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サラダ記念日

                             俵 万智

  「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

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《私の鑑賞ノート》
 俵万智(たわら・まち) 昭和37年、大阪生まれ。早稲田大学在学中に歌人佐佐木幸綱に出会い、作歌をはじめる。58年「心の花」入会、61年第32回角川短歌賞を受賞。62年、歌集『サラダ記念日』を出版、翌年同歌集により第32回現代歌人協会賞を受賞。歌集は『とれたての短歌です。』(共著)『もうひとつの恋』(共著)『かぜのてのひら』。ほかにエッセイ集『よつ葉のエッセイ』『りんごの涙』など。 (講談社学術文庫・高野公彦編『現代の短歌』より)

 かつて大ベストセラーとなった、俵万智の歌集『サラダ記念日』のタイトルのもととなった短歌です。略歴にあるように、同歌集が出されたのは昭和62年。ついこの前のことのように思われますが、もう四半世紀近い前のことだったわけで、この時代の「時の速さ」を痛感させられます。

 ここで詠まれているのは、類い稀な風景美でも画期的な社会的出来事でもありません。この短歌より更に前の何かの歌に、「♪どこにもあるような男と女…」というフレーズがありました。この短歌の中の「君そして私」はそのような無名に近い男と女です。

 ハリウッド映画の“秘宝探し譚”のヒーロー、ヒロインのような、めくるめくスリルとサスペンスなど望んでも叶わない、営々と積み重なっていく平凡な日常。そんなある時、食事に出されたサラダを食べながら、男は「この味がいいね」と誉めてくれたのです。それ以前はイマイチの味だったらしく、なかなか「いいね」とは言ってくれなかった。否むしろ「ウーン、この味少し違うなぁ」というダメ出しすらあったのかもしません。

 サラダを一所懸命作った女にとっては、「この味がいいね」と言ってもらえたことが無性に嬉しかったのです。その日はたまたま七月六日だった。女は『よしっ。七月六日を“サラダ記念日”にしちゃお』というような軽いノリです。

 描かれているのは等身大の日常の一こまです。だからそれを詠むには、古語も雅語も必要なく、しゃちこばった文語調でも無論伝えられない。一読誰にも意味が分かるような日常会話の延長上の言葉(口語短歌)こそがふさわしいのです。これを「何だ。小市民的な幸福を歌っているだけじゃないか」と批判するのはたやすいことです。

 しかし発表当時この短歌はテレビや雑誌などで取り上げられ、あっと言う間に有名な短歌になったのです。この短歌に見られる平凡な日常の一こまこそが、全国津々浦々の無名性を帯びた無数の男女、人々の共感を得たものと言えます。

 この短歌によって、「7月6日」は本当に「サラダ記念日」として広く認知されていったようです。それのみか、この短歌以降ごくありふれた日が「何とか記念日」と命名され、今では365日が「記念日だらけ」という様相を呈しています。
 すべてはサラダ記念日から始まったことを考えると、俵万智は大きな社会現象を巻き起こした「革命女(かくめいじょ)」と言えそうです。

 それと少しうがった見方をすれば。7月6日の2日前の7月4日は、ご存知のとおり「アメリカ独立記念日」です。俵万智がそれを知らなかったはずがありません。だから彼女には、『歴史上名高い一国の記念日があるんだったら、平凡な人間にとっての私的な記念日があってもいいじゃないの?』という発想があったのかもしれません。
 そこで俵万智はイマジネーションの中で、同棲中の男が「この味がいいね」という一連の物語を想い描いた。この短歌の成立には、そのような仮定も成り立つように思われます。

 もしそうであるなら。アメリカ独立記念日との対比をより際立たせるために、私ならズバリ「七月四日はサラダ記念日」としたことでしょう。しかし俵万智は、戦略的にわざと2日ずらして「七月六日」。

 当時俵万智は、大卒間もない神奈川県立橋本高等学校(相模原市)の25歳の一教諭でした。しかし歌人としての颯爽デビューを虎視眈々と狙っていたものと思われます。その頃の俵万智は、したたかで野心的な“女流歌人の卵”だったと言えそうです。

 (大場光太郎・記)

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コメント

 等身大の日常生活のふとした機微、そのきらっと光る瞬間や事物、出来事を素早く捉えて短歌にしていったのが俵万智でした。中でもこの短歌は代表的です。
 こんにちでは、短歌界に限らず詩そのものにあまり関心が寄せられず、俵万智に続くような注目すべき歌人、詩人が現れないのが残念です。

投稿: 時遊人 | 2012年7月 5日 (木) 10時56分

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