ハイランドのメリイ
バーンズ
お前たち川岸よ、丘よ、川よ、
マンガメリイの城をめぐるお前たちよ、
お前たちの森は緑に、花は美しくあれ、
お前たちの流れはいつも濁るな !
そこで夏は真先にその衣を着て、
そしてそこに最後までとどまれ、
なぜならそこで私の最後のさようならをしたのだ、
わたしの可愛いハイランドのメリイに。
明るい緑の樺(かば)の木に、何と香しい花が咲いていたよ、
サンザシの花は何と豊かに咲きみだれていたことよ、
その香しい下陰で
わたしはメリイを胸に抱きしめたのだ !
黄金の幾時が天使のつばさをかって
わたしと私の可愛い者の上を飛んだ、
なぜなら私にとって光や生命のように大事なものは
わたしの可愛いハイランドのメリイだったのだ。
幾度も誓いをたてたり、しっかり抱きしめたりして、
わたしたちの別れはあわれ深くこまやかだった、
そして幾度も、またあう約束をかわして、
わたしたちは生木を裂くように別れた。
だがああ ! 時ならぬ死の霜がおりて、
それが私の花をこんなに早くいためてしまった !
いま芝生は緑に、土くれは冷たく、
わたしのハイランドのメリイを包んでいる !
今ああ蒼(あお)ざめ、蒼ざめて、あああのバラ色の口びるよ、
わたしが幾度もあんなに愛してキスしたのに !
そしてあの輝く眼は永久に閉ざされている、
あんなにやさしく私を見つめていたのに !
そして今静かな土の中で朽ちている
あの心臓は、わたしをやさしく愛していたのに !
だがいつまでも私の胸の奥深く
わたしのハイランドのメリイは生きている。
原題:Highland Mary (大和資雄訳)
…… * …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
本年3月の『「蛍の光」あれこれ』記事の中で、『蛍の光』の原曲はスコットランド民謡の『オールド ラング サイン』(Auld Lang Syne)で、これに同国の国民的詩人であるロバート・バーンズ(1759年~1796年)が新たに詞を作ったことにより、世界的に広まったものであることをご紹介しました。
その中でバーンズの代表的な詩として『ハイランドのメリー』があることも。
同記事を作成しながら私は、『この詩どこかで読んだことがあるぞ』というデジャヴュ感にとらわれたのです。しかしどこで読んだものか思い出せませんでした。
このたび久しぶりで『世界青春詩集』(三笠書房刊)をパラパラ開いてみて、この詩をその中に見つけたのです。私は20代初めの頃同詩集を愛読し、“お気に入りの詩”が幾つも出来ました。(今後随時取り上げていければと考えています。)
『ハイランドのメリイ』は、同詩集の「愛のなやみ 愛のよろこび」の項のトップにあり、そういえば当時何度か読み返した詩でした。人間の(などと一般化するよりも)わが記憶の何と頼りないことよ、と思わざるを得ません。
この詩はまず、「ハイランド」-スコットランド北部高地地方の美しく豊かな自然が描かれています。「お前たち」という呼びかけには、キリスト教以前の古層にある“ケルト的ドルイド信仰”の名残りが感じられます。
その自然の中でのメリイとの甘美な愛の思い出。「黄金の幾時…天使のつばさ…(二人の)上を飛んだ」。二人の愛はいかに“至善(自然)”で“天的”なものだったことか。ハイランドの美しさは、さながら「エデンの園」であるようです。
ところで「愛と死」は古今東西の普遍的な大テーマです。そしてこの詩はまさにそれを切々と謳い上げた絶唱詩。そのことが、詩の後半に進むにつれてはっきりしてきます。
前半の甘美な愛の思い出は、後半では哀切な追憶、挽歌に転じていきます。
可愛いメリイは、バーンズに対して“イヴ”のように「ヘビの誘惑」などもたらしはしなかった。なのに何の罪もないメリイは死んでしまって、冷たい土の下で朽ちている。その哀しみと喪失感がこの詩全体を流れる基調であるようです。
しかし「死を超えて愛は永遠なり」。バーンズの胸の奥深くに、メリイはなおも生き続けているのです。
若くして死んだ無名の娘は、恋人によって「ハイランドのメリイ」という飛び切りの名を冠せられ、スコットランドのみならず世界中で後の世までも知られることになりました。
(注記)この詩は翻訳者の著作権保護期間中ではありますが、どうしてもご紹介したくこのたび取り上げました。ご関係の方がお読みでしたら、どうぞご寛恕ください。
(大場光太郎・記)
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