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2010年6月

名古屋場所開催で良かったのか?

 - 諸事情により名古屋場所開催。角界と暴力団との関係解明が先決だろう -

 問題児朝青龍が引退し、これで相撲界も平穏を取り戻すのかと思いきや。今度は「野球賭博」という深刻な事件によって日本相撲協会はまたもや大揺れです。28日の臨時理事会と評議員会によって、とりあえず「名古屋場所開催」で決着は見たものの、一時は同場所中止という前代未聞の事態にもなりかねない局面でした。

 力士というものは土俵上で、それこそ切った張ったの大勝負をしているわけです。ですから言ってみれば力士たちは、根っからの「勝負師」。つまり土俵外でも、切った張ったの“賭け事”“博打”好きな面を皆共通して持っているとみてよさそうです。
 しかしそれを内々でおとなしくやっているのならいざ知らず、暴力団が胴元である野球賭博なるものに熱を上げていてはいません。

 相撲協会の事情聴取では、40数名もが野球賭博に関係していたよし。昨年の角界の薬物問題といい今回の事件といい、角界の闇の深さを痛感させられる出来事が続きます。
 今回は現役力士のみならず、力士たちを指導すべき親方も賭博に手を染めていたのですから大問題です。自身はもちろん無関係でしょうが、現理事長である武蔵川親方(元横綱・三重の海)も部屋の力士たちが関係していたとかで謹慎をおおせつかり、理事長代行を立てられる不始末です。

 その中でも特に野球賭博の“主役”だったのが、大嶽親方(42)だったようです。同親方は今回の騒動の発端となった大関・琴三喜(34)と遊び仲間で、3年ほど前に野球賭博の誘いを受けたといいます。あの大鵬親方の娘と結婚している“角界の幸せ者”であることをよく自覚し、そんなヤバイ誘いなど一蹴してしまえばいいものを。現役時代から無類のギャンブル好きで鳴らした大嶽親方は、逆にそれにのめり込んでいったのです。

 それ以降琴三喜のツケ(名義)で同賭博を繰り返していたといいます。掛け金は琴三喜が1回1万~5万円なのに、大嶽親方は20万~50万円。いつしか2人の掛け金は混同した状態となり、琴三喜の負け金は3千万円にも膨らんだといいます。そしてそのほとんどは、大嶽親方のものだったそうです。
 琴三喜恐喝事件の発端となった勝ち金500万円も、大嶽親方の分を回収しようと琴三喜に頼んだことが判明しています。

 大嶽親方と言えば、あの貴乃花、若乃花と同部屋の二子山部屋所属の関脇・貴闘力でした。きっぷのいい取組みと明るいキャラクターで、若貴共々当時の人気力士でした。若貴の母親で部屋の女将さん、そして貴闘力の名づけ親でもある藤田紀子は、「とても素直ないい子だったんですよ。だから若貴同様わが子と思って育てました。何でこんなことを…」と涙ながらに話していました。
 しかし同時に「現役の時から博打好きだとは聞いていた。こうなる前にもっと早く気づけなかったのか」と顔を曇らせてもいました。とにかく現役の頃から、競馬場に入り浸り、親方になってからは裏カジノにも出入り、ギャンブルにつぎ込んだ金は軽く1億円は超えるといいます。

 よって大嶽親方の除名処分、退職金なしの角界追放という厳罰は仕方ないところでしょう。そして琴三喜は解雇処分、2、3年前新弟子に対する暴行死事件で新親方になった時津風親方(元関脇・時津海)の降格処分も順当なところです。
 その他14人の力士と床山1人は謹慎処分、武蔵川理事長を含む親方ら12人が名古屋場所終了まで謹慎処分。一見厳しい処断のようです。

 しかしなぜか名古屋場所は開催されるのです。いわゆる「興業」で食っている大相撲としては、チケット数億円の販売収入や地元業者との関係、さらには放送権料4億円欲しさで本場所はどうしても中止できないという事情があるようです。
 しかしことは大勢の相撲関係者が関っていた野球賭博です。そこに胴元である暴力団が金を吸い上げ、闇資金源の一部になっていたという由々しき問題です。また力士ならびに親方衆の暴力団そのものとの関りはどうだったのか?
 それが解明されるまで、1、2場所は開催しない。そのくらいの思い切った英断が求められるところでした。

 とにかく今国民から向けられている疑念を晴らすためにも、野球賭博の更なる真相究明そして暴力団との関係の有無をはっきりさせるべきでした。
 しかし暴力団との関係について、文科省の意向を受けて設置された特別調査委員会(伊藤滋座長)でも、「我々委員会の調査では分からなかった。警察の捜査に任せる」、挙句の果てに「力士が反社会的勢力と関っている事実がまったく出ていない」と言い出す始末です。

 まあ相撲関係者をそこそこ処分したことでお茶を濁して、暴力団との関係はなかったことにしておいて、だから名古屋場所は開催させましょう、という文科省も一枚噛んだすじ書きどおりであるようです。
 上(文科省)から下(相撲協会)までこの調子では、今回は何とかやり過ごせても、次また何か大きな問題が起きてくるのは必定でしょう。これが相撲協会の悪しき体質であると言えます。

 (大場光太郎・記)

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因果は巡る?世紀の大誤審

 -44年前は逆の判定。イングランドには気の毒ながら、今大会最高の試合だった !-

 今回のW杯の各試合、私はそんなに見ているわけではありません。しかし毎大会そうだったと思いますが、1次リーグが終わってベスト16が出揃う決勝トーナメントの各試合はなるべく見るようにしてきたように記憶しています。
 決勝トーナメントの各試合は、とにかく勝てば次のステージに進出でき、負ければその時点でW杯大会から去り帰国することになるわけです。それだけに予選リーグとは比べものにならないくらい、各国チームの真剣度が違い緊迫した好ゲームが見られます。

 そんな中「今大会最高の試合では?」と思われる好カードが早くも行われました。ドイツ対イングランドの試合です。試合開始直後から両チーム互いに譲らぬ息詰まる攻防戦を展開。その均衡を打ち破ったのはドイツでした。前半20分、ベテランFWクローゼが膝を折ってスライディングしながら相手ゴールに押し込んだのです。
 ドイツはこれで勢いに乗り、32分にはポドルスキがゴールを決めました。前半だけで2得点。ドイツはこれで試合の主導権を握り、逆にイングランドは一気に意気消沈かと思われました。

 しかしドイツが“ゲルマン魂”なら、イングランドは“アングロサクソン魂”というもの。それに第二次世界大戦という本当の戦争でも、ヒットラーvsチャーチルが国の命運を賭けて死闘を演じあった「因縁の両国」です。
 W杯で両国はこれまで4度対戦しているそうですが、いずれも90分では決着がつかず、延長戦さらにはPK戦でようやく勝負が決まったとのこと。とにかく「因縁の対決」なのです。
 2点リードされてからイングランドは、アーサー王の円卓の騎士よろしく猛然と反撃を開始し、前半37分にはアプソンのゴールで1点を返しました。下馬評どおり試合は一段と白熱の度を増していきました。

 「2-0の試合はリードしていても油断できない」という定説どおり、イングランドは1得点で息を吹き返し、直後の38分。MFランパートが放ったミドルシュートはバーを直撃、明らかにゴールラインを割って同点に追いついたかに思われました。
 ところがところが。跳ね返ったボールをドイツのGKが何食わぬ顔でキャッチし、ゴールと認められず試合は続行。
 しかしテレビ中継でも繰り返しこのシーンが流されましたが、ボールはバーの上に当たってゴール内20cmくらいの所に確かに落ちています。これは文句なし、イングランドの2点目のゴールだったのです。

 この映像は場内の大型スクリーンにも映し出され、当然のことながらイングランドサポーターから大ブーイングの嵐が巻き起こったようです。怒りが収まらないFWルーニーは、前半終了後審判団に猛抗議するも、判定は覆らず。これで勢いをそがれたイングランドは、後半さらに2点を奪われ1-4と大敗し、珍しく90分決着で今大会姿を消すことになったのです。
 このW杯史上長く残るであろう「世紀の大誤審」をやらかしたのは、ウルグアイ人のラリオンダ審判。ここで一々紹介はしませんが、同審判は過去に何度も誤審歴があり“誤審のデパート”的なところがあるようです。

 しかし誤審は何もこの試合だけではありません。直後に行われたアルゼンチン対メキシコ戦でも、同じような誤審があったのです。アルゼンチンFWテベスの先制ゴールがそれで、これは明らかなオフサイドだったにも関らず審判が見逃したのです。これには直後メキシコの選手たちが副審に詰め寄り猛抗議するもこれも覆らず。その他挙げればきりがないほど、今大会は誤審が多いのです。

 実はFIFA(国際サッカー連盟)は、今年3月にビデオ判定を含む「ハイテク技術の採用」を検討しながら、導入を見送った経緯があるといいます。FIFAを「世界一の金権体質」に変えたと噂される“強欲”ブラッター会長は、「莫大な費用がかかる」「サッカー本来のスピーディさが失われる」ともっともな理由をつけています。しかしこれによって、今大会多くの誤審が生まれたことも事実です。
 「もし誤審なかりせば」、局面は敗れ去ったイングランド、メキシコに大きく傾いていたかもしれないことを思うと、とこかく今後このような大誤審が起こらぬよう厳格な審判を求めたいものです。

 ところで「歴史は繰り返す」。因縁のイングランド対ドイツ戦(当時は西ドイツ)で、44年前逆のケースがあったというのです。1966年のイングランド大会は両国による決勝戦。2-2で迎えた延長前半、イングランドのハーストが放ったシュートは今回と同様の軌道を描いたものの、その時は線審の判定により得点が認められ、結局開催国イングランドが優勝したのです。今回そのシーンも流されましたが、ボールはライン上に落ちていて、これは得点にはなっていません。これも世紀の大誤審だったのです。
 今回は逆判定。まさに「因果は巡る」を地でいくような結果となりました。

 両国の対戦は今回で終結するようなものではありません。また新たな因縁を生んで、互いの「戦うスピリット」は次世代の選手たちにしっかり受け継がれ、これからもドイツ対イングランド戦はW杯屈指の好カードであり続けることでしょう。

 最後に余談ながら。この試合でも時折り観客席の両国サポーターたちの姿が映し出されました。何より目を奪われたのは、両国の女性サポーターに“美人”が多かったことです。「どっちの国がより美人?」。これは、どちらとも判定しがたいものがありました。

 (大場光太郎・記)

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シダリイズ

                ネルヴァル

  想ひびといづくにありや、
  ことごとく奥津城(おくつき)にあり。
  此処(ここ)よりも美(は)しき住まひに
  此処よりも幸(さち)にあふれて。

  青空のはるけき奥所(おくが)、
  御使(みつかひ)の傍(かたへ)にありて、
  聖母(おんはは)に献(ささ)げまつれる
  頌歌(ほめうた)を唱ひつつあり。

  白雪(みゆき)なす、あはれ、フィアンセ。
  咲き匂ふ花のおとめご。
  苦しみにうち凋(しを)れたる
  捨てられし恋の女よ。

  窮みなき生命(いのち)の微笑(えまひ)
  おん身らが眸(ひとみ)にありき。……
  うつし世を消えし炎(ほむら)よ、
  大空にまたも點火(ひとも)れ。

               (齋藤磯雄訳)
…… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 ジェラール・ド・ネルヴァル(1808年~1855年) 父はナポレオン軍の軍医。パリで生まれたが、2歳で母が亡くなり母方の大叔父の田舎にあずけられた。1814年パリに戻る。リセに進学し、在学中20歳の時『ファウスト』などゲーテの諸作品を翻訳、ゲーテから「もし私がフランス語でファウストを書かなければならないとしたらこう書いたであろう」と激賞された。
 後年見神術や神秘哲学に傾倒し、狂気に陥って『火の娘』その他のすぐれた小説を書いた。象徴派の先駆的な詩人ながら惜しくも自殺して果てた。  (三笠書房・藤原定編『世界青春詩集』などより)

 私の若い頃の愛読詩集『世界青春詩集』収録の一詩です。ロバート・バーンズの『ハイランドのメリイ』と同じく、この詩も死せる女性に捧げるレクイエム(鎮魂歌)となっています。ただこの詩の場合、一聯目に「ことごとく」と複数形であるように、特定の女性だったのか、亡母の面影が投影されているのか、あるいはネルヴァルのイマジネーションの中の女性(たち)だったのか、定かではありません。

 この詩全体に流れるのは、やはり今は亡き「想ひびと」への追慕の情です。がそれと共にこの詩に顕著にみられるのは、キリスト教的「永生」の観念であるようです。想ひびとの肉体は朽ちて「奥津城(墓所)」にありながらも、その魂は、
  此処よりも美しき住まひに
  此処よりも幸にあふれて。

 洋の東西を問わず人間は、死んで終わりなのではない、死を超えた「永遠の生命」を心の深いところで信じ続けてきたと言えます。特にネルヴァルは、略歴にあるとおり西洋神秘思想に傾倒していたようですから、なおさらだったと考えられます。
 ただ惜しむらくはネルヴァルが自死したちょうどその頃(19世紀中頃)から、欧米におけるスピリチュアリズム(心霊主義)の曙光がさし初めたのです。そして今では、(興味ない人には信じられないことでしょうが)「あちらの世界」の実相がかなり解明されてきています。

  御使の傍にありて、/聖母に献げまつれる/頌歌を唱ひつつあり。
 キリスト教で言う「ヘブン(天国)」のような霊妙世界が確かに存在するらしいことが、高度で優れた「霊界通信」によって明らかにされてきているのです。(と言うことは、アストラル界低層部の地獄的な世界も…。)

  白雪なす、あはれ、フィアンセ。/…苦しみにうち凋れたる/棄てられし恋の女よ。
 この第3聯は、シェイクスピアの『ハムレット』中の悲劇の乙女・オフィーリアが連想されます。想いを寄せるハムレットから浴びせられた「尼寺へ行け、尼寺へ」などの悪態。これで気が触れてしまったオフィーリアは、近くの小川に身を投げる…。
 J・E・ミレイの名画『オフィーリアの入水』はあまりにも有名です。

  うつし世を消えし炎よ、/大空にまたも點火れ。
 うつし世(現世)では、肉体と共に消えてしまった「生命の炎」ではあっても、「大空にまたも點火れ」。私たちのハートの奥なる「生命の三重炎(さんじゅうえん)」(ゴールド、ブルー、ビンク)は、肉体の死を超えて、大空(あちら)の世界で永遠に輝き続けるのです。

 (注記)この詩は訳詩者の著作権保護期間ではありますが、どうしてもご紹介したく、このたび取り上げました。ご関係の方がお読みでしたら、どうぞご寛恕ください。
 なお、齋藤磯雄は山形県出身のフランス文学者です。この詩は優れた名訳だと思います。

 (大場光太郎・記)

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どの党に投票すべきか?

 - 今参院選。焦点はやはり、「変節・官(菅)民主党」を信任するかどうかだろう -

 W杯日本代表の大活躍に隠れるように24日参院選が公示され、7月11日の投票に向けて各党が一斉に選挙モードに突入しました。

 今回の参院選は、昨年夏の衆院選大勝利によって歴史的政権交代を成し遂げた民主党政権に対する「中間信任」的意味合いがあります。また霞ヶ関官僚群の総意に基づく東京地検特捜部による小沢捜査、同じく大マスコミによる小沢一郎バッシングが熾烈を極めていた何ヶ月か前は、改革政党民主党vs悪徳旧勢力による「最後の決戦」との位置づけが今回の参院選にはありました。
 その時点では、大変分かりやすい対立図式が描けたのです。

 しかし鳩山総理と小沢幹事長が揃って辞任し、代わって菅直人総理による新体制がスタートするに及んで、その図式は根底から崩れてしまいました。というのも何も参院選を待つまでもなく、「政治とカネ」と「普天間基地問題」という強力な攻撃材料によって、小沢一郎と鳩山由紀夫を辞任に追い込んだ段階で、今回の戦いは既に「勝負あり」だったのです。
 もちろん、霞ヶ関官僚群そして大マスコミなど悪徳旧勢力の勝利に終わったということです。(ただし「今回は」という条件付の勝利ではありますが。)

 かつての民主党設立時の主要メンバーの一人であり、かつ長らく「小沢-鳩山-菅」という民主党を根底から支えてきたトロイカ体制の一角として、次に登場した菅直人がどんな布陣を持って臨むのか?果たして態勢を立て直し、再度果敢に霞ヶ関官僚群や大マスコミなど悪徳旧勢力に果敢に挑んでくれるのか?大いに期待されました。

 しかし菅新総理が打ち出した方針、組閣、執行部人事などは、その期待を根本から裏切るものでした。特に早々と決められた各人事には幻滅しました。悪徳マスコミに同調して、早くから小沢批判、鳩山批判を繰り返していた仙谷、前原、枝野らは何のお咎めなし。あろうことか彼らを以前にも増して重要ポストに抜擢したのです。
 その上菅直人は、「今後民主党は、菅-仙谷-枝野の新トロイカ態勢で行く」と宣言しました。これは菅総理自らが、「自分の政権は“クーデター政権”である」と内外に認めたに等しいのです。

 これにはただ単なる「小沢隠し」以前の、菅直人あるいは同政権の性質(たち)の悪さ、悪質さを感ぜずにはおられません。

 そして次に菅総理は就任後の所信表明で、「官僚の皆さんとは、今後ともケンカせず、仲良くやってまいります」的な発言をしました。政権発足時の菅直人の、「脱官僚」「政治主導」「霞ヶ関改革」の崇高な理念、今いずこ?情けなくも、「官僚の軍門に下った」ことを内外に鮮明にした聞き捨てならぬ発言でした。

 「官(菅)内閣」としての性格がはっきり露見したのが、通常国会終了直後の「消費税増税プラン」でした。まったく党内論議もないまま、菅総理が突然消費税に言及し、「自民党案の10%を参考に、超党派で議論していきたい」とブチ上げたのです。
 確か昨夏の衆院選で民主党は、「今後4年間消費税は上げない」、その代わり極力ムダな政府支出に切り込む改革を断行すると宣言していたはずです。その舌の根も乾かぬうちに、「もう増税かよ」「約束が違うじゃん」という話です。

 仲井眞沖縄県知事が、「沖縄慰霊の日」の23日の菅総理沖縄訪問直前、記者団に向かって「民主党さんは昨年言ってたことと、180度違うんですよ」と、右手のジェスチュアを交えて語っていました。普天間基地移設問題のみならず、この消費税増税問題でも「180度の方向転換」をしたのです。
 国の根幹に係る重大問題での、いとも簡単な変節が許されていいものでしょうか?

 これなどはすべて、霞ヶ関官僚群の要である財務省官僚の「筋書きどおり」なのであって、菅内閣は発足時から「官の軍門に下って白旗を上げた」ことの動かぬ証拠と言うべきです。
 これは何度でも言うことですが、「はじめに消費税ありき」ではなく、その前に「特別公務員(国会議員)改革」「公務員改革」「独立行政法人改革」など、やるべきことが山ほどあるはずです。
 それを2、3度の“事業仕分けパフォーマンス”だけでお茶を濁し、「やっぱり消費税増税しかありません」では、仲井眞知事ではないけれど「180度違うでしょ?」ということになってしまいます。

 普天間問題では「対米隷属」、消費税問題では「官僚隷属」。これでは本当に「第二自民党」そのものではないでしょうか?
 
 とにかく。この官(菅)内閣は、一から十まで「悪徳旧勢力取り込まれ内閣」であることがもはや明らかです。昨年の政権交代時の「国民の生活第一」志向の清新な民主党は、菅直人によって怖ろしいほど変節、変質してしまったのです。
 テレビなどにいとも簡単にマインドコントロールされてしまう、「B層大衆」ならいざ知らず。目覚めた有権者の今参院選の投票行動は慎重であるべきです。

 (大場光太郎・記)

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1次突破、決勝Tへ進出 !!

 岡田ジャパン。ここまでくれば実力。海外メディアも「番狂わせ」とは言わないだろう

 日本vsデンマーク。1次予選突破のかかった大事なE組第3戦。日本はデンマークを3-1で圧勝し、余裕で決勝トーナメント進出を決めました。試合は日本時間25日未明の午前3:30からという一番眠い時間帯でしたが、見たかいがあったというものです。

 日本は引き分けでも決勝進出、対してデンマークは勝つことが要求され、戦前からデンマークは序盤から激しい攻撃をしかけてくることが予想されました。案の定試合開始直後から日本ゴールに積極的に攻め込み、日本はそれに十分対応しきれていないように見受けられ、少し危ぶまれました。しかしそこをしのぎ、そんな懸念を見事払拭し、相手の出鼻をくじいたのが本田圭祐のゴールでした。

 前半17分本田は、初戦のカメルーン戦に続いて鮮やかな先制ゴールを決めました。敵陣右サイドで長谷部がファウルを受けて、フリーキックのチャンスを得るや、35mの距離をものともせず、相手GKが逆に動いたのを狙いすまして、得意の“無回転シュート”をゴール左隅に突き刺さしたのです。
 それを見た瞬間私は、『本田はやっぱり“持ってる”な』と思ったのです。大一番で自軍に一気に流れを呼び込める強運、W杯という最高のステージでこれまた最高のパフォーマンスを見せられるスター性。……。
 日本チームとしてはセットブレーから生まれた先制点でしたが、これがチームに大きな勇気を与え、この試合全体の流れを決した感がありました。

 そして前半30分にも日本はまたしてもフリーキックのチャンスを得、今度は遠藤が「オレに蹴らせろ」と本田を制して、壁の隙をついてゴール右に直接決めました。確か今大会これまで、FKからの得点は極端に少なかったと思いますが、何と我が日本は前半だけで2本ものFK得点を得たのです。
 今後(決勝戦まで)対戦する世界の強豪国の選手の皆さん。わが岡田ジャパンの「恐怖のFK」にはくれぐれも要注意ですよ。間違ってファウルして日本にFKのチャンスを与えようものなら、「ホンダ」と「エンドー」にみな決められちゃいますよ。だから無謀なディフェンスは十分謹んで、日本にはどんどんシュートを打たせてくださいね。

 とにかく前半の2得点は、岡田ジャパンにとってこの試合における絶好のアドバンテージとなり、後半になっても終始日本が試合の主導権を握り続けました。
 これにはデンマーク切ってのエースストライカーのベントナーも、終始いらいらかりかり。DF中沢がぴったりマーク、まったく仕事をさせませんでした。ベントナーさん。後はお国に帰って、デンマーク王室つながりの高貴な女性とのロマンスにせいぜいお励みください、といったところでした。

 後半終了10分前ころ日本は怪しいPKを取られ、トマソンに同国代表歴代最高得点(通算42得点目)となる1点を与えたものの、その6分後には「得点に飢えていた」岡崎がシュートを決め勝利を決定づけました。
 日本が勝利したから言うわけではないですが、後半10分くらい経過した段階で何だか日本は負ける気がしませんでした。自国の試合にしては珍しく落ち着いて観ていられました。

 いやあ、岡田ジャパン。1次リーグは、勝っても負けても一戦ごとに力をつけ強くなっているな、という感じです。「思ったほど嬉しくない。ぼくらの目指すものはさらに遠くにあるから」と、試合後本田は言いました。
 確かにこれまでの日本代表なら1次リーグを突破した時点で、既に全エネルギーを使い果たし、歓喜に酔いしれ、決勝第1戦で姿を消すようなパターンでした。しかし大会前から「4強入り」を公言している岡田監督は「終着点はここじゃない」と言い切り、本田ははっきり決勝戦や優勝まで口にする。
 たったW杯4回目出場にして、日本代表はここまで実力を上げてきたのです。嬉しいではありませんか。

 ここまでくるともう相手はどこでも同じ。パラグアイだろうがブラジルだろうが、どんな強豪国と戦っても五分以上の勝負をしてくれるはずです。監督や本田選手らが言っていることは、単なる口約束ではないと思えてきます。
 とにかく折角の機会です。この際いけるところまで行って、国際指標が軒並み低下し地盤沈下著しい日本の価値を高め、さらに「経済効果10兆円」くらいに日本中を思いっきり元気にしてもらいたいものです。

 (大場光太郎・記)

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「60年安保」から半世紀(4)

 - 新条約は発効。闘争は挫折し、街に『アカシアの雨がやむとき』が流れていた -

 6月15日は樺美智子の死そして警官隊との空前の衝突事件と、60年安保闘争におけるピークの日でした。翌16日事態を重く見た政府は、アイゼンハワー大統領の訪日延期(事実上の中止)を発表しました。

 15日の惨事を議会政治の危機(言い換えれば社会主義革命、共産主義革命の導火線)と見た、広告代理店・電通の吉田秀雄、朝日新聞の笠信太郎らの主導により、在京新聞社7社は、6月17日に共同で「議会政治を守れ」としたスローガンを掲げた社告を掲載しました。
 その中で国会デモ隊の暴力、社会党の国会ボイコット、民社党との過度の対立を批判し、これは後に「七社共同宣言」と呼ばれました。この共同宣言は、学生や市民たちのデモや騒動を厳しく断罪しながら、岸政権が批判を受けた所以(ゆえん)については一切不問とする内容です。

 同共同宣言は、安保闘争に冷や水を浴びせかける、政府にとっては有利な内容でした。そのため警察側の暴力を不問に付した、論議の本質を「暴力反対」にすり替えたといった批判が当時なされ、「新聞が死んだ日」とも評されました。

 これは別な検証が必要ですが、安保騒動当時は岸内閣やマスコミ界に対して、CIAからの資金面を含めた強力な対日工作がなされたはずで、これなどは同工作が目に見える形で現われた顕著な例と言えます。
 いずれにしても電通、マスコミ界の「対米隷属」の姿勢は、何も今に始まったことではなく、半世紀も前から一貫してそうだったことの一端を示す出来事です。

 18日午前11時、東京日比谷で樺美智子を悼む全学連総決起大会が開催され、午後には東大で合同慰霊祭が開催されました。

 強行採決からちょうど1ヶ月後の6月19日午前0時、前夜からデモ隊33万人が国会を取り巻く中、新安保条約が自然承認されました。新条約は内乱鎮圧条約や、第三国への軍事的便益供与禁止などは削除され、条約存続期間は10年と定められました。

 23日午前10時20分、新安保条約は東京・白金の外相公邸で批准書の交換が行われ、すべての手続きを終えました。そして岸内閣は「人心一新」「政局転換」を理由に、この間の政治的混乱の責任を取る形で総辞職を発表しました。

 この後デモは驚くほどの早さで終息していきます。
 7月14日には自民党の総裁選挙が行われ、池田勇人(いけだ・はやと)を第14代総裁に選出。19日池田は内閣総理大臣に就任し、同日第1次池田内閣が発足。7月に行われた3つの県知事選で社会党系候補は全敗し、自民党系候補が勝利しました。

 10月12日社会党の淺沼稲二郎委員長が、17歳の右翼少年(山口二矢)に刺殺され、再び自民党政権は揺らぎかけるも池田総理は動揺を鎮めることに成功。11月20日の総選挙では、自民党は追加公認を含めて300議席を獲得する大勝を収めました。
 これで安保改定が国民の承認を得た形となり、以後半世紀にわたり安保条約は存続し続け、同条約の再改定や破棄が現実の政治日程に上ることはなくなったのです。

 デモ隊から見れば安保阻止は実現できなかったものの、運動によって内閣を退陣させることに成功した意義は大きく、活動の主体となった大学生による反体制運動は、続くベトナム戦争反対運動により拍車がかかり、1968年(昭和43年)に起きた一連の大学紛争へと受け継がれていくことになりました。

 ただ一方では安保闘争を「敗北」と総括した共産主義者同盟(ブント)をはじめ、急進派学生にとっては強い挫折感が残ったことも事実です。例えば全学連指導者の一人だった唐牛健太郎は安保闘争の終結直後に運動から身を引き、香山健一、森田実らは体制側(保守的政治学者、政治評論家)へと身を転じていったのです。

 もう少し身近な人のことを語ります。以前当ブログをしばしばご訪問されていた矢嶋武弘氏も、当時早稲田大学の学生として同闘争に身を投じていた一人でした。矢嶋氏はその後フジテレビに入局し、社会部、政治部記者になっていきます。矢島氏はご自身のブログで、その過程を「転向」と厳しく自己批判していました。

  アカシアの雨にうたれて
  このまま死んでしまいたい
  夜が明ける 日がのぼる
  朝の光りのその中で
  冷たくなった私を見つけて
  あの人は 
  涙を流して くれるでしょうか

 騒乱が収まり平穏を取り戻した街に、西田佐知子が歌う『アカシアの雨がやむとき』(作詞:水木かおる 作曲:藤原秀行)が流れていました。若者たちの挫折感に、どこか厭世的でデカダンなこの歌が共感を呼び、若者たちの間で好んで歌われ広まっていった経緯があるようです。今あらためて聴いてみますと、この歌はあの頃の時代の空気を何と代弁していたことか。感慨深いものがあります。  -  完  -

 (大場光太郎・記)

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「60年安保」から半世紀(3)

 - 闘争最っ只中悲劇が起きた。東大生の“聖少女”樺美智子が死亡す -

 1960年(昭和35年)6月15日。この日のストには全国で580万人が参加したと言われています。全商連(全国商店連合会)は、全国3万店で閉店ストを行いました。

 首都東京では11万人が国会議事堂を包囲。「第18次統一行動」として、「国民会議」「都労連」「新安保反対キリスト者会議」「安保改定阻止新劇人会議」などが参加しました。さらにこれに同調した全学連反主流波も抗議デモを敢行しました。
 また全学連主流派も各地の大学へ呼びかけ、「国会正門前に7500人を動員する」と主張し、気勢をあげていました。これに対して、衆参両院議長は警察に派出要請、当日は約1万人の警官が警備に当たりました。議事堂周辺を守るのは3400人ほどの機動隊、方面警察隊でした。

 午後1時半頃から、全学連主流派の東大、中大、明大を中心とした約6000人の学生が集まり始め、午後3時半頃には約7300人に膨れ上がり抗議集会を行いました。
 国会はデモ隊に包囲される形となり、参院側から衆院南通用門の方へ行進していきました。デモ隊が衆院第二通用門交差点に差しかかった頃、平河町から歩いてきた右翼グループと遭遇し大乱闘となり、双方に多数の負傷者を出しました。

 全学連主流派はスクラムを組んで通用門に体当たりし、有刺鉄線などをペンチで切断し始めます。午後5時40分、学生らは門扉にロープを巻いて引き倒し、門内の阻止の車両にも火を放ちました。
 これに対して警官隊は放水し押し戻そうとしましたが、抑えきれずに学生らはどんどんと構内に乱入し、規制しようとした警官隊と衝突しました。
 騒乱真っ只中の午後7時過ぎ、東大生・樺美智子(22)が転倒したところ、人雪崩的に転倒した学生らの下敷きになり圧死するという、悲劇的事件が起きたのです。

 樺美智子(かんば・みちこ)。1937年(昭和12年)東京生まれ。父は東京外語大学教授などを歴任した、社会学者の樺俊雄。当時は東京大学文学部の4年生でした。
 東大に入学した樺美智子は、学生運動家として活動を始めます。6月15日当日は、自治会副委員として先頭に立って国会突入を図ったのです。
 控えめながら芯の強い女性だったといいます。読書と集会に明け暮れる日々で、家の勉強部屋には卒業論文用の『明治維新史研究講座 第4巻』が開かれたままだったそうです。「死に顔はほほえんでいるようだった」とは、肉親の手記の一節です。

 『樺美智子 聖少女伝説』(文芸春秋)を著した江刺昭子氏は、日本人の意識と生活は、皇太子妃(現皇后)と樺さんの「二人の美智子」から変わったという論を展開しています。一人(樺美智子)は、命を捨てて時代の重い扉を開いたのだと。
 樺美智子さんのデモ中の死は、山形の小さな町の小学校5年生だった私の耳にもほどなく届き、忘れることのできない名前として刻まれることになりました。
 多磨墓地には、彼女の墓と碑があるそうです。

 …国会構内ではその後も一進一退の衝突が続き、午後8時半頃に3500人ほどの学生が中庭でシュプレヒコールや阻止車両破壊を始めます。警官隊が学生たちを門外へ排除できたのは午後10時11分のことでした。
 学生らの多くは折りからの降雨のため帰っていきましたが、それでも1500人ほどの学生たちは国会周辺でデモ行進を行い、それはいつしか3000人にもなりました。国会正門前の車両を横転させ次々と放火、計18台が全半焼しました。

 この暴動に対して、警視庁は機動隊を投入して排除する方針を決定。投石などで抵抗し続けていた学生たちを力づくで排除しました。
 結局この日、学生193人を含む232人が検挙されました。警察側の負傷者は721人。それまでの闘争警備において最大の被害を出しました。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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「60年安保」から半世紀(2)

 - 5月20日の強硬採決により、安保闘争は倒閣・反米闘争へと変わっていった-

 激動の1960年(昭和35年)は、第二次世界大戦の敗戦(1945年-昭和20年8月15日)の傷跡生々しく、国民の間に「戦争」に対する拒否感が強い時代でした。さらに戦争遂行内閣であった東條英機内閣の閣僚として、A級戦犯にも指定された岸信介本人への反発も強いものがありました。
 「新安保は日本を“アメリカの戦争”に巻き込むものだ」という世論が高まり、全学連(全日本学生自治会総連合)など学生運動家だけではなく、一般市民や労働者をも巻き込む一大闘争へと発展していったのです。 

 5月20日衆院安保特別委員会で新条約案が強行採決されました。世論が決定的に動き出したのはこの日からでした。「民主主義の破壊である」として一般市民の間にも反対の運動が高まり、国会議事堂の周囲をデモ隊が連日取り囲み、闘争は次第に激化の一途をたどっていことになります。
 岸内閣の強硬な姿勢に、当初の「安保改定反対」は次第に倒閣運動、反政府・反米闘争の色合いを濃くしていったのです。

 対して岸信介総理は、警察と右翼の支援団体だけではデモ隊を抑えられないと判断し、同じA級戦犯でありCIAエージェント仲間でもある児玉誉士夫(こだま・よしお)を頼り、松葉会、稲川会、住吉会などの親分衆に働きかけ、さらには三つの右翼連合組織にも行動部隊となるよう要請しています。
 こうして激化するデモ隊の鎮圧のため、暴力団員、博徒、テキヤ、恐喝屋、暗黒街のボスなどが総結集したのです。最終的にその筋の連中が3万人以上動員され、彼らには岸内閣から(当時のカネで)約8億円が支給されたと言われています。
 これが腐れ縁となって、岸個人と安倍晋太郎、晋三親子、そして自民党と暴力団との癒着が後々まで続くことになったのです。

 そんな中岸総理は野球観戦に行き、「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつものとおりだ。私には『声なき声』が聞こえる」と、いけしゃあしゃあと言ってのけました。しかし東久邇、片山、石橋の3人の元総理経験者が引退勧告をするに及び、事態はさらに深刻化することになります。

 6月3日、第17次統一行動。6月4日、総評は時限ゼネストを指令。全国で460万人以上もの労働者がストに参加しました。

 6月10日には東京国際空港(羽田空港)で、アイゼンハワー大統領訪日の日程を協議するため来日した大統領補佐官ジェイムズ・ハガディが、空港周辺に詰めかけたデモ隊に包囲され、米海兵隊のヘリコプターで救助されるという事件(ハガチー事件)が発生しました。
 ただハガディ補佐官は同夜記者会見し、「これにより大統領の訪日の方針が変わることはない」と話しました。

 こうして同闘争は、それまで共産党や労働組合とは距離を置いていた人々にも広がっていったのです。その意味で「60年安保闘争」とは、まさに“市民による闘争”だったと言えます。この闘争が、後の「70年安保闘争」などの学生運動と違う点は、実に市民らが一体となって参加していたことにあるのです。
 「物言わぬ小市民」ばかりになってしまった、今日のおとなしい社会からはとても想像もできませんが。  (以下次回につづく)

 (大場光太郎・記)

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「60年安保」から半世紀(1)

 -例えば普天間基地移設問題。あの時締結された同条約が、半世紀もの長きにわたってこの国を大きく規定してきた。「今後どうするのか?」。今こそ国民間の真剣な議論、検証が必要だろう。-

 うっかりやり過ごすところでした。ちょうど50年前の梅雨時6月半ば頃から、首都東京は史上空前の規模の騒乱状態に陥ったのでした。後に「60年安保闘争」と呼ばれることになる、国会周辺での学生、労働者、市民たちによる反政府、反米闘争が連日続いたのです。

 当時この安保闘争が全国民にどれほどの影響を及ぼしたのか、まだ子どもだった私には知る由もありません。しかしその一端を知る手がかりとして、例えば一方の当事者である岸信介元総理の孫である安倍晋三元総理は、(当時晋三5歳)祖父である岸の前で「アンポ、はんたい !」を連呼して、岸に「そんなことを言ってはいけない !」と厳しく叱られたそうです。

  私のことも話します。私は当時山形県内陸部の町の小学校5年生でした。だから「安保」の意味などサッパリ分かりませんでした。しかしその頃この国でただならぬことが起きていることは察知していたようです。
 多分騒動の最中のある日のことだったと思います。その日の授業が始まる朝のことだったかと思いますが、私は担任の先生に「シェンシェ(先生)、日本で戦争が起ぎんなだべが?」と質問したのです。当時私の席は前から3列目中ほどでしたが、多分クラスの誰もが気になっていることを、代表して先生に質問した形でした。

 クラスの誰かから聞くように促されたのか、それとも母ら大人たちがその件を大騒ぎで話しているのを小耳にはさみ、それで気になって自発的に質問したものか、今となっては定かではありません。いずれにしてもテレビ、新聞ともままならぬ当時としては、“先生”に尋ねるのが一番の方法だったわけです。
 担任の先生はKという、少し肥満気味の30代半ば過ぎの女の先生でした。K先生は私のぶしつけな質問に丁寧に答えてくれたと記憶しています。その内容はほとんど忘れてしまいましたが、「戦争など起ぎねがら、心配すっこどねえ」というような最後の言葉に、何となく安堵感を持ったことだけは覚えています。

 そもそも旧安保条約は、1951年(昭和26年)9月8日、日本の独立を定めたサンフランシスコ平和条約と同時に締結されています。その後の米ソ両国を頂点とする東西冷戦構造の激化に伴い、米国が同条約改定を我が国に迫ってきたものです。それまでの単に米軍に基地を提供するための条約から、新条約は「日米共同防衛」を義務づけた一段とシビアな内容となっています。
 日本が西側諸国の一員として、防衛面でもしっかり組み込まれることを意味する内容だったのです。

 改定交渉に当たったのが、自由民主党の岸内閣でした。前年からの下交渉を経て、問題の1960年(昭和35年)1月には岸以下全権団が訪米し、時の米国大統領アイゼンハワーと会談、新安保条約の調印と同大統領の訪日で合意しています。
 岸らの帰国後、新条約をめぐる国会審議が行われるや、安保廃棄を掲げる日本社会党の抵抗により国会は紛糾します。また前年から既に、改定により「日本が戦争に巻き込まれる危険性が増す」などの懸念により、反対運動が高まりをみせてもいたのです。 (以下次回につづく)

  呑み屋出て音吐(おど)挙げてをり夏至の月   (拙句)

 (大場光太郎・記) 

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私は大新聞を読みません

 -それで何か困ることがあっただろうか?ほとんどないようである。-

 おととしの記事で何度か述べたことがありますが、私は長いこと朝日、読売、毎日といった大新聞を購読していません。おそらく今後とも購読することはないだろうと思います。

 私が21歳の頃から、一貫して取り続けていたのが朝日新聞でした。都合30年以上も購読していたわけです。
 やめるキッカケとなったのは、2003年に起きたアメリカを中心とする「イラク侵攻」でした。「今次のイラク戦争は正義なり」とする、アメリカベッタリの報道姿勢にほとほと嫌気が射したのです。『朝日よ。お前もか』と、何か裏切られた感じがしたのです。

 それまで溯ること数年間は、『業務のためにも、世の中の動き、政治の動き、経済の動きをもっと知っておかなければならないな』とばかりに、第1面から中ほどの【読者の声欄】【識者の論説欄】あたりまでは、それこそほぼ隈なく目を通していました。重要だと思われる個所には傍線を引き、また何日分かをまとめて切り抜き、これという記事はスクラップ帳に貼付け保存もし時折り読み返してもいたのです。

 それがイラク侵攻中から、ばったり購読そのものをやめてしまったわけです。それで何か不都合なことがあったでしょうか?私が記憶している限りではさして不都合は感じなかったようです。むしろ新聞に隈なく目を通す、傍線を引く、切り抜く、スクラップ帳に貼り付ける。そんなけっこうな手間から開放されて、『やれやれ』という気分がしたものです。
 まあ強いて言えば、夕刊の【文化欄】【文芸批評欄】それに朝日の名物コラム『天声人語』が読みたいな、くらいなものだったでしょうか。
 それとてもネット全盛の今では、asahi.comでは直前1週間の『社説』『天声人語』くらいなら、ネット版で無料で読めるようになっていますし。

 日々生起する出来事は、ネットの「ニュース検索」によって大略はリアルタイムに得ることができます。何もわざわざ偏向、世論誘導、歪曲、捏造に満ち満ちた、一日遅れの大新聞のニュース記事など読む必要はないわけです。そのためか近年は「新聞離れ」が一段と加速しており、新聞各社は「ネットニュース」の出現に脅威と警戒感を強めていると言われています。

 ここでいささか突拍子もないことながら、ある“宇宙存在(複数)”からの「大メディアに関するメッセージ」を、以下にご紹介してみます。少し長い引用ですが、この存在たちは地球人類を何万年、何十万年のオーダーで見守り続けてきた存在であるようです。

 <徹底した情報操作(6)-メディアのコントロール>
 コントロールされた主流のメディアは、あなたがたの意識を、活力や創造力を欠いた、もっともらしい世界に惹きつけるための道具として利用されています。
 あなたがたの注意を、暴力や戦争の現実に導くことによって、あなたがたの思考や信条を、被害者意識や完全な無能力意識にとりつかれるように、条件付けしているのです。
                        *
 何十年にもわたって、強くコントロールされ堕落したメディアのやってきたことは、管理された混乱状態を一致して報道し、大衆の注意を方向づけすることです。心理的な混乱や疲労を生むように台本が書かれ、いわば上演されてきたのです。破滅的でショッキングな出来事を情け容赦なく報道し何度もくり返す、それに絶望や破壊のイメージを加え、見る者の心にくり返し植えつけるーこれは、極度の不安状態を創り出し、実際に、心理戦争と軌を一にしています。
 当局が演じるのは、真実、半真実、ペテン、そして嘘などの混合で、あなたがたの希望をくじき、何をやってもうまくいかないと思わせることですーそれが今や「あの」ニュースとしてまかり通り、あなたがたの人生を支配するのです。  (以上引用終わり)

 この際「宇宙存在の真偽」のほどは、読者各位のご判断に委ねます。ただ上記メッセージが、いかに世界中の主要メディアの「核心」を衝いているかについては率直に評価すべきものと考えます。

 ここで触れている「コントロールされたメディア」とは、新聞・テレビなどこの世界で正当な報道機関とされている、いわゆる“マスメディア”を指しています。それらはそれぞれが独立した企業体で(但し我が国では例外的に、新聞・テレビの同一資本によるクロスメディア状態がまかりとおっている)、独自の報道スタイルや取材網を持ち経営方針や社説を持っていますから、あたかも完全な主体性を持つ信頼できる報道機関のように見えています。
 しかしそれら主要メディアが実質的に「(暗黒勢力支配構造に)コントロールされている」ことは、重要な出来事の報道に見られる、ハンで押したような共通性からも明らかです。

 たとえば近年だけを見ても、「9・11」、アフガン侵攻、イラク侵攻などのアメリカ寄りの全世界メディア横並び報道は、顕著すぎる例と言えます。また我が国で見れば、5年前の郵政選挙、昨年の西松建設事件から今年初以来の土地購入問題における小沢一郎バッシング、普天間基地移設問題などの各社一律報道等々。一々挙げていけば切りがないほどです。

 「一億総白痴化促進メディア」であるテレビは論外として、こんな大新聞を隅から隅まで読み込んだとて、決して賢者にも知識人にもなれはしません。引用のメッセージにあるように、「彼ら」からガチガチにマインドコントロールされ、挙句の果ては心の奥から“病気”にされてしまう(特にテレビ)のがオチなのです。

 私は大新聞購読をやめました。最近はテレビもあまり見ていません(W杯だけは別です-苦笑)。皆様もこの際、大新聞購読を再考されてみてはいかがでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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奇っ怪・菅「財務省代弁」政権

 - 長期政権狙いで「財務省と法務省(検察)と仲良くする」だと?これではまるで小泉亜流政権ではないか ! -

 7月11日の参院選に向けて各党が一斉に走り出しています。同選挙の争点の一つは「景気対策」です。菅内閣で景気は回復するのか、国民生活は本当に良くなるのか?それが問われる選挙でもあります。

 昨夏50余年続いた自民党政権に「NО !」を突きつけ、民主党に政権を与えたのも、「民主党なら自民党がぶっ壊した日本経済を立て直してくれるだろう」と期待したからに他なりません。
 ところが肝心の「景気回復」が怪しくなり始めているのです。菅内閣が景気を悪化させる政策を次々に打ち出しているからです。

 17日民主党が発表した参院選マニフェストにはびっくりです。民主党の目玉だった「子ども手当」の満額支給を正式に断念し、もっともらしく「財政再建」を掲げ「消費税増税」を盛り込んでいるのです。
 我が国経済はリーマンショックからようやく立ち直り、せっかく景気が上昇し始めたばかりです。なのにここでケチケチの緊縮財政に逆戻りし、消費税をアップさせたらどうなるのか?不況がさらに悪化するのは目に見えています。

 今我が国経済はのるかそるかの瀬戸際にあります。こんな時にわざわざ消費税増税を打ち出して景気を冷やすなど狂気の沙汰と言うべきです。
 消費税アップの実施が数年先でも、増税が控えていると分かれば、国民は将来に備えてただでさえ固い財布のヒモをますます締めるばかりです。GDPの実に6割が国民の個人消費です。増税が景気を悪化させるのは明らかなのです。

 参院選を前にして、菅民主党がこんな愚策を掲げるのはどうしてなのでしょう?
 理由はただ一つ。菅政権が財務省に取り込まれてしまったからです。「経済成長のためには、消費税増税による財政再建が不可欠」という主張は、財務官僚の考え方そのままなのです。
 「経済オンチ」の呼び声高い(失笑)菅直人は、財務相当時国会答弁で赤っ恥をかき、G7財務相会議では各国財務相の専門知識の高さに驚いたそうです。己れの無知を知り自信を失った菅直人は、以後財務官僚を頼りにし次第に取り込まれていき、遂には財務省の代弁者に成り下がってしまったのです。

 もし仮に日本が国家破綻しIMF管理下に置かれても、「自分たちだけは生き延びられる」と嘯(うそぶ)いているのが財務官僚です。自己保身最優先で、「公僕としての自覚」など露ほども持ち合わせていない連中なのです。
 だから亡国財務官僚は、景気が良くなろうが悪くなろうが、国民生活が苦しくなろうがどうなろうが、知ったこっちゃありません。「増税」によって自分たちの裁量で自由に使えるカネが増えれば“御の字”なのです。

 これまで民主党は「消費税アップ」を否定してきたはずです。必要な財源は極力ムダを削減し、一般会計と特別会計を合わせた207兆円の国家予算から捻出すると公約していたのです。
 なのに、「官僚の聖域」である特別会計には指一本触れないまま、消費税をアップするとはとんでもない話です。これでは民主党を信じて一票を投じた国民への裏切りで、昨年夏の衆院選で「国民の生活第一」を訴えたキャッチフレーズは一体何だったのか?ということになってしまいます。

 日本経済がいつまでたってもデフレ不況から脱却できないのは、30兆円とも言われる「需給ギャップ」が埋まらないからです。民間の体力が弱っているのなら、政府がカネを使ってこの需給ギャップを埋めるしかないのです。
 特別会計などにメスを入れれば、まだまだ財源は生み出せるはずです。民間に比べて優遇されている国、地方公務員の給与カットという手もあります。思い切った公務員削減も断行すべきです。不必要な独立行政法人&天下りは即刻廃止すべきです。それでもなお必要なら、赤字国債を大量発行して、大規模な景気対策を実施すべきです。
 まずもって景気を良くする、そうすればおのずから税収も増え「強い財政再建」も可能となるのです。菅内閣がやろうとしていることはまるで逆さまです。

 「官の聖域」である特別会計には全くタッチしない、公務員改革は封印する、景気対策も行わない、そして「子ども手当」は捨て去る。挙句の果てに財務省の口車に乗せられて「消費税増税」?これでは、かつての自民党政権と何ら変わりないではないか !?

 「国民生活が第一」を掲げていた小沢一郎を排除してから、民主党はすっかり変質してしまいました。そんな菅民主党に対して、新聞の投書欄には「失望の声」が溢れ始めているといいます。それでも民主党内には、支持率のV字回復に悪酔いして「消費税を上げても参院選は勝てる」と楽観ムード一色だそうです。
 これはあくまでも自民党政権下ですが、過去「増税選挙で勝った与党はない」のです。菅総理以下現閣僚、現執行部殿。国民をあまり甘く見ない方がいいですぞ。(ちなみに私は今回民主党には投票しません。)

 (注記)本記事は、6月19日付「日刊ゲンダイ」(1面~3面)を参考にまとめました。

 (大場光太郎・記)

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時の話題(9)

 - トップが突然「農家をやりたい」と言い出したらどうすればいいのか? -

 鳩山前首相とW杯サッカー日本代表の岡田監督が、「農家をやりたい」と周囲に漏らしたことがあるそうです。偶然なのか、それとも何か理由があるのでしょうか?

 まず鳩山由紀夫前首相(63)です。自身の偽装献金問題で野党から厳しい追及を受けていた今年の2月、側近らに「この世界から足を洗ったら農家をやりたい」と漏らしたというのです。同時期はまた普天間基地移設問題が暗礁に乗り上げ始めた時期にも当たります。これらが強いプレッシャーとなって、つい漏らした言葉だと思われます。

 また岡田武史監督(53)の場合は、カメルーン戦の数日前に「南アフリカ大会が終わったら農家になりたい」と語っていたというのです。
 その頃はテストマッチで悉く惨敗し、日本代表はどん底のチーム状態でした。大会に臨むに当たって「4強入り」の目標を公言した岡田監督にとって、チームを覆う暗雲に、日の丸を背負った代表監督としてつい漏らした弱音と見てよさそうです。

 期せずして2人のトップリーダーが漏らした「農家をやりたい」。何か隠されたメッセージがありそうです。
 メンタルヘルス総合研究所の久保田浩也所長は言います。「今ある立場を投げ出し別の環境に身を置きたい。強いストレスやプレッシャーから身を守るための一時的逃避の一つです。『沖縄に住みたい』『お遍路に出たい』というのも同じ意味で、苦しい現実から逃れたい願望が出ている。心が相当に弱っていると考えられ、行き過ぎてしまうと、松岡利勝元農相のように自殺してしまう危険性も出てきます」。

 2人以外にも、韓流スターの「ヨン様」ことペ・ヨンジュンも昨年9月、「農家になりたい」と言い出したことがあるそうです。その頃彼は体調を崩し、10㎏も体が細り、5日間も入院する騒ぎだったとのことです。

 「農家に……」というつぶやきには必ず意味があり、見逃せば松岡元農相のような最悪のケースも考えられるということです。
 「鳩山前首相が“農業”と言い出した時、その場にいた中山義活首相補佐官は『官邸に菜園を造りましょう』とトンチンカンな対応をしていた」と、政界関係者は話しています。トップの弱音に対して、これはまずい対応例だそうです。

 自殺率の高い秋田県の医師会が作成した問答集では、例えば上司でも部下でも「眠れない」と弱音を吐いたら、「そう、眠れないんですね?」と、疑問形にして言い返すのがいいそうです。また「死にたい」といったドキッとする言葉も、慌てず騒がず、「死にたい、そう思うほど苦しいのですね?」とオウム返しに伝えればいいというのです。
 周囲が勝手な推測でアドバイスしたり、対応策を一緒に考えても効果はない(むしろ逆効果)と言います。

 「農業をやりたい」とは、鳩山前首相も岡田監督も本気でそうしたいと思っていたのではないわけです。だからこの場合の絶妙な切り返しは、「農業ですか?」(久保田氏 = 前出)だそうです。
 くれぐれも官邸に畑を造ってはいけないようです。

 今月初旬鳩山首相は辞任し、岡田監督は初戦のカメルーン戦に大勝利しました。状況一変。事情こそ違いますが、もう強いストレスやプレッシャーはなくなり、共に精神的な危機は脱したとみてよいでしょう。
 だから今となっては、お2人とも“就農病”などとっくになくなり、『えっ。そんなこと言ったっけ?』てなもんでしょう。

 (注記)本記事は、6月15日付「日刊ゲンダイ」を参考、引用してまとめました。

 (大場光太郎・記)

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二転三転「韓国哨戒艦沈没事件」

 -北朝鮮攻撃説は米韓の謀略で、真相はやはり米原潜との衝突だったのでは?-

 韓国の哨戒艦「天安」沈没事故の雲行きが怪しくなってきています。韓国と歩調を合わせていた米国が何と逃げを打ち始めたのです。
 AP通信は今月5日「天安事件」について次のような記事を配信しています。「匿名の米国防総省当局者が『天安事件は意図された攻撃というよりも、北朝鮮のハネ上がり分子の仕業か、単なる事故、もしくは訓練の不手際で起きた可能性がある』と語った」というものです。

 びっくりではないでしょうか?天安事件当時、韓国軍と共同訓練をしていた米軍の当事者が、一応「北朝鮮関与説」を筆頭に挙げているものの、同時に「事故説」「衝突説」まで口にしていたとは。
 この米国政府の豹変の裏には、ロシアや中国の影響があると見られています。先月31日から韓国で独自に調査していたロシアの調査チームが、具体的反証を挙げながら「北朝鮮魚雷攻撃説」に疑問を投げかけ、ロシアの専門家は「韓国海軍はごくつぶしか?」とまで語っているといいます。

 どうして“ごくつぶし”なのでしょうか?天安沈没事件当時、韓国海軍は米軍と一緒になって、近くの海域で対潜水艦訓練をしていたことは周知の事実です。なのに北朝鮮の潜水艦に同海域に入り込まれ、魚雷まで撃ち込まれたとすれば、まさに「間抜けのごくつぶし」以外の何ものでもないと言うわけです。

 このロシア調査団の見解に中国も追随し、今や共同歩調を取っています。さらに肝心の韓国国内ですら、韓国軍の調査結果に不信の声が根強く、「北の魚雷説は捏造」「座礁か衝突か」の見方が広がっているというのです。
 そしてなんと韓国の「参与連帯」というNPО市民団体が11日、「北朝鮮攻撃説」に疑問を呈する書簡を安保理理事国と国連など17ケ所に送っていたことが明らかになり、波紋を呼んでいるのです。この書簡は、安保理の制裁を求める韓国政府の足を引っ張る事態になりかねないのです。

 そもそも天安事件におる「北朝鮮魚雷攻撃説」は、統一地方選を間近に控えた李明博(イ・ミョンバク)大統領の与党・ハンナラ党が、「北朝鮮北風」で選挙を有利に進めるべく行った謀略では?と選挙前から囁かれていました。
 そして今月2日に行われた同選挙の結果は、そんな政府の意図を見透かしたように、与党ハンナラ党が惨敗したのです。韓国国民は少なくとも日本国民よりずっと民主主義が定着しているようです。マスコミにマインドコントロールされやすい、私たち日本国民は大いに見習うべきです。

 ともかく、米国政府の軌道修正は、上記のような流れの変化を受けたものと見られています。

 今回の事件について関与を名指しされた北朝鮮政府は、いつにも増して強気な姿勢を崩さず、同国の最高意思決定機関である国防委員会(委員長は金正日)が、韓国調査団の発表直後異例の早さで、「米国と南朝鮮当局のデッチ上げだ」との非難声明を発表しました。
 また韓国が大音声による北朝鮮への宣伝放送を再開したことについて、朝鮮中央通信は、「(韓国側の宣伝放送を含め)いかなる軍事行動を起こした場合も、ソウルが火の海になることにつながるだろう」と、16年ぶりに例の「ソウルが火の海威嚇」を持ち出しています。

 また国連の安保理が同事件で協議を開始したことを受け、北朝鮮のシン・ソンホ国連大使は15日、安保理が北朝鮮を非難する決議や声明を採択した場合、軍事行動も辞さないとけん制しました。シン・ソンホ国連大使は、「韓国の調査結果は科学的でもなれば客観的でもない。何から何まで捏造だ。安保理が我々を挑発するのなら、我々は情け容赦なく、侵略者を打ちのめすだろう」と述べたのです。
 
 一方でアメリカについてシン大使は、「北朝鮮の脅威を強調して、日本の鳩山前政権にアメリカ軍基地の存続を受け入れさせた」として、「事件を政治的に利用して、同盟国の日本と韓国を奴隷化している」とも述べています。
 私は決して、日本人拉致国家・北朝鮮の肩を持つ者ではありません。しかし同事件についてはあまりにも謎が多く、一概に「北朝鮮魚雷説」に前のめりになるのはいかがなものか、と思います。その点シン大使の、「米国と日本の関係」はかなり鋭い指摘だなと思わざるを得ないのです。

 対して同事件についての日本政府の対応ぶりはどうでしょう?鳩山前政権では韓国の調査を鵜呑みにし、「先頭を切って(北朝鮮への)制裁を行う」と完全に前のめりの対応でした。
 その後を継いだ菅政権は、岡田外相、北澤防衛相などすっかり米国に取り込まれてしまった“対米隷属閣僚”を留任させています。ただひたすらアメリカ様の御意向に付き従うしか選択肢はないのです。

 このように何でもかんでもアメリカ様の鼻息ばかりうかがっていると、そのうち周辺諸国から相手にされなくなりはしまいか?それは我が国にとって大きく国益を損なうことなのではないでしょうか?
 日本が曲がりなりにも独立国であるのなら、我が国の目と鼻の先の海域で起きた同事件について、他国のように調査団を派遣しきちんと調査して、我が国として独自の調査結果を発表すべきなのではないでしょうか?

 【関連記事】
   「韓国哨戒艦沈没事件」の真相とは (5月13日)
   「パワー」か「フォース」か        (6月1日)

 (大場光太郎・記)

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岡田ジャパン、初戦大勝利 !!

 - 強豪国カメルーンに快勝 ! これで1次リーグ突破確実か !? -

 いやあ驚きました。W杯初戦のカメルーン戦。何と1-0で岡田ジャパンが勝っちゃいました !
 私は直前の『ドーなる?岡田ジャパン』で、最後は「4強などと言わずに、決勝は日本vsブラジル。一つこれで行きましょう」などと無責任なことを書きました。無論私自身そんなことを信じておらず、数度のテストマッチで惨敗続きの岡田ジャパンを少しばかり(大いに)茶化したくなったためでした。ここだけの話、初戦のカメルーン戦すら『勝つのは無理だろう』と思っていたのです。

 それがいざ試合が始まってみるとどうでしょう。前半15分も経過すると、試合は日本ペースで進んでいることが素人の私にも明らかに分かりました。個々の身体能力が高く「攻めに強い」はずのカメルーンの各選手の動きを徹底的に封じ込め、相手さんにまるで試合をさせなかったのです。それは前半のカメルーンのシュート数の極端な少なさにもはっきりと現われています。
 あの世界屈指のストライカーのエトーですら、『9番が見えないぞ。どこでプレーしてんだ?』というほど、目立った動きをさせませんでした。

 前半が進むにつれて本当に『ひょっとして日本勝てるんじゃないの?』と思えてきました。そして遂にその時がきました。前半終了間際の39分、松井の右サイドのクロスに、ゴール左前という好位置につけていた(1トップ起用の)本田が左足インサイドボールを押し込み、先制ゴールを挙げたのです。
 一瞬何が起きたのか分からないほど、それはあっけない得点でした。しかし得てしてそんなものです。それまでカメルーンをまるで寄せつけなかった、鉄壁のディフェンスが呼び込んだ得点といえます。日本は後半カメルーンの怒涛の反撃を何とかしのぎ、虎の子の1点を守り抜きました。

 「最近は外すことが多かった。本番の大事なことろで決めることができた。きのうが誕生日?まあ(運を)持ってるのかな、と」と、試合後に本田は答えていました。
 率直に告白しますが、私がサッカーの試合を観戦するのは前回ドイツ大会以来4年ぶりのことです。テレビのW杯直前情報で、今日本代表の中では「本田がピカイチらしい」と、その名をはじめて知りました。
 
 本田圭祐、24歳。茶髪はいただけないとしても、いい面構えをしています。大阪府出身ながら、高校は石川星陵高校。ということは、日本人大リーガーの代表格・松井秀喜の後輩ではないですか。同校から05年名古屋グランパス入団、08年にはオランダVVVに移籍、今年からCSKAモスクワに移籍という、松井、長谷部らとともに海外組のつわものの一人です。

 日頃から“ビックマウス”と言われているようですが、それはうんと高い目標を設定していて「有言実行」により自分を追い込むためのもの。今回のようにビックマウスに相応しい、ビックな働きをしてくれれば何の問題もないわけです。
 本田には今後とも、あの中田英寿を超えるような国際級プレーヤーになっていってもらいたいものです。

 これで日本は「勝ち点3」を得て、オランダに次いでE組2位の好スタートを切りました。日本は19日そのオランダと対戦します。どうなるのでしょうか?
 1次リーグ突破の可能性が高くなった今、国民サポーターとして気を緩めないためにも少し手厳しいことを指摘したいと思います。それもいささか的場外れながら、サッカー以外のことで。

 私はオランダ戦はもちろん第3戦のデンマーク戦でも、初戦のカメルーン戦より苦戦すると見ます。それには、FIFA世界ランクが4位と36位と格上だからという理由ももちろんあります。しかし欧州メディアが日本の勝利を「番狂わせ」と打電したように、ランク下位チームが上位チームを食うのが、今大会の特徴の一つでもあります。
 そんなことではなく、理由は現日本人の「欧米白人種コンプレックス」にあります。
 政権交代しても依然米国に「NО !」と言えない政治状況を持ち出すまでもなく、米英仏白人連合国に対する敗戦という重い事実以来、現日本人の心に潜む白人コンプレックスは抜きさしならぬものがあります。それが今や、民族的な集合的無意識層の一部を形成しているといっても過言ではないのです。

 日本代表は“白人種”オランダ、デンマークに対して、カメルーン戦のように試合前から相手を呑んでかかれるのか?それが何より気になるところです。
 
 日本代表の数人は、現海外組ないしはかつての海外組です。海外とは欧州、その意味で彼らはだいぶ白人コンプレックスも解消されているとはいえます。特に対戦相手であるオランダのチームに所属していた“ビックマウス”本田は、「岡田監督は4強入りとか言ってますけど、ぼくは優勝だって夢ではないと思ってます」と言っています。
 大切なのはそういった心意気です。これが本田個人のみならず、代表全員がそう信じているのなら結果はおのずからついてくるはずです。
 悪しき集合的無意識層に風穴をあるためにも、頑張れ、ニッポン !!

 (大場光太郎・記) 

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梅雨入りす

  キキと鳴き嬉々と飛びたり雨つばめ   (拙句)

 気象庁は14日、「関東甲信と東北南部地方が梅雨入りしたとみられる」と発表しました。関東甲信地方としては、昨年より11日遅く平年より6日遅い梅雨入りとなりました。
 そういえば神奈川県県央部に位置する当地でも、先週末から天気は下り気味、曇りの日が続き、いよいよ梅雨間近が予想されました。そして14日は朝からの雨。夕方には上がりましたが、それまでは小雨ながら小止みなく降り続きました。

 梅雨時は、じめじめうっとうしい「嫌な季節」ととらえられがちです。列島にべったりと梅雨前線が張りついて雨がち曇りがちの日が続き、実際そのとおりなのは違いありません。ただものは考えよう。雨には雨の風情がまたあるものです。普段通り慣れた街並みが、雨の日はいつになくシックな情趣で感じられることがあるのです。
 それに梅雨は例年7月20日頃まで続くとはいえ、おととし『梅雨晴れ間』を何度も記事にしましたとおり、けっこう晴れの日もありますし。

 通りや小公園や街路に見かけられる木々は雨に濡れそぼって、にわかに生気を取り戻し、生き生きと迫って見えてきます。同じ緑とはいっても、空き地の境に連なって植えられている木々を見ますに、萌黄色から深緑色まで濃淡さまざまが楽しめるのもこの季節ならではです。その空き地の道路際には山吹の花が橙色にいっぱい咲いています。少し盛りを過ぎて、地面にも花びらが散らばっています。

 「雨に咲く花」といえば何といっても紫陽花(あじさい)です。この花は少し通りを歩きますと、この季節あちこちで見かけられます。紫陽花は俗に“七変化”と言われるとおり、白色、青紫色から赤紫色と所によってさまざまな色合い。大きな丸い一塊となって、見る者の目を楽しませてくれます。
 梅雨の季節にはもう一つ、地味ながら紫露草も忘れてはなりません。時折り小木の木下陰の側辺りに、その一株、二株ほどをひっそりと咲かせていることがあります。

 また町外れなどを歩いていますと、土手の草むらの中に二つ、三つ昼顔が混じって咲いている姿を見かけることがあります。人の手によって品種改良された朝顔のような華々しさこそないものの、よく見ると淡いピンクの可憐さでなかなかに捨てがたい良い花です。

 遠く西の方を望めば、晴れた日ならわが町ではどこからでも見えている大山・阿夫利峯(あふりね)の雄大な姿は、さすがにきょうは見られません。麓からすっぽり雨霧に覆われてしまっています。

 降り続く小雨の中どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきます。鳥類は人間ほどは雨を苦手としていないのでしょうか。そういえば、とある空き地で一羽の雀がピョンピョン地面を跳ね回っている姿が認められました。見れば雀とはこんなに小さかったのかと思われるほど小さな雀です。そんな小雀が、健気にも何かエサになりそうなものを必死で探し回っているもののようです。

 雨の中下校の小学児童たちが三々五々家路についています。今時の小学生たちの服装の何とカラフルなこと。特に女児たちは服といわず傘といわず華やかです。傘をくるくる回したりして、ころころ笑っておしゃべりしながら帰っていきます。
 見ると男の子3人ほどが一列になって歩いています。一番後ろについている男の子がやおら水溜りに入りました。ジャブジャブ長靴を水につけて歩いていたと思ったら、次の瞬間右足を蹴上げて水をすくい上げ、すぐ前の子に少しかけたのです。驚いて前の子が「何すんだよ」とばかりに後ろの子をにらみつけます。「いやあ、ごめんごめん」というようなしぐさを見せながら、後ろの子はツーッと前の子に急ぎ足し並びました。
 やがて3人は何事もなかったように話しながら遠ざかって行きました。

 (大場光太郎・記)

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本性を現わしはじめた菅政権

 -政権発足後の動きからして、心ある人々には、菅政権の「官僚主権」「対米隷属」の本性がはっきり分かってきたのではないか?-

 私は菅直人が新しい総理に就任した4日直後、早々と『当面民主党支持を止めます』記事を出し、来る参院選では民主党に投票しないことなどを述べました。それ以降は一貫して菅政権を「クーデター政権」と位置づけ、その立場から批判してきました。
 これはネットに数多くおいでになる「日本の真の改革」をお望みの方々の中でも、かなり早い段階で「反・菅政権」を明らかにしたものと、密かに自負しております。

 菅政権が正式にスタートしたのが8日、まだ1週間も経っていません。にも関わらず、早くも菅直人という御仁の本性、同政権の正体が垣間見えてきたように思います。やはりこの内閣は支持すべきではないことが、より一層はっきりしてきたのです。

 「彼は昔の彼ならず」。今の菅直人は社民連時代の清新な市民運動家でもなければ、薬害エイズ問題で官僚に真っ向から立ち向かった厚生大臣時の「戦う政治家」でもありません。
 過去と現在の菅直人を断絶させている最大の要因は、やはり「変節」であり「転向」であるということです。菅直人は今回総理になるに当たって、昨年の政権交代時の「国民主権主義」から「官僚主権主義」へ、「自主独立、日米対等」から「対米隷属」へという、まっとうな立場からこの国を危うくさせる方向に変節、転向したのです。

 菅直人は政治家としてのスタート時から、『総理大臣になりたい』という願望が人一倍強かったようです。結果としてだからこそ、こうして総理大臣になれたわけです。
 しかし危急存亡の「今この時」の日本にあって、一政治家の願望、野望などどうでもいいことです。あえて言えばそれは、政治家としての「エゴ」に他ならないのです。エゴとは「利己主義」ということです。時の宰相は日本一の「利他主義者」でなければ真に優れた政治的業績など期待できないことを考えると、菅直人のようなエゴイストはむしろこの局面の日本にあっては、迷惑この上ないトップリーダーとも言えるのです。

 鳩山前総理、小沢前幹事長のダブル辞任の真相はどうだったのか?辞めるのを渋っていた鳩山に、小沢が自分の辞任と引き換えに鳩山を辞めさせた。あるいは巷間伝えられるとおり、鳩山が「私も辞めます。幹事長あなたもお辞めください」と迫ったものだったのか?真相は当事者でなければ分からないところがあります。
 しかし鳩山辞任直後から、次期総理として菅直人の名前が浮上していたことから、共に民主党を結党した絆で結ばれている鳩山、菅の間で、何らかの密約があったのは明らかでしょう。その際「小沢を外そう」と持ちかけたのは菅だったと言われています。
 
 いずれにしても菅は、内閣の要の官房長官に仙谷由人を、党の要の幹事長に枝野幸男を当て、従来の「小沢-鳩山-菅」トロイカ体制に代わって、今後は「菅-仙石-枝野」新トロイカ体制で行くと宣言しました。盟友の鳩山とは“出来レース”なのかどうかは別として、政権交代の最大の功労者である小沢一郎を切り捨てる道を選んだのです。
 小沢一郎なかりせば、頭でっかちの「お子ちゃま民主党」では100年かかっても政権交代できなかったことは明らかです。しかし政権交代成り、その上総理にまでなった途端、「小沢はポイ捨てだ」と言うのです。
 マキュアベリスト・菅直人は、時として権力維持のためには何でもする、小泉純一郎並みの非情な政治家である。このことを国民は、今からしっかり記憶しておくべきです。

 菅総理の冷酷な一面は、国民新党党首・亀井静香と交わした4日の「郵政改革法案は(今国会で)速やかに成立を期す」との合意を、いとも簡単に反故(ほご)にしたことにも見られます。
 支持率60%以上というV字回復に欣喜雀躍し、「これならば会期を延長せず参院選は当初どおりに行うべきだ」との“風頼み”の党内の多数意見に押されて、公党間で取り交わした合意をあっさり踏みにじる。菅直人は何とも「信義にもとる政治家」である。このことも忘れずに記憶しておくべきです。

 郵政改革法案は参院選後の臨時国会で本当に審議されるのか?これにはまたぞろ米国の圧力がかかっていて、ひょっとしていつの間にか廃案になるのではないか?などは別に論ずべき問題です。

 そもそも発足間もない菅政権にこれだけの高支持率をもたらしたのは、普天間問題で行き詰まった鳩山辞任と共に、小沢一郎が辞任したことが大きかったわけです。
 では鳩山内閣の支持率下落の最大の要因となった、年初以来検察と大マスコミが大騒ぎした小沢氏の「政治とカネ」とは何だったのか?小沢氏側には罪に問われるべき何の問題もなかったことくらい、民主党員なら内心では誰でも分かっていることでしょう。自党の幹事長がそれら旧勢力から、激しい攻撃にさらされているのならなおのこと、党は一致結束してこの問題を究明し、真実を国民有権者に訴えてしかるべきでした。

 それを全くせず、「小沢一郎 = 犯罪者」というイメージが国民有権者に刷り込まれていく過程を、菅直人は「しめしめ」とばかりに見過ごし、菅が重要ポストに就けた仙谷、前原、枝野らは、むしろ積極的に「政治とカネ」で小沢前幹事長を批判し続けたのです。
 
 マスコミにさんざん世論誘導され、実際は目的達成とはいかなかったけれども「真の改革」を志向した鳩山・小沢体制では支持率を下落させ、まだ何一つまともなことをやっていない、多分九分九厘「エセ改革」しか期待できない、こんなイビツな菅政権には高い支持率を与える。
 つくづく「腐った国」になってしまったものです、この国は。おそらくかつての占領時代以上の深刻な事態に立ち至らないと、目が覚めないのでしょうね、我々国民は。

 (大場光太郎・記) 

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ドーなる !?岡田ジャパン

 - 政治的にも経済的にも、日本は今嫌な流れになっている。岡田ジャパンよ、どんどん勝ち進んでこの国を大いに元気にしてくれ ! -

 ここのところすっかり、政治的な出来事に関心が向かってしまっていました。が気がついてみると、4年に一度のワールドカップサッカーが開幕していたのでした。

 10日の開幕戦は、A組の地元南アフリカvsメキシコでした。南アは開催国とはいえ世界ランク83位と、出場32ヶ国のうち北朝鮮の105位に次ぎ下から2番目のチーム、W杯常連国メキシコの圧勝が戦前の大方の予想でした。
 それがどうでしょう?いざフタを開けてみると、南アは世界ランク17位のメキシコと五分の戦いをし、1-1の引き分けに持ち込み勝ち点1をもぎ取ったのです。

 南アがもしメキシコに敗れるようだと、決勝トーナメントは絶望的というプレッシャーの中、1次リーグ突破に弾みをつけました。
 もっともこれまでのW杯では、開催国が1次リーグで敗退した例はないようです。やはり自国開催ともなると、プレッシャー以上に、選手個々とチームにとって普段以上の潜在能力が引き出されるということなのでしょうか?

 その他同じA組では、フランスとウルグアイの試合も既に行われています。フランスといえば、名司令塔・ジダンを擁した1998年(自国開催)の優勝国で、前回の06年大会はイタリアに次ぐ準優勝国です。そんな強豪国が格下のウルグアイ相手に大苦戦し、こちらも1-1で引き分けるのが精一杯でした。
 これには日頃から口さがないフランスマスコミは、「フランスがW杯で勝つ可能性は皆無だ」とケチョンケチョンです。
 開幕早々から今大会は、何やらこの先も波乱含みの番狂わせが起こるような様相です。

 そこで気になるのが、わが岡田ジャパンです。日本代表はこれまでセルビア、韓国、イングランド、コートジボワールと練習試合を重ねてきました。結果は泥沼の4連敗。何より問題なのは、その間の得点はわずかに1点、逆に失点は9点ということにあります。
 日本代表は合宿地である南ア南部のジョージに入った10日、ジンバブエ代表を相手に最後の練習試合を行いました。同チームは世界ランク101位と、47位の日本からみればずい分格下のチームです。しかしこれが無得点ドローと、負けこそしなかったものの、本番に向けて何とも不安の残る試合内容となりました。

 その試合を取材に訪れた2戦目の相手国オランダの記者は、「日本は1次リーグを突破できるかって?それは難しい」と言い放っています。やはり数回の練習試合から、日本にとっての“伝統的弱点”がまたもや浮き彫りになってしまいました。「深刻な決定力不足」です。
 それが今回の岡田ジャパンでも、何ら解消されていないことがクローズアップされた格好です。

 大方の専門家が予想しているとおり、岡田ジャパン(E組)にとっての最大の関門は緒戦のカメルーン戦でしょう。やはりカメルーン戦に勝てば1次リーグ突破は確実、もし敗れるようだと突破は困難になるわけです。
 間近に迫った大事なカメルーン戦(現地時間14日14時)。果たして岡田ジャパンに勝機はあるのでしょうか?カメルーンにはエトーという超努級の選手がいます。また並外れた身体能力を備えた選手がエトー以外にもぞろぞろいそうです。こと一対一のフィジカル勝負では、日本はとても勝ち目がなさそうです。

 しかし相手さんは、連係プレーよりも個人の能力で守るチーム。カメルーンの弱点は「攻めに強く守りに弱い」ことにあるようです。その辺のことは、岡田監督などもとっくにデータとしてインプットされていることでしょう。
 対して我が日本チームには傑出した個人選手はいません。個人技でではなく、組織力で戦いを進めていくチームです。その分カメルーンとは逆に、「守りに強く攻めに弱い」のが日本だと思われます。

 そこで日本としてはお家芸のチームワークにより、相手にとにかく得点を与えないこと。そして中村、本田、中沢、闘莉王、大久保らの絶妙な連携プレーで巧みに相手の裏をかき、少ないチャンスを逃さず効率よく得点に結びつける。
 岡田ジャパンの勝機はそこにある(あるいはそこにしかない)のではないでしょうか?

 ここで気を取り直して、国民サポーターにとって大朗報をー。
 過日の民放昼のワイドショー番組でのW杯特集の一こまです。南アには庶民から尊敬されている“占い師”がいるそうです。そこで同民放スタッフが現地に飛んで、その占い師にW杯の行方を占ってもらったのです。
 分けても気になるのは岡田ジャパンの勝敗の行方です。民族衣装の装いを凝らしたシャーマン風の占い師が、体をくねくねさせて入神しサイコロだか何だかの原色鮮やかな物を床の前に撒き散らし、厳かに告げたことには、「日本はカメルーンを2-0で下し、1次リーグを突破する」。

 「困った時の神頼み」ではないけれど、何ともありがたいご託宣ではありませんか。ちなみに優勝国はブラジルだそうです。

 冒頭見ましたように、大いに波乱含みの今大会です。こうなったら、日本は1次リーグ突破などというケチくさいことではなく、当初から岡田監督が目標としていた「ベスト4」も軽々クリアー、決勝は大番狂わせの日本vsブラジル。
 一つこれで行きましょう。岡田監督、選手の皆さん。すっかり元気を失ったこの国を大いに元気にしてください。お願いしますよ。(と、最後は少し哀願調で。)

 (大場光太郎・記)

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ハイランドのメリイ

                    バーンズ

  お前たち川岸よ、丘よ、川よ、
  マンガメリイの城をめぐるお前たちよ、
  お前たちの森は緑に、花は美しくあれ、
  お前たちの流れはいつも濁るな !
  そこで夏は真先にその衣を着て、
  そしてそこに最後までとどまれ、
  なぜならそこで私の最後のさようならをしたのだ、
  わたしの可愛いハイランドのメリイに。

  明るい緑の樺(かば)の木に、何と香しい花が咲いていたよ、
  サンザシの花は何と豊かに咲きみだれていたことよ、
  その香しい下陰で
  わたしはメリイを胸に抱きしめたのだ !
  黄金の幾時が天使のつばさをかって
  わたしと私の可愛い者の上を飛んだ、
  なぜなら私にとって光や生命のように大事なものは
  わたしの可愛いハイランドのメリイだったのだ。

  幾度も誓いをたてたり、しっかり抱きしめたりして、
  わたしたちの別れはあわれ深くこまやかだった、
  そして幾度も、またあう約束をかわして、
  わたしたちは生木を裂くように別れた。
  だがああ ! 時ならぬ死の霜がおりて、
  それが私の花をこんなに早くいためてしまった !
  いま芝生は緑に、土くれは冷たく、
  わたしのハイランドのメリイを包んでいる !

  今ああ蒼(あお)ざめ、蒼ざめて、あああのバラ色の口びるよ、
  わたしが幾度もあんなに愛してキスしたのに !
  そしてあの輝く眼は永久に閉ざされている、
  あんなにやさしく私を見つめていたのに !
  そして今静かな土の中で朽ちている
  あの心臓は、わたしをやさしく愛していたのに !
  だがいつまでも私の胸の奥深く
  わたしのハイランドのメリイは生きている。

      原題:Highland Mary  (大和資雄訳)
 …… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 本年3月の『「蛍の光」あれこれ』記事の中で、『蛍の光』の原曲はスコットランド民謡の『オールド ラング サイン』(Auld Lang Syne)で、これに同国の国民的詩人であるロバート・バーンズ(1759年~1796年)が新たに詞を作ったことにより、世界的に広まったものであることをご紹介しました。
 その中でバーンズの代表的な詩として『ハイランドのメリー』があることも。
 同記事を作成しながら私は、『この詩どこかで読んだことがあるぞ』というデジャヴュ感にとらわれたのです。しかしどこで読んだものか思い出せませんでした。

 このたび久しぶりで『世界青春詩集』(三笠書房刊)をパラパラ開いてみて、この詩をその中に見つけたのです。私は20代初めの頃同詩集を愛読し、“お気に入りの詩”が幾つも出来ました。(今後随時取り上げていければと考えています。)
 『ハイランドのメリイ』は、同詩集の「愛のなやみ 愛のよろこび」の項のトップにあり、そういえば当時何度か読み返した詩でした。人間の(などと一般化するよりも)わが記憶の何と頼りないことよ、と思わざるを得ません。

 この詩はまず、「ハイランド」-スコットランド北部高地地方の美しく豊かな自然が描かれています。「お前たち」という呼びかけには、キリスト教以前の古層にある“ケルト的ドルイド信仰”の名残りが感じられます。
 その自然の中でのメリイとの甘美な愛の思い出。「黄金の幾時…天使のつばさ…(二人の)上を飛んだ」。二人の愛はいかに“至善(自然)”で“天的”なものだったことか。ハイランドの美しさは、さながら「エデンの園」であるようです。

 ところで「愛と死」は古今東西の普遍的な大テーマです。そしてこの詩はまさにそれを切々と謳い上げた絶唱詩。そのことが、詩の後半に進むにつれてはっきりしてきます。
 前半の甘美な愛の思い出は、後半では哀切な追憶、挽歌に転じていきます。

 可愛いメリイは、バーンズに対して“イヴ”のように「ヘビの誘惑」などもたらしはしなかった。なのに何の罪もないメリイは死んでしまって、冷たい土の下で朽ちている。その哀しみと喪失感がこの詩全体を流れる基調であるようです。
 しかし「死を超えて愛は永遠なり」。バーンズの胸の奥深くに、メリイはなおも生き続けているのです。

 若くして死んだ無名の娘は、恋人によって「ハイランドのメリイ」という飛び切りの名を冠せられ、スコットランドのみならず世界中で後の世までも知られることになりました。

 (注記)この詩は翻訳者の著作権保護期間中ではありますが、どうしてもご紹介したくこのたび取り上げました。ご関係の方がお読みでしたら、どうぞご寛恕ください。

 (大場光太郎・記) 
 

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“小枝”新旧幹事長会談

 -たった3分だけの会談。枝野新幹事長の屈辱的な完敗だったのではないか?-

 清新ならざる「クーデター」菅政権がスタートした翌日の9日午後、民主党内で注目すべき動きがありました。枝野氏と小沢氏の「新旧幹事長会談」が、国会内の民主党幹事長室で行われたのです。
 これは枝野氏が幹事長就任直後から、小沢氏に要請していたもので、小沢氏の調整がつかずこれまで実現しませんでした。それが小沢、枝野両氏と接点のある細野豪志幹事長代理が間を取り持つ形で、この日ようやく実現の運びとなったものです。

 小沢氏は4日の代表選が終わると共に、国会内と党本部それぞれの幹事長室でさっさと荷物をまとめ、その後東京元赤坂の個人事務所にこもりきり。枝野氏の就任が決まった7日の両院議員総会も「所用のため」欠席し、杳(よう)として動向がつかめませんでした。
 そのため「小沢外し」一色の党内では、「無役になった小沢氏の影響力は低下する一方だろう」「もう小沢一郎も終わりだろう」というような観測がしきりに流されていました。

 枝野氏との会見に向かうべく、国会内廊下を歩く小沢氏の姿が久しぶりにテレビに映し出されました。終始にこやかな笑顔で、いつにも増して余裕が感じられました。

 小沢氏は「日米対等、親中派」「国民生活重視主義」、対して枝野氏は「米国従属派」「市場原理主義」と、同じ民主党内でありながら対極に位置しています。それもあってか、一連の検察、マスコミが捏造した小沢氏の「政治とカネ」の問題で、枝野氏は小沢批判の急先鋒の一人でした。

 そんな因縁の枝野氏が、自分が権勢を誇っていた「幹事長」という要職を襲ったのです。小沢氏としては内心面白かろうはずがありません。しかしこの度の余裕の笑顔はどうしたことなのでしょう?
 やはり「民主党が参院選に勝つ」ことこそが至上命題、そのためあえて自ら身を引いた小沢氏です。やはり小沢氏側近の参院幹部の、「(枝野氏が幹事長になることによって)離れかけていた無党派層が戻ってくる。『参院選が終わるまでの枝野』ならいい人事だよ」というのは、小沢氏の見立てでもあるのでしょうか?

 会談は終始小沢ペースだったようです。小沢氏は、先に幹事長室で待っていた枝野氏ににこやかに歩み寄り、握手を求めながら「頑張ってください」と激励したといいます。そして参院選の候補者擁立について、「残った選挙区は沖縄だけだから、よろしく」と要請。枝野氏は「かしこまりました」と答えたということです。
 そしてたった3分で会談は終わったというのです。ジャーナリストの大谷昭宏氏は、「会談後の小沢氏の記者会見のほうが長かったんじゃないの?」と苦笑しながら、某報道番組でコメントしたほどです。

 枝野氏としては3分ではなく、出来れば30分ほどかけて、じっくり選挙対策や政治資金管理などを、前職の大幹事長から職務引継ぎしたかったのではないでしょうか?
 そしてかなりしこりを残した今回の造反劇の主要メンバーとして、小沢氏から禅譲を受けたことを党内外にアピールすることによって、幹事長としての自分の立場を正当化し、また磐石なものにしたいという思惑もあったものと思われます。

 しかし繰り返しますが、たった3分だけの会談です。これでは会談などと言えるようなものではなく、ホンの儀礼的な顔合わせのようなものでしかありません。これまでのいきさつから、『枝野は短命幹事長』と決めているらしい小沢氏としては、枝野氏の隠された意図などとうに読みきって、必要最小限の話をしてさっさと切り上げたのでしょう。
 「事業仕分け」で鳴らした枝野氏も、小沢氏にかかっては“子供幹事長”のようなものです。体よくあしらわれた格好です。これにはさしもの枝野氏も、だいぶこたえたのではないでしょうか?それが証拠に、枝野氏は普段の“口先男ぶり”はどこへやら、会談後追いかける記者団には無言のまま足早に歩き去り、この件で口を開いたのは夜になってからでした。

 枝野幸男の政治的スタンスは到底認めがたいものの、党内きっての政策通であることは間違いありません。頭目である前原誠司などよりずっと有能でしょう。このたびは「党務に就きたい」というかねてからの要望により、菅総理からいきなり幹事長という重責を任されました。奇しくも因縁の小沢氏が自民党幹事長に就いた(第1次海部内閣)のと同じ47歳という若さです。
 枝野氏が幹事長として、政治家として大成するにせよしないにせよ。検察、マスコミという「虎の威」を借りて、3分間会談の相手の小沢一郎を蹴落とした一人である。この悪名は、枝野氏の政治家人生に今後ついて回ることでしょう。

 対して小沢氏は、会談後早々と余裕で記者団の会見に応じました。その中で「私自身は一兵卒として当面、参院選の勝利に向け、できる範囲で微力を尽くしたい」「国民の信頼を回復して、いい結果が得られるように期待している」との心境を語りました。
 辞任直後岩手県連の会合に寄せた、「参院選後に先頭に立って頑張る」というような内容のビデオレターを受け、「すわっ。さては9月の代表選に小沢氏自身出馬する意向か !?」という憶測が流れています。同発言の趣旨を聞かれた小沢氏は、「一番後ろで頑張るわけにはいかんだろ。特別な意味はない」と煙に巻いていました。

 (大場光太郎・記)

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「脱官僚」から「親官僚」へ。菅総理の変節

 -総理になった途端“変節”では、肝心の「霞ヶ関改革」などとても期待できない-

 菅直人という人は、元々は婦人参政権運動の高名な活動家だった市川房枝女史に共鳴し、市川事務所の選挙事務所代表を務めたのが政治活動のスタートでした。その後江田三郎(参院議長江田五月の父親)の社民連に参加、1980年3度目の挑戦で衆院議員に初当選しました。
 菅直人を一躍有名にしたのは、1996年第1次橋本内閣の時厚生大臣に就任し、薬害エイズ問題の解決に奔走したことです。同問題では、官僚たちが秘匿していた関係資料をすべて出させ、国の責任を初めて認め患者と国民に向かって謝罪しました。

 出発は革新的な市民活動家、また厚生大臣の時は稀な「官僚と戦う政治家」だったわけです。

 ところで菅直人は厚生大臣を辞めた後、『大臣』(岩波新書)という本を出しています。また政権交代なった昨年には、同書の増補版も出しました。その“まえがき”には次のように記されています。
 <10ヶ月にわたる厚生大臣の経験で私はこの国が国民主権国家ではなく官僚主権国家であることを、深く認識した。(中略)大臣を経て、単に「自民党から非自民党」に交代しただけではだめで「官僚主導から本来あるべき国民主権へ」という交代が必要だと認識したのだ。>

 これはどこにもケチのつけようのない正論と言うべきです。「小沢-鳩山-菅」という従来の民主党トロイカ体制(しかし菅総理は今後は「菅-仙谷-枝野」の新トロイカ体制で行くと宣言)の一人として、昨年発足した民主党政権では「脱官僚主義」を掲げ、その目的達成のため国家戦略局を発足させたのでした。
 菅氏は同書でなおも<私がその責任者に就くことで、国民主権の理念に基づいて政治家が責任をもって政策を決めるというメッセージを霞ヶ関に対して発信したのだ>と胸を張って言い切っています。

 しかし鳩山前政権で菅(副総理兼)国家戦略相は何をしたのか?もちろん何かはやったのでしょうが、国民には全く見えてこなかったのです。
 これについて識者は、「鳩山内閣の失敗の大きな要因は脱官僚の体制づくりに失敗したことです。特に“内閣の司令塔”になるはずだった国家戦略局が機能しないまま数ヶ月を空費したことが致命的でした。これは担当大臣だった菅氏の責任なのです」(元公務員制度改革事務局企画官、現政策研究大学院客員准教授の原英史氏)と、手厳しく指摘しています。

 その後菅氏は、藤井裕久氏の辞任を受けて財務相に横滑りしました。途端に菅直人は物分りのいい「財政再建論者」に転じ、「経済オンチ」の汚名を返上すべく、改めて暇をみては財政や経済の“お勉強”をし、「ウチの大臣はよく勉強なさっている」と財務官僚からお褒めの言葉も頂戴したそうです。
 ともかく。この「財政再建への転換」は、「官僚主権から本来あるべき国民主権へ」とは真逆な、財務官僚の軍門に下ってしまったと非難されても致し方のない方針転換と言うべきです。

 そして8日政権発足後の記者会見で菅総理は、「政と官の関係」について極めつけの発言をしたのです。「官僚の皆さんを排除して、政治家だけでものを考え、決めればいいというものではない。官僚の皆さんこそがプロフェッショナルであり、その知識や経験を生かして、政策を進めていく。政と官のよりよい関係をつくっていけるように努力したい」。

 開いた口がふさがらないとはこのことではないでしょうか?
 菅発言を勝手に意訳すればー。「霞ヶ関改革」を進めれば、前政権のように官僚群からどんな攻撃をしかられるか分かったもんじゃない。小沢さんのように冤罪をデッチ上げられたら怖いし。官僚の皆さん、ウチの内閣ではそちら様の組織にはあまり手を突っ込みません。だから皆さんも、どうぞお手柔らかに仲良くおつき合いくださいね。ということです。
 どおりで官房長官の仙谷由人はじめ、岡田外相、前原国交相、北澤防衛相、長妻厚労相など11人もの、官僚に手なづけられた留任組で固めたわけだ。これでは旧自民党政権と全く一緒でしょ。(いや、「改革」を偽装している分、余計タチが悪いと言えます。)

 国地方合わせた公務員給与だけで年間35兆円。実に国家予算の4割以上を占めるのです。それ以外にも、無駄な独立行政法人などを合算すればゆうに50兆円を超えることでしょう。
 国債発行額が44兆円という史上最高額の逼迫した国家財政です。徹底した無駄な公務員組織や独法などを廃止し、思い切った人員削減を断行すれば、10兆円や15兆円の「生き金」を見つけることも可能でしょう。真っ先にそれを断行せずに、財務官僚にたきつけられて「初めに“増税”“消費税アップ”ありき」もないものです。

 今の菅直人にはかつての革新政治家の輝きはなく、あるのは政権延命のため「保守政治家」に転向した情けない姿なのです。

 (注記)本記事は、6月10日付「日刊ゲンダイ」第3面を参考、引用してまとめました。

 (大場光太郎・記)

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「クーデター」菅政権の仁義なき船出

 ー官僚とマスコミが担ぎ上げた菅新政権、一応改革の真似事くらいはやるだろう。だが国民のための「真の改革」は何一つ進まず、ダラダラ不毛政治が続くことだろうー

 8日菅直人政権が本格的にスタートしました。この新政権、事のほか新聞・テレビの覚えめでたく、鳩山前総理辞任以降菅総理、菅政権誕生までのいきさつを詳細かつ好意的に報道してくれています。
 その上、マスコミによって仕立て上げられた「政治とカネ」の鳩山・小沢両氏がそろって辞任したこともあり、先週末のマスコミ各社の世論調査では、どれも「菅新総理に期待する」が圧倒的多数に上りました。例えば毎日新聞63%、NHK60%、朝日新聞59%、共同通信57%といった具合です。
 鳩山前内閣の支持率が最後は20%前後という危険水域まで落ち込んだことからすると、驚異的なV字回復です。もし仮に明日参院選が行われれば、民主党は単独過半数すら夢ではないような数字です。

 この驚くべき支持率変動は、前回の『マスコミに屈した民主党』記事でみましたように、マスコミは今や、気に食わない政権は潰しもし、またお気に入りの政権を誕生させもすることの有力な証明のようにも思われます。
 ところで8日「ジャガー様」が、大変興味深い一文を投稿してくれました。以下にその全文を転載してみます。
                        *
【重要 各位厳守のこと】
御存知のように、本日6月2日にプランCが発動されました。
つきましては、かねての手順どおりに行動していただくようにお願い申し上げます。
念のために、大まかな指針を記入しておきますが、確認後は即時ご処分ください。

1. 今週一杯は代表選・組閣で民主党を持ち上げること。
2. 来週一杯は新総理・新閣僚の紹介で民主党を持ち上げること。
   (この間郵政改革法案強行採決があるが無視すること)
3. 14日から16日までは終盤国会の新閣僚奮闘で持ち上げること。
4. 17日から23日までは国会閉会後の民主党新人候補の活動中心に報道。
5. 24日の参院選告示後は、公平な報道に尽力すること。

今、マスコミに流れている文書だそうです。ご報告いたします。 (転載終わり)
                        *
 以上の【重要文書】を私なりに解釈してみますとー。
 「本日6月2日」というのは、もちろん鳩山前総理が小沢前幹事長を抱き込む形で辞任表明した日を意味しています。同表明後ただちに「関係マスコミ各位」に極秘配布されたものだと思われます。そして鳩山・小沢ダブル辞任は、この文書を発布したグループからすると、「プランC」に相当することになります。
 このグループは、普天間問題による鳩山前政権の行き詰まりを見据えて、相当シビアにその後の展開をシミュレートしていたフシがうかがえます。

 ところでプランCの前の「プランA、B」はどんなものだったのでしょう?例えば「プランA」とは、鳩山・小沢両氏とも辞任せず参院選に小鳩体制で突入するケース。また「プランB」は、鳩山前総理は辞任するけれども、小沢幹事長は辞任せず参院選の指揮を取り続けるケース。というようなものだったのでしょうか?
 いずれにしてもこのグループは、プランA~Cまでを想定し、それごとに各マスコミに対して「かねての手順」どおりの行動を取るよう、事前に要請していたものと思われます。

 この各マスコミに対する【重要文書】の「出どころ」はどこなのでしょう?部外者たる私には特定できませんが、一応幾つか考えてみますとー。
 一つは民主党内部のマスコミ呼応勢力がまず考えられます。ずばり言えば、今次クーデターの殊勲グループである、凌雲会つまり前原グループです。しかし文全体の感じからすると、どうも同グループからではないようです。
 次に考えられるのは、霞ヶ関の某省(あるいは複数省)の高級官僚グループという線です。今回の「政変」はただ単に民主党内と言うより、もっと水面下でさまざまな旧勢力が暗躍していた事実があるらしく、この可能性は捨て切れません。
 さらには、大手広告代理店・電通からの、各マスコミに対する極秘指令だったのではないか?とも思われます。電通は、米国の我が国における主要出先機関として、新聞・テレビメディアの扇の要に位置すると見られますから、この可能性も大有りです。

 いずれにしても、この【重要文書】の真贋(しんがん)自体問題になるところです。しかし2日以降8日までは少なくとも、各マスコミはこの文書指令のとおりに動いているように思われます。したがって私は、この文書は本当に存在し、上記のいずれかのグループから実際各マスコミに配布されたものと考えます。
 この文書によっても、菅新政権発足に向かって、各マスコミ、霞ヶ関官僚らがいかに裏で暗躍していたかの一端を垣間見るに十分です。

 菅新総理は、8日の就任後の初会見でかねて持論の「最小不幸実現社会」などの所信を熱く語っていました。しかし無理でしょ、あなたの内閣では。仙谷官房長官はじめ留任組の岡田外相、前原国交相、北澤防衛相、長妻厚労相、千葉法相…。全部が全部官僚たちにしっかり手なずけられたり、米国隷属の連中ばかりではないですか。
 「強い財政」「強い経済」「強い社会保障」、掛け声は勇ましくても、一丁目一番地の「霞ヶ関改革」などハナからできないと分かっているのに、その先の「元気のある日本再生」などどうして実現できるものですか。

 (大場光太郎・記) 

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マスコミに屈した民主党

 世論誘導によって一人の政治家を悪者に仕立て上げ、時の政権を崩壊させる。こんなイビツで強大な権力を削ぐには、「メディア改革」が絶対必要である。しかし「メディアすり寄り」「旧勢力屈服」菅政権にそれを期待するのは無理というものだろう。

 旧自民党時代、日本には「四つの権力」が存在すると言われていました。第一の権力は政権与党としての自民党。第二の権力は霞ヶ関官僚群。第三の権力は財界。そして第四の権力こそがマスコミです。当時からマスコミは侮れぬ勢力として警戒されていたのです。
 そしてこれらの権力は皆、植草一秀元早大教授言うところの「悪徳ペンタゴン」の一角を形成しているのです。悪徳ペンタゴンとは、「政、官、財、外、電」のことを言います。そのうちマスコミは「電」に該当します。政、官、財、電が「悪の五芒星(ペンタゴン)」の四辺を形成し、残る一辺の「外」のみ我が国に有形・無形の圧力を外から加え続けている米国勢力ということになります。さらに言えば国内四勢力は皆、米国勢力のコントロール下にあるのです。

 この構図を私は「悪徳旧勢力」と呼んでいます。昨年の劇的な政権交代後、「第一の勢力」だった自民党は大敗し、50余年続いた一党独裁体制は終わりを告げました。また財界はもちろん今でも大きな影響力を日本社会に対して持ってはいますが、民主党中心の新政権がその要である経団連と距離を置いていることにより、以前ほどの権勢は振るえなくなっています。

 残るは官僚機構とマスコミです。そしてこの二つは、年初以来の小沢一郎バッシング、鳩山政権バッシングに顕著なように、発足間もなく脆弱な「新政」に代わって、恐るべきモンスター化してきているのです。

 官僚機構は高度経済成長時代を経てとてつもなく肥大化し、バブル崩壊以後の我が国にあって国全体の建て直しのための最大の阻害要因となっています。民主党中心の政権が掲げる諸改革のうち、「公務員改革」こそは日本再生のため避けて通れないものとなっています。
 鳩山政権下で一定の評価を得た「事業仕分け」などは、同改革のほんの入り口にすぎません。公務員改革こそは、民主党中心政権における「アルファでありオメガ」と言えるほどの最重要課題です。
 それだけにこの問題は別テーマとして述べるべきで、今回はこれ以上の深入りはしません。

 問題は第四の権力と言われた「電」すなわち新聞・テレビなどのマスコミです。これが今や「政」「官」「財」を飛び越して「第一の権力」に躍り上がってきているようで憂慮の念を禁じ得ないのです。

 東京地検特捜部という「官」の悪徳旧勢力仲間が仕掛けた小沢土地購入問題では、年初以来検察と二人三脚で悪意に満ちた土石流的報道に終始してきました。「公平」「中立」というジャーナリズムの基本などどこへやら、1月の産経新聞では「小沢一郎容疑者」と確信犯的報道をしたことに明らかなとおり、露骨な「推定有罪」報道を繰り広げたのです。

 それにモロに影響されたのが、普段新聞・テレビしか情報源を持たない大多数の国民有権者です。「政治とカネ」をことさらあおる膨大量の虚偽報道により、「小沢一郎 = 悪人、犯罪者」という刷り込み(マインドコントロール)がなされていきました。
 そのため世論調査のたびに、「小沢氏は幹事長を辞任すべき」が70~80%もの高数値に達し、小沢幹事長の辞任が既定事実化されていったのです。それと共に、小沢氏と運命共同体である鳩山前政権の支持率も下落、続落していくことになりました。

 東京地検が先月2度目の「嫌疑不十分で不起訴」としてからは、「この問題ではもう十分な成果が得られたわい」とばかりに、今度は次のターゲットである普天間基地移設問題に論点を移し、鳩山政権の迷走ぶりをことさら強調し、沖縄県民、日本国民への大ネガティヴキャンペーンを展開しました。
 また「政治とカネ」に代わって、小沢幹事長による「権力の二重構造」も非難し始めました。

 何を言いたいのか?つまり鳩山政権は「マスコミによって潰された」のです。かつては「第四の権力」であったマスコミが、今や時の政権など簡単に吹き飛ばせるほどの「第一の権力」にのし上がってきたということの何よりの証明です。
 これは「社会の木鐸」としてのジャーナリズムのあり方からして、異常な事態であることは明らかです。マスコミを本来の姿に戻すためには、既に3月29日の『暴走メディア歯止め改革案』記事で述べたようなメディア改革が絶対必要です。

 具体的には記者クラブ制度や再販制度の見直し、電波オークションによる他業者参入の機会の確保、同じ資本が新聞、テレビなど複数メディアを所有する「クロスオーナーシップ」の規制などです。
 
 メディア改革の一環として、今回鳩山・小沢を辞任に追い込んだ、メディア各社による世論調査のあり方も変えなければなりません。わずか千人から2千人のサンプリングだけで、1億人近い国民有権者の総意とみなす調査自体おかしなことです。それに各社調査では、メディアが望む結果に導くために対象者に誘導尋問的質問を投げかけもします。
 マスコミ人が何かというと持ち出す「アメリカ」では、より公正を期すためメディア自体は世論調査を行わず、ギャロップ社のような専門の民間会社が実施するシステムです。また調査は2、3ヶ月に一度くらいなもので、我が国のように毎週末実施などはまさに狂気の沙汰と言うべきです。

 マスコミが真正な報道機関に立ち返るためにも、これらのメディア改革は公務員改革同様早急に必要です。
 しかし菅政権は「メディアの後押しを受けて」誕生した政権です。固まった内閣人事、党人事を見る限り、早くも「凌雲会内閣」とヤユされるほど、仙谷官房長官、枝野幹事長など重要ポストを前原グループ(凌雲会)が独占しています。そしてこの前原グループこそ、党の内部からマスコミと気脈を通じて鳩山政権を退陣に追い込んだ「クーデター」の中心グループであるのです。

 さらに菅総理自身、長期政権の野望を持っていると見られています。するとなおのこと、世論(支持率)が何より大事、つまりは「マスコミとは喧嘩せず仲良く」と考えることでしょう。どう考えても、この政権は霞ヶ関改革同様「メディア改革」に本気で取り組むとは思えないのです。
 こうして私たち国民は、いつまでも歪曲、捏造、偏向報道により、マスコミから好いように引きずり回され続けることになるのです。「すべては国民の“鏡”」ゆえ、致し方ないことながら…。

 (大場光太郎・記) 

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記事数800越えました

 つい先日の『6月3日』記事で、当ブログ開設(08年4月29日)以来の記事数が「800」に達しました。それにつきましての感懐は、これまでの「500」「700」時などのご報告と同じになりますから、改めては申しません。(なお【読者の声】はこの数から除外しています。)

 ついでに6月5日までの、開設以来のユニークアクセス数(純訪問者数)は、「72,539人」となっております。1日あたり平均訪問者数は、「94人」(72,539人÷770日)となります。
 また以前記事にしましたとおり、ココログでは4月から「アクセスランキング」が表示されるようになりました。これは1日の総アクセス数により、ココログ所属の全ブログ中何位かがグラフで分かる試みです。それによりますと、記録を取り始めてからの40日間の当ブログの平均順位は「1516位」となっています。同記事の段階では「1650位」でしたから、ほんの少し順位が上がったことになります。

 なおこの間の当ブログ最高順位は「845位」、最低順位は「2099位」でした。時々の記事によって、かなりの変動があることが分かります。
 だからと言って「受け狙い記事」ばかりもどうかとは思いますが、やはりそうなると訪問者数同様、「アクセス数」も最近は気になります。これはトップ面にアクセスカウンターで表示されていますとおり、今現在「15万弱アクセス」となっております。こちらは、8日にも15万に到達しそうです。

 やはりある程度の順位キープの必要上、どうしても一定のアクセス数が見込まれる時事記事や事件記事が最近ではメーンになってきております。前々からご訪問の方の中には、以前のように『名句鑑賞』『自然観察文』『身辺雑記文』などをお望みの方がおられることは重々承知しておりますが、何分そのようなことで、こちらの方も折りに触れて交えていきますのでご了承たまわりたいと存じます。

 ただし時事記事、事件記事は当座は沸騰しても、時期を過ぎてしまえば見向きもされなくなる傾向があります。例えば昨年の『薬物汚染の拡がりを憂う(1)~(41)』や『かなえの殺人レシピ(1)~(15)』などは、今でも毎日何人かの方がご訪問されるもののだいぶ減少しました。
 それに引き換え、だいぶ前の記事でありながら、コンスタントにご訪問のある記事もあります。そのうち特にアクセスが多いベストテンはおおむね以下のとおりです。(順不同)

   『二木紘三のうた物語(1)~(6)』
   『しあわせ少女(1)~(4)』
   『児玉神社参拝記(1)(2)』
   『天の数歌(あめのかずうた)』
   『天皇家3代の御名・考(1)~(3)』
   『正続・2012年12月22日』
   『レッドクリフ&三国志(1)~(7)』
   『イエスとマグダラのマリア(1)~(5)』
   『「9・11」とは何だったのか?(1)~(5)』
   『川向こう・考』

 この中で私自身意外だったのは、末尾に掲げました『川向こう・考』です。これは昨年の『差別用語・考』記事作成の過程で「川向こう」という用語が放送禁止用語になっている、なぜだろう?ということから、今年1月8日改めて一文にしたものです。
 由来は、昔々被差別部落の人々を川向こうの荒地に追いやったことにありそうです。そこから現代都市・東京でも、今でも川向こうの江戸川区民などは軽い差別の対象になることがあるらしい、というような至って地味な記事なのです。ところがこれがほぼ毎日といっていいほど(日によっては何人も)「川向こう」というような検索フレーズでのご訪問があるのです。
 
 一体どうしてそんなに好評なのか?理由はまったく分かりません。しかし同文は、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の「ルビコン川の故事」や、カエサルの『ガリア戦記』以前からの地名である「ゲルマニア」がケルト人の言葉で「川向こう」を意味する地名だったなど、だいぶ苦労してまとめたものだけに、何かその労苦が報われた思いがします。

 しかしそんなことからを言えばこれまでの全800余記事すべてで、一回以上のリピートがあります。私自身も忘れかけたような、開設当初記事にたまにアクセスがありますと、当時のことが思い出されて思わず嬉しくなってしまいます。

 やはりブログを開設しております以上、とくかく多くの方にご訪問、お読みいただくことが一番の励みになります。中にはごく直近の「菅新政権記事」など、独断と偏見に満ちた内容のものもあろうかと思いますが、どうぞその辺はご寛恕たまわり、できましたら重ねてご訪問いただければ幸甚に存じます。
 当ブログ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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党内クーデターによって成立した菅新政権

 これまで小沢幹事長批判を繰り返してきた反党不満分子を重用していいのか?

 これまでは小沢・鳩山体制を潰すべく、ありとあらゆるバッシング報道を繰り返してきたのが新聞・テレビです。それがどうでしょう。菅直人の新総理就任が決まった4日夜の某民放報道番組のコメンテーターは、「8ヶ月経ってようやく本当の意味での政権交代がスタートするのだ」と、したり顔で語っていました。
 彼らマスコミでメシを食っている人種の本音は、「やれやれ、これでやっと俺たちがコントロールしやすい政権ができたぞ」と言うことなのでしょう。

 彼らが何よりも嫌っていた小沢一郎が表舞台から退場しました。彼らの仕掛けた「小沢潰し」がまんまと功を奏した以上、“内通者”を多く抱える菅新政権には、互いの“阿吽(あうん)の呼吸”でこれまでのような猛烈なバッシングは影をひそめるとみるべきではないでしょうか?ということは、参院選の結果次第ですが、短命との予想を覆して案外長期政権になる可能性もあるのです。
 しかし本当にそれが国民のためになるのだろうか?大いに疑問です。かつての小泉長期政権がいい例です。

 私は前回述べましたように、「当面民主党支持を止めます」。この新政権に対して、各マスコミはあまり批判をしなくなる可能性があります。よってこれからは不肖この私をはじめとした「ネット言論人」が、新政権への監視の意味を込めてするべき批判はしっかりしていかなければならないと思います。
                        *
 最初に批判すべき肝心な点があります。
 それは菅直人新政権は、「党内クーデターによって成立した政権だ」ということです。新総理に就任した菅直人には申し訳ないながら、スタート時から「政権の正当性」に疑問符がつくのです。

 もちろん形の上では、党内、党外そして国民向けには、鳩山総理と小沢幹事長の辞任表明、菅氏の代表選出馬表明、両院議員総会による代表選という正規の手続きを踏んだことにはなっています。
 しかし振り返ってみますと、鳩山・小沢辞任に至るまでの党内の雰囲気が甚だよろしくないのです。

 「党内クーデター」のそもそものキッカケは、外からの攻撃によるものでした。つまり昨年末からの鳩山総理の元秘書による偽装献金問題、年初来の小沢幹事長の世田谷土地購入問題での東京地検特捜部による捜査でした。これに常々「小沢潰し」「鳩山政権潰し」の機会をうかがっていた各マスコミが飛びつきました。特に年初からの小沢捜査に対する「推定有罪」の土石流的報道は酷いもので、マスコミ史の大汚点として後世まで語り継がれていくことでしょう。

 検察、各マスコミという悪徳旧勢力総がかりの小沢バッシングに、党内から呼応してそれを増幅させた一派がありました。真っ先に「小沢口撃」の口火を切ったのは、民主党きっての老害・渡部恒三(77)でした。渡部は昨年の政権交代後衆院議長のイスを狙っていたのに、小沢幹事長に蹴られた事などで密かな恨みを持っていたのです。
 渡部口撃に続いたのが、仙谷、前原、枝野といった渡部老人の臭い息がかかった連中です。彼らは事あるごとにテレビカメラの前で、「小沢氏は幹事長を辞任すべきだ」と言ってはばからなかったのです。それのみか前原に至っては、連休中の外遊先で「鳩山首相はもう持たない」などと、一閣僚としてあるまじき前代未聞の「クーデター発言」までしています。渡部老人以下の者どもは、大マスコミと「共犯関係」にあります。

 彼らにあるのはただただ自己保身のみ。政府高官なのに「わが党結党以来の危機をどうやって乗り越えようか」という視点には立てなかったのです。大乗的な大局観に立てば、それは検察や大マスコによる、小沢・鳩山体制下での旧勢力改革を怖れての「小沢潰し」であり「政権潰し」の構図がはっきり見えたことでしょう。
 それが分かっていれば、これは政権交代間もないよちよち歩きの政権与党に対する、悪徳勢力からの総攻撃であるわけですから、なおのこと大迫害に対して一致結束して立ち向かわなければならなかったはずです。

 しかし仙谷、前原、枝野ら“獅子身中の虫”は、あろうことか悪徳勢力に矛先を向けるどころか、逆に小沢幹事長に向けたのです。これを「反党行為」「反党クーデター」と言わずして何と言うのでしょう?
 
 そもそも今日、仙谷、前原、枝野らがスポットライトを浴び、顕職に就けているのは誰のお陰か?
 前原が代表だった時起きた「偽メール事件」によって、小泉自民党から解党寸前まで攻撃され、前原は辞任に追い込まれました。党の窮状を見かねて、火中の栗を拾うように代表になったのが小沢一郎です。直後の地方選では奇跡的な民主勝利を呼び、以後3年前の参院選、そして昨夏の衆院選での民主大勝利、そして念願の政権交代を果たした原動力となったのです。

 確かに仙谷、前原、枝野らは結党以来のメンバーで、途中から加わった(03年奇しくも菅氏が代表の時)小沢一郎が党を牛耳っているようで、内心面白くなかった心情は分かります。しかしこの連中だけでは、政権与党になることなど百年経っても出来はしなかったのです。この連中は、彼我の政治的力量の差を謙虚に思い知るべきなのです。

 なのに鳩山や菅は、反党クーデターという大罪を犯した不満分子たちに何の処罰も下さない。あろうことか菅直人に至っては、仙谷を内閣の要である官房長官に、そして枝野を党の要の幹事長に起用する方針とのこと。『こんな不条理な人事はないだろう』というお粗末なレベルです。

 これ一つ取ってみても、民主党は政権を担うにはまだまだ「未熟な政党」であることがよく分かります。古今東西「信賞必罰のけじめ」がきちんとつけられない組織は、後々まで大きな禍根を残しています。ひとり「民主党のみ特例」などということがあり得るのでしょうか?

 (大場光太郎・記)

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当面民主党支持を止めます

 これではまるで、悪徳旧勢力→渡部恒三→七奉行乗っ取り政権ではないか。こんな「第二自民党」政権では、国民が望む改革などできっこない。参院選では民主党には投票しない。

 6月4日菅直人が第94代の内閣総理大臣に就任しました。衆参両院本会議での首相指名に先立って行われた、民主党の代表選で菅氏は291票を獲得、対立候補の樽床伸二衆院環境委員長の129票を大きく引き離して、新代表に選出されたことを受けたものです。

 鳩山前総理の辞任表明後、真っ先に後継として名乗りを挙げたのが菅直人でした。当座は菅氏が総理になった場合、どんな政権のスタイルにしたいのか、今ひとつ分からないところがありました。
 しかしその後の言動から、徐々にその輪郭なり方向性が見えてきました。

 余人は知らず、私は失望、落胆を禁じ得ません。3日、菅直人を党代表に推薦する名前が明らかになりました。岡田克也、仙谷由人、前原誠司、枝野幸男、野田佳彦、玄葉光一郎…。皆々老害・渡部恒三の臭い息のかかった「対米隷属派」「反小沢グループ」の連中ばかりではないですか。

 菅直人はかつて市川房枝女史に共鳴し、30代で颯爽と社民連から政界に進出してきました。そんな菅氏も現在63歳です。「世代交代」が叫ばれている党内事情からして、今回が「総理を狙うラストチャンス」ととらえたことでしょう。
 そこでなりふり構わず、これらの連中からの支持を取り付け、票固めに奔走した結果だと思われます。この連中が菅氏を支持する条件は、「その代わり小沢一郎を徹底的に排除してくれ」だったわけです。

 それ以前に辞任後の鳩山氏との会談の折り、鳩山氏から既に「小沢幹事長排除を条件に鳩山グループとして支持する」という合意があり、その時から菅氏の腹の中は「小沢外し」で固まっていたのかもしれません。
 それらの結果が、「小沢幹事長は、しばらく静かにしていただいた方が、ご本人のためにも、民主党のためにも、日本の政治のためにもよい」という3日の発言になって現われたわけです。

 菅直人さん。ならばお聞きします。この際党内事情などどうでもいいとして、「小沢氏が静かにしていることが、どうして“日本の政治のためによい”のでしょうか?」。私のような政界事情に疎い国民にも分かるように、もう少し詳しくご説明いただけないでしょうか?

 やはり「政治とカネ」ですか?「一連の土地問題で小沢前幹事長はクロっぽい。だからしばらく静かにしていてくれ」ということなのですか?
 年初以来検察がしゃにむに捜査し、新聞・テレビが小沢氏がまるで犯罪人であるかのように「推定有罪」報道を続けてきましたね。これに好いように操作、誘導されてきたのが、真実を知らない私たち国民です。その結果の「小沢氏は幹事長を辞任すべき…70%以上」の世論であり、鳩山前内閣の支持率下落の大きな要因となったわけです。

 菅直人さん。あなたはまさか、デタラメ検察の捜査や大メディアが報道したことを鵜呑みになさっているのではないでしょうね?その結果来るべき参院選のためにも、「小沢幹事長には静かにしていてもらいたい」ということですか?
 菅さん、あなたをはじめ民主党首脳は、党の幹事長という要職にある者が改革抵抗勢力の総攻撃を受けている時、小沢氏を守ろうとなさいました?また小沢(不当捜査)事件について党として徹底的に調査なさったのですか?

 昨年の西松建設事件の大久保元秘書逮捕は、麻生政権の森英介元法相の指示によるものだった可能性があることをご存知ないのですか?同公判は検察側の証人の証言が覆り、「郵政不正事件」と同じように公判維持すら困難になっていることをご存知ないのでしょうか?また土地購入問題も、至極まっとうな土地取引だったのであり、石川衆院議員の逮捕も冤罪の可能性が出てきていることをご存知ないのでしょうか?あなたまで小沢氏の「政治とカネ」を引き合いに出すとは、一体どうしてなのでしょう?

 むしろ検察や大メディアという、悪徳旧勢力に敢然と立ち向かってこその改革者でしょうに。それら悪徳旧勢力と内部から呼応している仙谷、前原、枝野らに取り込まれながら、「清新な内閣」もへったくれもないのではありませんか !?
 小沢一郎が、これだけ検察など官僚群やマスコミなど悪徳旧勢力から叩かれるのは、なぜだと思います?小沢氏が「真の改革」をやろうとしているからでしょう。そんな小沢氏を排除して、諸改革など本当にできるんですか?それとも総理就任、政権延命だけがあなたのお望みなのでしょうか?

 正直言ってあなたには幻滅しました。かつて代表時代、あのデタラメ小泉改革に舌鋒鋭く切り込んでいた、戦う政治家・菅直人の姿はどこに行ってしまったのでしょう?言っておきますけど、戦う相手は小沢一郎ではなく、霞ヶ関官僚や大メディアですぞ。
 むしろ党内似非(えせ)改革勢力から支援されなかった樽床伸二氏の方が、よほど清新で、『おっ。民主党にはこんな優秀な若手人材がいたのか。この男何か大仕事をやってくれそうで先が楽しみだぞ』と思いましたよ。

 漏れ聞くところでは、論功行賞で官房長官には苦虫噛みつぶしの仙谷由人、党の要の幹事長には老害渡部の一の子分の枝野幸男が内定しているとか。仙谷は評価外として、幹事長の前職は小沢一郎ですよ。所詮“口先男”の枝野でも、小沢氏に十分比肩し得ると判断されたわけですね。優れた洞察力ですね。
 つまり内閣と党の主要ポストは、「反小沢」「反改革」「対米隷属」「メディアすり寄り」をキーワードに人事を進められるおつもりですね。あなた様の総理としてのお手並み拝見ですね。

 人は知らず、誰がこんな「第二自民党」政権など支持するものか。これでは二大政党制、政権交代の意味などないではないか。

 (注記)思わず知らず激越な一文となってしまいました。お読み苦しい段お詫び申し上げます。

 (大場光太郎・記)

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6月3日

  六月を綺麗な風の吹くことよ   正岡子規

 今回は『6月3日』というタイトルにしました。さてそれでは「6月3日」に特別な意味があるのでしょうか?今年に限っていえば、鳩山首相と小沢幹事長のツートップが揃って辞任した、びっくり仰天の6月2日の次の日ということになります。しかし今回は、そんな政治がらみの無粋な話題は取り上げません。
 久しぶりの「身辺雑記」「季節報告文」です。なぜ書く気になったかといえば、きょう3日は最近になく良いお天気だったからです。
 
 今年の春は気象統計上、全国的に記録的な日照不足、雨量の多い天候不順の春だったそうです。そういえばゴールデンウィーク中は好天に恵まれたものの、前後は雨がちの寒い日が続きました。また連休後5月だというのに、関東地方のどこかでは雪が降った所もあったようです。
 しかし早や5月も過ぎ、「春過ぎて夏来にけらし白妙(しろたえ)の」衣替えの6月を迎えました。きようなどはまさに、本式の夏到来を思わせるに相応しい一日だったように思います。そういえばきょうは町のあちこちで、日傘をさして通りを歩くご婦人たちを見かけました。また町行く人たちも白系の軽やかな夏の装いが目立ちました。

 夏の日を浴びて、街路樹や家並の木々は、若葉、青葉が照り映えてまぶしいほどです。「日の下のもの、すべて輝いてあり」。そんな言葉が思い浮かんでくる、すっきりした大快晴の一日でした。本当にきのうまでとは、町並みの輝度(きど)が違うようです。
 暑いことは暑いとしても、それでも真夏のじりじり体の芯まで暑さがしみとおってくるような耐え切れなさでもありません。初夏のほどよい暖かさといった感じです。

 もちろん歩くほどに汗ばんではきます。昼下がりの街路をしばらく歩く身としては、家並や木立が時折りつくる、道の西側の片陰につい吸い込まれるように入っていきます。日盛りとは截然(せつぜん)と区分けされた日陰道を通れば、その時ばかりはつかの間の涼が得られます。それに日陰では、けっこうな風が吹き渡っていることに改めて気づかされるのです。

 少し遠くに歩いて、小河川の橋を通りました。川原には葦(あし)が一面に繁茂していて、時折り吹き渡る川風にあおられ、まだ幅の狭い若い葉の白っぽい裏側を翻して揺れています。
 川幅数メートルほどの流れは、西空に少しばかり寄った午後2時前の日を浴びて、水面(みなも)がキラキラ光っていたりします。と、少し川上の流れに、一羽の黒っぽい小水鳥が浮いている姿が認められました。
 昨年8月の『秋の気配』でご紹介しました、カイツブリです。中津川のように満々と水を湛えた川とは別に、こんな小さな浅い流れにもやっぱりいたのです。ただ通りすがりに見ただけですが、カイツブリはあんな細く小さな姿で、健気に朝から晩までああして小魚を一所懸命探しているのでしょう。

 冒頭に引用した正岡子規の句は、当ブログでは初出ではありません。当初からご訪問の方は極めて少なくなりましたが、開設してすぐのおととし6月初旬『六月の綺麗な風』として取り上げました。後の『名句鑑賞』の走りとなった一文でした。
 同文、今でも時折り検索アクセスによりご訪問される方があります。本日3日もおられました。時事記事ではない一般的な記事がこうして読み継がれていくことは、作者として嬉しいかぎりです。

 6月といえばどうしても「梅雨」を連想します。しかし例年関東地方が梅雨入りするのは、6月半ば過ぎ頃。その前はきょうのような「六月の綺麗な風」が吹く日があるものです。

 「衣替え」「日傘」「片陰」「日陰」「日盛り」などと並んで、忘れてならない夏の季語があります。「薔薇(ばら)」です。
 普段通りなれない住宅街を歩いていますと、とある家の庭先あるいは生垣に、いっぱい咲いた真紅の薔薇に出くわすことがあります。一瞬ハッとさせられます。バックが深緑の大きな葉ですから、ひときわ目を引くのです。
 通り際そして通り過ぎてからも、つかの間何となく豊かな心持ちになれるのです。

 (大場光太郎・記)

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一先ず悪徳旧勢力が勝利した

 小鳩ダブル辞任はすべて検察、マスコミによる仕掛け。手ごわいことがよく分かった。新しく首相になる菅氏は、そのことを心してかからねばまた二の舞になる。

 2日列島に衝撃が走りました。午前10時、急遽民主党両院議員総会が開かれ、そこで鳩山由紀夫が首相辞任を表明、また小沢幹事長も「道連れ」辞任となりました。昨夜の小鳩会談の後最後に会見場から出てきた首相は、余裕の笑みを浮かべなおかつ左手親指を立ててみせました。これは首相続投を勝ち得たしるしと誰もが思いました。
 しかし一夜明けて事態は急転回、両院総会での辞意表明となりました。これにはびっくり仰天で、大手新聞社は軒並み号外を配り、各テレビ局は昼前から一斉に「鳩山辞任特番」が組まれました。
 
 やはり型どおり解釈すれば、一つは「最低でも県外」と言い続けてきた普天間移転問題の迷走ぶりがあげられます。結局この問題は、旧自民党案に限りなく近い名護市辺野古沖ということで閣議決定しました。以前から「県外」を主張していた社民党は最後まで譲らず、福島党首は消費者・少子化担当相を辞任、社民党としても連立政権離脱を決定しました。
 後一つは、やはり「政治とカネ」の問題です。昨年末、今年初以来、鳩山首相自身元秘書による偽装献金問題が浮上し、さらに小沢幹事長の土地購入事件では検察とメディアから首相を遥かに上回るバッシングを受け続けてきました。

 この5ヵ月余というもの、年初から4月までは主に小沢問題で、引き続いて今度は「5月決着」に向けて普天間問題が、新聞・テレビの小沢・鳩山攻撃の対象になってきました。とにかく年初以来民主党バッシングの手を決してゆるめようとしなかったのが、新聞・テレビです。
 これには「(魔)素直」な国民はモロに影響され、内閣と民主党の支持率は下落の一途をたどり、また「小沢氏は幹事長を辞任すべき」が常時70~80%以上をキープしていました。直近の世論調査では遂に20%を割り込み、「支持17%、不支持70%」という調査まで現われました。

 首相は総会挨拶の中で、「国民の皆さんが徐々に徐々に聞く耳を持たなくなってきていた(これが私には一番こたえていた)」と言いました。それを感じたのは下げ止まらない支持率が大きかったことでしょう。
 また首相は夕方の会見で、「止めるべきかどうか自問自答し始めたのは10日ほど前からだった」と語ったといいます。ということは、福島党首罷免や社民党政権離脱、参院からの辞任要求よりもずっと前に、辞任が心をよぎっていたことになります。10日前といえば5月23日沖縄を再訪問した頃です。あの時首相を乗せた車が通る沿道には、「怒」「怒」「怒」のプラカードがズラリ。あるテレピ人は「今年の漢字は“怒”で決まりだね」と言ったくらい壮観でした。また車中の首相に「鳩山辞めろ」の怒号が浴びせられました。

 通常の政治家とは感覚がずれているという意味で、「宇宙人」と言われました。そんな「首相はどんなことがあっても辞めない」とも言われました。しかし鳩山由紀夫も所詮人の子、その時の“逆歓迎”ぶりが相当こたえたのでしょうか。

 鳩山氏は、『これほどまでの支持率下落は自分だけの責任ではない』と内心思っていたのでしょう。それが小沢幹事長と「ダブル辞任」となったわけです。
 今回の両院総会での辞任挨拶を聞いていて、鳩山由紀夫は稀なほど「ピュアな政治家だ」と改めて思いました。しかし一流の政治家とは言いがたかった。普天間問題などにみられる「言葉の軽さ」もさることながら、小沢幹事長を抱きこむ形で辞任させたことでもそれはうかがえます。

 民主党は元々鳩山由紀夫が、例の巨額の私財を投じて立ち上げた政党です。言わば首相であろうがなかろうが、鳩山がオーナーの政党なのです。ならば党の将来のために、当今随一の政治家・小沢一郎の力を削がずに、今後とも力が振るえるような落としどころが他にあったのではないでしょうか。
 支持率下落の根本要因となった小沢問題は、事件性などまったく存在しなかった可能性もあります。、マスコミが言いふらし国民が踊らされているように、ただ単に「政治とカネ」と言って片付けられるものでないことぐらい、鳩山氏も百も承知だったことでしょうに。

 ことの本質は、当ブログ記事でも何度も述べましたように、参院選を前にした民主改革勢力vs悪徳旧勢力の対決構図にあるのです。検察など霞ヶ関官僚群、新聞・テレビなど大メディア、自民党などは、参院選でも民主党が勝利するようだと「オレたちは永久に日の目を見られなくなる」、そのため最大のネックである“小沢一郎潰し”にありとあらゆる謀略を仕掛けてきたわけです。
 鳩山氏とて、そんな構図を知らなかったはずはないでしょう。米国政府に屈しての「辺野古沖」と一緒で、結局この問題でも大メディアに屈服されられたのかな?と思ってしまいます。

 3年前の参院選時のある夕方、民主党幹部が総出でおらが町・本厚木駅頭に集結したことがあります。たまたま同駅に出ていた私は、大勢の聴衆が集まった中で私も幹部たちの党の車上での挨拶を聞きました。当時は小沢代表、鳩山幹事長体制でした。他に菅直人、岡田克也、馬渕澄夫らがいました。迫力ある小沢代表の演説、続いて菅氏、岡田氏の演説と続きました。
 それらの人が次々に上っては話す中で、一人鳩山幹事長だけは車上に乗りっぱなしで、他の人の話すのを聞きながら、不動の姿勢でじっと前を見据えていました。私は聴衆の輪の一番外くらいでしたから、そこからだいぶ離れています。しかしじっと前を見据えたままの鳩山氏がなぜか気になったのです。私はつい鳩山氏を見続けました。と先方も私の視線に気がついたようです。鳩山氏は一瞬視線をそらし、少し別の方に向き変えたのです。『やったあ。オレの勝ちだ』とまでは思いませんでしたが…。(もうご紹介する機会もないでしょうから、今回余談にて。)

 政権発足後わずか8月半くらいの短命内閣に終わりました。政権交代がなった昨夏の衆院選直後、誰がこんな事態を予測できたことでしょう。すべては検察、大メディアなど悪徳旧勢力の仕掛けによるものです。ということは、彼らの実力はなかなかどうして侮れないということです。
 次期首相は菅直人で決まりでしょう。「小沢ー鳩山ー菅」が民社党トリオですから、この大艱難に菅氏は適任だと思います。幹事長はやはり海江田万里でしょうか。それに対してマスコミは早速、「小沢一郎による“権力の二重構造”はダメだ」などとほざいています。ならば聞くけど、マスコミよ。小泉政権以来、森喜朗や青木幹雄が“キングメーカー”気取りで暗躍していた頃、「権力の二重構造はよくない」と一度でも批判したか?えっ?

 だからそんな外野の声は無視していいのです。小沢一郎は幹事長を辞したとはいえ、参院選にもその後予想される政局混迷を打開するためにもその手腕が絶対必要です。もちろん悪徳旧勢力に「最終勝利」するためにも。
 それと老害・渡部恒三は何とかならんかい。臆面もなく入れ歯ふにゃふにゃで、ワケの分からんことをしゃべりおって、見苦しいのなんのって。

 (大場光太郎・記) 

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エントロピー増大の法則について

 物理学上の「エネルギー保存の法則」そして「エントロピー増大の法則」

 前回の『「パワー」か「フォース」か』記事中で、「エントロピー増大の法則」に触れました。今回はこの法則について、もう少し詳しく考えてみたいと思います。

 まず同法則の元になった「エントロピー」とは何か?ということについてです。
 エントロピー(entropy)は、ドイツの理論物理学者・クラウジウスが1865年に“熱力学”で導入した概念で、「エネルギー(energy)」の「en」と変化を意味するギリシャ語「tropy」の合成語で、クラウジウスによって命名されました。
 エントロピーは、物質や熱の拡散の程度を表すパラメーター(媒介変数、母数)で、また原子や分子の「でたらめさ」の尺度でもあります。
 今日では、エントロピーの概念は、熱力学や物理学の分野にとどまらず、情報理論や経済学、社会科学など広い分野で応用されています。

 次に問題の「エントロピー増大の法則」についてです。
 この法則は別名「熱力学第二法則」とも言われ、エネルギーの移動の方向とエネルギーに関する法則のことです。これをごく簡単に言ってしまえば、「すべての事物は、それを自然のままに放っておくと、そのエントロピーは増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らすことはできない」ということです。
 そしてエントロピーの低い状態を「秩序ある状態」、エントロピーの高い状態を「無秩序な状態」と言うことができます。

 これをもっと分かりやすく言えば、エントロピー増大の法則とは、「自然(世界)は、常にエントロピーが“小さい→大きい”という方向に進む。すなわち、自然は“秩序→無秩序”という方向に進む」ということです。
 例えて言えば、「整理整頓された部屋は、そのまま自然に任せておくと(掃除もしないで放っぽっておくと)だんだん乱雑になる。勝手に整理整頓されることはあり得ない」ということです。

 はじめに見ましたとおり、この法則は元々は物理学上の法則です。しかしその分野だけにとどまり、私たちの日常生活と無縁な法則であったなら、その分野を志す人以外にはさほど意義のないものとなります。
 しかし上のたとえのように、ごく身近な日常生活にも応用できるところに、このエントロピー増大の法則の面白さがあります。

 そう言えば、私も高校の「物理」の授業で習った記憶があります。この法則が社会的な関心を集めたのは、高度経済成長に翳りが見え始め、エネルギー問題や環境問題がクローズアップされ出した、1980年代後半から90年代にかけてのことでした。『エントロピーの経済学』という本が当時出版され、話題となったようです。

 当時なぜそんなに関心を集めたのか?
 (もう一度繰り返しますが)物理学では、まず「ある物質系においては、あらゆる(最初と最後の)エネルギーの総和はいつも一定で、決して新しく創られたりまた消滅したりすることはない」(熱力学の第一法則 = エネルギー保存の法則)。しかし「外界との間にエネルギーを交換しない物質系では、その状態が変化するとき必ずエントロピーが増大する」(熱力学の第二法則 = エントロピー増大の法則)と定義しています。
 その言わんとするところは、「使用可能なエネルギーが失われる」「(反面)使用不可能なエネルギーが増える」、つまり「秩序の状態から無秩序の状態へ移行するのが自然の運命だ」ということです。そこでエントロピー増大の法則は、昨今の地球環境の汚染や、自然破壊を生み出した経済社会や、混乱に立ち至っている人間社会に対する警鐘を打ち鳴らす意味合いがあったわけです。

 確かにあのまま無反省に、熱帯雨林などの大規模伐採、石油や天然資源の採掘、核開発・核実験、巨大ダムの建設などの環境破壊を野放図に行っていたなら、私たちは今以上に深刻な地球滅亡の危機を迎えていたかもしれません。
 その後心ある企業、各自治体はこぞって「エコロジー」に取組み、CОPなど地球環境改善のための国際的枠組みもできました。これらの動きにこの法則がどれだけの役割を果てしたかは定かではないものの、一定の役割を果たしたことは間違いないようです。 (以下「続」につづく)

 (大場光太郎・記)

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「パワー」か「フォース」か

 これからは「パワーの時代」。「フォース」による米国支配は、混乱・破壊を招くだけ

 ヨーロッパ出身のある人が、「力(ちから)」には二種類あると言っています。一つは「パワー」、もう一つは「フォース」です。

 共に英単語です。手持ちの英和辞典では以下のとおりです。
 パワー(power)とは、①力②能力③(物理的)力:動力④権力、権能、勢力、権勢、権力者
 フォース(force)とは、①力、勢い②(他に及ぼす)力、影響力、勢力③暴力④(ある活動のために組織された)一群の人々;軍勢、兵力、人員;軍隊、警察隊など
となっています。
 2つともそんなに大きな差異はなさそうです。おそらくその人は「力」に2種類あるということを言いたくて、便宜上「パワー」と「フォース」を区別して用いたものと思われます。

 その人が言うには、この2つの力のうち、今後私たちが用いるべきは「パワー」の方であり、「フォース」に頼るのは時代遅れだというのです。その意味では「フォース」とは、上記の③暴力④兵力、軍隊など、覇権主義的力と捉えていいのかもしれません。
 そしてそのような力としてのフォースの使用は、「エントロピー増大の法則」による破壊や減衰を免れず、混乱や破壊を招くだけだとしています。つまりフォースとは、あくまでこの3次元物質世界だけで通用する力と定義しているのです。

 それに対してその人が「パワー」と言う時、それはエントロピー増大の法則を超えて働く力であり、さらに言えば3次元的ではない、高次元的、スピリチュアルな力だというわけです。

 もっと言えばフォースの場合は「分離観」に基づいたネガティヴな力の用い方、パワーの場合は「自他一体観」に基づいた平和的な力の用い方ということもできるかと思われます。

 ところで数千年の現歴史を振り返った場合、古くはアレクサンドロスのマケドニア帝国、古代ローマ帝国以来、時々の強大な国家や権力者が用いてきたのが「フォース」でした。それは現代では、超大国・アメリカにそのまま引き継がれているわけです。
 「フォース」を頼みとする国家は、基本的に「覇権主義国家」です。自国の利益拡張のためには手段を選びません。フォースを濫用し、他国や世界を自国の勢力下に置きコントロールしようとするのです。

 そのためには、ありとあらゆる「ネガティヴ・フォース」が行使されます。政治力、経済力、軍事力、マキュアベリ的外交術、秘密諜報、マスコミを使った大衆操作…。時として謀略というフォースを使うことが正当化されるのです。
 「自由と民主主義の国」と称されながら、実は覇権国家そのものであるアメリカは、建国以来どれほどの「謀略」を重ねて、今日の超大国に成り上がってきたことでしょう。

 これについては、最近植草一秀元早大教授が、ご自身のブログ「知られざる真実」の『メイン号沈没に酷似する韓国哨戒艦沈没事件』で、その主だった出来事を8項目ほど列記しています。
 ここで仔細に引用はしませんが、例えばその例として。①1941年12月8日の日本の真珠湾攻撃を、米国首脳らは事前にキャッチしていた。その上でわざと攻撃させて、「リメンバー・パールハーバー」というフレーズによって国内世論を沸騰させ、第二次世界大戦への参戦の口実とした。②1991年の湾岸戦争時、クウェートの武力開放に懐疑的だった国内世論を変えたのは、米下院公聴会でのクウェート人少女の証言だった。少女は「イラク兵がクウェートの病院で、保育器に入れられた赤ん坊を投げ捨てるのを見た」と証言した。しかしこの少女は実は駐米クウェート大使の娘で、戦時下の母国にいたはずはなかった。などなどです。

 お隣韓国で、哨戒艦「天安」の沈没事件が起きました。これについては韓国とアメリカをはじめとした数ヶ国合同の調査により、「北朝鮮の魚雷攻撃を受けて沈没」と韓国政府として正式に公表しました。
 世界中を大混乱に陥れた「9・11」が、時のブッシュ政権による自作自演だったことは今や公然の秘密です。だから鵜呑みにはできません。『「韓国哨戒艦沈没事件」の真相とは?』でもご紹介しましたように、米原潜コロンビア号と撃ち合った末両艦とも沈没との疑念が消えないのです。アメリカのずば抜けた「謀略フォース」をもってすれば、北朝鮮魚雷の設計図を入手し、それがさも命中したかのように製造加工することなど朝飯前のはずです。

 第一調査に参加した国は、すべてアメリカの息のかかった国ばかりです。完全に国際的な疑念を払拭するには、調査国に(イスラエル以外の)中東、アフリカ、南米の非アメリカ代表国、中国なども加わるべきです。そして事件が発生した海域の海底を隈なく調査、捜索させるべきです。またコロンビア号が無傷であるというのなら、現在のその姿も公表すべきです。
 「北朝鮮悪玉」公式見解の裏側で、その実日本近海に「核搭載」の原潜が沈んでいるとしたら、シャレで済む話ではありません。

 沈没事件が起きたのは、なおタイミングが悪い事に、我が国で普天間問題が沸騰していた時です。もし「原因が米潜艦によるものだった」などと発表すれば、いくら「アメリカ大好き」の日本国民でも、「米軍の“抑止力”とは一体何だ」となりかねません。アメリカとしては、幾重にも真相を隠さざるを得なかった謀略事情が存在するのです。

 結局「抑止力」なるものは、帝国主義的植民地支配時代、米ソ冷戦構造時代の、前世紀的思考なのです。抑止力なるものは「ネガティヴ・フォース」の端的な例です。
 こんな時代遅れの旧思考を振りかざす、各分野の米国代理人らの言説を真に受けてはいけません。

 表面的にどう見えようとも、「今この時」旧来のフォースは徐々に力を失いかけています。「暗黒勢力」もそのことをよく分かっていて、最後の悪あがきをしているのです。それに憑依(ひょうい)されている米国政府。米国にコントロールされて、唯々諾々と従っている自民党などの政治家、国内メディア、軍事評論家、ジャーナリストという図式です。

 そして「フォース」を行使している国や政府、それにコントロールされている国民の意識レベルは低いのです。このレベルで、来るべき「超変革」を乗り切るのは至難だと思われます。心の底から「愛と平和」を志向する時、底知れぬ「パワー」が発揮され、意識レベルも急上昇するもののようです。

 (大場光太郎・記)

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