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辻元議員、社民党離党

 - 結局は私利私欲のため、恩義ある社民党を離党した「恩知らず」辻元清美 -

 辻元清美衆院議員(50)が、27日社会民主党(以下「社民党」と略称)を離党しました。国民にとっては「なぜ今なの?」と突然の離党騒ぎのように思われます。しかし永田町事情通の間では、辻元議員の離党はかなり前から噂に上っていたようです。
 とにかく、辻元は民主党に入りたくて仕方なかったようなのです。今年5月の社民党の連立離脱に伴って国交省副大臣を辞任した際も、「寂しい」「つらい」と泣き言ばかりで、今にも離党しそうなムードだったといいます。

 その後思いとどまってはいましたが、今回離党が現実となった裏には、社民党の参院選惨敗と福島瑞穂党首の責任問題があったとみられています。
 社民党内には、連立離脱を主張した福島党首の責任を問う声がくすぶっていて、又市征治副党首は執行部の刷新を要求し、新党首に辻元を担ぐつもりだったといいます。しかし辻元にしてみれば、党首に祭り上げられてしまっては、離党など金輪際できなくなってしまいます。そこで慌てて先週金曜日に重野幹事長に面会し、離党の意思を伝えたということです。
 この機会を逃したら、社民党に骨を埋めるしかなくなる、そんな焦りが“季節外れ”の離党騒動の発端であるようです。

 結局今回の離党騒動に見え隠れするのは、辻元清美の私利私欲です。
 一つは国交副大臣というイスに座った「権力の味」が忘れられなかったこと。もう一つは先の衆院選挙では、民主党全面支持により当選を果たしましたが、連立離脱した社民党に残っていては民主の支持は得にくく、いかに人気者の辻元と言えども次回選挙での当選は覚束ない。
 このような「計算づく」の上での離党だったのです。

 振り返れば辻元清美を政界に導いてくれたのは、土井たか子元社民党党首です。土井元党首は他の議員がやっかむほど、辻元をことのほか可愛がりました。辻元が党首になることを誰よりも望んでいたのは、他ならぬ土井たか子だったのです。
 辻元は足を向けて寝られないくらい、土井元党首には大変な恩義があるはずです。今回の離党にあたっては、土井さんに真先に相談すべきですが、辻元は果たしてそうしたのでしょうか?

 確かに人気者に去られた社民党にとっては痛手でしょう。しかし今回の行動で分かったとおり、辻元清美は元々社民党には必要なかったのです。
 「護憲」「沖縄の基地反対」「消費税反対」を愚直に訴える社民党のような存在は、今後とも絶対必要です。福島党首が言うように、民主党と自民党の「対米隷属」二大政党ばかりでは、「辺野古沖移設」や「消費税増税」は簡単に国会を通ってしまうのです。
 社民党首脳部には、これ以上「ジリ貧」にならないような善後策を講じていただきたいものです。

 辻元清美は、後ろ足で砂をかけるようにして、恩義ある社民党を出て行きました。今後当面は、民主党と会派を組みながら無所属としての議員活動だそうです。
 とはいっても民主党に加わるのは、時間の問題でしょう。その場合真先に飛び込むのは、国交副大臣の時の直属の上司である、前原誠司のグループだとみられています。政権交代の最大の立役者・小沢一郎を、新聞・テレビという“虎の威”を借りて排除した、党内クーデターグループ「凌雲会」入り確実とみられているのです。

 さすが辻元清美は、お目が高い ! 同グループは凄いですから。
 「対米隷属派」「市場原理主義者」「小泉偽改革信奉者」の巣窟ですから。最近とみに、“偽黄門”渡部恒三と共に「民主党のガン」との呼び声高い、“阿波狸”官房長官の仙谷由人。小沢前幹事長の責任を厳しく問いながら、自身は参院選の惨敗の責任には知らんぷりの鉄面皮男で“子ども”幹事長の枝野幸男。菅総理と共に消費税増税の旗振り役を務めた“ミスター対米隷属”政調会長の玄葉光一郎。そして頭目は小沢批判の急先鋒で党内クーデターの首謀者にして、八ッ場ダム建設中止問題や日航再建問題で二転三転した、“お子ちゃま”国交大臣の前原誠司などなど。

 まあ前原凌雲会には、「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」じゃなかった、綺羅星のごとき大人材が揃っておいでですから、「尻軽女」辻元清美が所属するこは、まさにうってつけのグループと言うべきでしょう。

 (大場光太郎・記)

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