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名古屋場所開催で良かったのか?

 - 諸事情により名古屋場所開催。角界と暴力団との関係解明が先決だろう -

 問題児朝青龍が引退し、これで相撲界も平穏を取り戻すのかと思いきや。今度は「野球賭博」という深刻な事件によって日本相撲協会はまたもや大揺れです。28日の臨時理事会と評議員会によって、とりあえず「名古屋場所開催」で決着は見たものの、一時は同場所中止という前代未聞の事態にもなりかねない局面でした。

 力士というものは土俵上で、それこそ切った張ったの大勝負をしているわけです。ですから言ってみれば力士たちは、根っからの「勝負師」。つまり土俵外でも、切った張ったの“賭け事”“博打”好きな面を皆共通して持っているとみてよさそうです。
 しかしそれを内々でおとなしくやっているのならいざ知らず、暴力団が胴元である野球賭博なるものに熱を上げていてはいません。

 相撲協会の事情聴取では、40数名もが野球賭博に関係していたよし。昨年の角界の薬物問題といい今回の事件といい、角界の闇の深さを痛感させられる出来事が続きます。
 今回は現役力士のみならず、力士たちを指導すべき親方も賭博に手を染めていたのですから大問題です。自身はもちろん無関係でしょうが、現理事長である武蔵川親方(元横綱・三重の海)も部屋の力士たちが関係していたとかで謹慎をおおせつかり、理事長代行を立てられる不始末です。

 その中でも特に野球賭博の“主役”だったのが、大嶽親方(42)だったようです。同親方は今回の騒動の発端となった大関・琴三喜(34)と遊び仲間で、3年ほど前に野球賭博の誘いを受けたといいます。あの大鵬親方の娘と結婚している“角界の幸せ者”であることをよく自覚し、そんなヤバイ誘いなど一蹴してしまえばいいものを。現役時代から無類のギャンブル好きで鳴らした大嶽親方は、逆にそれにのめり込んでいったのです。

 それ以降琴三喜のツケ(名義)で同賭博を繰り返していたといいます。掛け金は琴三喜が1回1万~5万円なのに、大嶽親方は20万~50万円。いつしか2人の掛け金は混同した状態となり、琴三喜の負け金は3千万円にも膨らんだといいます。そしてそのほとんどは、大嶽親方のものだったそうです。
 琴三喜恐喝事件の発端となった勝ち金500万円も、大嶽親方の分を回収しようと琴三喜に頼んだことが判明しています。

 大嶽親方と言えば、あの貴乃花、若乃花と同部屋の二子山部屋所属の関脇・貴闘力でした。きっぷのいい取組みと明るいキャラクターで、若貴共々当時の人気力士でした。若貴の母親で部屋の女将さん、そして貴闘力の名づけ親でもある藤田紀子は、「とても素直ないい子だったんですよ。だから若貴同様わが子と思って育てました。何でこんなことを…」と涙ながらに話していました。
 しかし同時に「現役の時から博打好きだとは聞いていた。こうなる前にもっと早く気づけなかったのか」と顔を曇らせてもいました。とにかく現役の頃から、競馬場に入り浸り、親方になってからは裏カジノにも出入り、ギャンブルにつぎ込んだ金は軽く1億円は超えるといいます。

 よって大嶽親方の除名処分、退職金なしの角界追放という厳罰は仕方ないところでしょう。そして琴三喜は解雇処分、2、3年前新弟子に対する暴行死事件で新親方になった時津風親方(元関脇・時津海)の降格処分も順当なところです。
 その他14人の力士と床山1人は謹慎処分、武蔵川理事長を含む親方ら12人が名古屋場所終了まで謹慎処分。一見厳しい処断のようです。

 しかしなぜか名古屋場所は開催されるのです。いわゆる「興業」で食っている大相撲としては、チケット数億円の販売収入や地元業者との関係、さらには放送権料4億円欲しさで本場所はどうしても中止できないという事情があるようです。
 しかしことは大勢の相撲関係者が関っていた野球賭博です。そこに胴元である暴力団が金を吸い上げ、闇資金源の一部になっていたという由々しき問題です。また力士ならびに親方衆の暴力団そのものとの関りはどうだったのか?
 それが解明されるまで、1、2場所は開催しない。そのくらいの思い切った英断が求められるところでした。

 とにかく今国民から向けられている疑念を晴らすためにも、野球賭博の更なる真相究明そして暴力団との関係の有無をはっきりさせるべきでした。
 しかし暴力団との関係について、文科省の意向を受けて設置された特別調査委員会(伊藤滋座長)でも、「我々委員会の調査では分からなかった。警察の捜査に任せる」、挙句の果てに「力士が反社会的勢力と関っている事実がまったく出ていない」と言い出す始末です。

 まあ相撲関係者をそこそこ処分したことでお茶を濁して、暴力団との関係はなかったことにしておいて、だから名古屋場所は開催させましょう、という文科省も一枚噛んだすじ書きどおりであるようです。
 上(文科省)から下(相撲協会)までこの調子では、今回は何とかやり過ごせても、次また何か大きな問題が起きてくるのは必定でしょう。これが相撲協会の悪しき体質であると言えます。

 (大場光太郎・記)

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