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                   レールモントフ

  空ゆく雲、永遠のさすらいびとよ !
  るり色のステップを真珠の鎖さながら、
  わたし同様追われる身のお前たちは駈ける、
  いとしい北から南をさして。

  お前たちを追うのは身の運命(さだめ)か?
  ひそかなねたみか?明らさまな悪意か?
  それともおかした罪がお前たちを苦しめるのか?
  それとも友の毒ふくむ中傷にはかられたのか?

  いやいや、実りなき畑にお前たちは飽いたのだ……
  お前たちは情熱にも悩みにも縁がない。
  永遠にひややかで永遠に自由な
  お前たちに祖国はない、追放はない。

                 (一条正実訳)
 …… * …… * …… * …… * …… * ……
《私の鑑賞ノート》
 ミハイル・レールモントフ 1814年~1841年。没落貴族で退役陸軍大尉を父としてモスクワに生まれる。モスクワ大学で学ぶも2年で中退。ペテルブルグの近衛士官学校を1834年卒業後、近衛軽騎兵少尉に任ぜられ、ペテルブルグの上流社会に入る。
 プーシキンを決闘に追い込んだ、宮廷貴族への憎悪に貫かれた詩『詩人の死』によって有名になり、同詩は筆写によって流布されたが、転任の形式でカフカスへ流される原因となった。1年足らずで首都に戻されるが、危険人物として政府に監視されることになる。その後フランス公使の息子との決闘事件により、1840年再度カフカスへ。些細なことが原因で同僚士官と2度目の決闘をし、ビヤチゴルスクで死す。
 ニコライ1世の反動政治への怒り、幻滅や絶望などの気分が、雄々しくも憂愁を帯びた詩人としている。また小説の中で、自分と同じように絶望した人間を描き、プーシキンの『オネーギン』に続くロシア・インテリゲンチュアの典型を創造した。抒情詩『詩人』『予言者』、叙事詩『悪魔』『ムツイリ』、戯曲『仮面舞踏会』、小説『現代の英雄』など。 (フリー百科事典『ウィキペディア』より)

 少し前に『世界青春詩集』をご紹介しました。私が21歳の時求めた詩集です。同詩集の中でも、この詩とシュトルムの『町』が、当時最も引きつけられた詩でした。(『町』は、ふさわしい季節に取り上げたいと思います。)
 この私にもかつて「青春のロマンチシズム」というのがあったとするならば、この2つの詩は、まさにそれに適う詩だったと言えると思います。

  空ゆく雲、永遠のさすらいびとよ !

 この一行だけでもういけません。この詩は、詩人が2度目の追放の憂き目にあった時に作られたものだそうです。
  「永遠のさすらいびとよ」「追われる身の」「いとしい北から南をさして」
 私自身も心のどこかに、『北の故郷から、南の“首都圏くんだり”に追われて来てしまったなあ』という落魄の気分が当時は強くありました。
 「永遠のさすらいびとよ !」と、空ゆく雲に仮託した詩人の想いは、当時の私もまた共有するものだったのです。

 そのことがこの詩に深く共鳴した大きな理由だったと思われます。それともう一つ。
 レールモントフの生涯を少し知り、詩人の哀しいほどに短い生涯に対する思い入れもまたあったかもしれません。

 追放、決闘そして夭折(ようせつ)。これが、帝政ロシア末期の没落貴族の子弟でもあった、レールモントフの運命(さだめ)であったようです。レールモントフは自ら「早い死」を望み、それは2度目の決闘で叶えられます。わずか27歳の死でした。
 「神々の愛(め)でにし者は夭折する」。このような劇的で鮮烈な「生と死」は、凡人に与えられるものではありません。多分私は、レールモントフという詩人の「天才性」にも魅せられたものなのでしょう。

  お前たちには情熱にも悩みにも縁がない。
  永遠にひややかで永遠に自由な
  お前たちに祖国はない、追放はない。

 この詩の最後の聯では、雲である「お前たち」を現わすのに、「ない」という否定形が連ねられています。しかしながらレールモントフ自身には、「情熱」も「悩み」も「祖国」も「追放」もすべて「ある」のです。
 詩人を夭折に駆り立てたのは、ことごとく「ある」のに、「ない」ことを希求する想いだったのではないだろうか?今あらためて読みなおしてそう感じます。

 (注記)本詩の訳者・一条正実という人について、今回確かめることができませんでした。よって生没等不明ですが、もし著作権保護期間に該当しておりましたら、ご関係の方どうぞご寛恕ください。

 (大場光太郎・記)

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コメント


 うーん、いまどき、まだ、このような詩をお読みになる方がいらっしたのですね(失礼)。
 わたし、大学時代、第二外国語でロシア語を学びましたが、そのときの教科書にこのレールモントフの詩が載っており、冒頭の数行だけですが、なぜか頭にこびりついてしまいました。

Tu:chki nebe:snye, ve:chnye stra:nniki!
Ste:piyu lazu:rnoyu, tse:piyu
zhemchu:zhnoyu
Mchi:tesi vy, bu:dto kak ya zhe,
izgna:nniki
S mi:lovo se:vera v sto:ronu yu:zhnuyu.
 (アクセントのある長音、:で示しました。)

 引かれている一条正実という方の訳は優れているのではないでしょうか。しかし、いずれの言葉でも詩というのはなかなかに難しいですね。
 冒頭の語句で検索をかけると、Youtube、この詩を延々と朗読する少女のでてくる映画(?)などもありますね(ほかにも色々と)。
 以上、勝手なことをもうしました。  スダ ヒデオ

投稿: 須田 英夫 | 2014年5月13日 (火) 18時15分

須田 英夫様

 コメントありがとうございます。
 本文にもありますとおり、私が若い頃特に好きな詩でしたが、よもやどなたかからコメントをいただけるとは思ってもいなかっただけに、大変嬉しく存じます。

 その上原詩までご紹介いただきまして。私はロシア語はまったく解りませんが、原詩の朗読を聴いてみたくなりました。

 一条正実の訳詩を読み返してみて、あらためて良い詩であることを実感しているところです。『世界青春詩集』には、同じ一条正実訳でレールモントフの『水の精(ルサールカ)』が収められていますが、こちらも良い詩ですね。

 今ではレールモントフはもとより、ツルゲーネフ、トルストイ、プーシキン、ゴーリキー、チェーホフなど、ロシア文学が顧られないことが、大変残念です。わずかに人気を保っているのはドストエフスキーくらいなものでしょうか。  

投稿: 時遊人 | 2014年5月14日 (水) 01時33分

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