゆえ凡人なら、『あヽ白い鳥が飛んでいるなあ』くらいにやり過ごすところでしょう。ところが、牧水は違います。空の青、海の青とは混じり合わずに、孤なる白い飛跡を描く白鳥の姿を、霊感の一閃でとらえ、『哀しからずや』という声なき詠嘆の声を発するわけです。己れ自身の「漂泊の心」を投影して。
するとただの一羽の白い鳥が、「空の青海のあをにも染まずただよふ」比類なき寂寥感を帯びた存在として、詩的世界の中にくっきりと立ち上がってくるのです。
*
しかし、牧水といえども、近代日本・明治の子。一個の生身の人間です。だから白鳥が「染まずただよふ」のを、ただ見守るのみです。近代的自我は、それ自らでは飛翔できないのです。
かの悲劇の皇子(みこ)・日本武尊(やまとたるのみこと)のように、自ら白鳥と化して「寂しさのはてなむ国(神話世界)」に飛んではいけないのです。
だから漂泊なのです。「山のあなたの空とおく」の、かの国を追い求めて。牧水も、山頭火も、放哉も。
かくいう私自身の中にも、「漂泊の心」はたしかに…。
(注記)本文は、「二木紘三のうた物語」の『白鳥の歌』に、2008年4月28日投稿した一文を転載したものです。
(大場光太郎・記)
関連動画
『鮫島有美子 「白鳥の歌」』(YouTube動画)
http://www.youtube.com/watch?v=q4k9V2Gd3qQ
| 固定リンク
「和歌・短歌観賞」カテゴリの記事
- さくら咲くその花影の水に研ぐ(2019.03.29)
- 断層面の・・・草に流るる晩夏のひかり(2014.08.31)
- くれなゐの二尺のびたる薔薇の芽の(2013.04.18)
- 黄金の翅の元朝の風(2013.01.01)
- 采女の袖吹きかへす明日香風(2012.06.04)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
本文は末尾注記にもありますとおり、「二木紘三のうた物語」の『白鳥の歌』に、2008年4月28日投稿したのが初出でした。
今から5年余になりますが、翌4月29日が当ブログ開設でした。それで『うた物語』コメントはこれで最後にするつりでこの一文を出したのです。(実際はしばらくしてまた復帰することになりましたが)そんな当時のことが思い出される懐かしい一文です。
なお今回、鮫島有美子さんの『白鳥の歌』(YouTube動画)を加えました。
投稿: 時遊人 | 2013年5月30日 (木) 12時35分